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セントーレの悲劇

その夜は新月だった


白い石作りの神殿のその最奥

ガラス張りの天井から星とまだ、生まれたばかりの新月が見える


サラサラと庭を流れる川の音が聞こえる


部屋の中央にある広いキングサイズのベットの上で2人の赤子をリリスは一緒に横になりながらその琥珀の瞳で見守っている


リリス=w=クレイドルはここセントーレの若き長だった

リリスは腰まである長く艶やかな青い髪を邪魔と言わんばかりに結い上げている


五年前に引退した父に変わり、女の身でありながらその気が強い性格を評され長の座についた


その事を彼女自身は全く引け目に感じていなかった

自分以外に適任がいなかったのだ

できるかできないかじゃないやるだけやってみればいい

ダメだったら、ダメだと言えばいい、ただそれだけのこと


リリスはそんなことを考えながらうつらうつらしていた


ガチャ


そこに扉の開く音が響く


リリスははっとする


入ってきたものはなるべく足音を響かせないよう配慮しながら近づいてくる


「悪い、遅くなったな」


そう言ったものは新月に照らされてがたいのいい若い男だと分かる

短いが癖のある燃えるような赤毛、少しつり上がった琥珀の瞳

見た目に反して物腰は穏やかで柔らかい

リリスの伴侶であるファイ=f=クレイドルである


「もう寝ちゃったわ」

リリスはちょっと拗ねたようにそっぽを向いた


「悪かったって

今日はルイリンガルからの定期連絡が来ないって皆で対処してたんだ、

あと星読みの婆さんが悪い星が出てるって呼び出されてな

でも今日は昼間はオットーさんとこが手伝いに来てくれて少しは寝れただろ?」


リリスはますますふくれあがる

「そりゃ寝れたわよ、寝れましたわよ」

ファイが肩をすくめる

「遅れて悪かったって、リリスごめんな」


そう言ってファイがリリスの頭にポンと手をおく

「…」

リリスは頬を膨らましたまま、おとなしく撫でられていた


しばらくして気が済んだのかリリスはファイに話しかける


「見て、2人ともよく寝てるわ」

ファイはそっとリリスの横に座り2人の赤子の頭に軽く触れる


2人の赤子はそれぞれまだ短いふわふわの赤毛と青毛の毛髪が生えている

その胸にキラリと光る宝石を目にとってファイは息を吐く

「すごいなぁ、赤ん坊ってこんなちっこくてもコアクリスタルがちゃんとあるんだなもんなぁ」


それにリリスはまたも頬を脹らます


「それはクレイドルですもの

当たり前でしょ

私達の本体はこのコアクリスタルだもの、小さくてもコアクリスタルがなかったらクレイドルとは言えないわ」


ファイは苦笑いする


「まあそりゃそうなんだけどな

ママはご機嫌斜めのようだ

お前少し外の空気でもすってくればどうだ?疲れただろ?ここは俺が見ておくからさ」


それにリリスは振り返ってファイを見つめる


ファイは少し疲労の色があるが美しい妻の顔を優しく見つめ返し静かにうなずく


それにリリスはゆっくりと起き上がる


「そうね、そうしようかしら…」


リリスは全部立ち上がって2、3歩歩き出したがふと止まり、ファイを振り返る


「仕方ない事だとわかってるけど、私最近長らしいことできてない気がするの」


ファイはあくびをしながら答える


「そりゃ仕方ないさ、まだ一歳になったばかりの赤子が2人もいるからな

他の国はしらんがセントーレじゃ育児は政務より大事だ」

リリスはうつむく

「…それはありがたいことよ」


ファイはさらに続ける


「しかも三百年ぶりの両儀の双子だそれも最高位のな、めでたいことだ、この間の一歳のパーティを忘れたか?ガウディオにルイリンガルの王まで来て祝っただろ?」


リリスはファイに再び背を向ける


「そうね、わかってる、でもなんだか不安なの…」


ファイは起き上がってリリスのもとにに向かい後ろから抱き締める


リリスは抵抗することもなくただ抱き締められる

そしてかすれるような小さい声で呟いた


「大きすぎる力は大きな犠牲を払うわ、強い光には濃い影が伸びるように、私この子達が心配なの」

ファイはリリスの頭を軽くポンポンする

「それは確かにあるかもしれない、だから俺たちでしっかり守ってやろう、それしかない、大丈夫、俺たちはクレイドルだ、グランレディオにはもう使獣もいる、心配しすぎだ」

リリスは瞳を閉じる

「でも…もし…もしこの子達に何かあったら私…怖いの」


ファイはリリスを強く抱き締める

「大丈夫、君は疲れてるんだ、ここには俺も、一族の皆もいる、ルイリンガルの支援だってある」


リリスはそれにはっとする

「そういえば、さっきルイリンガルの定期船が来なかったって言ってなかった?あと星読み婆が悪い星が出ていると…」


ファイは息を吐く、抱き締める力を少し弱める

「ああ、あれの事か」

リリスはファイに振り返る

「なんだったの?」


ファイは少し迷ったような顔をして息を吐いた


「お前には黙ってようと思ってたんだが、お前は一度気になるとうるさいもんな…

朝の定期船が来なかったんだ

それで昼前に使いをやったんだが夜の八時まで待ってたが帰ってこない」


リリスは目を見開く

「えっそれってまずいんじゃないの?」


「まあな、だから今晩は不寝番を増やして、島の警備に当たらせている

俺も深夜にはまた交代に行く、夜が明けたら、状況次第では…」


そこでファイは言葉を切る

リリスは続ける

「戦いになる?」

仮にも長だ、リリスはクレイドルのおかれている立場をよく理解している


ルイリンガルは友好国だが、クレイドルはルイリンガルの中の政治争いの火種となってしまうことがしばしばある

過去には婚約と同時に殺されかけたクレイドルもいたらしい

それぐらいルイリンガルにとってクレイドルは縁が近い


一定期間に一度ルイリンガルの3貴族のうち、クレイドルがそこから王を選び結婚する


つまりはクレイドルが王となる貴族を選ぶ、当然それをよく思わない貴族もいる


リリスは口許に手を当てる


「どうして、定期船が来なかったのかしら?」

定期船は毎朝七時に必ず来る

主には情報交換

物々交換

何か変異があればルイリンガルが兵を派遣してくれるようになっている

ファイが眉間に皺を寄せながら答える

「天候は悪くない、海も穏やかだ

問題は使いにやった奴らが戻ってこないことだ」


そして息を吐く

「お前に言ったのは間違いだったな…

だが、そういうことだ、今夜状況によっては島のジジババと子供達と西の宮に避難してくれないか

グランレディオとセインフォートもつれて…」


それにリリスは目を見開く


「私も…!!」


しかし言いかけうつむき眠る双子を見つめる

ファイがリリスの肩を抱く

「お前も戦いたいだろうが、お前は双子を守ってくれ、俺たちの子だ…頼む」


リリスはしばらくうつむき鼻をすすった

そして顔をあげる

その瞳は涙目で赤い


「わかったわファイ、グランレディオとセインフォートは私が必ず守ってみせる、島をお願いね」


ファイはリリスを抱き寄せる


「頼むリリス…島は俺が守る」


そして深夜0時過ぎファイは東の船着き場に戻る


東の船着き場は、ルイリンガルとの国交もある、ある程度広く大きな石を削り積み重ね作った堤防、灯台、船着き場があった

暗い海にゆらゆらと漁船や商船が並ぶ

ファイはチカチカとゆっくり回転する灯台のその足元にある船着き場に急いだ


入るとそこは広い、壁は鉄を溶かして板にし、それを組み立ててある、その半分は海で2隻の船がゆらゆらと停泊している


いくつかの簡易ベットや質素な台所、積まれた漁具など雑多な空間に普段なら5,6人のところが今は150人ほどの老若男女がぎゅうぎゅうに押し込まれている


ファイが扉を閉めると

しかめ面や不安そうなそれぞれの顔が振り返ったりする


ファイはその表情を見てとって状況至極悪いことを知る


老若男女の間をくぐりファイは中央の机を睨み付けている何人かの男達がいるところまで行った


「状況は?そんなに悪いか?」


すると一人のしかめ面の緑の短髪の男がファイに目線だけあげる


「双子は?長はどうだった?」


ファイはちょっと拍子が抜け間を空けて答える

「あっああ、2人ともよく泣いたからミルクとおしめを変えてきたよ、リリスは散歩に出させた、帰ってきたらこてんと寝ちまったよ、こんな時にそんな話し聞いてどうなる?ガイセル」


