きっかけはふとした一言。
「逃すな、撃て!」
スーツの男達の怒号が響く。本当に世の中、平穏な日々なんてものは存在しない、とつくづく思い知らされる。
でも、悪くない。このスリル。死と隣り合わせの逃走が、ナイトの鼓動を激しく揺らす。
何より、だ。自分の作戦通り逃げ切るのが、敵の動きを翻弄するのが、何より楽しかった。
「そこ左」
「はっ、はぁっ……はっ」
「ミカヅキ、もう少し頑張れ」
「んっ……!」
しかし……思ったより距離が離せない。後ろの連中はしっかりと追ってきている。
走りながら、隣からシノが声を掛けてくる。
「……全然、撒けないわね」
「ああ。……シノ、まだ走れるか?」
「ええ。走れるけど……どうして?」
「少し囮になれ」
「えっ」
ミカヅキが困ったような声音を漏らすが、敵の気配を察知できるシノなら狙いを理解しているだろう。
「……あなた、喧嘩できるの?」
「程々。でも、こいつ持ってる俺のが向いてるだろ」
そう言いながら銃を見せるナイト。
しばらくシノは黙り込んだ後、頷いた。
「……わかった」
「じゃあはい、そこの窓。叩き割って中に入るよ」
「え、入るの?」
「任せて」
軽くジャンプをしたシノが、窓ガラスを叩き割った。その中から、三人で侵入。ここはパン屋。つまり、煙突がある。
×××
パン屋の入り口から飛び出したシノは、ミカヅキとパン屋の入り口の鍵を(勝手に)開ける。途中で清掃用の箒を盗んで。
「それで何するの? 飛ぶの?」
「ふふ、魔女のようで素敵な発想ね。でも違うわよ」
話しながら表に出ると、パン屋の前は先回りされていた。
「いっ……⁉︎」
「ミカちゃん、戦える?」
「楽勝。シャドーボクシングなら、一年前にハマってた」
「うん。じゃあ何もしないでね」
それ戦えるとは言わない。
ミカヅキを背中に、シノは箒を構えた。こいつが自分の今の武器。何処まで耐えてくれるか分からないが……やるだけやるしかない。
「観念しろ、シノ・ユーアール」
「町長がお待ちだ。あまり手間をかけさせるな」
敵は六人……武器が保てば、十分一人で制圧できる人数だ。
「観念するのはあなた達の方よ。今、帰れば見逃してあげても構わないけれど?」
「ほざくな。そんな棒切れで何ができる」
「というか、一緒にいた男はどうした。見限られたか?」
「まさか。邪魔だから、私が見限ったの」
「それで自分だけ捕まっていれば、世話ないな」
そう言ってから、一人目の男がナイフを構えて突っ込んで来る。
その背後から、連携をとるように二人目も。
それに対し、シノは。箒をまるで鞘に収めた刀のように腰に構えた後、一気に踏み込みながら振り抜いた。
少なくとも、ミカヅキには視認出来ていなかったであろう一閃。箒とはいえ、棒状のものであれば関係ない。二人の鳩尾に光のような打撃をお見舞いし、その場でダウンさせた。
「強っ……え、し、シノ?」
「チッ……! やってくれる」
「流石は、殺し屋『死の風』。一筋縄ではいかないな」
「え……殺し屋?」
バラされたか、それも助けてくれた少女の前で……と、シノは奥歯を噛み締める。
そう、自分が今の町長の資金源になっている理由はそれだ。剣、槍、短刀、三節棍……などなど、近距離に使えるあらゆる暗器を扱える才、そしてそれらの才能を暗殺に活かすに適した種族である事を買われ、幼少期より殺し屋として育てられた。
だが、それは自分が望む道ではない。
「私はもう、殺しはしない。あなた方のストレス発散の道具にもならない。その為に抜け出しました」
「散々、両手を血に染めておいてよく言うよ。町長の庇い立てがなければ、お前は一生塀の中だろう」
「それでも構わない。……ただし、この街の塀に入れば、またあなた達に使われるだけ。だから、他所の街で自首をする」
