簡単に平穏は訪れない。
「ほーんとに美味しかったわ。サバしめじ」
「だろ?」
ミカヅキの感想に、薦めた側のナイトは満足げに頷いた。いや、割と悪くない。こうして自分が美味しいと感じたものを、他人にも知ってもらえるのは。
あのザクザクの衣と、シメサバのような酸味としめじのオードソックスなキノコの風味が一つの食材に兼ね備えられていて、思わずほっぺが落ちそうになった。
「ちなみに、あの地下通路から行ける街の中で、もう片方にも美味いもんあるよ。ファミレスなんだけど、近くに海があって栗ウニとサファイアいくらの冷パスタがバカみたいに美味い」
「いーなー。食べたことあるの?」
「あるから分かるんだろ。たまたま盗んだ財布が金持ちのもんだった時に、少し贅沢した」
あれが美味ということか……なんて、高級料理を食べた時のことを思い出す。
「いーなーいーなーいーなー」
「余裕ができたら連れて行ってやるから」
「約束ね?」
「食いしん坊かよ」
「いやいや、せっかく旅出るんならそういうの楽しまないと」
旅に出た場所の名品を食べるのも、旅の醍醐味である。
さて、そんな呑気な話をしながら歩きつつ、ミカヅキが気になった様子で聞いてきた。
「次、どうすんの?」
「宿取る」
「おお〜、やっとベッドで寝られる」
「二部屋は無理だけど、文句言うなよ」
「ルームサービスあり?」
「んなもんあるか。寝て泊まるだけの場所な」
話しながら、宿屋に入った。そんなに新しくもないが、古くもない普通の宿屋。
そこの中に入ると、宿屋の主人が眠そうな目で顔を上げた。
「らっしゃい」
「一部屋で良い。一週間」
「うちは前払い制だ。一週間だと、1万だな」
「本当は?」
「1万だっつーの。なんだ、ボッてるとでも?」
「分かった。じゃあ衛兵呼ぶな」
「……チッ、9,000だよ」
「いやそういう駆け引きいいから。本当は?」
「おいガキ、あんま大人を揶揄うもんじゃねーぜ」
ギロリと睨まれたが、それでナイトが引くことはない。
「……あのさ、嘘つくならもう少し上手くついてくれる? 逆ギレで誤魔化そうとしてたり、最初にあり得ない提案してから、それより少しマシの妥協点で折れさせようとしても無駄だから」
「ガキが……寝てる最中、何が起こっても知らねーぞ」
「じゃあ良いわ。他行くから。チップ少し多めに出しても良かったんだけど」
「適正価格は6,300です!」
楽勝だった。そのまま二人で二階の部屋を案内してもらう。
中を開けると、内装はとってもシンプル。何がシンプルって、机と椅子とベッドと窓しかない点が。まぁ、二人ともまだ成長中の身体なので、二人で寝る分には狭くないが。
「ここ。一応、そこそこ見晴らしが良い部屋です」
「どうもどうも」
「ラッキー」
「これ、鍵ね。ではごゆっくり」
そのまま店主は離れて行った。
さて、部屋の中に入り、ミカヅキが一つしかないベッドの上に腰を下ろした。
「おお〜……あんま柔らかくない」
「フカフカぽかぽかサクサクなベッドでも期待してたんか」
「うん。正直」
「俺と旅する以上、そういうのは期待すんなよ」
自由に旅をするのは結構だけど、少なくとも今、好き勝手に豪遊するのは無理だ。人身売買船に乗る前までは割とお金あったのに。
さて、これからどうするか……一人で旅をするなら、しばらく地道にスリに徹して動くが……なんて思っているときだ。