ガイセルという男は目を閉じ、ちっちっちとわざとらしく指をふる


「わかってねーなファイ

こんな時だからだよ

長と双子はセントーレの希望であり癒しでもある、こんな時だからこそ必要なんだ」


ファイはそれを笑えなかった

低い声でたずねる

「状況は?」


ガイセルは虚空を睨み付け今度は低いどすが聞いた声で答える


「かつてないほど悪い、連中どうやら俺たちに死んでほしいようだ」


それに別の銀髪にメガネの男が答える

顔が真っ青だ

「セントーレ岸から1キロの地点にイヴフィニアの艦船が集まってきてる、それも東西南北にだ、だんだん増えてる」

ファイは首をかしげる

「イヴフィニア?セントーレはルイリンガルの領地であるはずだ」


ガイセルが皮肉げに笑う

「つまりルイリンガルが俺たちを裏切ったっつことだろ?」

ファイは目を見開く

「そんなばかな…」

そこに皺だらけの禿げ上がり腰が曲がった老人が杖をどんと前に出して割って入る

「そいつをこれから確かめに行くこった!」

ファイはそれに更に目を見開く

「お義父さん!?あなたが偵察のような事をするんですか?!」


この老人は何を隠そうリリスの父トール

御歳398歳、100年近くセントーレを率いてきた元長である

トールは長く延びたまゆのしたからファイを睨み付ける

「せっかくかわいい孫が産まれたのにおいそれと寝てられるかい!婆さんは寝とるがな!」


それに回りからちらほらと苦笑いが響く

ファイはただ呆気にとられる

トールは船を杖で指す

「ファイとわし、ガイセルとルークはこれより船で東側の偵察に出る

その間各地域班長ごと、西の堤防南の物見北の物見と別れ敵の様子を見張れ、連絡は馬のとする、敵の動きがあった時のみ狼煙を上げろ

トールは手際く采配する

それにガイセルが揶揄する

「ホントに死にかけの爺さんかよ、頼もしいってこと」

それをファイが複雑な気持ちで頷く

本当なら長代理である自分が指揮しなくてはいけなかった

だがトールとは圧倒的に経験の差、リーダーシップの差がファイとはあった


島は守るとリリスと約束したんだが…


一瞬よぎった考えをファイは頭をふって一蹴する


「ルークガイセル船に乗れ

操縦は俺がする」


そういってファイは小型のボートの方へ指差す


ガイセルが目を見開く


「やっぱり?中型船じゃ目立つもんなぁ?」


ファイはボートの縄をほどきながらガイセルの背中を足で押す


「とにもかくにも時間がねぇ

ルークあそこで指揮ふってるトールさんを連れてきて船に乗せてくれ

やつらが明朝に攻めてくるつもりならもう四時間もない!」


こうしてファイとトールルークガイセルが乗った小舟は静かに港を出発した


ファイがエレラルを調整してほんのろうそく1本の明るさで船はゆるゆると海を進む


暗闇には海は黒く岩が黒い

しばらく進むと前方に大きな奇岩が現れる、その足元にほんの小さな光がゆらゆら揺れている

近づくとファイ達と同じ小さな小舟に乗った男女だと分かる

ゆらゆら揺れる光は船の後部に付けられた炎水晶によるものだった


ファイ達はうまくその小舟の横に停泊する

ファイ達に気付き不安げに見守っていた女達はそれを無言で見守る

ファイは船が止まると声をかけた

「どうだ?」


女は緊張あわらに答えた

「ダメだ、船は増え続けてる戦艦が2隻

小舟が二百近く

それぞれ、イヴフィニアの紋章隊とよくわかんない装束のやつらが乗ってる

数は二つ合わせて千くらい」

ファイはそれに首をかしげる


「よくわからない装束のやつら?」


女アースは頷く

「ああ、暗がりでよくわからないんだけどどうも目を布かなにかで隠してる

得たいが知れない不気味だ」


するとトールがわなわなと震える

「目を隠した装束…」

ファイは義父の肩を持つ

「お義父さん大丈夫ですか?」

その時もう一人の女が割って入る


「ファイ、それより大変さっきからちょっとずつルイリンガルのジュエム部隊らしきやつらが来てる」


ファイは顔を上げる

「ジュエム部隊!?」

ジュエムとは、クレイドルと人間のハーフであるものの総称である

コアクリスタルは持たないが高い魔力人間より長い寿命、身体にどこかに水晶が現れたりするものもいる


ガイセルは顔をしかめる

「確かか?」

それに女緑髪のツイテール、リーズは頷く

「あんちゃん確かよ、赤いマントにシルバーの甲冑にルイリンガルの旗

ジュエムでしょ?」

確かにその通りだ

ガイセルは苦笑いする

「これでルイリンガルの裏切りが確定したな」


ルークが真っ青になる

「昼間使いに行ったやつらは殺されちゃったのかな…」


ファイはそれに黙す

ガイセルが吐きすてるように答える

「さあな!殺されたか幽閉されたか

どっちにしろ、俺たちもこのままじゃ同じ運命をたどるぞ」


そこにトールがわなわなと震えながら言う

「だれかわしに望遠鏡をくれ」


ファイは先ほどから様子がおかしい義父を制す

「お義父さん、大丈夫ですか?震えている」


しかしトールは震えながら呟いた

「これが震えずにおれるものか…」

意味深な言葉にその場にいたものは首をかしげ、ルークが手元のカバンから筒上の望遠鏡をトールに手渡す


トールは望遠鏡を受け取るとそれを北に向かって覗く

ファイはトールが倒れないように介助する

それにガイセルが不満そうに言う

「トールさん見えんのかね?」

トールは望遠鏡を覗きながらした打つ

「目は死んでないワイ」


そしてトールは望遠鏡を覗きながら左右に頭を動かし、ある1点でピタッと止まる

そしてよりわなわなと震えだす

「まさか…本当に…?」


ファイが心配そうにトールの体に力を入れる、ファイが力を入れれば今にもおれてしまいそうなこの体、しかしトールの目には何が見えているのか…


ファイはなにか嫌な予感が足元から這い上がって吐き気がこみあがってくるのを感じた

トールが驚くような事実

この、状況からして確実に悪い事だろう


ファイは聞きたくないと思った

できることなら今すぐリリスと双子のところに飛んでいって逃げ出してしまいたい

(もちろんそんなことは無理なのだが)

とそこでトールが諦めたように望遠鏡を目からはなし崩れるようにその場に座った

船が軽く揺れる

ファイはバランスを取る

そこでトールは小さく言った

「今すぐ引きかえすのだ」

一同は驚く

それにトールは顔色を失くして答える

「夢魔じゃ…」

ファイは目を見開く

「夢魔?あの精霊や精霊人を食うとか言うお話で出てくる?」

トールは頷く

「おとぎ話などではない、夢魔は本当にいる

夢魔には本当に精霊魔法や紋章も通じない、物理攻撃も通じない、つまりは精霊人には夢魔に抗う手が一つもないのじゃ」


ファイは全身から血の気を失うのを感じた


ルークが青ざめ震えながら問う


「そんな…まさかその夢魔があの敵の中に?」


トールは眉間に深い皺をきざみながら頷く

「そうじゃ、敵船に目を隠した奇っ怪な出で立ちのもの達が複数いた

あれはおそらく夢魔使いだ」


ガイセルが腕を組んで神妙な面持ちで言う

「夢魔使い?」


しかしトールは疲れたようにため息をついた

「とにかく一度陸に戻ろう

わしに策がある、しかし時間がない

急がねば間に合わなくなる」


それに皆慌てたように船に座り直した

策がある

トールの言ったその言葉にファイは少し元気付けられて再び陸へと向かった

「2人は引き続き見張りを頼む、何かあったら、水晶じゃ盗聴される恐れがある、直接エレラルで頼む」

それにアースとリーズは静かに頷いた



陸について、トールを椅子に座らせ水を飲ませる

トールはもう398歳

クレイドルの平均寿命は400歳だからここにいるのが不思議なくらいな年齢だ、それでもなお、ここで指揮の中核にいるのはさすが元長と言ったところか


ファイは半ば感心しながらふと、リリスを思い出す、昔から何かあるとリリスは父と、喧嘩していた、血は争えないのかもしれない、では双子もリリスやトールのように豪胆な性格になるのだろうか?

いやでも、臆病で引っ込み思案の自分の血も引いているのだ、一概には言えまい

とそこでファイは息を吐く

こんなときに自分は何を考えているだ

もしかしたら今日でなにもかもおしまいになるかもしれないと言うのに…


しかしそこでファイの奥底でなにかが叫ぶ

そんなことはさせない

せめて双子とリリス、女子供達だけでも逃がしてやりたい


そのためにも!

ファイはトールを見た


トールは水を飲み干し深く息を吐いたあと立ち上がって声を揚げた


「ウォールはいるか?」


ファイはきょとんとしたウォールと言えば島の南東で林業を営む家族の現筆頭だった

なぜ今ウォール?

ファイはそう脳内で疑問に思いながらも大声をあげる

「ウォールはいるか?」

先ほどのトールの指示で室内は100人ほどに減っていた


そこから人垣が割れ、黄緑の短髪緊張気味の中肉中背の男が緊張気味に前に出てくる

「トール様、ウォールです、私めになにか?」

するとトールは深いため息を吐いた

「単刀直入に言おう、大量の香木がいる、お前達の林を島のためにささげて貰えないだろうか?」


するとウォールは目を見開いた


「香木…?しかしあれは非常希少なもので…大量とはどの程度ですか?」


トールはしかとウォールを見た


「全てじゃ、香木に島のクレイドルの全命がかかっている」


その言葉にも瞳にも嘘偽りはなかった

ウォールは明らかに動揺している

トールは息を吐いて静かに話始めた

「あれは300年ほど前か

わしは、仲間と興味本意で天葉界を目指していた」


ファイは焦る、こんなときに昔話か?

「お義父さん?」


しかしトールは制す

「まぁ聞け、ファイ、時間がない、だからこそこれから起こることを少しでも皆やウォールにも納得して貰わねばならぬ」


ウォールはうつむき、群衆はざわめく

ファイは内心焦りながらも黙った、確かにファイ達は敵の正体を把握してない

そして把握してる少なくとも策を持っているのもトールのみ、ファイ達はトールの話を聞くしかなかった


皆もそう納得したのか静かになる、トールは頷くと話の続けた


「わしと仲間達は1stの師管から天葉にむかうため師管を目指していた、しかし道中1stの精霊人に出会い縁あって師管まで案内してもらったのじゃ」


天葉界とは精霊しかすまないと言われる天の世界だ、行くには1stにある師管から一気に登るしかないと聞いたことがある

お義父さんはよく酒の席で天葉界に行った話を自慢げにしては酔いつぶれていたが、しかしこの話はファイは聞いたことがなかった


静かにトールが続ける

「二、三日旅をして師管についた時に1stの精霊人に我々はあるものをもらった、お守りじゃと

それは手のひらほどの香木じゃった、師管の近くには象のように大きい夢魔とそれを操る夢魔使いと呼ばれる異形の人間が住むから、出会った時はそれを燃やして首にさげ逃げなさいと」


トールが一息つくと群衆がわっと沸く

あちこちから声があがる

「象のように大きな夢魔だと?!」


「それが今島中を囲んでいるのか?」


「本当に香木の香で夢魔を退けられるのか?」


それをファイが大声をあげた

「皆おちつけ、まだ話は終わってない!」


群衆は静かになる


そこにウォールがなにかを決意した顔でトールに向かって話始めた


「夢魔には香木の香りが効くのですか?」


するとトールはうつむいた

「わからぬ、その時結局わしらは夢魔にも夢魔遣いにも遭遇しなかったからの」


すると静かにウォールは言った

「1stの精霊人にもらったという香木をみせていただいても?」


それにファイが声をあげる

「おいだれか、お義父さんの家に使いを…」

するとそれをトールが制す

「かまわん」

ファイが驚いてトールを見返すとトールは腰袋ごそごそとあさり手のひらほどのなにか細かい紋様が描かれた板きれを取り出す


「お守りがわりに持ち歩いているんじゃ」


ファイは驚く

群衆もざわっと前のめりになる

ウォールはそれを受け取るとしげしげと見聞する


「確かにこれは香木のようだ

沈香か伽羅でしょうか?香木が、どのようなものか失礼ながらトール様ご存じで?」

するとトールを頷く

「ジンチョウゲ科ジンコウ属の常緑木が虫や動物で与えられた傷を樹液で直し長い年月が経ったものだと聞いている」


トールは頷く

「その通りです」

ファイはちんぷんかんぷんだった

他の皆も同様のものがおおく若干苛立ちすら見せている

しかしウォールは静かに話す

「それゆえに香木は大変貴重で、製造には何百年と年月がかかります

私達植物班はずっとそれらを育て守って来ましたが、一族の存命のだならばきっとご先祖様も快諾してくれるでしょう」


それにトールを含む皆が顔をあげた

トールが気色ばむ

「では!」

ウォールが笑顔で頷く

「はい!あるだけを切って皆に分けましょう!それ島にあるヒノキや松など香りのある木も燃やして見てはいかがでしょう!香木とは違いますが、同じ木の匂いではあります、やる価値はあるんではないでしょうか?」