「そんな事をして、何になる」
「あなた達に付き合っていても、何にもならない」
言いながら、箒で風を切りながら構える。そう、殺しはしない。……仮に、自分を狙ってくる相手であっても。
そのシノを見てため息をついたリーダーのような男は「仕方ない……」と呟く。
「なら、こいつだ」
「!」
チャキっ、と向けられたのは、白基調で緑色のラインが入った銃。思わずそれを見て肩を震わせてしまう。
「わー、その銃カッコ良い」
「ミカちゃん、静かにして」
というか、この子はよく平然と目の前で起こっているやりとりに何一つ反応せず好き勝手に発言できるものだ。
「あなた達、やはりそれを……!」
「『武器を捨てろ』」
そう言いながら、引き金を引く。言霊を吸収した銃は、銃口から発射してシノに直撃する。
直後、シノの手から箒が離された。地面に落下し、バウンドもせずに転がる。
「え、シノ? 箒は指の力抜いたら握れないよ?」
「どうして私を煽るの⁉︎ あなたどっちの味方なの⁉︎」
「シノ」
言動と行動が一致してない! と思いながらも、今はもう無視して、キッと悔し紛れの鋭い視線を男に向ける。
「臆病者……!」
「勝てない奴には勝つ為の道具を持ってくる……当然だろ。『両手を上げて跪け』」
「っ……!」
言われるがまま、両手を上げて膝を地面につける。
「アラーの神にお辞儀する直前?」
「逃げなさい、ミカちゃん!」
「おっと、目撃者は残すな。その女も連れて行く」
「えっ、あー……私何も見てないよ」
「「「「それで誤魔化せると思ってんの⁉︎」」」」
シノも含めた、その場にいた全員のツッコミが炸裂した直後だった。パン屋の店の前に立っている男達の背後に、ドシャッと何かが落ちてくる音がする。
全員が、その音の方に気を取られた直後だった。
「ほあっちゃあ!」
「しまっ……!」
ミカヅキが、落ちてる箒を拾って銃を握る男の手首を打つ。手根骨を綺麗に刺激し、鈍い音が響き渡る。
ナイス、とシノは心の中で称賛しつつ、その男のボディに拳を叩き込む。
「ミカちゃん、箒ちょうだい!」
「あ、うん。バトンタッチは前でやらなきゃ」
「リレーの基礎はいいから!」
箒を受け取り、他二人に突撃する。
だが、敵はまだ三人。残りの一人は自分達の背後にいる。そいつが攻撃する前に、他二人を制圧……と、思った直後。銃声が響いた。屋上からだ。
「ッ……!」
背後にいた男の足元には、銃弾が減り込んだ跡がある。
これまたナイス……と、思いつつシノは他二人に箒を振るって撃退した。
「遅いよ、ナイトちゃん!」
「うるせー。助けてもらっておいて文句言うな」
「ちっ……そういうことか」
残り一人が見上げる先はパン屋の屋上。姿を消したナイトが、銃を構えてこちらに向けている。
一人、別行動をしていた男が一人、屋根の上から自分達に張り付いていたのはすぐにわかった。だから、ナイトが選ぶ上手い逃走ルートも綺麗に逆算され、後ろから追って来られていたのだろう。
それ故に、ナイトはパン屋の煙突から上に伝って移動し、追跡者に奇襲を仕掛け、屋根から落としたのだろう。
その上で、銃を持つ者が上にいたら、有利は一気にシノ達に傾く。
ナイトは、屋上から残りの一人に向かって声を掛ける。
「さてどうするホストども。尻尾巻いて逃げるか、この場で胸から薔薇を咲かせるか、好きな方を選べ」
「……ああ、そうだな。死んじゃ、何にもならない」
引き上げるなら、こちらも退いて新たな拠点を……と、思っている時だった。
「だが、そういうセリフはもう少し後になってから言うんだな」
「!」
そのセリフの直後、強い殺気が屋上から出る。気が付いたのはナイトも一緒、ハッとして振り返ると、刀を構えた男が接近してきていた。
「っ、八人目……!」
「ナイト!」
