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使えるものは使ってから無理だと判断しよう。

 ウッド・ブックメーカーがその場にいたのは、昨日の奴隷船の一番近くにある街がここだったからだ。

 あの少年が何者であれ、まずここに寄るとは思っていた。

 あまりに胸糞悪い街だったので、目立たないように変装して歩いて回る。

 しかし、アウトローが潜伏する街というのはどこも変わらないものだ。

 カモフラージュ的に街を置き、その奥で「コソコソと堂々と」と相反する意味を持つ言葉を見事に両立させている。

 殺人、人身売買、売人、盗賊、スパイなどなんでもやっている……というより、なんでも揃えているよりどりみどりの街は、心底反吐が出る。

 何せ、こういう連中に使い潰されそうになっている自分達の同胞は少なくないだろうから。


「……さて」


 まぁ、今はそんな事よりも、目当ての少年を探すことだ。

 行動はなんとなく読めているが。

 おそらく、まずは服を欲しがるはずだ。何故かって、こういった裏の世界では舐められたらおしまいだからだ。金はぼられるし、商品をくれないこともあるだろうし、なんならまた人身売買もあり得る。

 つまり、この街の中でも比較的、取引が通用する店を選ぶ……が、そんな街の細部のことまでウッドは知らない。

 よってまずは、二、三人を脅して情報を得る……と、思った時だ。

 ドンッ、ドォンッと銃声が聞こえる。


「……!」


 万が一、同胞であるミカヅキが関係しているものだったら……と、思った時には動いていた。

 すぐに音がした方向へ走る。目に入ったのは服屋。中に入ろうとすると、ちょうど良いタイミングで男達が中から出て来た。


「ちっ、なんだあのガキャあ……!」

「ほっとけ! バルブなんかの為にあんなのにやられる必要なんざねえよ!」


 バルブ……名前だけ聞いた。アウトローの良心……とは言われているが、それを知ってのこのこやってきたカモを見つければ人身売買人に売っ払う女だ。

 全然、あり得る。油断していようとしていなかろうと、他の奴に比べれば全然、頼りやすいのは間違いない。

 従って、ミカヅキと行動していたあのガキが様子だけでも見にきてもおかしくない。


「おい、そこのお前邪魔だ!」

「退きやがれ!」


 興奮状態にあるようで、自分の方へ猛進してくる。お前らがどけよ、と思ったものの、こっちも急いでいる。

 言われた通り、軽くジャンプして二人の頭を飛び越えた。


「ふぁっ⁉︎」

「おい……てか、今の……ウッド・ブックメーカーじゃ……」

「ヤバい奴と喋っちまったな……」

「ヤバい口の聞き方しちまった。自慢しよ」

「あ、ずるいぞお前!」


 そんなバカ達の話は耳に入れることもしないで、家に入る。

 そして、まず目に入ったのは、前までの囚人服と違い、一般人に見える服に身を包んだあの少年が、店の奥に向かっている姿だった。


「ゲッ……!」

「見違えたな、ガキ」


 声を掛けても無視して店の奥に走り出した。追おうとした時、ふと目に入ったのは、倒れている男。アイツを倒したのと、自分とすれ違った男達を追い払ったのは、あの少年だろう。