希望がわいてきた

ファイは思った

トールも、同じだったのか若干上ずった声を出す

「すぐに各地域から伐採に向いてるものと手伝いに数人をウォールに従い南の森に向かわせ、300人分用意して皆に配るのだ!急げ時間がないぞ!」


すると群衆はあわてたように砕け、何十人もがバタバタと騒がしく出ていく


その後ろ姿に、ファイが大声をだす

「敵にばれるくらい派手にやるなよ!」


それに数人かが反応して、船着き場に残された人々は70人くらいになった


ファイは時計を見る


「さて、と…一時半か…ガイセル夜明けが何時ごろかわかるか?」

ガイセルは腕を組んで答える


「4時10分てとこかね!だいたいたが」


ファイは頷く

「残り二時間半か…ルーク現状から考えて相手の戦略はわかるか?なるべく一番最悪なやつでな」


それにファイが戻ってからもうずっと顔色の悪いルークが今にもはきそうな顔で答えた

「なるべく最悪な相手の戦略か、夢魔使い八百とジュエム部隊100人が揃ってる時点でなかなか最悪だけどね…」


それにガイセルが固く腕を組、懐からごそごそとたばこを、取り出し、慣れた手つきで火水晶で火をつけ、ぷはーと煙を吐き出す、独特な匂いが空間を埋める


「それだけじゃねぇイヴフィニアの紋章部隊およそ三千、俺達300に対して10倍の数だ、夢魔使いにいたっちゃわかるだけで八百だ、一人の手持ちの夢魔が一頭でも倍以上の夢魔と夢魔使いを相手にしなくちゃなんねぇ、つまりいくら香木を用意しても、状態はなんも好転してねーのよ」


「…」


重い沈黙が流れた


破ったのはファイだった


「やつらの目的はなんだ…」


それにはトールが答えた

「恐らくはルイリンガルのハライパイ貴らによる、クレイドル排除思想のもの達が決起したか、クレイドルに依存した王政が嫌だと言うものはいつの世にもいる

だが問題はイヴフィニアだ、紋章部隊三千とは…ハライパイは余程の見返りを約束したとしか思えん」


ファイはそれにうつむく


この時ファイらついにイヴフィニアの目的が両儀の双子だと気づくことができなかった

なぜならクレイドルにとって子供が双子で産まれてくるのは普通のことだった上、陰陽で産まれてくるのことも珍しくはあったが完全に無いことでは無かった

更に言えば、クレイドルはイヴフィニアと国交がほとんどなかった、○○教が国教であることも○○教が神を崇拝していたことも洗礼の儀などというものが行われたことももちろんファイ達は知るよしも想像することもなかった


ファイは大きくため息を吐く

「敵の戦力は大きい、完全に俺達を皆殺しに来ていると言って過言ではない

それに対して俺達は争いを厭う、戦い方も戦略もろくにわからん、それに総勢たった三百しかもそのうち半分は子供と老人だ、よって戦えるものは150人…150人対およそ4000人、夢魔の数によってはプラス二千くらいか?」


ルークはガイセルにもらったたばこを震える手で吸いながら答える

「逃げるしかないね、戦える150人でできるだけ引き付けてその間に女子供老人を逃がす」

それにトールが厳しい目付きで反論する

「夢魔はどうする?香木の薫りで遮ることはできても惹き付けることはできんぞ?それとジュエム隊100だ、やつらは強いエレラルを有する、数を有利に逃げたところを狙いうちにする腹かもしれん」


再び重い沈黙が流れた


ガイセルがやぶった

「今思ったんだが、イヴフィニアの紋章隊三千はちと多すぎねぇか?もしかして全体紋章を使って島を囲って、俺達を島に閉じこめるって算段だったら?それなら島を囲ってる理由もつく」


それにファイは思わずつぶやいた

「最悪だな…」

それにルークと同意する

「ああ、恐らくそれが一番最悪だ、

イヴフィニア紋章部隊が島を囲い俺達を島に閉じ込め、エレラルの効かない夢魔を島に放つ、そしてどうにか夢魔や紋章をかいくぐり逃げてきた者をジュエム隊が打つ、女、子供、老人は今すぐ島の外に逃がした方がいい!俺達に勝機はない」

ファイは全身が冷たくなり、気が遠くなるのを感じる、意識が暗くなる

遠くの方でリリスと双子たちが笑ってるのが見えた気がした

しかしそこに火の手が上がり、リリスの悲鳴と双子の泣き声が響き渡る

ファイ拳を握りしめる

守りきらなくては…たとえ自分がどうなろうと…

「今すぐ逃がそう!ルーク、逃がすなら西か?北か?」


それにルークは顎に手を持っていく、捨てたのかいつのまにかたばこがない


「逃げるなら西、エレラルラインを超えてニゲル帝国のスラムに紛れるがいいかもしれない…でも敵もそれを読んでるかもしれない、複数が囮で西に飛んで、北から船でルイリンガルの北東のいなか町に逃げ込むのは、どうだろう?」


ガイセルが頷く

「囮は俺がやる、ついでに精霊化して、夢魔も引っ張ってって、やるよ

俺は、狭いとこでちまちまてっのは性に合わねーからよ、派手に逃げてやる」

ルークが苦笑いする

「ああ、できるだけ引っ張ってってくれよ、囮だとばれぬようマントをきてもらおう、」


ファイは群衆に向けて大声を出す

「今すぐ島中の船を北の物見台に集めてくれ!足りないなら作るしかない!誰か造船班と漁班のもまだいるか?!それとすぐに避難を始める、各班長、副班長は子供、老人、女を優先に避難を始めてくれ」


するとざわざわと人垣が割れ数人現れる


ガイセルとルークがそれら数人と話をし始める


それみてとり、ファイは傍らにいるトールに膝をついて話しかける


「お義父さんも避難してください」

しかしトールは断固とした目でファイを睨み付ける


「ファイ、ワシを腑抜けだと思ってるのか?」

ファイは慌てる

「決してそのつもりは…

ただおじいさんにはリリスやセインフォート、グランレディオといて欲しいのです」

しかしトールは頑なに首肯しなかった

「ワシは戦う、戦える、ワシはもう十分すぎるくらい長く生きた、それなのにどうして、若い者を危険にさらし、おめおめと逃げられようか?わしは年確かには取ったがな腑抜けになった覚えはない!」

ファイは困惑する

「お義父さん…、あなたがいなくなればリリスが泣きます」

それにトールはふんとファイに言った

「お前もじゃろファイ」

それにファイは答えた

「私は長代理の身、逃げるわけには行きません…」

本当はファイはできることなら一緒に逃げて守ってやりたかった


トールはそれに気づいてるのか気づいてないのか大声を出した

「戦いの意思のあるものは各自装備を整え、東西南北へ散れ!逃げたいものは、子供、老人を連れ北へ急げ!二時半には島から脱出するのだ!」


すると群衆から声があがった

「クレイドルを女だからって舐めてるとどうなるか思い知らせてやる」

「島を守るぞ!」

「うおおお!」

ファイはそれを見て、少し息を吐くとトールに言った


「お義父さん、俺はウォールのとこへ行きます、香木を皆に届けます」


トールは頷く

「うむ、ワシはここで指揮をとる」


それにファイも頷き立ち上がる


こうしてクレイドルの最初で最後の戦いが始まった

しかしこれから待ち受ける事態をクレイドル達はまだ想像だにできてなかった

想像をはるかにしのぐ事態が待ってようとは何一つ思ってなかった


それから一時間後


ウォール達は香木班はわずか三十分で島中の人々分の香木を用意してくれた


ほんの小さな板キレであるが、ほんのりと不思議な薫りがした

燃やすともっと薫るのだとウォールは教えてくれた


ファイを含め数人が香木を島中に配っていた

ファイはちょうど北の物見に来ていた

そこには島から避難するために島の子供や老人、女達、造船を手掛けるもの達など150人近くが集まっていた


そこにはリリスとリリスの母ラリエットとグランレディオとセインフォート、そしてグランレディオの使獣フィアがいた


ラリエットは腰の曲がった白髪老齢の女性で、メガネをかけていた

優しい声でファイに言う

「大変なことになったねえ、あの人は前線にいるのかい?」


あの人とはもちろんトールのことだろう


ファイは頷く

「はい、お義父さんは最後まで戦うと…俺も香木を配り終わったらすぐ戻ります」


そうかね、とラリエットはうつむいた


そこにセインフォートをおんぶひもでおんぶしたリリスがファイに控えめに怒鳴る

「ファイ!やっぱり私も戦う!私は長よ!あなたや父さんが前線で戦うのに長である私が逃げるなんて…」


ファイは諭すように言う

「ダメだリリス、お前は双子を守らないといけない、長である前にお前は母親だ、逃げることを誰も責めはしないだろう

むしろ今逃げて、その先でクレイドルを再構してくれ、そのためならオレもお義父さんも死ぬことなど怖くない」


その言葉にリリスは目に涙を浮かべながら首を横に降り、うつむいてしまう

ただ絞り出した呟きだけが聞こえてくる


「どうしてこんな…」


ファイはそれにため息をつくとリリスの両腕を抱きしめ頭を撫で、額にキスをする


「ほら、お前とセインフォートの分の香木だ、無事を祈っている、愛している」

ファイはリリスの震える手に香木を2枚渡した


それからラリエットにも香木を渡し言う

「お義母さんもご無事で」

ラリエットは涙を流しながら頷く

「あなたもファイ、あとであの人に愛していると伝えてちょうだい」

ファイは頷いた

そして最後にグランレディオを抱っこしているフィアに向き合う

フィアはグランレディオよりオレンジがかった赤い髪をしている、背が高くがっしりした体、たわわな胸に尻、それに似合わぬかわいらしい顔立ち翠のたれ目

フィアは本人いわく天葉界から遣わされた不死鳥の獣人である

その表情は始終ほんわかと笑みを浮かべているとファイは思っていたがさすがに今は真顔だった

ファイはフィアに2枚香木を渡す


「グランレディオを頼む、フィア

それにリリス、セインフォート、お義母さん、できれば他のみんなも…

俺達はみんな精霊人だから、今島にいる獣人はお前だけだから」

それにフィアは笑った

「はい、もちろんグランレディオ様は血の盟約で私の主になりました

命に変えてもお守りします

そしてもちろんご家族の皆さん私の翼で賄える限り皆さんお守りします」


と、そのときだった

時刻は二時半を過ぎたあたりだろうか

カンカンカンカン

遠くで警鐘の音が響くのをファイは聞いた


するとすぐ上の北の物見台がすぐやかましくなる

カンカンカンカンカンカンカンカン

ボッと狼煙があがる

「皆、構えろー!敵の攻撃が来るぞ!」

ファイは目を見開く

「!?」


日の出にはまだ一時間以上はやいまだ空は暗い

敵がもう動いたというのか


と、そのときファイの懐から音が鳴り響く


ピピピピ

ピピピピ

ピピピピ

音ので所は各地に散った者との連絡用音水晶だった


東の沿岸

東の物見

南東に、香木を配りに行ったガイセル


ファイは瞬時に判断する

東でなにか起きてる!


