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レイグランド帝国

ロシュとセイムの血の盟約が終わり、二人の六歳の誕生日にささやかな食事会が開かれ、時は過ぎた


双子は毎日、朝から家事を手伝い、食事以外は、勉学とコアクリスタルの扱い方の練習に、明け暮れていた

よって朝は五時半に起き夜は九時には就寝していた、

そんな忙しい毎日はあっという間に過ぎていて、気づけば二年経ち双子は八歳の誕生日を迎えた


それでも、セイムは高熱を出して寝込むこともしばしばあった


そんな中とある食事の際にノーマンがあることを切り出した

「セイム様には7stのレイグランド王国に、しばらく滞在しえもらおうと思います」

「えっ」

突拍子もない話題に驚いたセイムだったがまわりの反応から見て知らされてなかったのはセイムだけだったらしくそれにも驚いた

思わずレディオを見るとレディオは生真面目な顔をして頷いた

「ああ、行ってこい」

セイムはつけはなされた気がして涙目になった

「なんで…?」

しかしそこにリサが真剣な顔をして言う

「レイグランド帝国は精霊人の大国、

そして7stは道管があります

そのためエレラル濃度が濃く、精霊人しか住めないのです、しかし

空気もここより澄んでいて、セイム様のお体にも、負担が少ないのです」

セイムはそれを聞いて寂しかった

涙目で訴える

「やだよ、そんな知らないところに一人で行きたくない、寂しいよ」

それを、諭すようクレセが言った

「一人ではありません、ロシュも同行します」

それに隣に座っていたロシュは、大きく首肯した

「セイム様はオレがお守りします」

それを見てセイムは少し安心する

「でもどれくらい?」

それにはノーマンが答えた

「まずは1ヶ月ほど、たまたまレイグランドの貴族に私知り合いがおりまして、貴賓としてもてなしてくれるそうです

送迎は私達がしますよ」

セイムはまたも涙目になる

「1ヶ月も?」

ノーマンは少しうつむいたが、すぐに顔を上げて言った

「1ヶ月です、でもそれでセイム様のお加減が良いようでしたら…」

セイムは続けた

「良いようでしたら…?」

ノーマンはこれには顔をあげずに答えた

「セイム様をぜひ妃にしたいという王族の方がいらっしゃるそうです」

セイムは愕然とした

「妃?…結婚ってこと?」

勉学におわれ、結婚なんて考えたこともなかったが、かつてクレイドルは百年に一度ルイリンガルと政略結婚をしていたと習ったばかりだった

セイムは小さく続けた

「せいりゃくけっこん?」

これにはレディオが身を乗り出して叫んだ

「だめだ!そんなの!!」

しかしノーマンの反応は意外なものだった

「はい、だめです、政略結婚なんてする必要はないし、お相手の方は少々問題ある方らしいのでもっての他です」

レディオとセイムはきょとんとした

そこにレディオが、呆れたように言った

「ならなんで言ったんだよ」

するとノーマンは息をはきながら言う

「ただそういう話も有りますよということです、むしろロシュ、その男は危険なのでくれぐれもセイム様をお一人にしないよう気をつけて下さい」

それにロシュは歯切れ良く答えた

「わかりました」

レディオはさらに呆れて言う

「そんな危ないやつがいるのにセイムを行かせるのか?」

これにはリサが答えた

「デメリットはその男だけです、セイム様の具合が良くなれば定期的に通うようになるかもしれませんが、永住はしませんよ」

それにノーマンも、深く頷く

それでセイムは心底安心した

そしたらもう、セイムはレイグランド行きが楽しみで仕方なかった


それから一月後、ノーマンとセレクに同行してもらい、セイムとロシュはレイグランド王国に向かった