「にしても、こういうことだったんだね」
「? 何が?」
ミカヅキに聞かれ、小首を傾げる。
「『騙される方が悪い』って」
「……ああ。うん、まぁ」
誰だって金が欲しいし、ぼったくりの気持ちが分からないでもない。実際、自分は盗みで金を得ているし、責められる立場ではない。
でも、ぼられるのはやっぱムカつくし、何より余裕はないので正規料金しか払わない。
「でもよく分かったね。騙されてるって」
「経験。実際、何事にも疑いの目を持つのは大事だよ。基本、どいつもこいつも人を騙そうとしてるって思った方が良いし、それが普通だから。世の中」
「……そうなんだー。二人身里とだいぶ違うね」
それは、薄々ナイトも思っていた。ミカヅキの言動を聞いていたり、ぶっちゃけ過保護と思わないでもないウッドだったり、治安は良いのだろう。
すると、ミカヅキがまた声を上げた。
「ね、この後は?」
「風呂」
「お、良いね〜」
「一応、言っておくけど男女別だから。女風呂に入ってる間は、ちゃんと一人でも攫われないようにしろよ?」
「分かってるから」
と、いうわけで、大衆浴場に向かった。
×××
「ふぃ〜……」
そんな吐息を漏らしたミカヅキは、実に気持ちよさそうに湯船の中に浸かる。
久しぶりのお風呂……何も言わなかったけど、多分ナイトも臭いを感じていたはずだ。
シャワーはすでに浴び終えたが、石鹸から立てた泡が髪や肌を透き通していく感覚は久しぶりに味わうと、改めて身が綺麗になる快感を味合わせてくれる。
……まぁ、ぶっちゃけこれはウッドが助けに来た時についていけばもっと早く味わえただろう。
でも、やはりあの里にずっといるのは嫌だ。平和に過ごせるだろうし、仕事にもありつけるだろうし、長い人生を生きていく上で困ることなんて何一つ弊害は無いだろう。
だからこそ、つまらない気がする。それなら、別に長く生きる必要はない。30歳くらいで死んでも構わないくらいだ。
それならば、30歳くらいまで常に刺激を求めて生きたい。
まだナイトについて行ったのが完全に正解かは分からないが、しばらくは仮宿という意味でも共に過ごして行く。
「……ふふ」
それに、あの子。意外とかわいい。純情で素直じゃなくて、すぐに照れる。
そういう意味でも、ナイトで良かったと思う。あの純粋さなら「守ってやるから抱かせろ」なんて言い出さないだろうから、そういう意味でも信用出来る。
「……ま、変な気を起こされたら困るけど」
自分の真っ白な身体を見下ろす。年齢が年齢だけに、少しずつ身体に凹凸が出てきている。貧相でも極上でもない肉付きになってきて、ミカヅキ的にもちょっと嬉しい発育。
でも……まぁ、外の世界で身寄り無く過ごす……或いは男と二人旅をする、というのは、ある意味ではそういうことなのかもしれない。
万が一、あの子がそんなことを言ってきたら……まぁ、何度も世話になっているし、一度くらいは良いかも、とか適当な事を思いながら、とりあえずゆっくりした。
×××
「……遅ぇ」
待ち合わせ場所は銭湯の前。すでに入浴を終えたナイトは、ぼんやりと空を見上げてミカヅキを待っていたのだが……中々出てこない。
女は長風呂、と聞いたが、予想以上だ。一体、風呂で何をしているのか。親の中に浸かっている間、そんなにやることが多いわけでもないだろうに……もしかして、瞑想か何かだろうか?