 喧嘩はそれなりに出来るらしい……が、ウッドには勝てない。何せ、武器人間の武器になれない方の人間は、肉体が普通の人間のそれを遥かに凌駕する。

 それ故に、世界各地の人身売買人に人気がある武器人間だが、その真価を発揮出来るのは、武器になれない武器人間だけなのだ。

 すぐに追いつこうと、一気に床を蹴って突撃……した直後、カチッと真上から音がする。

 顔を上げた直後、落ちて来たのは店の灯りだった。


「っ……!」


 回避する。天井に刺さっているのは一本のナイフ。投げて落としたか。追っ手に直接投げてくるより余程、足が止まるので効果的だ。

 咄嗟の判断も悪くない……と、思いつつ後を追う。廊下を進んでいると、裏口と思われる扉が目に入る。

 それと同時に、バイクの駆動音も。


「ちっ……!」


 乗り物に乗られると厄介だ。走って追いつくことはできるが、割と本気で走る必要がある。こんな裏街で目立つような身体能力を披露するつもりはなかった。

 すぐに裏口を開けようとドアノブを押そうとするが、ガッと後ろに何かが引っかかって開かない。

 仕方ないので壊そうと思ったが、そこでふと思う。そもそも本来、自分が追っている少女がいない。あのガキに売られたか、と思ったが、店内で男達が伸びていた理由がない。

 つまり……あの少年も追ってる側。

 ならば、こちらは敵の反対側から追い詰める……! そう決めて、店の入り口から出て回り込む事にした。

 高速で動くと同時に、逃走者はおそらく車であることを把握した上で、この街に前に来た時、頭に叩き込んだ地図から逃走ルートを逆算し、回り込んだ。

 そんな時だった。そろそろこの路地から突っ込んでくるかな……という場所に回り、奇襲を仕掛けようと考えていたのだが、来るはずの車が動きを止めていたのが見える。

 つまり、あのガキがやったのかも、とすぐに理解し、距離を詰めてジャンプして車の上に飛び乗る。


「逃すんじゃないよ! 確実に仕留めろ!」


 目に入ったのは、指揮をとる女と、銃撃をする男達。そして、その先で逃げる少年とミカヅキ。その二人は階段の入り口から、建物の屋上に上がろうとしている。

 すぐに後を追うが……その前に、ザコが邪魔だ。車から飛び降りると同時に女を踏みつけた。


「オラオラ、さっさと畳ん……げふっ!」


 急に背中から踏み潰されて失神させる。

 その直後、男達がウッドに銃口を向けた。


「野郎、姐さんを……!」

「おい、アイツ確か……」


 と、言われた時には遅い。片方に踏み潰した女を投げ飛ばしつつ、もう片方に向かって突撃。銃を乱射されるも、回避しながら壁を蹴ってあっさり背後を取ると、背中に肘打ちをかまして壁に叩きつけた。

 さて、上に上がった二人だ。


「面倒臭い真似を……」


 仕方なく後を追う。階段をさっさと登り終えて、屋根の上を移動する二人を視界にとらえる。


「ボス……!」

「ウッド・ブックメーカー……!」

「ナイト、超逃げて」

「分かってらい!」


 やはり、逃げるつもりらしい、あのお転婆。何かをあの男に吹き込まれたか、それとも自分の意志か……里にいた時から何を考えているのか分からない小娘だったが、どちらにしてもまずは捕まえる。