6stと7stの狭間にあるエレラルラインを抜けるとそこはもう別世界だった

空は黄昏の明度を少し上げたような薄ピンクとオレンジ、空の遠く上の方にはビロードのようなオーロラがキラキラ輝いていた

気候は暑くもなく寒くもない

不思議と呼吸もいつもよりしやすい気がした

それに思わず、クレセとセイムとロシュは感嘆の声をあげる

「おおー!」

ノーマンは小さな小舟の水晶で舵を切りながら笑った

「いつきても、壮観ですね、7stは、ここはそんなに広くありません、レイグランドまでは30分というところでしょうか、さぁ行きますよ!」

それにセイムはワクワクしながら頷いた

ノーマンさんが3つついた水晶をいじり船は傾きながら速度を上げた

波を切り裂きながら一路北を目指す

そこにクレセが言った

「セイム様、知ってますか?レイグランド人は子供のうちは性別が無いのですよ」

セイムは驚いてクレセを振り返る

「えっ?」

それにノーマンが珍しく大声で返した

「成人する時に性別をどちらか選ぶのです

そして成人後は片方の性別でずっといるのです、そうすると何年かで固定されるのです」

セイムはふぅんと頷いた

「どっちにもならなかったらどうなるの?」

それにノーマンとクレセはピタリと固まった

コホンと小さく咳をしてクレセが言った

「少数ですが中にはそういう方もいます、両性具有といいます

その方達は女であり男でもあるのです」

再びセイムは頷いた

「ふぅん、自由なんだね、レイグランドの人は」

隣でなぜかクレセがほっとしたように息をはいた

そのときノーマンさんが叫んだ

「見えて来ましたよ!あれがレイグランド王国です!」

セイムは思わず立ち上がった

はじめは小さな影だった

近づくにつれそれが真っ白に輝く巨大な城だと気づく


「わああ!」

セイムは思わず感嘆の声をあげる


磨きあげられた艶のある一枚岩を削りとったかのような大きな城

大きくて全容を把握できないが、キラキラと輝く巨大なクリスタルがいくつも城の中や外を一定の周期で往来している


途中クレセは船に旗をたてた

白地に金と黒で翼のある女性

クレイドルの旗だ


近づくにつれ、大きな戦艦が何台か見えたが話が通ってるのか旗のおかげかおとがめなしだった


セイム達をのせた小舟は波をかき分けながら港へと入る

すると港から歓声があがった


見ると大勢の一様に美しい精霊人達が拍手や歓声を、あげながらセイム達を待っていた

時には涙している人もいてセイムは不思議に思った

しかしその理由は港に上陸した際にわかった

ノーマンを、最後に船からおりると、煌びやかな、中性的な精霊人が近寄ってくる

長い銀髪に銀のかんざし、髪飾り、色とりどりの宝石で飾られた小さな銀の冠

親指ほどあるダイヤのイヤリングが耳元でキラキラ輝いている

胸元でもさらに大きなダイヤがいくつもついたネックレスが光輝いていた

着ている紺の衣装も随所に宝石がキラキラと輝いている

それでも華美すぎるとか嫌みに見えないのが不思議だった

ノーマンはその人を認めると片膝をついて会釈した

セイムら一同もそれに習う

ノーマンが緊張した声で言った

「御機嫌麗しくルーティ様

この度は、多忙な中わざわざお出迎えくださりありがとう存じます」

どうやらルーティと呼ばれたこの人はレイグランドの王らしい

王が直々に迎えに来てくれるなんてすごいことなんではないか

セイムは内心緊張していた

そこにルーティは思ったよりずっと低い声で言った

「良いのだノーマン、話しは聞いている、まずはよくぞ生き残ってくれたと言いたい、さぞ辛い思いをしたであろう、想像に堅くない、ルイリンガルとイヴフィニアの横暴、我々は到底許すまいよ、」