まぁでも、お陰で予定は固まって来た。
この後はしばらく盗みで金を稼いだら、他所の街へ移動する。
そう決めて、のんびり待っている時だ。ドシャッと自分の足に何かが衝突した。何事? と足元を見ると、毛布の少女がぶつかって来ていた。
「?」
ふと見えたのは、毛布からはみ出ている足元。いくつもの切り傷や裂傷痕が残っていて痛々しい。そもそも靴もサンダルも履いていない時点で、逃亡者なのは明白だ。
だが、助ける義理はない……ないのだが……。
「ぅっ……」
「おい?」
ドシャッと足元に倒れた。目の前で倒れられてしまった……正直、まだ街に来たばかりでトラブルに巻き込まれたくないのだが……と、思っていると、ギュッとズボンの裾を握られてしまった。
「っ……な、なんだよ……?」
「助けて……」
そう言う少女の顔はよく見えなかったが、綺麗なタレ目の目尻には涙が浮かんでおり、頬や額は黒く汚れている。
どこのどいつだか知らないが……これで仮に「無視しろ」と言われても無視できる人間はこの世にいないだろう。
「毛布を脱げ」
「え?」
「早く」
「か、顔を見られたくないのだけれど……」
「俺の言うことを聞くか、このまま一人で逃げるかどちらかだ」
「分かった……!」
そう言った少女は毛布を脱いだ。
下から出て来たのは、水色の長い癖っ毛、ぶつかった時からわかってた事だが低い身長……そして、パッツンパッツンになるほど胸の辺りが膨らんだTシャツと、パンツだった。
「ふぁっ⁉︎」
「ず、ズボンは……その、盗る時間がなくて……」
「さ、先に言えよ……まぁ良い、そこで丸まれ」
「ま、丸まるって……」
「土下座のポーズ」
少し気まずくなりつつも、指示に従わせ、その上に毛布を掛けた。小柄なこともあって、綺麗に覆いかぶさる。そして、その背中の上に腰を下ろした。
「うぐっ……!」
「我慢しろ。やり過ごせば、街外に出たと思うだろ」
簡易的な椅子を作り、そのまま銭湯の前でボンヤリする。
すると、その後すぐにスーツを着込んだ連中が三人ほど歩いて来ているのが見えた。
「……」
奴らはそのまま周囲を見て回りながら、自分達の前を通り過ぎていく。一瞬、こちらを見たが、そのままスルーして歩き去っていった。
「……もういい?」
「良くない。このままツレが来るまで待て。体重かけないようにしてんだから我慢しろホント」
人間を椅子にしていた事はバレていただろうが、まさかそれが追いかけていた少女とは思うまい。
何より、追跡中に明らかに真っ当じゃないことをしている奴の相手をするのは御法度だから。
「……」
……とはいえ、奴隷の真似をするのは少し気分が悪い。やめておくことにした。
「ごめん嘘。そのまま体育座りしてて。毛布被せとくから」
「あ、うん……」
「……」
さて、何があったのか聞いておきたいところだが、まぁ外でする話題ではない。
「で、俺はお前をいつまで匿えば良いんだ?」
「こ、今晩だけお願いさせてもらえませんか……?」
「それはあいつらが何なのかによるけどな」
「……後ほど、お話しするから……」
「あっそ」
そんな話をしていると、銭湯からようやく知り合いが出てきた。
「いやー、良いお湯でしたー」
「じゃねーよ。遅いから」
「あれ、なんか怒ってる? てか、足元の何?」
ミカヅキが指差しているのは、当然ながら毛布の塊。
とりあえず、隠しても分かることなので、すぐに正体を見せた。
ぺらっと毛布を捲ると、女性が出てきたものだからミカヅキも目を丸くしてしまう。
「え……誘拐?」
「ちげーよ。詳しい話は後でするから、宿に戻ろう」
「その人も連れて?」
「そういうこと」
「ご、ごめんなさい……」
おそらく、ツレが女性だと思っていなかったのだろう。少女は、少し申し訳なさそうに謝ってくる。
が、別に恋人でも何でもないのでその謝罪はお門違いだ。
気にしなくて良い、と言おうと思ったのだが、ミカヅキがそれより先に口を開いた。
「おっぱい大きいねこの子。子供なのに私より」
「うえっ⁉︎」
「黙ってろお前!」
そのまま三人で宿に向かった。
×××
