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逃げるには、スキルや知力よりもまず度胸。

 二人身里の掟はシンプルなものだ。「里から出ない」「里の外の人間と結婚しない」「結婚した人間以外と契約しない」だ。

 最後の掟に関しては、一夫多妻でも一妻多夫でも構わない。

 つまり、里長であるウッドは十二人と結婚している。里内で一番、高い所にある建物の最上階に、十二人で帰宅した。

 扉から入ると、中にいる二人がお辞儀をした。何故かメイド服を着たピンク色の髪の少女と、緑色の髪でウッドと同い年くらいの女性だ。


「お帰りなさいませ、ご主人様」

「おっかえりー! ウッドー!」

「ただいま。……悪い、任務は果たせなかった。キサラギ、この子にシャワーと食事を用意してあげて」


 そう言いながら促したのは、目標ではなかった小さな女の子。見るからにズタボロで、女の子なのに臭いさえも強く、中の二人は少しだけ悲しそうになる。

 が、メイド服を着たキサラギは、なるべくポーカーフェイスを意識している為、表には出さずに頭を下げた。


「かしこまりました」

「わ、私も手伝うよ……!」

「では、よろしくお願いします」


 そう言ったのは今帰ってきたばかりのムツキ。二人で少女を連れて、まずはシャワーを浴びに行った。


「どうだった? ウッド、今日の任務。私の力、必要だったでしょ?」

「いつでもお前を必要としている」

「でしょー?」


 適当にあしらいながら、ウッドは全員に声をかける。


「各員、今日はゆっくり体を休めろ。本来の目標であった奴に関しては、少し考える」

「待て、ウッド!」

「?」


 急に呼び止められる。そっちに顔を向けると、今日連れて行った嫁達がジトーっと自分を睨んでいた。


「どうした?」

「まだ聞いてないぞ」

「そうだよー。一番、従順だった人にキスって」


 二人がそう言い、ウッドは珍しく困った様子が顔に出る。だが……まぁ言ってしまったものは仕方ないし、みんなよく働いてくれたことは事実だ。


「……わかった。全員、よく働いてくれたし、かかって来い」


 そう言った直後、八人は赤を見た牛のようにウッドに向かって猛然とかけてきた。まるで群れに襲われたように押し倒され、顔に向かって口を押し付けられ、そして満足した後、各々の部屋に戻っていく嫁達は、それはもうすっきりした様子だった。