一番近いのは東の沿岸!


ファイは水晶にエレラルを流し込む

狼煙に警鐘、最早盗聴等気にしていられない

「どうした!?なにがあった!」


すると、水晶のむこうがわから、上ずったアースの声が響く


「こちら東海上班、ファイ大変なの、五分前くらいからイヴフィニアの紋章部隊、ルイリンガルのジュエム隊が詠唱を始めた、なんの詠唱かはわからない

それから夢魔使いを乗せた小舟がセントーレめがけて一斉に出陣したッ」


それにファイは目を見開く


「なんだとッ!?」


夜明けはまだ先だ、空もまだ暗い、

しかし連合軍隊は夜明け前に出陣すると決めてしまったようだ


音水晶のむこうがわから更に上ずったアースの声が響く

「とにかく私達もいそいでセントーレに…」


ファイは大声を出す


「来るな!お前達は岩礁に隠れて動くな!セントーレはいまや敵の標的下にある、夜が明け次第、敵の目を掻い潜って、北へ逃げろ」

アースは涙声を出す

「そんな…そんなことできない、家族や仲間を見捨てて、」

それにファイはなだめるように言う

「とにかく今はダメだ、みすみす敵の術中の中を来ることになる、期を見て外からできることを探してくれ、頼む!」

ファイはそれで音水晶を切った


大変なことになった


今や北の物見は大パニックだ

今も鳴り響く警鐘の音

飛び交う怒号、悲鳴

赤子が泣き叫ぶ声


ファイは焦る

敵が想定よりはやく動いた

なにがいけなかった?

最初から夜明け前に始動する予定だったのか?

人の動きが多すぎたか?

ファイは後者だと思った

幼い子供、足腰の悪い老人達を北の物見まで誘導するにはそこそこの灯りが必要だった

しかし今となっては後悔後にたたずだし、他にどうしようもなかった


ちくしょう!どうしろってんだ


そこにひやりと冷たい手がファイの頬を撫でた

ファイは驚いて顔をあげる


深刻な顔をしたリリスだった


「ファイ項垂れている暇はないわ

敵から攻撃が来るんでしょう?少しでも迎撃の準備をしないと」


言いながらリリスは泣きじゃくるセインフォートをあやす


ファイは一瞬泣きそうになった

セインフォートもグランレディオも泣きじゃくっている、大人達の不安が伝わってきているのかもしれない、それか単純にお腹がすいたのか


俺が守らないと…


ファイは両手でばしんと自分の頬をたたく


あまりの痛々しい音に周りの者が驚いてファイを見つめる


リリスやフィア、ラリエットも、一様だった


ファイは、顔をあげる、両頬は真っ赤だ

「いッテー、やり過ぎた」

ファイは、リリスを見る

「リリスありがとう。そうだったな、戦わないとな」

それにリリスは目を潤ませて頷く

「あなたなら大丈夫ファイ」

と、そのときだった

はじめは小さな地響きだった

誰かが大声で叫ぶ

「地震だ!来るぞ!」

ファイが咄嗟に大声をあげる

「みんな!防御晶を張れ!!」

言いながらファイも自身とリリスフィアラリエットのまわりに防御晶を張る


ドーーン!!!


ドーーーン!!!

ドーーーン!!!


まるで大地を巨大な鉄槌を打ち込んだかのような音が三回響いた

その度に大地が割れ、木々が倒れ、北の物見が崩落し、悲鳴と怒号が入り交じる


砂煙がもくもくとあがり、視界をふさぐ

さらに暗闇でなにが事態が把握できない


ファイは、後ろを振り返る

「みんな無事か?」

泣きじゃくるセインフォートとグランレディオの声が響いていた


リリスが苦い顔で言う

「なんとか、大丈夫よ」


ラリエットとフィアも頷く


そこにリリスがあたりを見渡しながら言う

「今のは土の紋章の地割れかしら…

三回あったわね、たしかイヴフィニアの、紋章部隊が三千だから、千人で一回ずつってことかしら」


ファイは頷く

「あんまり何回もやられると島が持たんな…まぁ大規模だから連発はできんはずだだが、完全に不意を打たれた、体制を建て直す前に夢魔がきちまう!」


そのときだった、

ブゥゥ…ン!

ブゥゥン!

なにか、不快な音が島中に響き同時に敷き板を積めていくかのように、半透明な板が、島を覆った

ファイが大声をあげる

「結界を張られた!ジュエム隊だ!」

まだ、皆を逃がしてないのに!ファイは焦る

「まずいぞ、夢魔が来る、みんな香木を炊け!」

言いながらファイは自身の香木に着火する

リリスやラリエット、フィアの香木にも火をつけてやる


その間に、物見で無事だったものが結界に何度か攻撃を叩き込んでいる


「バラバラじゃダメだ!みんな一斉にやるぞ、できるものは精霊化しろ!」


ファイは参加しようか迷ったが今にも暗闇から夢魔が、現れるのではないかとリリス達のそばを離れるのをためらった


物見のもの達が叫ぶ

「行くぞ、3、2、1ー」


ドゴーン!


4,5人ほどで縦横3mくらいの穴が開いた

「やった!」


それにわっと歓声があがる


「皆船に乗れー!北に逃げるぞ!結界は五人で攻撃すれば破れる!

子供が先だ、年寄りには手を貸してやれ!」


それに戸惑いながらも応ずる人がちらほら現れる


何人かはちらほらとファイを見つめる

うち2、3人がファイに声をかけてきた


「ファイさん、物見の奴らはああいってるがどうなんだい?逃げても夢魔って、やつと鉢合わせちまうんじゃないかい?」


ファイは黙った

確かにその通りだ、だがここにじっとしててもいずれ夢魔がやってくることは明らかだった

ファイは息を吐く

「とりあえず、香木に火を灯すんだ、いつ夢魔が現れるかわからない

現状夢魔には香木しか手だてがない、島に逃げても袋のねずみだ、船に乗って北に向かいルイリンガルの東北を目指すんだ」


それに3人は頷いた、皆一様に青ざめている

「そうだな、一刻もはやく船に乗るとしよう」


ファイはそれに頷き、リリス達を振り返った、

「そういうことだ、リリス、双子とお義母さんを連れて結界を破り逃げてくれ

香木を落とすなよ?」

あたりは香木の奥深い香りで満ちている

リリスは頷いた

「あなたはどうするの?ファイ」


ファイは肩をすくめる

「さっきと同じさ、東の物見とガイセルに連絡をとって合流する」


リリスはまたも涙目になる

いつも強気のリリスだが今日ばかりは弱々しい

ファイはその頭をポンポンとたたく

「皆を頼んだぞ」

リリスはうつむくと力強く頷いた


それにファイは息を吐くと、連絡用水晶を手に取った

とりあえず一度ガイセルと合流しよう、

ファイはそう思っていた、連絡用水晶にエレラルを流し込む

ピピピピ

ガイセルはすぐ応答した


『ファイか?大丈夫か?今どこにいる?現状は?』


ファイは応える

『北の物見だ、やぐらは倒れたが皆無事だ、だがおそらくジュエム隊によって海岸線に沿って結界が張られた、しかし五人ほどで攻撃すれば破れるようだ、予定どおり船で避難することになった

俺は東の港でお義父さんと合流する、お前は?』


するとガイセルが息を吐くのが聞こえた


『まじかよ…、完全に不意をつかれちまったな…わかった俺も東の港に向かう』


ファイは頷く

『わかった、香木を炊くのを忘れるなよ』

ピッ

返事をきかずファイは連絡用水晶を切る


それからリリスとラリエット、フィアに一瞥してファイは東に向かって走り出した

一瞬リリスが涙してるのが目にはいった


ファイは思う

ごめん、リリス、どうか生き残ってくれ

ファイはこれが今生の別れになるだろうと腹をくくった


地震のせいで、家々は無残に崩壊し、地形は変わってしまっている

ファイは炎水晶を灯して足元を照らしながら走った


それでも倒木や大きな地割れで回り道したりなどしてなかなか思うように進まない


それにファイは焦る

途中倒木に気づかず、派手に転んでしまった、受け身は取ったものの、擦り傷だらけになってしまう

段々と怒りがこみ上げてくる

思わず悪態をつき、地面を強く殴打する


俺達がなにをしたと言うんだ?


「くそっ」

ファイは起き上がり走り出した


おそらく敵は東と南に集中しているはず


せめて一人でも多く生き残れるよう足止めをする、それが俺の役目

ファイはそのためにただ走り続けた


走りながら、あちこちに連絡用水晶を使うがどれも応じなかった


ファイは舌打ちをする


もう夢魔が上陸してしまったのかもしれない!


ファイはもう一度ガイセルに連絡用水晶を使うがガイセルが出ることはなかった

ファイ苛立ちながら水晶を腰掛けカバンにしまう

ファイは足を早める、また転ばぬように注意しながら


くそっくそっ!


するとそのうち、手元の香木とは違う、香木の豊かな香りがかすかに香り始める


「香木っ!やっぱり夢魔が…!」


ファイは地震でできてしまった崖の縁まで走りきる

ここを越えれば、船着き場まで一望できるはず


しかしファイは眼科に広がるその光景に絶句する


時刻はおそらく3時ちょっと過ぎ、ようやく東の空が少し明るくなってきた

そのお陰で、ファイは周囲を一望できた



灯台は地震で半分ほどに倒壊し、その下にあった船着き場も埋もれてしまっている

そして凪いだ海岸線にはぎっしりと結界が囲みそこから次々と小さな小屋ほどにもある黒く丸い一眼の浮遊体が何百匹も現れている

ファイは目を見開く

あれが夢魔か!話には聞いていたが想像以上にでかい!

ファイはみぶるいをする


そこにルークやお義父さんや仲間達が後退しながら、香木を片手に夢魔を退いていた

生きていてくれたか!

ファイは思ったが、何しろ夢魔の数が多い、あまりにも、多勢に無勢だった、

このままでは時間の問題だ


ファイは目をつむった


自分たち精霊人にはエレラルや物理攻撃のきかない夢魔にはただ香木を手に煙であおるしかない

なんとか夢魔を止めれないか…


せめて北のリリス達が逃げきる時間稼ぎくらいできないものか

そうだ!