 そう決めてさらに追う。屋根と屋根の間をジャンプして移動し、すぐに追い掛ける。


「やばっ、足早ー!」

「そりゃ武器人間だもの。武器になれない人は基本全身凶器だよ」

「先に言えよ!」

「めんごめんごー」


 なんか……苦労してるなぁ、と敵ながらに思ってしまったが、それはそれである。真面目な話、こちらの情報をあの子に漏らしているとも取れる。

 つまり、裏切り確定……いや、長として話を聞かずに切り捨てるわけにはいかない。まずは捕らえる必要があるし、やはりその為にはあのガキの方は邪魔だ。

 そんなわけで後を追っている時だ。目の前の二人は、屋根から飛び降りた。


「!」


 自殺? いや、そんな諦めが良い奴ではない。間違いなく何かある。

 そう思い、すぐにジャンプして飛び降りた時だ。目に入ったのは、建物の縁に捕まっていた。


「……は?」

「じゃあな」


 そのまま屋根の上に上がる少年とミカヅキ。ほんと、ガキみたいな手でやられたものだ。だが、まだ追える……と、思った直後だ。

 上に登ったガキが自分に指を差した。


「あーーーーっ! ウッド・ブックメーカーだあああああああ! スラムを潰しにきたぞおおおおおおお‼︎」

「あのガキ……!」


 やってくれる。おかげで、姿を隠していたアウトローが大量に姿を現し始める。

 つまり、早い話が他の連中で足止めをし、自分を撒く作戦のようだ。

 悪くない……悪くないし、面白い。だが、武器人間の運動能力を甘く見過ぎだ。


「逃がさないよ」


 そう言ったウッドは一気にジャンプして屋根の上に上がってきた。


「ええええええっ⁉︎ 真下にジャンプ台でもあった⁉︎」

「武器人間の武器になれない人はこんなもんだよ」

「だから先に言えっつーの!」

「言ったじゃん」

「そうでした! 想像力足りてませんでした!」


 正確には全身凶器と言われていたのだが、同じことだろう。要するに身体能力お化けなのだ。

 ウッドがいるとバラされた今、本格的に身体能力を活かすことを決定、屋根の上ならば人目につかないため見つかりづらい、一石二鳥の機会を与えてくれたことに感謝する。

 すぐに二人とも逃げ出すが、この距離なら逃さない。

 後を追おうとした直後だ。


「あっ」

「ふえっ?」


 二人の足元の屋根が崩れた。穴が開き、2人揃って落下する。

 元々、廃墟のようになっていた街を改造してマフィアが得た街だ。場所によってボロいのは仕方ない。

 それが奴らに良い方向に作用した。


「ったぁ〜……」

「俺の方が痛いわ……下になってやったんだから……てか、早く退け! 逃げるんだから!」

「ごめんごめん」


 そんな声を聞きながら、自分も穴から飛び降りる。真下では、ミカヅキが少年から退いた所だった。すぐに踏み潰せる……と、思ったが、銃をこちらに向けている。


「チッ……!」


 空中では身動きが取れない。落下しながら近くにあった壁に手を伸ばし、掴んで身を引き寄せつつ、身を翻して足をその壁に着けた。

 このまま踏み台にしてやろうと思った矢先……銃が火を噴いた。足が使える以上、どこが狙われていようと、銃弾が発射された後であろうと躱せるが、狙いが逸れていたのか自分に当たるコースではない。

 走ってそのまま逃げていく少年を見てすぐに飛び込もうとした直後、足元がグラリと崩れる。お陰で踏み込み損ねた。


「!」


 しまった、と狙いを理解する。奴の狙いは足元の壁。ただでさえ大穴が空いた壁に、銃弾でさらに亀裂を走らせ、そこに自分の踏み込みのパワーが加われば、確かに加速に使うパワーが出る前に足元は崩れる。

 そのまま半端に落下したものの、何とか着地。さて、どこへ逃げた? と顔を挙げると、賞金首を狙う賞金稼ぎのような男達に囲まれていた。ザッと15人だろうか? フード付きのローブを被っていたり、ロングコートを着ていたりと、得物を隠しているのがよくわかった。

 もう来たのか、と舌打ちをする。


「おいおい、ほんとにこいつがウッド・ブックメーカーか?」

「な。細いし、脆そうじゃねえの」

「嘘ならあのガキ殺すか」

「そうしようか」


 まだ追えば間に合うかもしれない……が、手練れが三人ほどいる。だからこそ、ありがたいと言えばありがたい。力の差を見せれば撤収するのが手練れだから。

 そう決めると、立ち上がりながら身構える。


「悪いけど、急いでるんだ。付き合えるのは、一人3秒までだ」

「ほざきやがれ!」

「付き合ってやんのァ、こっちだボケ!」


 突っ込んできた二人の攻撃を回避しながら、一人目のボディに膝、もう一人の顔面に肘を、身体を回転させながらかます事で、突っ込む前の二人に直撃させて気絶させた。


「っ……!」

「ラッキー、四人一秒で済んだ」

「チッ……!」

「畳め!」

「囲むぞ!」


 さらに襲い掛かってくる四……いや、五人。一人、手練れが混ざった。

 ナイフを持った男の一撃をギリギリまで引きつけつつ周囲を見る。左右から一人ずつ、正面の男と連続攻撃の為、その男の背後に一人。そして手練れは距離を詰めつつも隙を窺う構え。