まずっ……と、思いつつも、とりあえずシノは残り一人の額を箒で打って気絶させる。
屋根の上でさらに刀を振るわれ続けているナイトは、何とか回避し続ける。
「ちょーっ、たんまたんま! ガキ相手に刀とか恥ずかしくねーのか⁉︎」
「ガキ相手だろうと、プロは容赦しない」
「プロって何の! ゴルフか⁉︎ こんな所で刀振ってる暇あんなら、家で素振りでもしとけよ!」
「ゴルファーじゃない」
意外と避けるなあの子……と、思いはするが、銃口を敵に向ける隙がないだけだ。そもそも至近距離で銃を使っても勝てない。
なんとか援護に行きたいが、二人は屋根の上を跳ねて攻防戦を続ける。今から煙突を上がるのでは間に合わない。
「っ……!」
「ちょっ……ミカちゃん!」
だが、トラブルはさらに続く。ミカヅキが珍しく感情を出した表情でナイトを地上から追いかけてしまう。
いや、実際に追うしかないわけだが、彼女が向かっても何もできない。
慌ててシノもミカヅキと移動した。
「は、早いって! 危ないって! 死ぬって!」
「よく喋るな」
「分かった、別のやり方で決着つけよう、しりとりとか!」
「長引く。それより『先に斬った方が勝ちゲーム』の方が良い」
「ならせめて俺にも刃物くれよ!」
茶化してはいるが、頬や腕に少しずつ切り傷が増えていく。
その様子を眺めながら、ミカヅキは奥歯を噛み締め……そして、我慢の限界がきたように、自分に顔を向けた。
「シノ」
「何?」
「ナイトを、私に通して」
「……は?」
どういう意味? と、片眉を上げたのも束の間。目の前で、ミカヅキは変化を遂げた。
軽くジャンプをしながら、両手を真上に伸ばす。それと同時にヒュッと身体は輪ゴムのように捻れ始める。
紐状のようにぐにゃぐにゃになったミカヅキは、伸ばした指先はそのままミカヅキの足のつま先を掴むと同時に回転を続け……そして、ブレスレットサイズの小さな輪になった。
初めて見た。噂には聞いたことがある。……武器人間、人間そのものが武器に可変し、特殊な能力を得る。
性能にもよるが、その能力の特殊性故に、裏社会において高値で取引されている存在だ。
「これが……!」
驚いたが……そんな場合じゃない。そもそも通せって言ったって、サイズが全然違う……と、思ったのも束の間、ミカヅキの意志によるものか、回転しながら大きく広がってみせた。ちょうど人一人通せそうなサイズだ。
「すごっ……!」
声を漏らしながらも、ミカヅキを手に持った。手裏剣の要領で飛ばせるかは分からないが、投擲にも自信はある。
グッ、と体を捻って構えた後、シノはそれを逆側に回転させてカーブするように放り投げた。投げた後が心配だったので、ちゃんと手元に戻ってくるように、だ。
「ナイトちゃん、潜って!」
「は⁉︎」
巨大化したブレスレットは、ナイトの頭上に移動する。それを理解したようにナイトはジャンプして潜る。
攻撃と勘違いしたのか、刀を持った男はしゃがんで避ける。
だが、ナイトの身体に変化はない。どんな能力を持つ武器人間なのだろうか、と小首を傾げる。
そのシノの手元に、ブレスレットが戻ってきた直後だった。そのブレスレットの内側から、ナイトが転移してきた。
「うおっ……⁉︎」
「ナイト、無事?」
ブレスレットから、人間の姿に戻ったミカヅキが声を掛ける……が、ナイトは頷く。
「平気。……それより、さっきの」
「……武器人間か」
そう声を漏らしたのは、刀を持った男。屋根の上で、自分達を見下ろしている。
「フェルドも喜ぶだろうな、二人目の武器人間を得られるとは」
「!」
そのセリフに、ミカヅキは少し目を見開くが、誰もが欲しがるのは当たり前だろう。転移の武器人間……暗殺の効率はさらに上がる。
……つまり、人として扱われなくなる……と、また奴隷の生活に戻るかも、と肩を震わせた。