そこでファイはあることを思い付いた

しかしこれはひとりではできない


ファイは下のトールたちのもとへいそぐ


「ファイ!!」

「生きていたか!」


倒木を掻き分けて近寄るとルークとトールが歓声をあげた

ファイは息を荒げながら答える

「皆も良く無事で」


トールがうなりながら答える

「現状これが無事といえるのならのぉ」


ファイは夢魔達を見る

もともと移動速度ははやくないようだ、それに加えて明らかに香木の煙や香りで、おかしな動きをしている

ルークが頷く

「良かった、香木の煙や香りがきいている、間に合って本当に良かった

ただ、現状をどうするかだな」

それにファイが答える

「俺に考えがある、お義父さん、確認なんですけど、夢魔使いを倒すと夢魔はどうなるかわかりますか?」

それにトールははっとしたように目を見開く

「お主まさか夢魔ではなく夢魔使い本体を狙う気か?」


ファイトールを見返す

「俺達にできるのはそれしかありません」


トールはうつむいて眉間のシワを深く刻み込む

「むむむ、おそらくだが夢魔は主を襲うものを襲うように躾られているだろう

香木を与えてくれた者が決して夢魔使いには攻撃してはいけないとそういっていた、そういう意味だととらえていいじゃろうとわしは思う」


それにファイは無表情で答える

「だけど夢魔使いを殺せば、夢魔の数は減る、夢魔の気をひくこともできる」


それにルークとトールは目を見開いた


「まさか…お主、囮になると…?」

ファイは深く頷いた

自分でも不思議なほど心が落ち着いていた

「そのために戻ってきました

せいぜいこの命尽きるまであがいて、夢魔を島から遠ざけ、夢魔使いを殺します」


これにルークもトールも黙った

二人とも困惑した顔をしている


しかしファイは息を吐くと続けた

「結界何人かで力をあわせて攻撃すれば破れます、結界を破るのを協力して繰れませんか」


あたりに立ちこめた香木の香りは炎が強いのか焦げ臭い匂いもはらんでいる

もはや鼻は麻痺しつつある

そこにトールは小さく息を吐くといった

「全くファイは良く言えば敬老の精神が素晴らしいが少々ワシを腰抜け扱いしすぎじゃな」

それにルークも同意する

「全く全く、島や仲間を守りたいのは皆同じなのに!」

そう言ったルークは真っ青で歯のねが震えている

ファイは驚く

「お義父さん、ルーク…」

それを無視してトールは大声を出す


「皆、力を合わせて結界を破り、夢魔使いを殺すのじゃ!それてできるだけ夢魔を引き付け東へ飛べ!」


それにちらほらと同意する声が上がった


ファイは改めて驚いてトールを見る

見た目はただの腰の曲がった老人に過ぎないのに、一体この活力はどこから来るのだろうか

ファイはトールの耳元でささやく


「お義母さんが愛していると伝えてくれと…」


トールは一瞬目を見開いたがすぐに顔をそむけた

「あい、わかった、確かに言付かった

ありがとうな、ファイ」


ファイは香木を振り回しながら早足で結界に近づく

「いいえ」

東の端の空が白んできた

時刻は三時半くらいだろうか

日の出が近い


クレイドルの最後の聖戦が始まった


日の出が来た

空は明るい、東の水平線から太陽が顔を出す

あはぁはぁはぁ

ファイは精霊化したままどこかの海に囲まれた小さい孤島群のうちの1つにもぐり込み

大の字で寝転がり荒い息をあげていた

結論から言うとファイは襲い来る夢魔やイヴフィニア軍から逃げきった

逃げきってしまった


生き残ったのは何人だろう


ファイは荒い息をあげながら思い出す


できる限りの数で結界を破り、海岸に待機していた

夢魔使いに各々が一番強い攻撃をふりかざす

激しい音と

共に砂が舞い上がり何もわからなくなってゆく


それでもファイは攻撃をやめなかった


自分が血まみれになることも厭わなかった

無我夢中だった

そうして気づいたら夢魔に囲まれていた

潮の匂いのせいか、香木はあまり効果がないようだった


一瞬の判断でファイは上へ高く飛び上がる


ファイが、今いた場所に重なるように夢魔が流れ込む


精霊化さえしてしまえばスピードでは圧倒的にクレイドルが上回るようだ

だが精霊化すると失った箇所は二度と戻らない、場所によっては失血死もありうる

精霊化は強くなるが諸刃の剣なのだ


ファイは、くるりと回りを見渡す


精霊化して逃げ惑うクレイドル達

それを追う幾百もの夢魔達


追い付かれ喰われるクレイドルもいた

囮作戦は多いに効果があったが地獄のような光景だった


ファイは目の端で島を囲うように佇む戦艦を見た


あれがイヴフィニア軍…ジュエム部隊

ファイはこのまま突っ込んで言ってやろうかと思い、かろうじて理性があまりにも、無謀だとそれを止めた


ファイは再び艦隊からそれた東南を目指す

そこにまたも間一髪夢魔の群れが流れ込んだ


そしてイヴフィニア軍から3人ほどファイを追撃しようと追手がかかる

ファイは夢中で逃げた


その道中、夢魔から必死で逃げるルークと夢魔に頭から喰われるトールを見た


ファイはどちらも救えなかった


なるべく海面ギリギリを飛び、敵の攻撃に当たらないようふらふら飛ぶ


うっかりすると羽が水面を叩いて波に飲まれそうだ


そうして無我夢中で飛んで飛んで飛んで、現在にいたる


息が落ち着いてきた

口の中はカラカラだった

ファイは懐から水袋をだし、何口か口に含む、鉄の味がする、そこでファイは初めて自身が血まみれだと気づく

手も顔も服も全身返り血でカピカピで、おまけに海水なのか自身の汗なのかベタベタする

ひどく湯に入りたかった

リリス…

ファイがちょうどそう思ったときだった

ピピピピピピピピ

懐から連絡用水晶がなる


ファイはそれにまだ、かろうじてぶら下がっていた腰袋をあさる

ピピピピピピピピ

音のなっている水晶を見つけてファイは心臓が羽あがる


その連絡水晶はリリスの物だった


ファイの脳裏に一瞬のうちに様々な可能性が描かれる

生きている?逃げれた?無事?

殺されてしまった?

連絡水晶の向こうは敵?


ファイは末端から血の気が引くのを感じながら連絡水晶に応答する

ピッ

『ザーー…』

何の音も聞こえない

はじめはそう思ったしかし

『…イ…ファイ!』

水晶の向こうからリリスの必死な声が聞こえてくる

生きている!

ファイはどっと変な汗をかく

ほんのすこし安心しながらファイは応答する

「リリスか?無事逃げれたのか?」

しかしファイが安心したのも束の間だった、息の上がった声でリリスが声をあげる、ひどく切羽詰まった声だった

ファイはリリスが泣いていることに気づいた

『違うのよファイ…ごめんなさい、私達ほとんどが逃げられなかった…

はあはあ…船に乗って逃げようとしてるところを夢魔に襲われてしまって…はあはあ

潮の匂いのせいか香木があんまり効かなかった…はあはあ、海上で襲われて私達精霊化して逃げた…はあはあ…もうめちゃめちゃだったわ…お母さんとフィアと途中ではぐれてしまった…はあはあそれで私もう無我夢中で逃げて…』


ファイは青ざめる

北にいた仲間は何人生き残れたのだろう

だが、それよりもリリスや子供、お義母さん今どこにいるのか?

「リリス、今どこにいるんだ?誰と一緒にいる?!」


それにリリスがか細く答えた

『ごめんなさいファイ…今セインフォートと私はまだ、島にいる…はぁはぁ

だいぶ離したけど後ろから夢魔が来てる…セインフォートは疲れて眠ってしまったわ…はあはあ』


ファイは目を見開いた

まだ島にいる

それがどんな危険な事かファイは再び末端の血の気がひいていく

「リリスどこに向かっている?」


それにリリスが息を荒げながら答える

『西よ…』

ファイは止まる

「西、リリス、西の物見へいけ!そこで誰かと協力して結界を破ってニゲル帝国に向かうんだ」

しかしリリスはそれを否定する

「ううん、ダメよ、家に向かうわ

フィアやお母さんとはぐれたときはそこで落ち合おうと決めて…いたの…はあはあ…だから行かないと…はあはあ…」


ファイは絶句する

「リリス、島内は危険だ、次また地割れが起きるかもわからない、夜が明けた、なが起こるかわからない…今すぐ逃げるんだ…」

しかしファイはリリスがここで逃げる性格ではないとわかっていた

『みんなをおいて逃げれないわ…グランレディオもいるかもしれないのよ…?はぁはぁ』


案の定な答えにファイは息を吐く

「わかった…だけど俺もできる限りのスピードで家に向かう、皆がいたら協力してすぐに逃げるんだ、俺のことはまたなくていいから…わかったな?」

それにリリスが切ない声を出す

「ということはファイ、今は島の外にいるのね?包囲を抜けて?戻ってきてはダメよ、生きて…」


ファイは立ち上がった

「妻と子供をおいて逃げれるわけあるか、リリス、陸の上では香木は効く、まだ持っているか?」

するとリリスのため息が聞こえる

『ああ、ごめんなさいファイ、私達うまく逃げれなくて…香木は一枚は海で落としてしまったけど、今一枚燃やしてる、大丈夫、まだ消えないわ』

「そうか…」

ファイは静かに言った

香木なら腰袋のなかにまだ何枚かある

精霊化してるファイには夢魔もイヴフィニア隊も追い付けない

鉢合わせてもまた撒けばいいこと

「今から向かう、リリス生き残るんだ!」

それにリリスから静な声が返ってくる

『わかったわ!…あなたも!』

ファイはその言葉を最後連絡用水晶を切る

命ならもうとっくに捨ててる

自分のみに何が起きてももうなにも気にならない

ただ、家族だけは…家族だけは守る、守って見せる…

ファイは最後に水袋から水をぐいっとのみ、それを腰袋に乱暴に押し込んで、再び、海へと飛びたった



時刻は何時くらいだろう?

リリスはセインフォートを抱きしめ香木を握りながら早足で考える

もう足が棒のようだ

日が昇ってもう30分くらいたっただろうか?東の空の太陽はもうとっくに空で輝いて、地震で無惨に変形した島を露にしている


そしてようやく見慣れた我が家を見つけてリリスは息を吐く


白い石造りの屋敷は上から見た十字型の建物に見える

今は地震により半壊している

窓のガラスは割れ、入り口である扉の前にはレンガが散壊している


リリスははぁはぁと息を吐きながらぐるりとまわり南を目指す


南の寝室かリビングからなら入れるかも…


案の定、リビングは崩壊していたが寝室はガラスが割れているだけで、形は残っていた


リリスは軽くホッとするとガラスに気をつけて中に入る


中は薄暗いが20畳ほどの広さがある

割れた天窓がところどころ散らばり朝日がかろうじて暗闇に線を作っていた


リリスはガラスの散らばっていない空間を見つけそこに崩れるように座り込む


はぁはぁ、ずっと走ってきた

あがった息はなかなかおさまらない

ただ、右手に持っている香木がぱちぱちと音をたて煙をあげている

部屋はたちまち香木の薫りに包まれる

泣きつかれて心配になるくらい大人しいセインフォートの背をとんとんしながらリリスは涙する


数時間前までは何もかもが普通だった


「どうしてこんな…」

リリスは歯噛みする


父は母は無事だろうか?