「ふぅ……」
執務室でため息をついたウッドは、軽く伸びをする。昼過ぎに里へ戻ったわけだが、まぁシワスに怒られたので、午後は真面目に仕事をしている。
しかし、まぁしてやられた。結局、あのままミカヅキは捕まえられなかった。
完全にあの少年について行っているが、これで手がかりは失ったようなものだ。また地道に情報収集からである。
「……疲れさせやがって……」
何がって、ミカヅキである。あの小賢しいガキをどう見つけるかは、割と悩ましいものだ。
今まで標的を見つけられたのは、地道な情報収集でも特に名を上げたアウトローを中心に見張っていたからだ。武器人間を使う奴……或いは手に入れた奴は、基本的に急激に力をつけるから。
だが、あの少年の面倒くさいところは、ミカヅキの武器形態を使うつもりがなさそうな点だ。
だから、急に力を手にすることはないだろうし、むしろ自身の力のなさを自覚した上で逃げにスキルを全振りしている。
次に情報を得るまで動くつもりはないが、情報を得た時は自分の嫁を何人か連れて行った方が良いかもしれない。
そんな風に思っていると、部屋の扉が蹴り壊された。
「ウッドーーーー! 遊ぼうぜーい!」
「ふっ、ふひっ……人生詰みゲームってすごろく……みんなで作りました……」
「や、やりませんか……⁉︎」
「ん……じゃあ、やろうか。俺に勝てた奴は、シワスに一日中何度でも膝カックンやる権利をやる」
「「「よしのった!」」」
みんなで遊ぶ事にした時だった。次の来客者を見て、その場にいた四人は固まる。
「ふふ、面白い提案ね。膝カックン」
「……」
「……」
「……」
「……」
ガチおこのシワスを前に、全員目を晒してしまう。この嫁、本気の本気で怒ると本当に怖い。
せっかく遊びに来た嫁達が、無言で立ち上がり、さりげなく部屋から去ろうとするのを、シワスは無言で微笑みながら全員の首に腕を回して確保しつつ、ウッドに言った。
「ウッド、それより情報入ったわよ」
「ミカヅキか?」
「いえ。……でも、別の武器人間の情報」
「詳しく聞こうか」
作戦を立てて、また裏の仕事を決行する。
×××
「ただいまー」
「それでね……あ、おかえり」
「おかえりなさい」
「はい、着替えと……軽く食べ物と色々」
そう言いながら、ナイトが紙袋を手渡す。予定外の出費だが仕方ない。それに、ついでに必要になりそうなものも買えたし、全く無駄な出費というわけでもない。
紙袋をもらった少女は、頭を下げてお礼を言う。
「あらあら、どうもありがとう」
「ちゃんと返せよ、金は。こっちも金ないんだから」
「ええ、ええ。ちゃんと必ずお返しするわ」
宿に戻って来て、ナイトは背中を向ける。その間に、青髪の少女は着替えを始めた。
「……ズボンとTシャツですか?」
「うわー……ナイト、センス無いなー」
「うるせーよ。安かったんだよ。サンダルも一緒に買ってもらって文句言うな」
「私は言ってないけれど……」
着替えを終えたようなので、ナイトは顔を向ける。
思わぬ3人目が増えてしまった事もあり、ベッドと窓しかない宿屋の中で、3人でベッドの上に腰を下ろした。
一応、毛布は回収した。捨てた方が目立たないのだが、今はとにかく節約したかった。あるものは使わないと勿体無い。
まぁ、そんな事よりも、だ。毛布で下半身を隠してもらいながら聞いた。
「で、あんた名前は?」
「そうね、自己紹介しないと。さっきは助けてくれてありがとう、シノ・ユーアールよ」
思ったより落ち着いた話し方をするんだな……と、印象が変わったのだが、とりあえず気にせずに自分も名乗る。
「そうか。俺はナイト」
「ふふ、知ってる」
「は?」
どゆこと? と、片眉を上げると、ミカヅキが平然とした顔で話した。
「ナイトが帰ってくるまで暇だったから。お互いに色々と話した」
「お前……余計なこと言ってないだろうな」
「言ってないよ」
「ここまで信用できない断言が、この世に存在するとはな……」
知られて困ることはない、なんてことは無い。知られても大きな影響がないだけだ。無い情報をあるように見せかけたり出来るからだ。