「死んでも自己責任で頼むよ」


 そう言いながら、まず目の前のナイフを真横へ強めにいなし、左の敵の肩に刺した。


「いった!」

「あ、ごめっ……抜けねっ……⁉︎」


 結果を見ることなく、右の敵に目を向け、両手に持っている二刀の暗器を繰り出してくるが、それを両手首を掴んで止めると同時に、両サイドに腕ごと捩じり上げる。


「っ……⁉︎」


 関節を固められ、動けなくなるがそのリアクションを楽しむほどの暇はない。

 そこから先は超人ならではの強引な怪力で身体を持ち上げ、正面の男に投げ付け……ようとしたが、反射的に背中側に振り下ろす。


「っ、と。よく見てやがる……!」


 手練れは背後に回っていた。ガードの代わりに後ろに振り下ろしたのは正解だった。

 足を使って一度後方に下がろうとした直後、二人目の手練れが来ていて刀を出してくる。

 一定の距離を保ったままの攻防戦。こいつばかりに気を取られると、他の奴が来る……多分、それが分かった上で焦ったい攻撃を仕掛けている。


「……仕方ない」


 小さくため息をつくと、その男の刀に対し拳を繰り出した。こればっかりは無傷では済まないのだが、時間がないのだから、きっぱり終わらせるしかない。

 ヒュッと空を切る拳。鮮血が宙を舞ったため、斬ったと勘違いしたのだろう。

 それ故に、次の一撃はあまりにも隙だらけだった。自分に振るわれたその一刀は届かない。何故なら……。


「は……?」

「筋はよかった」


 ウッドの拳が、刃を殴り折ったからだ。それも、刃の方と正面からかち合ってへし折った。

 ヒュンヒュンと宙を舞いながら、刀は地面に突き刺さる。

 流石に唖然としたのか、顔面に蹴りを入れて遠くにいる敵に当てるのは簡単だった。

 さて、敵はこいつだけじゃない。大したことなさそうだった奴らがガンガン詰めてくるが、突きと蹴りを確実に急所に当てて下がらせる。


「ッ……!」

「チッ……勝てないな。化け物め」

「引こうか」


 残った手練れ二人は撤退する。さて、そんな奴らを追ってる場合じゃない。すぐにあの二人を探しに行った。


 ×××


「あー怖かった。死ぬかと思った!」


 立ち去ったウッドが倒した敵の中から、一人フードの男が顔を上げる。最初に敵をぶん投げられて身体に直撃し、気絶させられたように思われていた奴の片割れだ。

 そいつは、ナイトだった。刺客の中に混ざって、やられたフリしてやり過ごす。


「ミカヅキー、出ておいで」


 そう言うと、ミカヅキは建物の中にある清掃用具が入っている狭い物置から姿を表す。

 身体についた汚れをパッパと払いながら、伸びをした。


「ふふ、スリル満点」

「な。これだから、人から逃げるのはやめられないのよ」


 ナイトが泥棒をするようになった理由の一つに、盗むのが少しずつ楽しくなってきた、というのもあった。

 勿論、一番は生きる為だが、中々こうして過ごすのはスリルがあって悪くない。


「ていうか、ミカヅキも分かる感じ? そういうの」

「そういうのって? 人から逃げること?」

「そう、その時のスリル」

「あー……うん。ちょっと」

「へぇ」


 素質ある……なんて思いながら、周りに倒れている奴らの財布を盗る。


「行くぞ」

「ん」


 走りながら、街の中を移動する。あとは人混みに紛れて逃げるだけ……だが、もたもた出来ない。相手はウッド・ブックメーカーだから。

 すぐに建物を出て、なるべく人の多い方へ移動。サクサクと移動していると、そのナイトにミカヅキが声を掛ける。


「そういえば、ナイト」

「なんだよ」

「その服似合うね」

「っ……」


 そういえば、着替えていた。そして、まさか褒められるとは……と、少し胸が高鳴る。年のわりに大人っぽい服を選ばれた気がしないでもないのに……というか、今更だがミカヅキの服も変わっている。