そのミカヅキの肩に、ナイトが手を置いた。
「取らせるかよ、バーカ」
「俺に手も足も出なかったくせに強気だな」
「ガキ相手にイキり散らしてご苦労さん」
「……ふんっ」
すると、近くの家の電気がついた。それに伴い、他の家もパッパッと明るくなる。
当然、屋根の上の男はとりあえず撤退した。そして、自分達も引く必要がある。
「まずい、逃げよう」
「こっち」
「何処に?」
「廃墟見つけて住み着く」
話しながら、夜の街を走った。
×××
「……へぇ、武器人間」
報告を受けた町長、ライド・フェルドは、自らの部屋で街を見下ろしていた。
報告をしているのは、刀を持っていた男。机の前であったことを話す。
「見た限り、ブレスレット。ただし、大きさは自由に変えられ、その間を通したものを転移させる投擲物と思われます」
「便利そうだが……扱いは難しそうだ」
「逆に、扱えれば?」
「強力な切り札になる。人間を転移させられる、という点がとても魅力的だ」
その上、自分にはもう一人、シノ・ユーアールがいる。彼女は武器さえあれば、自分の最高幹部である目の前の刀の男、イゾウ・ツジキリにも勝てる女だ。
「……どうします?」
「決まっている。二人とも手に入れる」
「男は?」
「いらない。適当に消しとけ」
「了解しました」
それだけ話して、とりあえず部下に任せる。相手の戦力は、聞いた限りたったの三人。
そんな奴らを取り逃すわけがない。暗殺の仕事で、強引に町長になったのだ。自分はまだまだ上に行く。そのための道具がさらに転がり込んできた。
これは、もはや天啓だ。神に、もっと上へ行けと背中を押されている。
先代の父親が情けない政策をしていたのなら、自分はフェルドの人間として、自分のやり方で街を再興させる。
×××
運が良いのか悪いのか分からないが、街の僻地まで来てようやくボロボロの小屋を見つけた。
街の中にある雑木林に放置されていたもので、小汚いが秘密基地にはもってこいだ。
「あーあ……一週間分、宿代前払いしたのに……」
「ご、ごめんなさい……」
「いや、いいよ。別に」
そう、そんなことは別にいい。それよりも、今問題なのは、あの連中が何故、シノを狙っているか、である。
そのシノは、驚いた様子でミカヅキに声をかける。
「ミカちゃん、武器人間だったのね?」
「うん。いえーい、すごいでしょ」
「うん。……ちょっと驚いた。ナイトちゃんは知ってたの?」
「ん、おお」
適当に返事をしながら、ナイトは今の所持品を確認している。毛布、銃、パン数個、あと最初に屋根の上で気絶させた奴から奪ったナイフと財布と双眼鏡、あと自分の財布。
「……贅沢しなきゃ、一ヶ月は保ちそうだな」
「またサバしめじ食べに行ける?」
「無理でしょ。だいぶ歩いたぞ今晩」
「あなた達……本当にあれが美味しいと思ってるの?」
「え、なんで?」
「そう、シノがサバしめじもエノキサケも不味いって言うから」
「は?」
「お姉さん、あなた達の味覚が心配。あれクセ強珍味2トップよ?」
少しショックだ。まさか、珍味枠だったとは……初めて食べた時からお気に入りだったのに……なんて少し困ったように冷や汗をかく。
「私の能力なら、遠くから買えるよ」
「それ窃盗だろ」
「え、ナイトが言うのそれ」
ミカヅキがとんでもないことをほざいたので、すぐにツッコミを入れる。
まぁ、そんな話はさておき、だ。少しナイトは困っていた。自分を助けるためとは言え、こんなに早く武器人間であることがバレるとは。これは、間違いなく厄介な事になる。
それに対処するために、今回は真面目に情報を聞くことにした。
「……で、シノ。聞かせろ、諸々」
「……そうね。何か対策立てないといけないものね」
「まず、そもそもお前はなんだ」