何せ、目の前の女はまだ味方と決まったわけではない。十中八九役人から逃げていたわけだし、簡単に気を許して良い相手でもないのだ。
「何の話をしてたんだ?」
遠回しに「何を話した?」と聞くと、微笑みながらシノは答えた。
「一緒に奴隷船に乗っていらしたそうね。その縁から、ここまで逃げてきたとか」
「まぁ……そういうことだけど」
ま、不用意に「武器人間」と言わなかったことは評価できるため、とりあえず何も言わないでやることにした。
「それで、ミカちゃんはナイトちゃんの名付け親みたいね」
「ブフォッ! お、お前……そんなことまで……!」
「そう。だから私、実質ナイトのお母さん」
「誰がお母さんだバカ」
「だから私」
「否定してんだよ! ちょっとは折れろめんどくせーな!」
「でも、親だよ、親」
「どこで母性発揮してんだ! そもそも今の今まで10:0で俺が面倒見てきてるし!」
「仲良しね、あなた達」
「不本意ながら!」
いや、本当に。正直、今のところこの女と一緒にいて得になったことなんて何もない。……いや、まぁめちゃくちゃタイプの女性と一緒にいられる、というメリットはあるが。
ていうか、それよりも、だ。そろそろ何があったのか尋問……と、思ったのに、また先にシノが少し申し訳なさそうな様子で口を開いてしまった。
「……でも、そんなことがあって一緒にいるなら、巻き込んじゃうのも悪いかな……」
「あ?」
そんな自分達を見ながら、シノはニコニコ微笑んだまま言う。
「ごめんなさい。私、もしかしてお邪魔しちゃってたみたいね」
「は? なんの話だよ」
「何でもないわ」
「いや、んなことより、さっさと何があったのか話してくんない」
「大丈夫、今日はここに泊まらせてもらうけど……朝には出て行くから」
え、なんだろうか急に? と、片眉を上げる。助けて、と言ってきた割に、すぐにそれを放棄しようとするとは。
まぁ、面倒が減るのはありがたいけど……なんて思っていると、すぐにミカヅキが声をかけた。
「えー、いいよここにいて。大変なんでしょ?」
「おい、ミカヅキ」
「それは大丈夫よ。こう見えて、お姉さん強いんだから」
「お姉さんって……」
どう見ても年下なのだが……なんなら、武器人間と同じで特別な人種なのかもしれない。
でも、護衛しなくて良いとか言うなら仕方ない。ナイトとしても、面倒が消えてありがたいし。
……が、一つだけ問題はある。
「金はどうやって返してくれんの?」
「えー、ナイトがめついー」
「お前さ、俺達の今の状況分かってる? 他人の世話焼いてる状況じゃないからね?」
「話だけでも聞いてあげようよ」
「話だけでも聞けば巻き込まれたも同然になんだろ。さっきこいつを追ってたスーツの連中、多分町長の手下だぞ」
「蝶々の手下って、芋虫か蛹?」
「いやくだらねーよ! あとそれ手下じゃなくて進化前だし!」
気の毒になるくらいズタボロの女の子を追っかけ回している時点で、100%碌なことじゃない。関わらないようにしないと、ただでさえ世界最強の男に追われている立場なのに。
「でも……こんな年端もいかない女の子だよ?」
「っ……」
確かに、それはそうだ。だから助けた、というのもある。一人でガキの頃から盗みをしていた自分だが、最初のうちは結構、キツかったものだ。死ぬかと思ったことも何度もある。
だが、シノがそんなやり取りを前に首を横に振るう。
「本当に大丈夫よ。あなた達の邪魔しちゃ悪いもの。お金はー……そうね。あなた達、いつまでここに泊まるの?」
「一週間後」
「じゃあ、それまでにここへ渡しに来るね」
「……ん」
少しミカヅキだけ納得いっていない様子だったが、とりあえずそう決まった。
×××
その日の夜。せめて一日泊まるだけ……と、気を利かせてくれたのか……それとも、助けると言わなかったナイトが気に入らなかったのか、ミカヅキが「ナイトは床」と言って一緒にベッドで寝かせてくれた。
シノは、少し罪悪感が芽生えていた。本当は、誰にも頼るつもりはなかったから。