 一夫多妻も楽ではない。全員に同じように愛を注ぎ、嫁同士が揉め事を起こさないように気を配り、そして関係を死ぬまで維持しないといけない。


「後で、ムツキにもしてやらんと……」


 だが、これも必要な事だ。彼女達を守るという意味でも、婚約した方が確実に守れるし、各地にいる同胞達を助けて回るためにも、サポート要員はいた方が良い。

 何より、シワス以外の彼女達も皆、奴隷出身で自分が助けた者達だ。いきなり里に来ても馴染めるとは限らないし、しばらくは自分が面倒を見た方が良い。

 さて、ウッドはそのまま里長としての本来の職務に戻る。と言っても、元々、鎖国状態の小さな里の長だ。外との取引や外交はない。

 ある仕事といえば、夜中は書類関係のみだ。提出されたそれを一つずつチェックしながら声を掛けた。


「各々、部屋で身体を休めるように言ったはずだが?」

「そっちは休めてないじゃない」


 声の主はシワス。一番最初の嫁で、元里長の娘だ。


「さっきの『各々』に俺は入っていない。こちらの仕事もあるからね」

「それなら、第一夫人兼秘書の私にも仕事はあるでしょ?」

「秘書が必ず雇い主についていなければならない、というルールはない。お前の仕事にあるルールは一つだけ。俺の指示に従え」

「……」


 押し負けて、シワスは不満げに唇を尖らせる。


「……可愛くない人」

「不服か?」

「そりゃそうでしょ。……夫婦は、助け合ってこそ、じゃないの?」

「……」


 それを聞いて、ウッドは目を閉じて仕方なさそうにため息をつく。


「……コーヒーをくれ」

「ミルクと砂糖入り、ね?」

「……可愛くないのはお前だろう」

「そういう所は可愛い人」


 そう言いながら、シワスは窓際にあるコーヒーメーカーでコーヒーを淹れ始める。


「で、どうするの?」

「今回、標的だった子のこと?」

「そう」

「……勿論、外で遊ばせるつもりはないよ」


 彼女を逃したあのガキは何者か……というのもあるが、それ以上に気になるのはそもそも少女の思考回路だ。

 あの子は元々、掟を破って外の世界に無断で出た上に、それで奴隷船の手に落ちた。

 そして、何となくだがあの少年について行こうとしているように見えた。飛び降りて船に乗った際、そもそも律儀に少年の計画通り動くことなんてなかった。里の人間なら、自分らが助けに行くことは知っていたはずだから。