「死の風って言われてたよね」
ミカヅキにも言われたシノは、少し狼狽えるが、言わないわけにはいかない。
「……私は、元殺し屋なの。通称『死の風』。幼少時、親に捨てられて拾われたフェルドに、武器を用いた格闘術を叩き込まれたわ」
「幼少期って……今もだろ」
「こんなナリだから分かるけど……私、今年で21よ」
「「えっ」」
二人揃って、背が低いシノを見て驚いたように目を丸くする。
「『無事人間』……肉体的な成長は普通の人間より控えめな代わりに、傷の治癒力が異常な種族よ」
「……なるほど。それで、殺し屋か」
「え、どういう事?」
ミカヅキが小首をかしげる。
「あのな、治癒力が異常ってことは、体の傷の治りが早いってことだ。どんな傷を負っても再生する殺し屋とか厄介極まりないだろ」
「あー……すごい。そんな人もいるんだ、外には。え、でも、てことは強いんでしょ? なんで最初から戦わなかったの?」
確かに、とナイトも思う。素手での戦闘だって出来ないわけではないのでは? と思って聞いたのだろう。
それに対し、すぐにシノは答える。
「一応、鍛えてはいるから、不意打ちが決まれば素手でも制圧出来るけど……向かい合って『よーいどんっ』で殴り合いになれば勝てないよ。背も低いし、腕力もあんまないから」
それでも、鍛えていない一般人よりは強いのだから、流石である。
「つまり、フェルドの殺し屋だったわけか」
「前の町長の時はそうでもなかったの」
「あん?」
「フェルド前町長が用意した私設部隊は、フェルド家の護衛。買い物への付き添い、他の町の長との会議の付き添いとか、そういうのがメインだったわ。町長の家族に手を出す輩が少なかったから、私も実戦になったことはほとんど無かった。何より……私の担当は、今の町長のライド・フェルドの担当だった」
前町長に恨みを持っていた人間はいなかった為、ほとんど襲われるようなことはなかった。あまり潤った街ではなかったが、そこまで不景気でもなく、普通の街。
しかし、そんな平和が続いたからこそ、対処出来なかったのだろう。
「私が16歳になって、ライドと付き合い始めた頃……」
「え、町長の息子と懐刀が?」
「ある日……町長が殺された」
「えっ……」
驚いた。それは、ナイトだけでなくミカヅキも同様だ。
「なんで?」
「事故だった。交通事故。私設部隊なら、決して防げない事故じゃなかったのに。それからライドは変わった。めざしてなかった次期町長になるために色んなことをして、私や他の人間を使って、敵の殲滅に励み始めた。他の市にも味方を作るために、殺しの依頼を請け負ったりして、自分の力を資金によって蓄えることまでし始めたわ」
「……」
つまり、街の治安を守るために殺しをしている、ということだろう。
「悪人を裁く……それなら、私はまだ許せた。けど……少しずつライドに都合の悪い人間を消すようになっていって……そして、私は別れを告げた」
「失恋? やばっ」
「そんな可愛いもんじゃないから黙ってなさい」
気の抜けた反応をするアホを黙らせようとしたが、すぐにミカヅキは口を開いた。
「ていうか、どうして逃げなかったの? 強いじゃん、シノ」
「だからあ、お前黙っ……うん。なんで?」
「あ、黙るの? じゃあ今の質問なし」
「なんでだよ!」
「いや黙れって言うから」
「悪かった、認めます今のは良い質問でした!」
「ふんっ」
少しだけ、ミカヅキは怒っている様子だった。なんかしたっけ……と、冷や汗をかいている間に、ミカヅキが質問する。
「で、勝てなかったの?」
「それは、これが原因」
言いながら、背中を向けたシノは、そのまま服を捲って背中を見せる。
「っ⁉︎ い、いきなり何して……!」
「うわ……何それ」
「え?」