フィアは?グランレディオは?

しかしフィアは強い、その上獣人なので夢魔の心配をしなくていい、フィアと一緒にさえいてくれればきっとグランレディオも母も無事だろう

リリスはそう思うことで沸き上がる不安を飲み込む


リリスはセインフォートのまだ少ない柔らかな蒼い髪を撫でる

「ここにいればお兄ちゃんやパパもみんな来るからね」


しかし、その静寂を何者かが破る


ガサッ


リリスは驚いてセインフォートをかばうように身構える

香木を高く突きつける


ガザッガサガサ


「リリス様!」

逆光で良く見えないがリリスは声で相手がフィアだとわかった

フィアの首もとから下げている大きな玉が朝日で煌めく、リリスは涙ぐむ

「フィア?!無事だったのね!」

フィアは片手でグランレディオを、抱きながらリリスの足元に座り込む

「リリス様も、セインフォート様もよくご無事で…」

リリスは思わずフィアとグランレディオを抱きしめる

「フィア、良かった、ありがとう、グランレディオを守ってくれて…」

しかしそれにリリスは悲しげな声を出す

「リリス様、申し訳ありません」

それにリリスは驚いて思わずフィアの顔を見る

「グランレディオ様はなんとか守れたのですが、ラリエット様は…」

リリスは目を見開く

「お母様…」

フィアはうつむく

「全力を尽くしたのですが…申し訳ありません」

リリスは涙を流しながら首をふった

「いいえ、あなたはグランレディオを守ってくれた…それだけで充分よ」

リリスはわかっていた、あの混乱の渦中できっと、多くの仲間の命が失われたことを…

しかしリリスは長でありながらそれを無視してセインフォートを守ることを選んだのだ

リリスは涙が止まらない

「私はダメな長ね…」

フィアはリリスの肩を抱く

「そんなことありません、リリス様、今回は全てが予想外過ぎました」

リリスは首を横に降る

「いいえ、予見はできていたはずだわ、ルイリンガルの裏切りをもっと切実に予想できていれば、ここまで事態は悪くならなかったはずだわ、全ての責任は長である自分にある!」

それにフィアは、リリスを見つめる


「リリス様、落ち着いてください…起きてしまったことや亡くしてしまった人を悔やむのは仕方ないことです、ですが私達は今を生きています、まずは生きているグランレディオ様やセインフォート様、リリス様はここから一刻もはやく逃げなくてはいけません!なくなった人達のためにも!」

それにリリスははっとする

急いで涙をぬぐう

「…そうよね…ごめんなさいフィア…

そうだ、ファイがこちらに向かうって言っていたわ、でも構わず逃げろと行っていたわ」

それにフィアは驚く

「ファイ様が?!」

それにリリスは押し黙る

そしてフィアを真摯な目で見つめ

リリスは抱いていたセインフォートをフィアに差し出す

「!?」

フィアは驚いてリリスを、見返す

リリスは切な気に笑う

「お願いフィア、グランレディオとセインフォートを守って…あなたならきっとここを出れる、世界で一番はやいと言われるあなたの翼ですもの、誰にも追いつくことはできないわ」

フィアは驚いて答える

「なら、リリス様も一緒に…」


それにリリスは目をつむって首を降る

「私、ここでファイを追いて逃げたら一生後悔するわ、それはしたくないの」

フィアはリリスの瞳に確固たる意思を見る、フィアはうつむく

「…」

フィアはしばしの沈黙のあと顔をあげる

「わかりました」

それにリリスは悲しげに微笑む

「ありがとうフィア」

フィアは頷く

「ただしリリス様、ファイ様と合流したら必ず逃げるとお約束してください」

それにリリスも頷いた

「もちろんよ、それまでこの子達をお願い…そうだ、今バスケットを持ってくるわね」

リリスはそういうと部屋の奥の方から大きなバスケットと、毛布を持ってくる

リリスはバスケットを開ける

「さぁ、グランレディオとセインフォートをここへ」

フィアはそれに応ずる

抱いていたグランレディオをリリスに渡す

リリスはグランレディオそっと受け取り眠っている頬に優しくキスした

リリスの両目から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちる

「グランレディオ、いいこね、離れるのは少しだけよ?必ず迎えに行くから、大丈夫よ、ね?」

そういってリリスはグランレディオをそっとかごの片側にいれる

それからリリスはフォアからセインフォートを受けとる

リリスはグランレディオと同じようにキスをし、笑顔を作る、その動きでリリスの瞳から涙がこぼれ落ちる

「セインフォート、あなたはよく泣く子、ママやパパがいなくて寂しいかも知れないけど必ず迎えに行くわ、だからお兄ちゃんと待ってて」

そういうとリリスはセインフォートもそっとかごの片側に入れる

そして双子に、そっと毛布をかけバスケットの蓋を閉める

リリスはそこで涙をふく

そしてフィアに、向き直りバスケットを差し出す

フィアは無言で頷くとバスケットを受け取った

リリスは手を離したがすぐに声をあげた

「あっ…待ってフィア…」

それにフィアはリリスを見る

その時だった

バリーン!!

誰かが天窓突き破って入ってきた

「誰!?」

リリスが叫び、フィアが相手を睨み付けた

少女だった

長い黒髪をポニーテールにまとめた、ただ異質なのはその出で立ち、目を黒いぬのでおおっていて、そこには白で目のようなものが描かれている

リリスは一瞬でわかる、先ほどファイに説明を受けたからだ、リリスは叫ぶ

「夢魔使い!」

なぜここに?島内には結界が張られ入れないはずなのに…

リリスの混乱をよそに夢魔使いは笛を口許にあてる

束の間、腰のツボから巨大な夢魔一匹現れる


夢魔はまっすぐフィアに向かっておそいいかかる

フィアは驚く

リリスは目を見開く

ダメ!

フィアの持つそのバスケットには双子が入っている

リリスは考えるより先に体が動いていた


ファイは夢魔に食われた左腕の止血を裂いた布切れと口と右腕で乱暴に済ます


なんとか夢魔の群れを掻い潜って東の港の結界が壊れたところから島に侵入したが、さすがに五体満足とまではいかなった

しかも精霊化してる間におった傷だ、もうファイの左腕は永遠に戻らない

だが、そんなことどうでもいい

ファイは腰袋から痛み止めと造血の薬を取り出すと乱暴に飲み込む


まだ息は荒いがこんなところでもたついている暇はない


ファイは虚空を睨み付けると再び精霊化する

「まさか奴らの狙いが…」


先ほど、たまたま聞いてしまったイヴフィニア隊の言葉

「両儀の双子は、長であるリリス=クレイドルの元にいる可能性が高い、見つけだして確実に殺せ、夢魔隊を突入させろ、25分後にはプランDが、発動する、急げ!」

「?!」


ファイは歯噛する

「まさか奴らの狙いがグランレディオとセインフォートだったとはな…!くそッ」

なぜ双子を狙う?なぜクレイドルを殲滅させる?プランDとは?

ファイの脳裏にはたちまち疑問の嵐となる、だが、今はそれどころではない、家族が狙われている、プランDは恐らくまた地割れかとにかく島全体に攻撃するものだと考えても間違いではないだろう


時間がない、ファイは夢魔をまきながら西を目指す、自邸のある西へ


ファイが自邸に着いたとき、自邸は夢魔と夢魔使いに囲まれていた

ファイは舌打つ

先を越されたか

「くそッ!」

ファイはスピードをあげる

このまま突っ込む、それしかない

前面のみ防壁晶を張り加速する

何人かの夢魔使いがこちらに気付き振り返る

その夢魔使いをすっ飛ばした

それでも何匹もの夢魔がファイにおそいいかかる

遅い!

ファイはそう思ったが一体だけかわしきれなかった

ガブッ

「っつ!」


ファイの右足に夢魔が食らいつき一瞬で全部持っていく

鮮血が滴り落ちる

そこにあった右足はもうなかった

ファイはしたうちをする

「ちっ」

痛みなどとおにまひしている


ファイはそのままリビングの天窓に突っ込んだ


ファイはの右足から鮮血が滴る

止血なければ、出血死するかもしれない


しかし今はそれどころではない


防衛水晶を張っているおかげで怪我はない

ファイはなくなった四肢のことなど忘れ砂ぼこりが舞う中顔をあげ、力の限りに叫ぶ

「リリス!!」


その声に反応したのはフィアだった


「ファイ様?!」


ファイは目を見開く


フィアは鋭い刃を夢魔使いの女に突き立てて止めを刺したところだった


夢魔使いの女は吐血し、その場に崩れ落ちる

すると近くにいた夢魔がフィアに襲いかかる

しかしフィアは全く動じず持っていた香木に着火すると夢魔めがけて投げる

夢魔それに驚いて後退し、煙に狼狽した風にうろうろしてそれ以上こちらにこななくなった


ファイはほっとしてフィアを見るがすぐに異常事態に気づく


フィアは足元に転がる血だまりにしゃがみこむ

「リリス様!」


ファイは驚愕する

「リリス!」


その時リリスの体は溶解し、再び形を作る

一部の精霊人はヒトの体を維持できなくなると、本体である精霊の姿に戻る

精霊化したリリスは一見無傷のように見えた

しかしリリスはピクリとも動かない


ファイ嫌な予感を押さえながら

四つん這いではいよる

すると後ろから夢魔と夢魔使いが現れる


ファイは手持ちの香木全部に火をつけ奴らに投げつける

夢魔は狼狽し

夢魔使いが必死で香木を消しにかかるが視力のない彼らには充満した煙に匂いのもとが定まらない


足止めに成功したファイは再びリリスにはいよる

「何があった?双子は!?」


フィアが真っ青な顔で首をふる

「突然、夢魔使いと夢魔が襲いかかってきたのです、リリス様はそれにとっさに割っては行ってそれで…」


ファイはリリスを覗き込む

リリスの胸元に光る青いコアクリスタルはひび割れていた

ファイは息を飲む

「そんな…リリス!」

クレイドルは本体であるコクリスタルが砕けると死ぬ

しかしリリスはファイの声にうっすらと目を開ける

「ファイ…無事だったのね…うっゴポ…」

リリスはそこで大きく吐血する

ファイは首をふる

自分の今の状態は無事とは言い難い、出血が多すぎる、恐らく自分はもう…

だが、そんなこと今はどうでもいい

ファイはリリス手を握る

その手は氷のように冷たかった

ファイは涙ぐむ

「リリス死ぬな…」

ファイはリリスのコアクリスタルに回復術をかける

治れ…治れ治れ…

しかしコアクリスタルの再生は難しい、特殊な薬湯に何年もつけてそれでやっと治るか治らないかだ

到底ただの回復術では治るわけはない

それでもなお、わかっていてなお、ファイは回復術を続けた

フィアはそれにいたたまれずに涙ぐむ

「リリス様…」


その声にリリスが反応する

「フィア…双子はグランレディオと、セインフォートは…」


それにファイははっとし、フィアはそばに避けてあったバスケットを両手に抱える

「リリス様大丈夫です二人とも無事です、ただ…」

そこでファイはバスケットの片側が血まみれなとにきづく

フィアがバスケットのなかを確認しながら続ける

「先ほどのリリス様の返り血がセインフォート様にかかってしまい…」

ファイはそれに目を見開く

「なんだって!?