でも、限界だった。せめて木刀でも良いから剣があれば撃退出来たが、ないものは仕方ない。
聞いた話によれば、自分がもらってしまった物の総額はそれほど高くない。少し色をつけて返した方が良いだろう。
「……」
隣で眠っている少女を眺めたあと、下で寝息を立てている少年に視線を移す。
生まれた時から孤独な少年……名前さえ忘れるほど昔に親に捨てられた男の子……辛いのは、何も自分だけではない、と再認識させられる。
……そんな時だった。ぱちっと唐突にナイトの目が開いた。
「っ⁉︎」
「……何見てんだよ」
「ご、ごめんなさい……苦労してるなって」
「まぁ良い。ミカヅキ起こして」
「え?」
「誰か来る」
「……!」
……確かに、気配がある。全部で7つ。自分を追っていた連中と似たようなものだ。
「宿の玄関に四人、窓の下に二人、屋根に一人……」
「すごいな、よく分かるね。人数まで正確に」
「私より先に敵に気付いてた人に言われてもね……」
正確な位置まではわかっていないらしいが、自分より先に気づいている時点で相当だ。
何にしても……まだ、武器を調達出来ていない。戦っても勝てないだろう。
「私だけで逃げる。ごめん、お金は払えないかも」
「それ無意味。追っ手が誰だか知らないけど、俺の顔は銭湯の前で知られてる。その時に椅子にしてたのがお前だってすぐに気付かれるから。どちらにしても俺らも逃げないとダメな奴これ」
「っ……」
結局、巻き込んでしまった。こんな自分に良くしてくれた二人を。
悔しげに奥歯を噛み締めている間に、銃に弾を込めるナイトが自分に指示を出した。
「ミカヅキ起こして」
「なんでそんなもの……!」
「盗んだ。いいから早く」
言いながら毛布をたたみ始めたナイトを眺めながら、とりあえず従う。
「ミカちゃん、ミカちゃん起きて」
「むにゃむにゃ……サバしめじ食べたい……」
「え、あのマズい食材?」
「え、ゲロマズなのあれ」
「いやそこまで言ってないけど……」
反応したのはナイト。この子達、味覚大丈夫だろうか? サバしめじとエノキサケはフェルド市クセ強珍味2トップである。
「それよりミカちゃん、起きないよ」
「多少、乱暴でも良いから起こしてや。時間ないし」
「うーん……じゃあ、失礼して」
あんまり暴力は振るいたくない。なので、自分がフェルドに捕まっていた時、暴力の次に不快だった事をすることにした。
ミカヅキのスカートを捲り、パンツを脱がした。
「えっ」
「ナイトちゃんは見ちゃダメよ?」
「ち、ちゃん付けるなし!」
顔を背けたので、今のうちに摩擦と刺激を繰り返す。ビクビクンっと痙攣し始め、そして徐々にミカヅキの顔は赤くなり……やがて、慌てて身体を起こした。
「ーっ⁉︎ ーっ⁉︎」
「起きた? 寝坊助ちゃん」
「っ……にゃっ、にゃにっ……ひへっ……!」
「起きないから起こしたの。急がないと、敵襲だよ?」
「だからってなんでそんな起こし方……!」
「や、だから起きないから」
「殴るなり蹴るなりしてくれた方がマシ!」
そう怒鳴り散らした後、キッとミカヅキが睨んだ先には、ナイトがいる。
「……見てないから」
「……やめさせてよ」
「言う前に行動するんだもんそいつ!」
「どうせ多少、乱暴でも起こせっつったのナイトでしょ!」
「そもそも起きないお前が悪いんだろうが!」
「良いから逃げましょう?」
「「誰の所為で揉めてると思ってんの⁉︎」」
なんてやっていると、ハッとナイトとシノは扉を見る。まずい、本当にもう来た。
「と、とにかく! 俺が撃ったら一斉に飛び降りるから!」
「ミカちゃん、一人で降りられる? おんぶしましょうか?」
「触らないで」
「行くぞ!」
そう言った直後、ナイトの握る銃口から火を噴く。窓を叩き割った直後、その中にまずナイトが突っ込み、その後に続いてシノが飛び降りる。
最後に、少しひよりながらミカヅキも飛び降りた。
最初の銃撃にひよったからか、窓の外に待機していた連中はすぐには姿を現さなかった。
「こっちだ!」
「はいはい!」
「うう……久々のベッドだったのに……」
そのまま深夜の追いかけっこが始まった。