それにノーマンは恐縮したように改まった

「そのお気持ちだけで十分でございます…」


セイムはなんとなく、あの出来事について触れてほしくなかった、あれから七年ほど過ぎたが、風化できる部分とできない部分があると思っている


それを、察したのかルーティはそれ以上、触れることはなかった

「とにかく遠路お疲れだろう

まずは案内するがゆえゆっくり休まれるが良かろう」


そうしてセイムらには豪奢な一室を与えられ、その後は夕食に招待された

そこでノーマンは知人に再開し、知人は子供を連れてきていた


その子供はレイという名前の、癖のある金髪を無造作に伸ばした美しい子で肌は透き通るように白く長い睫に縁取られた青い瞳は宝石のようだった


セイムは一瞬見とれてしまった

レイグランド人は一様に皆美しかったがこの子はことさらに美しく思えた

それなのにレイはセイムを見て言った

「あなたは美しいね、私は美しいもの好きだ、だから、私はあなたが好き」

「!?」

いろいろ突然でびっくりして、思わずのけぞってしまい、それを、背後に控えていたロシュが支えてくれる

ロシュが耳打ちした

「大丈夫ですかセイム様?」

セイムはあわてて居ずまいをただすと頷いた

「うん、大丈夫」

レイはそんなセイムを面白そうに見て言った

「私は、レイ、もう知っているね、さっき父上が紹介てくれたから、君はセインフォートだろう?蒼月の精霊人」

セイムは内心ドキドキしながら頷いた

「うん、そう、よろしくね」

レイは微笑んだ

それはまるでバラが咲き乱れたかのような笑顔だった

「まっ眩しい!」

セイムは思わず口に出した

レイはさらに笑った

「レイグランド人は皆光の精霊人だからね、それにしても君はとても美しい」


セイムはまたびっくりした

「え?そうかなぁ?」

かわいいとは、よく言われるが美しいと言われたことはあまりなかった

それよりもなによりも自分よりレイの方が断然美しいという言葉が似合うセイムはそう思った

しかしレイは微笑んで言った

「宝石のような琥珀の瞳、流れるような蒼い髪、そしてなによりもコアクリスタルが美しい、きっとこの国のどんな宝石よりも美しい!」

セイムは恥ずかしくて耳まで熱くなるを感じた

レディオがいたらきっと大爆笑しているに違いない


それに見かねたロシュが口を挟んだ

「レイ様、それ以上はセイム様は恥ずかしいようです」

レイは驚いたように言った

「おっと、思ったことを口にしただけなんだけど…すまない、気を付けよう」

セイムは再び息を整える

「ありがとうロシュ、ねぇレイは何歳なの?私は八歳よ」

それにレイは笑った

「私は9歳だよ、まだまだ子供さ」

それにセイムも笑った

「へぇ!私達仲良くなれるかな?ねぇ友達にならない?」

「もちろんさ!」

なんとなく二人してクスクス笑った


これが後に親友となる二人の出会いだった


後日、ノーマンとクレセはガウディオへと帰っていった、もちろん一月後にセイムを迎えに来てくれるしガウディオまでは船で片道一時間、決して遠くはないし、レイという友達もできたしロシュもいる、もうセイムは寂しくなかった


そうしたらもう毎日がセイムは楽しかった

レイグランドでは不思議と体は軽かったし、熱も出ても微熱だった


セイムは基本、レイの父親の領地に滞在し、レイグランド王国は巨大な城が全てだった、王族と貴族には城の一部を貸与され、一般人は城の合間にある街に住んでいるという風だった


レイと、セイムとロシュはは毎日食事から寝るまでずっと一緒だった


一緒に勉学をしたり、一緒に城を探検したり、レイグランドの物を食べたり、セイムは毎日が刺激的で朝起きてから寝るまでずっと駆け抜けているようだった


ただ、ロシュはセイムの護衛を兼ねてついているので夜もしっかり寝てないようで途中からセイムは心配になった

「ロシュ大丈夫?」

するとロシュは少し覇気に欠けた顔で笑った

「大丈夫ですよ!こういう訓練も受けています、

だから、セイム様は気にせずたくさん楽しんでくださいね」

セイムはとりあえずそれに頷いた

心配だったがセイムにできることは何もない、ただあまり遊びまわったりするとロシュがその分疲れてしまうかもしれない、そう思い、遊ぶ量を少し控えた

レイにもこっそりとその事を伝えた

レイは頷くと言った

「わかった、でもうちにも用心棒くらいはいる、ロシュは警護を用心棒に任せて少し休んだ方がいいのではないか?」

セイムはそれに小さくうつむく

「うん、でもなんかね、私のことをお嫁さんにしたいって男の人がいるんだって、その人が危ないんだって」

セイムは来るときノーマンに聞いた男の話を思い出していた

「なんか、王族で、名前は確か…」

そこまで言ってレイは頷いた

「レイモンド?」

セイムは驚いて頷く

「そうそう、でもなんで知ってるの?」

レイは小さく息を吐くと言った

「父上から聞いたんだ

もともとなにかと問題がある男らしくてね…セイムの母上を敬愛していたらしい

だが行きすぎた行為をとって王直々に罰を与えられ、王族の底辺まで追いやられたらしい」

セイムは目を丸くした

「母さんを…?それは聞いてなかった

レイモンドは母さんに何をしたの?」

セイムは母親のことをほとんど知らない

ノーマンさんやリサに話で聞くぐらいだ

、なんでもクレイドルの長で気が強く、鋼鉄女王という通り名がついていたとか、あとは小さな集合写真で見ただけ、ぼやけた写真だったので詳細はわからないが容姿はセイムとほぼ瓜二つで、当時は驚いたものだ