クレイドルの赤子は血とか瘴気に弱い!しんじまう!」


リリスが震える体を叱咤し起き上がる

すると体中から血が吹き出す

「今洗い流すわ…はぁはぁそしたら皆逃げて…私はもう、長くない、結界はこの真上を開けましょう、私がやるわ」


ファイはそんなリリスを支える

「フィア、俺ももう、長くない、血を流し過ぎた、お前しかいない双子を頼む

ありったけの力でこの結界をこじ開けるからそれでいってくれ!」


それにフィアはバスケットを抱きしめリリスはファイを見る

「ファイ、あなたには生きてて欲しかった…」

ファイは涙目で笑う

「それはこっちのセリフだ」

愛するヒト、生きていて欲しかった

ファイは寝転がり残った右手を天窓に向ける

だからせめて双子だけでも!

ファイは眉間に皺を寄せる

「うぉぉおおお!!」

ファイの右手から炎の刃が具現され天窓を突き破り、結界に届く

左足から血が流出していくのを感じる


だが、意地でも結界を壊す!これで死んでも!


その間、リリスはセインフォートのコアクリスタルにそっと手をかざす


するとたちまち透明な水が現れセインフォート、のコアクリスタルについた血を洗い流す


リリスは左目から血をだらだらとこぼしている、もう、左目は見えないようだ

「さぁ、これでいいわ、フィア、フォルムアウトして」


フォルムアウトとはヒトが本質の体に戻ることを言う

獣人であるフィアの場合本質である獣の姿にもどることを差す


フィアは頷くとリリスから少し離れ深呼吸する

束の間フィア赤い大きな美しい鳥に変じていた


リリスは頷くとバスケットをフィアの口もとに運ぶ

「この子達をお願いね、フィア、そしてごめんなさい、ありがとう…」

リリスの右目から涙があふれでる


フィアはそっとフィアの口内におかれたバスケットごとくちばしを閉じる

『リリス様ファイ様、お任せください、このフィア命に変えてもお二人を守って、そと後も見守って見せます』


リリスは涙めで頷く

そこにファイが怒鳴る

「結界が壊れるぞ!!フィア行けー!!」

リリスはそっとフィアに触れる

そして

ありたっけちからをこめて彼女を押し出す

「フィア行って!!この子達を守って!」


それにリリスは翼をはためかせる

その風でリリスは吹き飛ばされてしまう


それでもフィアは自らに炎をまとい天井を破壊しながら上空に舞い上がる

フィアは軽く辺りを見る


夢魔使いの人間達は一人もいない

ただ何百もの夢魔が一斉にフィアにむかってくる

だが、獣であるフィアにはただ夢魔はすり抜けるだけ


フィアは上空のファイが開けたであろう結界の穴を目指す


穴はちょっと小さかったがフィアは器用に潜り込む


結界から這いずり出ると、そこは一面結界が島全体をおおっていた

風がびゅうと吹いた

フィアは翼をたてる

海風に乗ってフィアは翼をひとたちする

その瞬間、背景が一気に加速する


世界一はやいと言われる不死鳥の翼をフィアは惜しげなく使う


もはやはセントーレや追手と思われるジュエム隊は豆粒ほどの大きさになっていた


逆に北東にとんだフィアの目にルイリンガル大陸が見えてくる


フィアここまで来てやっと振り返った

『リリス様、ファイ様せめて安らかに…』


しかしその時だった



ファイはズルズルと右足を引きずりながら右腕だけと左足だけでリリスのもとへ向かう


ぼろ雑巾のようにボロボロになったリリスは幸い遠くなかった


ファイはリリスのもとに到着するとどさっとうずくまる

「さみぃなぁ…」

血を失いすぎたせいかさっきから寒気が止まらない

するとリリスがギシギシとファイの方を見た

その顔は血だらけ左目からは血がしたたり、機能していない、残された右目だけがファイの姿をとらえて涙がこぼれ落ちる

かすれるような声が辺りに響く

「ファイ…あの子達行ってしまったわ」

ファイはなんとか右手を引きずり上げリリスの頭をそっとポンポンする


「大丈夫、これで良かったんだ、お前はあの子達を守り抜いたんだよ」


リリスの目からさらに涙があふれる


「でも…私まだなにも…なにもあの子達にしてあげれてない!」

これにはファイは慰めの言葉をかけることしかできない

「そんなことないさ…きっとあの子達は立派な大人になる!だってお前の子供なんだから…しっかりしたヒトに成長するさ」


リリスはそれに泣きじゃくる

「それはそうよ、だってあなたの子でもあるんですから、きっと優しくてヒトの気持ちをわかってくれる子になってくれるわ…」

そこでリリスは大きく吐血する

もう二人には時間が残されていないかった、ファイも先ほどからからだ中の感覚がない、ただ寒いという感情だけがあった

香木のおかげか夢魔が入ってこないの唯一の救いだった

お互いにそれを察したのか二人は自然手をつなぐ


「私、心配なの…あの子達は強い力があるわ…今回のように人間があの子達をどうにかするんじゃないか…不安なの…

でもとても眠い…」

ファイはできる限り強くリリスの手を握る

「大丈夫さ、あの子達にはフィアがついてる、フィアのばっくにはガウディオが、天葉界がついてる!きっと力になってくれる!ガウディオには確か特使で何人かクレイドルも行ってる!そいつらがきっとあの子達を導いてくれる」


それにリリスは瞳を閉じた

一筋の涙が頬を伝う

「そう、そうね、精霊様お願いです

どうかあの子達を守っ…て…」


そこでコトン音をたててリリスの手は床に落ちた

ファイははっとする

「リリス!?」


リリスの残された右目涙に濡れたまま虚空を写していた


ファイは目を見開く

身内に怒り憎しみ悲しみがあふれでる


だが、そのどれをやるにもファイには力が残されていなかった

「くそ…ちきしょう…」

ファイはリリスの手を握りしめる


「守りたかった、死なせたくなかった…でも死なせちまった…オレはダメだ、くそやろうだ…」


なんでそんなこと言うの?


ファイははっとする

それは若い頃のリリスとの記憶だった


あんたの価値はあんたじゃなくてあたしが決める、いい?次自分の事ダメとかくそとか言ったら許さないんだから

婚約破棄するわよ?


若いファイはそれにそっぽを向く

したきゃしろよ、オレとお前じゃ釣り合わないって意見もあるのを知らないとは言わせないぞ


それにリリスはじとっとファイを睨み付けるとつかつかとファイに歩みよりおもいっきりファイをビンタする


ってー

ファイは思わず殴られた頬をかばう

もちろん避けようと思えばよけれたがファイは避けなかった

余計にリリスの機嫌を損ねる気がして


それを見下しながらリリスは右手をヒラヒラする

下らない事言うやつなんて言わせておきなさいよ、私がファイを選んだの!次期長の意見よ、誰にも覆すことなんてできないわ!


ふんと鼻息荒いリリスに

ファイはまたもそっぽを向く

そうじゃなくて…お前は、オレで良かったのか?オレなんかのどこに惹かれたんだ?

それにリリスは盛大に息をはくと、顔をあげ、手にしていた杖を構える

いいわ、一発じゃ足りないようね

ファイは慌てる

しかしリリスはそこでまたも盛大に息を吐いて杖をさげる、そしてリリスは背を向ける

あなたは暖かいわ

一緒にいると心地よいの

ファイはえ、となるがすぐ続ける

そりゃ焔のクレイドルだからな

だけど清水のクレイドルのお前とは相性が…

それにリリスは振り返る、明らかに顔が怒っている

はあ!?あんたまさか今時古くさい相性なんて気にしてるわけ?

どこの爺よ!

リリスは言うだけ言うとまたくるりと背を向ける

ファイはため息をつく

リリスは気が強い、それはもう今ま何人も長が連れてきた見合い相手達が逃げ出すほどだ

確かにお前と一緒にいられるのは俺くらいかもしれんなぁ


リリスは再びくるりとこちらを向く、今度は先ほどと違いかわいい笑顔だ

言い方は気にくわないけどようやくわかったようね?

ファイは大仰にため息をはく

まぁリリスは

顔とスタイルはいいからなぁそれにリリスははんと胸を反らす

そうよ!こんな美しい私と結婚できることを誇りなさい!


ファイはまたもため息をはく


胸がちと寂しいけどなぁ


ゴン!

リリスは持っていた杖でファイをなぐる


ファイはまともに受けて脳天にたんこぶができる

いって~!殴るほどか?


リリスはふんと顔を反らす

まわりが大きすぎなのよ!私は普通よ!

ファイはため息をつきながら頭をさする

普通ねぇ

リリスのつるペタな胸元を見ながらファイは続ける


で?実際はなにカップなんだ?婚約者としてオレは知る権利あると思うが?


しかしリリスはそっぽを向いたままだ

ファイは腕を組む

聞いておいてなんだがオレあんま詳しくないんだよな、でもさすがにAカップくらいはあるだろ?


しかしリリスはそっぽを向いたまま微動だにしない

ファイは驚く

えっAカップもないの?


その言葉に目を潤ませたリリスが杖をついてくる

うるさいわね!

しかしファイはそれをひょいっとかわす

おっと!そいつは痛いからな!さすがによけるぞ!


リリスはむすっとしたが、すぐに悲しそうな顔になる

ファイは胸が大きい方がいいの?

ファイはドキッとする、リリスは時折妙に素直になるときがたまにある、ファイ昔からの経験からこういうときはリリスに優しくした方がいいと学んでいた


いっいやオレは…脚と尻の方が好きだから、胸は別に…

嘘はついてなかった

しかしリリスはじっとファイを覗き込んでくる

ファイはなんとなく冷や汗をかく

リリスは杖を振りかぶった

この変態っ!

ファイは驚いて腕をかざす

なんでだよっ!?


しかしそこでリリスは何がおかしいのか杖を下ろすとコロコロと笑う


ファイはきょとんとしながら息を吐く

なんなんだよ

しかしどうやらご機嫌はとれたようだ


リリスはひとしきり笑うと口を開いた


私ね、お母さんになりたいの

子供の頃から夢だったの


ファイは再びきょとんとする

リリスはそれに笑う

変かな?