 一体、どういうつもりなのか。どういうつもりであっても捕らえる予定ではあるのだが。


「はい、カフェオレ。……あまりにも、情報が足りないよね」

「ありがとう。ああ……だが、また人身売買人に売り渡されそうな立場にいるのなら見過ごせない。その為にも、まずはあの子供のことを調べるべきだろう」

「……そうね。明日?」

「昼間に出る。俺一人でな」


 あまり大事にしたくないが、自分はアウトローには有名人だ。それ即ち、目立つわけにいかない、ということになる。従って、女性を何人も連れて行くわけにはいかない。

 だが、シワスがジト目でそのウッドを睨む。


「待ちなさい。通常業務は?」

「お前に任せる」

「ち、ちょっと! 押しつける気⁉︎」

「夫婦は助け合いなんでしょ?」

「っ、あ、あんた……! やっぱり可愛くない!」

「だから、結構だ」


 それだけ言いながら、とりあえずウッドは二人で仕事を進めた。


 ×××


 チュンチュン、なんていう小鳥が鳴く音で目を覚ますのに慣れている少年……いや、昨日、命名された名を使うとナイトは、眠たげに欠伸をする。

 野宿しかない上に、昨日は色々あって満足に物品を盗んでこれなかったが、とりあえず毛布と一食分の食料くらいは盗ってこれた。パン一枚だが。

 ふと気になるのは、自分の真横で寝ている美少女。会話をすることにも一苦労をかけさせられる相手だが、未だ目を覚ます様子はない。


「……」


 ……やっぱり美人だ。超タイプ。って、自分はアホか。そんな事じゃなくて。

 この子の狙いはなんだろうか? それが気になる。武器人間なら、まず武器の隠れ里に帰りたがるものだろうに。

 何より、どうして自分なんかに構うのか。ちょっと嬉しいけど、どうしても一人で生きてきた癖で何か裏があると勘繰ってしまう。

 けど……まぁ別に裏があったって良いか、と思う。生まれてこの方、一人……それはつまり、生まれた時から自由を意味する。

 自分を縛るものは何もないし、守るべきものも、自分が死んで悲しむ人もいない。だから、仮に殺されたって特に悔いはない。何か思うところがあるわけでもない。

 それ故に、目の前の少女が自分を裏切り、それが原因で殺されたとしても構わない。

 さて、そんなことより、まずは飯だ。二枚しかないパンを一枚ずつする。


「おい、ミカヅキ。起きろ」

「くかー」


 静かで気になるほどではないとはいえ、この美女がいびきをかいているのが意外だったが、今は起こさないといけない


「起きろっつの。そろそろ動くぞ」

「くかー」

「朝飯いらねーの? パン二枚しかねえんだぞ」

「くかー」

「そのいびきやめろや! 可愛いのは最初の二回目までだ!」


 というか、野宿でよくそこまでまた熟睡できるものだ。全然、起きる気配がない。

 こうなったらもう仕方ない。強引に起こす。近くにあった雑草を抜いて、先端で鼻の下辺りをこしょこしょとくすぐり、そして……。


「へっくち! ……あぇ、もう朝……?」

「朝だよ。早く起きてパン食って。街に行くぞ、街に」

「ん〜……あと5分……」

「そんなに寝心地良くないだろ! どんだけ気に入ってんの野宿⁉︎」

「くかー」

「次は虫でも口に入れてやろうか!」


 すると、少しやかましそうな顔をしながら、ミカヅキは身体を起こした。


「仕方ない……」

「はい、パン」

「ありがと」


 話しながら、とりあえずパンを食べた。

 ちらりと、ナイトはミカヅキの顔を見る。こんな美人でも、口から物を食べるんだな……なんて当たり前の感想が出てしまう。

 まじまじと眺めていると、こちらを見られてしまったので、目を逸らして自分もパンを食べる。


「何?」

「何が?」

「見てなかった?」

「見てねーよ」

「あそう」


 ……本当に納得がいかない。なんでこんな女の顔が可愛いのか。そして……そんな女がドストライクにぶち込まれた自分の性癖も嫌だ。

 さっさと食べ終えて、軽く伸びをする。とりあえず……まぁ今はほとんど無一文。このままじゃ今日の昼飯にもありつけない。


「そろそろ行くぞ」

「え、もう? 食後のコーヒーは?」

「そんなもん出ねーよ」


 残念ながら、暮らしにそんな余裕はない。元々、泥棒で生きていたこともあって、基本的に旅をする生活を送っている。食後のコーヒーなんて、出る方が珍しいと言うものだ。

 パクパクと手早く口の中に押し込むように食べるミカヅキ。食パンを丸めるように詰め込んだ物だから、当然喉に引っかかるわけで……。


「ーっ、ごほっ! げほっ……!」

「あーあーもう、何やってんだよ……吐き出すなよ、勿体無いしそれしかないんだから。はい、水」

「あ、ありがと……」


 なんか、介護している気分だった。高齢のばあちゃんとかと暮らしていたら、こんな気分なのだろうか?