セイムがそんなことを考えているとレイが目を伏せた

「言ってはいけないことだったかもしれない」

セイムはレイを見つめた

「でももう私聞いちゃったし」

レイはため息をついた

「ストーカー行為をしていたらしい」

セイムはきょとんとした

「ストーカー?」

レイは目を閉じた

「それ以上は知らない、父上も教えてくれなかった、ただ当時みんなが噂してたから、よっぽどの事をしたのは確かだ」

「ふうん」

セイムは頷くとレイに聞いた

「ねぇ私と母さんの容姿が似てるから危ないのかな?」

レイは息を吐く

「恐らくな、今、ロシュが気を抜けない理由がわかった気がする、レイモンドについて父上にも話しておこう、最ももうご存知だと思うが」

セイムは頷くと言った

「なんか、ごめんね、何から何までお暇してる身なのに…」

レイは笑う

「いいさ、気にするな、セイムといると私も楽しい」


セイムはそれに小さく笑った



事件が起きたのは次の日の15時すぎくらいの事だった

午後の休憩に三人で庭の椅子に座ってお茶とお菓子を嗜んでいた

ただ途中レイは父親に呼ばれて退席した

あとにはセイムとロシュが残った


セイムはこの時間が一番好きだった

良い香りの紅茶と色とりどりのかわいいケーキやお菓子達

目で楽しみ、香りを楽しみ、一口一口丁寧に味わう

もともと精霊人は本質が精霊なので食事はしなくとも生きれないことはない、だが体はあくまで人なので、食べないと支障は出る、でも食を娯楽にするという観念はクレイドルにはなかった