ファイは頬をかく

いや別に変じゃないけど、


リリスはそれに笑うと遠くを見た


ほら、クレイドルの女性って、一生に一度しか赤ちゃんを作れないじゃない


ファイはその場に座り込むと頷いた

ああ確か、コアクリスタルを作り出すのに身体に負担がかかりすぎるんだっけな

その上双子だ、胎内期間も長い、それで命を落とす女性も多い、だからクレイドルはいつまでも少数民族だが、、

ファイはリリスを見た

リリスは笑っている

お前は怖くないのか?


それにリリスは目を閉じた

怖いよ、でも赤ちゃんてとてもかわいい、奇跡と愛の結晶なんだよ?

抱くとミルクの匂いがして、ふわふわしてるの、手も足もコアクリスタルもとても小さくて…でもだからお母さん達はとても大変なんだけど、だけどとても立派でみんな綺麗なの、だから私もなんていうか、私もそんなお母さんになりたいの!

ねぇファイ、私なれると思う?

そう言ったリリスの瞳はまるで朝日をあびた泉のようにキラキラ輝いていた


薄れ行く意識の中ファイは思った

ああ、俺それでなんと答えたんだっけ…


確か、妙に照れ臭くて、けっこうぶっきらぼうに答えちまったんだよな…


ああ、お前なら大丈夫だ


それにリリスはとびきりかわいい顔で笑った

夕日に照らされたリリスはとても美しかった


ファイは最早寒さも感じてなかった

手を動かそうとしたができなかった

だからあきらめたように瞳を閉じる

そこからツウと一筋の涙が流れる


「リリス…オレはお前をちゃんと母親にしてあげれたかな…守ってやれなくてごめん…な…」


そこでファイの意識が途絶えた


時は同じくセントーレ東の海上


「3,2,1…」


「ってー!!」


イヴフイニア紋章部隊からプランDが発動する


セントーレ島は一瞬の輝きと共に結界もろとも大爆発する


イヴフィニア紋章部隊三千による『爆撃』紋章である


これにより島は崩壊し海に沈む、海上ではまだ炎が登り大きなキノコ雲を作っていた


「なっ…」


時を同じくして、ちょうど島を振り返っていたフィアは驚きのあまり言葉につまる

「島が…、リリス様!ファイ様…!」


しかしフィアの意識は口内の双子に向かう

まだ一歳の双子、だいぶ衰弱しているハズ、今はルイリンガルに隠れて一度体制を建て直さねば!

そう思うとフィアは北に向かルイリンガル北東ヘ向かう


リリス様ファイ様、せめてグランレディオ様セインフォート様お二方の命、必ず繋いで見せます!



時同じく西の海、エレラルライン前

「アンちゃん!セントーレの方がおかしい!でっかいキノコ雲があがってるよお!」


それにここまで全力で飛んでたきたガイセルはようやく後ろを振り返ってた


「なんだありゃぁ…」


ガイセルはポカンと口を開く

「ファイ、リリス、ルーク、元長…」

みんな、生き残れたのか?


ガイセルは地震の直ぐあとに実妹のリーズを助けに東の海上に向かった


そこまでで合流した30人くらい


必死に逃げて気づけばエレラルラインの目の前まで来ていた

「残ったのは10人くらいか…」


ガイセルはたばこを吸いたい気持ちにかられたが、今は精霊化してるから腰袋はない

大きくため息をはくとガイセルは顔をあげた

「行くぞ!エレラルラインを越える!みんな防壁水晶を張れ!」

それに戸惑うものも幾人かいる

リーズが代弁するように言った

「アンちゃん!でも…」

しかしガイセルは叱咤する

「あのキノコ雲を見ただろ!きっとイヴフィニアの、紋章部隊の爆撃だ、ただでさえ地震で地盤が歪んでたんだ…」

ガイセルはギリギリと歯噛みする

「おそらく島は死んだ、島にいた奴らもだ」


リーズを含む幾人かは驚愕する

「そんな…」

他の数人は諦めたように下を向く

「行こう…みんな」

「俺達は生き残った…死んだ奴らのためにも、生きなきゃ…」


グスッグスッ

幾人かが泣きはじめ、幾人かがそれを慰める


ガイセルはキノコ雲を見る


俺達は故郷を失った

これからどこへ向かえばいい…


長い沈黙のあとガイセルは息を吐く

そしてセントーレへ背を向ける

「お前らの分も生きねーとな…」

ガイセルは先程から血の止まってなかった左腕に思い出したように回復言葉をかけた



「なんだ!?これは!なにをした!?」



グリドはキノコ雲があがった炎に沈む島の跡地を指差し、指揮官に怒鳴る

しかし指揮官は当惑しきっている


「ジオン様、これはしかしグリド様のご命令で」


ジオンは両脇に控えた同じく驚きと疲弊の色のある騎士団長と宰相を指差す


「グリドの命令は王である我と宰相、騎士団の前では無効である!よってこの場の権限は全て我にある!」


ジオンは昨夜事実を知りしだい、宰相と騎士団長を緊急招集した

3人で議題の上、緊急時招集をかけ、脚の速い飛行部隊飛行トカゲ部隊100のみをを連れて昨夜遅くにイヴフィニアを経った

ジオンはろくな休息も兵站もとらずに来た

いくら鍛練されているとはいえ部隊の疲労の色が濃くなってきた未明、日の出と共に雲のしたにおり、30分もたたないうちにそれは見えた

ジオンはその異様な光景に息を飲む

「なんだあれは!?」

騎士団長が答えた

「セントーレです、恐らくルイリンガルジュエム隊の障壁紋章かと!」

島のまわりをぐるりと囲む紋章壁

ジオンは睨み付けるように見る

あれでは逃げられない

島の外にはあんなにも夢魔使いと思わしき人間がいるというのに

これではまさしく袋のネズミだ

間に合わなかったか!?

しかしその時、一陣の炎がわずかに障壁をつきやぶる、しばらくの後に1匹の美しい朱い巨鳥が現れる

ジオンは叫ぶ

「あれは!?」

今度は宰相が叫ぶ

「恐らくガウディオの不死鳥かと!」

ジオンは目を見張る

「ガウディオ」

ガウディオは6st東に位置する獣人の大国である

獣人は精霊人を敬うという、ジオンは朱い鳥を見つめる

「では、味方か?」

ジオンは言うやいなや、朱い鳥は空に舞い上がり、恐ろしい速さで空の低空を滑空し、あっという豆粒ほどの大きさになる

慌てたように追手がたつがあれでは追い付けまい

ジオンは息を吐く


しかしその時だった


雷のような一瞬の閃光のあと、爆発、衝撃派が5キロは離れた上空まで届いた

「っ!」

キイィ…ン

ジオンは爆音に耳を塞ぎ、鼓膜が大人しくなるのを待つ

驚いて暴れる飛行トカゲを御しながら騎士団長が、大声を出す

「皆平気かぁー?!」

「くっ」

ジオンは舌打ちをすると飛行トカゲでイヴフィニアの、艦隊目掛けて飛ぶ

目の前にいたのに止められなかった!


そして今ジオンの前で紋章部隊長らが膝をついて狼狽している


それらにジオンはいい放つ

「即刻島の鎮火にあたれ!、生存者救助し蘇生するのだ!

そして、夢魔使いだが、捕虜として全員とらえろ、夢魔操る笛は没収しろ、そして…」

ジオンは振り返る

そこには真っ青な顔をしたハライパイが棒立ちになっている

「現行犯逮捕だな、お前の審議はこれからルイリンガル王と勅使を使わせて決めてやる、ハライパイを捕縛しろ!」

瞬くたまにハライパイが捕縛される


ジオンはそれに興味をなくしたように背を向ける

黙々とあがる黒煙と炎それとは違うきのこ雲、島一つが海に沈んでしまった


生きてるものなどいようかー


ジオンはやりきれない気持ちで空を見上げた


悲しいばかりに美しいくも一つない晴天


ジオンは先程の不死鳥を思い出す


せめてあの不死鳥がクレイドルを何人か守ってくれていたら…


そこでジオンははっとする

そうだ、その可能性があるではないか

しかしジオンはすぐにうつむく


そこに気づいたところでなんなのか

クレイドルにとってもはや自分は大罪人でしかない


使いをやって介抱したくともクレイドルは追手に追われていると思うだろう


ジオンはなぜだかそれが悲しかった


我は大罪を、おかしてしまった


背負った十字架はおろす術もなく、抱えて生きていかねばならなかった

ならばせめて、生き残ったクレイドルたちにしてやれることはないか

国民とクレイドルがもう二度と争うことのない未来を模索して生きるしかなかった

ピピピピ

その時、騎士団長から連絡が入った


ジオンは応答する

「どうだ?」

『はっ!ジオン様、今我々はクレイドルの死体を追い、エレラルラインまで来ました』

「エレラルライン…」

エレラルラインといえば、この根下界において世界を七つに分断する分厚いエレラルの壁である

騎士団長が更に続ける

『ここまで残念なことに20人近くのクレイドルの遺体を回収しましたが、恐らく10人近くのクレイドルはエレラルラインを越境に、成功したと見られます』

「おおっ!」

ジオンは感嘆した

「つまり生き残った者がおるということだな!?」

それに騎士団長もどこかほっとしたように答える

『今のところは!』

ジオンは息を吐く

良かった、いやなにもよくはないが皆殺しは免れたのだ

ジオン思わず込み上げるものがあった

それを両目から押し止めることはできなかった

ジオンはもう一度言った

「よがっだ…ほんとうに…」

それに騎士団長は察したのかしばらく無言でいてくれた


しばらくしてジオンが落ち着いたので騎士団長は言った

『追いますか?恐らくですが負傷してる者も多そうです』

しかしジオンは首をふる

「いや…良い、我等が追えばクレイドルは追手と思おう

それにクレイドルは癒しの力を持っているはず、今はまだその時ではない」

ジオンは騎士団長と一通り会話すると連絡用水晶を切る


そうだ、今はまだ彼等にしてやれることはない、だが…

多国と手を結んで、他国の領土を犯した

これはイヴフィニアにおいて

他国侵入罪、テロ企画罪にあたる

さらにはルイリンガルにおいても似たような罪にあたるだろう

グルドの捕縛なら国を出立する前命じてきた、捕縛成功の連絡ならもう得ている

ジオンは思う

もうこのような事が二度と起こらぬよう、地下の祭典場は閉鎖する、また内乱を招くかもしれぬが、大祭の権限の剥奪…

国教の健全化…


グルドをどうするか

見せしめに死刑か、また無期懲役で投獄か…


ジオンは口許に手をやり考えた


彼がこの先復讐に来たクレイドルと、邂逅するのはまだ何十年も先のこととなる

そうなることを今の若いジオンはまだ予想だにしていない


彼を嘲笑うようにぬるく焦げ臭い風がイヴフィニア軍の間を駆け抜けていった




















































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