 ……これから売り飛ばされるからなのだろうが、綺麗な服に着替えさせられてあるものだ。……おかげで、見てくれの良さが5割増である。


「………ぉ、お前もな……」

「え?」


 前を向いて歩きながら、そんなことを言ってみたが……クソほど恥ずかしかった。真っ赤になった顔を向けられなくて、周囲にウッドがいないか探すフリをしてミカヅキから目を逸らし続けてしまう。

 だが、あまりにも照れが表に出ているその反応に、ミカヅキが何もしないわけがなく。


「今なんて?」

「何でもない」

「ねーえー、今なんてー?」

「何も言ってねーよ!」

「じゃあこの服どうー?」

「どうでも良い!」

「どう見ても良い? ありがとう」

「どんな耳してんだテメェはよ!」


 そんな話をしながら、人混みから建物内に入る。

 この街が万が一、役人の世話になった時のために作られている逃走ルートをナイトも知っていた。

 その一つが、このお店の地下にある。全員をけしかけた理由はここにあった。建物が空くから、逃走ルートを使いやすい。

 奥にある部屋の床下を開け、地下通路に入った。スイッチを入れて、地下通路の電気を入れる。


「ふぅ……とりあえず大丈夫かな」

「さっすがー」

「金も入ったし、このまま近くの街に出るぞ」

「ていうかここ、だいぶ暗いね」


 そう言う通り、ついた電気は視界が多少回復する程度のものだ。ないよりマシだが、あってもぼんやりしてると見失いそうだ。


「ちゃんとついてこいよ。逸れたら会うまで手間だぞ」

「え、一本道じゃないの?」

「なわけあるか。近くの街、四つくらいにまでいけるようになってるし、フェイク用の通路もある」

「わ、分かった。怖っ」


 逆に、追っ手を撒くには持って来いだ。

 とりあえず、食料がないので一番近い町に出る必要があるが、そんなのはウッドに読まれているだろう。

 ウッドが来てることはバラしたものの、絶対に他の連中では勝てない。

 あの後、ウッドがどう動くは分からないが、もう街にいないことは分かっているはずだ。抜け道を使ったことも知っているだろうが、おそらくウッドは抜け道の場所は知らない。

 それを追われながら探すくらいなら、さっさと街を出て自分達が移動しそうな街に当たりをつけて移動すると考えた方が自然だ。


「……あー、ミカヅキ」

「何?」

「腹減ってる?」

「まぁ、割と。なんで?」

「……や、何でもない」


 歩いて結構かかる道のり……一瞬、遠くの街を選んだ方が良い気もしたが……ダメだ。昨日からろくなもの食べてないんだから。


「大丈夫だよ、ナイト」

「何が?」

「ボス、里の長だから、一度逃したら一回、引き返すと思うよ」

「……そうなのか?」

「うん。知らんけど」

「……」


 慰めのつもり……というか、なんなら早く飯が食いたいからそう言っている説はある。

 が、実際の所、確かに希少な種族の長ならば、当然仕事もある。その上、外の世界ではアウトローという認識。そんな目立つ奴が、同日中に色んな場所を訪れるわけにいかないだろう。

 今回、あの街に来たのだって、あの街に逃げ込むと分かった上での先読みのはずだ。故に、アウトローの街とわかっていたから来た。

 つまり、これから向かう普通にカタギも住んでいる街には、すぐには来ないだろう。


「うん。とりあえず一番、近い街で良いや」

「いえーい」


 それだけ話して、街に向かった。


 ×××


 洞窟を抜けたのは、それから一時間半後。思ったより長くて、ミカヅキは小さなため息が漏れた。

 お腹空いた……もうお昼には遅い時間だが、お金は盗んでたからあってもお店はないので何も食べられない。

 ……こういう時、色々と考えてしまう。基本的に自然が豊かで争い事などほとんどなく平和で、食べ物にはお金さえあれば困らない二人身里がどれだけ恵まれた環境だったかが伺える。