そのためセイムはこのティータイムという儀式をとても気に入った

セイムはうきうきしながらロシュに言った

「ねぇ、このティータイムはガウディオに行ってもやってみたいな」

ロシュは苦笑いしながら言った

「オレは主食が肉なんで、よくわかりませんが、紅茶は茶葉をもらえるとしてお菓子は作り方を教えてもらわないと再現できませんね」

セイムはそれにはっとする

「そういえばそうね!あとでレイに、聞かなくちゃ、私作れるかしら?」


それにロシュがあくびをしながら紅茶を含む

「セイム様は料理もお上手ですし、大丈夫ですよ…ふわぁ」

ロシュは露骨にうとうとし始めた

セイムは不思議に思って問いかけた

「ロシュ?眠いの?」


しかしロシュは返事をすることなく、その場に突っ伏した


落ちて割れこそはしなかったもののガチャンと音をたてて紅茶は茶器からこぼれた

セイムは立ち上がった

「ロシュ!?」

近づいて、ロシュの顔を覗き込む

「…」

「グオーグオー」

セイムは息をはいた

「寝てる…」

思わず安心してロシュの隣に座り込んだ

「あーびっくりした!疲れてたのかなあ?」


「グオーグオー」


セイムは静かにロシュの頭を撫でながら

ロシュの寝顔を見つめた

水色の短いクセ毛の両端には狼の耳がある

セイムが撫でるとロシュの耳がピコピコと動いた

獣人は不思議だとセイムは思う

精霊人は本質が精霊だが獣人は本質は獣だ

獣の姿にもなれるし、人の形にもなれる

、レディオもそうだが、訓練などすれば人の形の時でも本質の自分を一部残しておいたりできる、

さらに使獣となれば、エレラルを駆使して大きさなどもコントロールできるようになるらしいがセイムとロシュは契約してまだ日が浅い、できないこともまだ多い

「まぁこれからだよね」

セイムは目をつむった

二人にはまだ400年近い時間がある

だから焦らずゆっくり歩いていけばいい


しかしその時だった


「なんと、驚いた…」


セイムははっとして顔をあげた


そこには金のストレートの長髪の

レイグランド人によくある美しい顔立ちをした大人の男性が立っていた

すらりとしていたがどこか無骨な感じがしたのは彼のエラがはっているせいなのかもしれない


そこでセイムは本能的に危険を感じた


何をどうと言われるとうまく言えないがセイムは立ち上がった


強いて言うならば視線

その男のセイムを見る目は今まで会ってきた誰とも違った


なんだろうこの人気持ち悪い


セイムは居心地の悪さと恐怖を覚えた


男の視線はセイムをなめまわすようにさ迷い、最後は顔で止まった

男はうっとりとしたように言った

「ああ…我が愛しのリリス…」


セイムは足の爪先から悪寒が這いずりあがってくるのを感じた


こいつがレイモンドだ

間違いない

リリスとはセイムの母親の名前だった


セイムは息をのむとロシュを振り返る

ロシュは寝ている、レイはいない

いるはずの用心棒は来ないし

私有地であるはずの庭に余所者が入っている

今さらながら全ては巧妙に仕組まれているように思えた

だとしたらロシュは薬でも盛られたんだろうか?

考えてみれば、不自然な寝つきだったかもしれない

自分の鈍さを呪いながらセイムは息を飲んだ

男とセイムの距離は2メートルほどしかない

男から目を放さぬようにセイムは後ろ手にロシュを揺する

「ロシュ!ロシュ!」

しかし男は一歩前に足を出すと言った

「無駄だよ、リリス、その獣には薬を盛った、匂いも味もない、2時間はぐっすりだろう、用心棒も同じだ、寝てもらった、」

セイムは全身から汗が吹き出すのを感じた

それに男は満足そうにわらうとさらに歩をつめる

「グレーズ公には子供共々王がお呼びだと嘘の手紙を送っておいた

今ごろは王のもとへと向かっているだろう」

セイムは下がらない

下がれないとも言う

眠っているロシュを一人にはできなかった、セイムは拳を握りしめる

戦うしかない!


セイムは両手をあげた

大丈夫、何度も練習してきた

『蒼月』

これがセイムの真名

コアクリスタルを呼び覚ます言葉

続いてセイムは片手をあげる

『月剣』

シュウゥと、音がしてセイムの右手に銀と青の剣が収まっている

セイムは月剣を構えた

大丈夫、何度も練習してきた

セイムは再度心のなかでつぶやいた

嫌な汗が全身から吹き出してきて冷たい、剣を握りしめた両腕が細かに震える

でも、一度も大人相手に勝ったことなどない、いつも手合わせはしてくれるが手加減どころか遊んでいるようなちゃんばらくらいしかしたことがない、だって

そこまで考えてセイムは息を飲む

だってセイムは体が弱いから、ちょっと運動でも熱が出てしまう

でも、そのためにレイグランドに来た

レイグランドでなら、レイグランドならもしかしたら戦えるかもしれない

セイムはそれに全ての可能性をかけた


感覚をほとんど失って手汗で滑り落ちそうな剣をセイムは握りしめ、高く構える


狙うなら足、動けなくして、時間を稼ぐ


しかしそこにレイモンドの低い声が笑い含みに降ってきた

「私に刃を向けるのかい?」

セイムは最初意図がわからずレイモンドの顔を見た

その顔は不気味な笑みを称えている

レイモンドは続ける

「レイグランドの王族である私に?」

それにセイムははっとする

レイモンドは気持ち悪い優しい声を出した

「気づいたかい?君が私に危害を加えることはクレイドルがレイグランドに敵意があると言うことと同義なんだ、わかるかい?」

セイムは眉間に皺を寄せた

この男の言うことは一見正しいように聞こえるけど、そもそも王族が薬を盛ったり、嘘の手紙を出したりするものだろうか?