照れてるバカは慌てて目を隠したが、ミカヅキの台詞で恐る恐る指の隙間から背中を見る。
そこに刻まれていたのは……緑色の「mind」の文字が綴られた刻印だった。
「何それ……落書き?」
「え、例の元彼から? 束縛強っ」
「もうストーカーじゃん」
「大体合っているけれど、安い言い方しないでくれるかしら?」
というか、とシノは続けて言った。
「ミカちゃんも効果は今日見ているわよ」
「え? 何か見たっけ?」
「ほら、急に私、スイツ……あのリーダーの男の言うこと聞いたでしょう?」
「ああ、アラーの神様に土下座しようとしてたあれ?」
「うん。お願いだから言い方を考えて」
「え、そんなことしようとしてたの?」
「あなたも信じないで」
まぁ流石にアラーの練習はない。
すぐにシノは話を進めた。
「これは、あの銃の初撃にやられたもの。撃たれるとこの刻印がつく。……そして、撃たれたものは、声音と同時に銃の引き金を引かれると、操り人形と化す」
「じゃあ、あの時……もし『屋敷に戻れ』って言われてたら……」
「ええ。私は捕まっていた。……いや、それどころか、目撃者を減らすためにミカちゃんを殺してたかもしれない」
その時はまだ武器人間であることはバレていなかったから、間違いなく殺していた。
それを聞いて、ミカヅキは少し俯く。それはそうだろう。相手が「いたぶってやろう」なんて考えなければ、あそこで終わっていた。
命のやりとりを今更になって実感し、身震いしているのかも……と、ナイトが声をかけようとした時だ。
「じゃあ……あの銃をはたき落とした私、超ナイスじゃん」
むしろ自分を褒めていた。ナイトは一瞬、目を丸くしたが、すぐに呆れたような鼻息を漏らした。
「その前に、俺が敵を落としたからな」
「えー、少しは褒めてよー」
「はいはい、良くやった良くやった」
実際、本当に良くやった。割と度胸があるし、自分も役に立とうとする意志を感じられるので、そういう意味でも本気で褒めてはいる。
でも普通に褒めるのは照れくさいので、適当に褒めておいてから、もう一度話を進める。
「それより、厄介じゃねだいぶ」
「ええ、そうね」
「うん。要するに、シノはフェルドに対抗できないんだよね?」
「「いやそこじゃなくて」」
「あれれっ」
違うの? と、小首をかしげるミカヅキに、ナイトは真顔で答えた。
「よーく考えろ。そんな人の意思に関係なく行動を捻じ曲げる力を可能にする……そんなの、お前と同じしかないだろ」
「え……てことは」
「そう……フェルドは、武器人間を仲間にしてる」
「……!」
つまり、武器人間vs武器人間。それも、どちらもサポート向きの武器だ。
この前のレスターのような「強力だけど当たらないと意味ない」ものではない。使い方次第では、何も敵だけでなく自分や周りに対して効果を発揮するものだから。
その上、こちらはまだミカヅキの能力を把握していない。ワープの腕輪、程度の解釈だ。
どうするか、と少し悩ましい空気に、ミカヅキがまた声をかけた。
「ねぇ、ナイト」
「今難しい話してるから。ミカヅキは先に寝てなさい」
「いや、聞いてよ。ていうか、バカにし過ぎじゃない? 私でも怒るよ?」
そうは言われても、正直ナイトとしてはなんとかするには相当厳しい今の状況、作戦を考えるにはもう少し時間が欲しい……と、思っている時だ。
すぐにミカヅキは言った。
「盗んじゃえば良いじゃん。フェルドの武器人間」
「はぁ?」
「ナイト、よくやってるんでしょ? スリや盗みみたいな泥棒と、追いかけっこ」
「……」
つまり、怪盗か……と、頭で理解すると同時に、ナイトの胸は高鳴った。
相手の警備を掻い潜り、敵の一番大事なものを盗み出し、困っている少女を救い出す……。
……面白い、面白いかもしれない……と、強く思ってしまった。