「やっと何か食べられる……」

「頑張ったじゃん」

「うん、ほんとに」

「あと少し。ここから街までは10分くらいだから」


 あの抜け穴は、自分達が今いる森にある洞窟に繋がっていた。

 森自体、涼やかで近くには川が流れていて、とても良い感じがする。


「ほえ〜……私達、ここから出て来たんだ」

「途中から灯りなくなってたでしょ。アウトローの街に繋がってる、なんて知られたら大変だから。街の人にも言わないようにね」

「ん」

「それと、これから行く街も『普通の街』ってだけで『良い街』ではないから。それだけ頭に入れとけ」


 どういう意味だろうか? さっきの街は良くない街だったのは分かる。隙あれば人攫い、賞金首狩、カツアゲなんでもやっていた。

 普通の街にそんなものはない……が、それがイコール良い街ではない、とはどういう事か?


「どゆこと?」

「……じゃあ、ありきたりな言葉でひとつ、教訓をくれてやる」

「おなしゃす」

「『騙される方が悪い』」

「……?」


 やはり、よく分からない。そのまま、二人で街の方へ歩いた。

 しばらく移動して、森の中を抜けると、街の門が見えた。門の上には「フェルド街」と書かれていた。

 門を潜るとビックリ。街はさっきの街とは打って変わり、活気に溢れている。

 商店街ではそれぞれの店が、それぞれ自慢の商品達を売り捌き、通りすがる人は冷やかしなのか、それとも本当に買うつもりなのか、お店の人と何か話したりしている。


「おお……すっごー」

「何、見たことないのこういう光景」

「二人身里だと……」

「あんまその名前、大声で出すな」

「じゃあ地元だと、みんな買い物とか淡々としてるから。顔合わせる相手ほとんど一緒だから毎度話すわけでもなくて……こういう活気はないかな」

「ふーん……意外、でもないのか」


 ただし、こうして歩いているだけで良い香りが漂ってくるのは地元と一緒だ。ただでさえ割とお腹空いていたのに、それに拍車をかけてくるような刺激に、思わず我慢ならなくなってくる。


「お腹空いてきた」

「……本当は宿取ってからのが良かったんだけど……まぁ良いか。飯行こう」

「うん」


 そう言って、二人で適当な屋台を見繕う。


「何食べたい?」

「ステーキ」

「そんな金ねーよ。この少ない所持金から宿代も出すんだぞ」

「えー。ケチ」

「我儘言うなら、次にお前んとこのボスが来た時に見捨てんぞ」

「むー」


 まぁ、仕方ないのかもしれないが……しかし、やはりせっかくこうして旅をしているのだから、ステーキとはいかないまでもご当地グルメみたいなものが食べたい。


「ここは何が名産品なの?」

「さっきいた森で採れるサバしめじっつーキノコの天ぷらは前に来たとき美味かったけど」

「サバしめじ……? 何それ。きのこ?」

「そう。森の中に川あったろ。あそこの底に生えてるきのこ」

「へー……」

「食うか?」


 ……まぁ、名産品と言うなら、食べても良いかもしれない。本当は肉とか魚が良かったのだが仕方ない。


「うん」

「じゃあ、前に行ったとき美味かった所な。そこなら、他にエノキサケの揚げ物もあったから」

「魚?」

「そう」

「それも食べたい!」

「はいはい」


 ようやく少し食事が楽しみになった。二人身里を出てから、ようやく外の世界の名産品とかが食べられる。

 それに少しワクワクしていたから、隣のナイトが少し周囲を怪しんでいたことに一ミリも気が付かなかった。


 ×××


 少女は、走っていた。裸足のまま、衣服はボロボロの毛布を身に纏っただけの状態で。

 小石や枝を踏み、足の裏から血が漏れても、走るのをやめない。いつ見つかるか分からないからだ。


「はっ、はっ、はっ……!」


 見つかり、捕まれば、また元の地獄に戻される。そんなのはごめんだ。五年も耐え忍んで、ようやく見つけた隙なのだから。

 離れろ、とにかく遠くへ離れろ、後のことを考えていると、その前の段階も果たせない。

 そう強く願いながら、敵地内の呼べるフェルド街の中を駆けた。


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