だがセイムは万が一にもクレイドルのみんなになにかあるのは嫌だった

だってもうたった6人しかいない

もしここでセイムが何かしたせいでみんなになにかあったら…

セイムはうつむくと右手を降った

剣は煙のように霧散する

レイモンドはそれに声を上げて笑った

「いい子だ」

そして歩を進めてくる

セイムはうつむいたままだ

1メートルを切ったところでセイムはバッと両手をあげる

『月晶!』

同時に目の前に蒼いクリスタルの壁が現れる

レイモンドは驚く

「なっ」

セイムは叫ぶ

「これは正当防衛よ!これなら危害を加えたことにならないし、あなたも私に手を出せない!」

しかしなぜかレイモンドは笑みを浮かべた

セイムは再びゾッと悪寒を感じる

そのときだった

急にセイムの体中から血の気がひいた

それにセイムはフラりとよろめくと崩れるように倒れた、その際に月晶も消えてしまった

手足にが冷たく力が入らない

ノイズのようなざわめきとに視界

うっすらとセイムは浅い息をしながら思う

貧血だ

慣れ親しんだこの感覚、まちがいない、力を使いすぎたのか

それでもセイムは必死に起き上がり、不鮮明な視界でレイモンドを探す


レイモンドは本当にすぐ間近に立っていた

なにかを押さえるように歪んだ笑みをたたえている

「ようやく薬が効いたか

だがしかし、リリスこれでようやく我が物に…」

薬…?この感覚は貧血だと、思うのだが


レイモンドが手を伸ばしてくるのを恐怖に思いながらもセイムはこらえきれず倒れた


怖い…ロシュ、ノーマンさん、みんな助けて

私どうなっちゃうの?


かすれる意識の中セイムはレイモンドに上体を起こされる


レイモンドの熱い息がかかる

目を開ける勇気はなかった


レイモンドはセイムの髪を一束取ると

愛おしそうにキスをした

「この髪、蒼く、艶やか…ああリリス…」

セイムはなんだかもうただ泣きたかった

抵抗したかったがその気力がなかったし

嫌だし、気持ち悪いし、でも事を見守るしかできなかった

肉食動物に補食される草食動物はこんな気持ちなのかもしれない


しかしそのときだった

良く通る凛とした低い声が庭に響き渡った

「そこまでだ!レイモンド郷!」


レイモンドがはっとしてセイムから離れるのがわかった


セイムはうっすらと目を開ける


そこにはルーティ、王と20人ばかりの兵が立っていた

それとグレース郷とレイ

みんな一応に険しい顔をしている

レイモンドが驚いた声をあげた

「なっ、王、なぜここに?」


しかしルーティはそれには答えず声をあげた

「もう良いぞ!ロシュ!私が許す!存分にやれ!」

レイモンドは怪訝な顔をしたそのときだった


どこからともなく現れた一匹の白い狼がレイモンドの首筋に噛みついた


誰が反応する間もなかった


パタタと赤い血飛沫をあげながらレイモンド郷は大きく投げ出される


セイムはどさっと地面に倒れる

ロシュ、白い狼が気を使ってくれたのか血は浴びなかった


すぐにバタバタ足音が入り交じり、怒声が響く


そのとき誰かがセイムの体を持ち上げてくれた

セイムはうっすらと目を開けると心配そうな面持ちでこちらを美しい顔で除いているレイだった

「大丈夫かい?セイム」

セイムは少し安心して目をつむった

「レイ…私何がどうなっているのか……わからなくて…」


背後からはまだ怒号らしき喧騒がが響いている

ロシュは無事だろうか?怪我などしてないといいけど

そう思いながらセイムは深く息を吸い込むとことんと意識を失ってしまった


セイムが目覚めるとどうやらグレース郷の屋敷のベッドの上のようだった


セイムは気だるさと不快な汗をかいてない事からただの貧血で倒れ意識を失ったのだと推測する


軽くベットから上体を起こすと、頭痛や目のくらみも無くスッと起こすことができた

あれからどのくらいたったのだろう?

セイムは開け放された窓を見るが、景色は青々と繁った樹木が風になびき虫の声が忙しく聞こえるだけでよくわからなかった

太陽の加減を見るに、夕暮れが近い気がした

だとしたら二時間ほど眠っていたのだろうか?

それを肯定するようにレイの声がした

「今は夕方の5時だ、セイムは二時間ほど眠っていたな!」

セイムははっとして振り替えると、入り口にレイと心配顔したロシュがセイムに駆け寄ってくるところだった

「レイ!ロシュ!」

ロシュはベッドの前まで来ると片膝をついてセイムの手を握った

「セイム様お加減はもういいのですか?」

セイムはそれに笑って答える

「うん、もう大丈夫、レイモンドは薬とか言ってたけど、ただの貧血だったと思う」

それにロシュは鼻息を荒らげた

「それはいかに王の頼みとはいえ、よくわからない薬をセイム様に飲ませるのはオレは許せませんでしたから!」

セイムはキョトンとする

「王の頼み?薬?」

それにロシュははっとする

「申し訳ありませんセイム様、オレはむざむざセイム様を囮にするような真似をしました…」

ロシュはしゅんとなる

耳は垂れフサフサのしっぽも残念そうにと垂れる

なんだかそれがおかしてくセイムは少し含む

そこにまた凛とする低い声が響いた

「お加減はよろしいか?」

三人が振り替えると、そこにはルーティとレイの父親と兵卒が三人ほど立っていた

それにレイは無言で頭を下げ横に控える

セイムが驚いて声をあげる

「ルーティ様…はい、大丈夫です…でもどうして」

それにルーティは頷くと部屋に入ってきた

「失礼つかまつる」

ルーティはセイムのベッドの脇まで来ると、兵卒が用意した豪奢な椅子に腰をかけた

「そなたにはまず謝らねばならぬ」

そういってルーティはセイムに頭を下げた

「もちろん大事にはしないつもりだったとはいえ危険な目に合わせたのは事実だ、レイモンドを罰するため、むざむざ囮にしたこと、本当に申し訳なかった、いかにノーマン殿の了承を得たこととはいえ…」

セイムは慌てた

「そ、そんな…頭をあげてください!私は大丈夫ですから」

何がなんだかわからなかったが、なんとなくレイモンドを捉えるため自分が囮に使われた、状況から察するにそれを知らなかったのは自分だけだったと言うことではないかとセイムは推察した

それでロシュはあんなにしゅんとしていたのかもしれない、ノーマンの了承を得たということは皆知っていたのかもしれない

そこにルーティは顔をあげる

「だが、セイム殿のおかげで、レイモンドの罪を明らかにし、ようやく裁くことができるようになった

重ねて礼を申し上げる」

再び頭を下げたルーティを見てセイムはまた慌てる

「そんな…頭をあげてください!」

するとルーティはスッと頭をあげると目を伏せた

「レイモンドに触れられさぞや、不快だったであろう、体に傷は無いとはいえお心は大丈夫であろうか?」

それにセイムは少し先ほどの事を思い出した、悪寒が少し這い上がる、だけど幸か不幸か、貧血だったので、あまりよく覚えていない

セイムは頷くと言った

「私は大丈夫です」

それにルーティはほっとしたように笑ったが、すぐ深刻な面持ちに戻る

「まず、状況を、説明しないといけないな…どこから話そうか…」

セイムはなるべく聞き漏らさないよう耳を澄ませた

ルーティは静かな声で語り始めた

「昔からレイモンドはなにかと問題の、ある男でな…だが我々はなかなかやつを裁けずにいた、一重に奴は王族であり、用心深い男だったからだ」

そこで、ルーティは一呼吸おいた

「我々はずっと秘密裏に奴を監視していた、動きがあったのは、グランレディオ殿とセインフォート殿がガウディオに移住してすぐの事だ」

セイムは驚いた

「私が六歳のころ?」

ルーティは長い睫を伏せてうなずく

「そう、二年前だ、始めは、我々はレイモンドが何を企んでいるかわからなかった、だが、レイモンドはグレースに接触してきた、グレースはもともとノーマン殿と知己で、レイモンドはグレースを通じてなんとかクレイドルに接触しようとしているとわかったのだ、他ならぬグレースが私に、報告してくれた」

それにグレースが頷いた

「何かおかしいと思い王に報告しようと思いました、レイモンドがノーマンに接触する理由がわかりませんでしたから」

それにルーティは長い指を組んで話を続ける

「それを聞いてこれは…と思った

なぜならレイグランドは、セイム殿の母上リリス殿を異常なほど敬愛していた

から」

それにセイムははっと口を開いた

「レイグランドは母さんに似ている私をさらおうとしていた?」

ルーティはうつむくと頷いた

セイムは思いだし身の毛もよだつ

だからレイモンドはセイムの事をリリスと呼んだのだ、リリス亡き今レイモンドはその空白をセイムで埋めようとしたのだ

うつむくセイムにルーティはいたわるように手を添える

「そこでグレースを通じ、ノーマン殿に私が直接対応したのだ、奴は必ずや何らかの形でセインフォート様に手を出すと…だがガウディオにいる限りその心配はない。だがノーマン殿もリサ殿もレイモンドの悪癖をご存じで少しでも危険な芽は摘み取ってしまいたいと同意を得て今回に至ったのだ」

ロシュはそれに頷いた

「当初はノーマン様とクレセ様はセイム様の護衛にレイグランドに残るつもりだったのです、ところがそれにレイモンドは警戒して動きを止めてしまった、そこで急遽ルーティ様達と話し合いを、したのです」

セイムは、レイグランドについてすぐ、のことを思い出した

確かにノーマンとクレセはルーティと、話があるからと小一時間ほどどこかに行っていた

セイムはてっきり積もる話があったのかとおもっていたが…

セイムはため息を吐いた

「そうではなかったのね」

それには聞きなれたは低い声が答えた

「そうです、我々は相談の上、全てはロシュとルーティ様にセイム様を託しました」

セイムはそれに驚いて顔をあげる

白と黒の正装に身をくるんだノーマンがそこにいた

「ノーマンさん!」

ルーティが振り返る

「ノーマン、すまないな、無傷で返すと約束したのに、汚してしまった、我々の落ち度だ」

それにあわててセイムは否定した

「私汚されてません!貧血で倒れただけです」

それに、ノーマンは少し笑った

「ルーティ様、我々とて、不安はありました、それがこの程度で済んだのです

感謝を申し上げます、我が姫を守っていただきありがたく存じます」

ルーティはそれに一息ついた

「うぬらがそう思うなら良いが…」

それにノーマンが頷いて改めてセイムを見る

「セイム、かわいそうなことをしました、ですがレイモンドという男は本当に危険で、あなたのお母様に対し、異常なほど執着を持っていて、一時期は島をあげて警戒に当たり、その際に私はルーティ様や、グレースと縁を得たわけですが…レイグランドと結託してレイモンドを捕縛し、奴を権力の末端にまで追い詰めたのですが…」

セイムはそれに頷いた

「大丈夫、少し怖かったけど、ロシュも守ってくれたし、それにレイモンド罰せられるんでしょう?」

それにルーティは少し難しい顔をして頷いた

「うむ、だが、極刑は免れそうだ、国外追放では奴を野に放つも同じ、無期懲役と言ったところか…」

ノーマンはそれに頷いた

「仕方ありません、奴は古きレイモンド王族の血族、だが、無期懲役となれば一族からいよいよ見放されるでしょう」

ルーティは頷いた

「奴の好き勝手にはもうさせまい」


その一言で、この場は一応の解散となった

レイモンドはルーティの命で地下深く幽閉されもう出てくることはないだろうとノーマンさんは言った

そしてその日は一泊し、翌日には一旦ガウディオに戻ることとなった

予定より早い帰省にセイムはクレイドルのみんなに会いたい気持ち半分、レイと、別れるのがさみしい気持ち半分だった

来たときと同じ小さな船に乗る前の港でレイとセイムはかたく握手をした

「セイム、心配しなくても私達は親友だ、また、会えるいつでも」

それにグレース郷が頷いた

「そうです、セイム様、我々はいつでもあなたを歓迎いたします

今日はルーティさまは昨日の雑事に忙しく来られませんでしたがまた、いつでも来てくれと仰ってました」

ノーマンも頷く

「落ち着いたらまた静養に来るとしましょう」

セイムはそれらに頷いた

頷いた拍子に我慢していた涙がポロリと落ちた

涙は次々とあふれ止まらない

ロシュに抱えられるような形で乗船し、ノーマンが船を出す

視界は潤んでよく見えないが大勢の人が手を降ったりしてくれているのか見える

セイムは目いっぱい手を振った

「バイバイ!レイ絶対また会おうね!」

こうしてセイムはガウディオに戻った


この時セイムは知らなかったが、この先セイムはレイグランドへ療養に何度も通うこととなる




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