 背中をさすってあげながら何とかパンを飲み込ませ、ホッと一息つく。


「……危なかった。危うくアンズの川が見えるとこだった」

「三途な。誰だよ、アンズ」

「そうそれ」


 話しながら、後片付けをして立ち上がった。さて、街に向かうが……一応今のうちに作戦を立てる。

 何をするにも、まず金が必要だ。それに関しては得意な方法で調達するとして、大事なのはその後……つまり、金の使い道……というより、必要な物を購入する順番だ。

 絶対にその辺、隣のアホの子に任せられない。


「ミカヅキ」

「何ー?」

「街に入る前に一つ、忠告しておくぞ」

「うん」

「絶対に、キョロキョロはするな」

「? なんで?」

「慣れてない感じを街で出すとカモられるから。ただでさえ、今の俺らの服装は見窄らしいんだ。その上、ガキ二人。舐められたら、金額はさらに倍々に跳ね上がるぞ」

「え、そんなことする人いるの?」

「いるわ。……え、二人身里はちげーの?」

「違うよ」


 それは羨ましい。基本的に「騙される方が悪い」のが普通だ。意地が悪い店ならぼったくりはむしろ常套手段なまである。


「あと、店の中ではくれぐれもしゃべるな。バカと失礼が相手に伝わるとその時点で終わる」

「えー、それ私がバカで失礼って言ってる?」

「約束が守れないなら置いて行くからな。ウッド・ブックメーカーが来た時に」

「……しゃーないなー」


 よし、ととりあえず頷いて、ナイトはミカヅキを連れて街の方へ向かった。

 しばらく歩いて着いた場所は、スラムタウンと呼ばれる街。ナイトも何度かこの街に訪れた事があり、そしてこの街ほど一発で覚えた街はなかった。

 何故なら……街の空気だ。活気がかけらもなく、常に砂煙が混じった風が吹いている。

 建物も、もう何年も手入れされていないようなものが多く、ほとんど廃墟のようだ。

 そんな建物の前に、毛布で身を包んで座っているような住民が多い。

 そんな光景が物珍しかったのか、ミカヅキがソワソワした様子で聞いてきた。


「ここは……何?」

「通称、スラムタウン。前市長がボンクラで町民に反乱を起こされて逃げ、その町民達も先の事は考えないボンクラで誰一人、まともに街を回せず、マフィアに目をつけられて廃墟になった街さ」


 確かに、自分達と似たような服装の人が多い。少し街を歩くと広場に出る。そこでは、簡易的なテントやビニールシートの上に物を置いて座っている人たちがいた。


「ここの住人は、基本的にその日の飯代に事欠く事も多い。だから、毎日フリーマーケットのようなものが路上で行われてんだ。俺も参加したことある」

「……貧しいんだ」

「それ、大きな声で言うなよ……」


 生きている箇所もある。じゃないと、路上で物を売る理由も特にないから。

 それは飯屋や服屋などになるわけだが、それでも街が機能しているのには理由がある。


「なんだぁ? こりゃ」


 そんな声が、近くの模擬店から聞こえる。視線を移すと、そこにいたのはこの町の住人にしては、身なりが良い男が二人だ。

 その男が人差し指と中指の間につまみ上げているのは、緑色のヒモだった。

 お店の人だろうか? その前に敷かれているビニールシートの上で座っている男の人が答える。


「へぇ……ヒモでございます」

「ヒモォ?」

「へい。蔦を解いて編み直して作ったものです。頑丈に作ってありますよ」

「そうかよ……ってことは、ナイフで切っても切れねえんだよな?」

「へい?」


 言ってることがわからなかったのは、ミカヅキも一緒だった。思わず眉間に皺がよる。


「あいつ何言ってんの?」

「イキってんの」

「……ふーん」


 分かりやすい答えだ。それ以上でもそれ以下でもないのだろう。


「い、いえ、そんなことされたら流石に困ります」

「おいおい、頑丈つったのはお前だぜ?」

「限度というものが……」

「なんだ、自分のとこの商品に自信が持てねえってのか?」


 二人がかりで言いがかりをつける。早い話が、暇なのだろう。だから、ああして貧乏人相手にストレス発散をしている。

 別にナイトにとっては、助けてやる義理もない。ハッキリ言って、もう滅んでいるような街だ。そんな所であんな商売するくらいなら、外に出てなんか色々やってみれば良かったろうに……なんて、生まれた時から家を持たず、泥棒で生きてきたナイトはそんな風に思ってしまった。

 ……だが、ああいうイキリ散らした連中はもっと嫌いである。


「ミカヅキ、先に歩いてて」

「? うん?」


 そう言って、進行方向の前を促した後、後ろから普通に歩いて男達の後ろに向かう。そして、肩と肩がぶつかった。


「っ、と、すんません」

「ああ⁉︎ テメェ、人にぶつかっといて……!」

「よせ、相手はガキだ。何しても良いけど、あいつが来たら面倒だろ」


 あいつ、とは誰の事だろうか? いや、まぁ誰でも良いのだが。

 何れにしても、そのままそそくさと立ち去り、先を歩かせたミカヅキと合流した。


「よう、お待たせ」

「何してたの?」

「サプラーイズ」


 言いながら、懐から出したのは財布だった。


「おお〜……やるじゃん」


 すると、ミカヅキはキラキラと目を輝かせる。何せ、外から見てもわかるくらい財布には厚みがある。

 ……ちょっとだけ、褒められて嬉しかった。今の今まで、他人に褒められるようなことは無かったから。

 思わずえっへんと胸を張り、自慢げに語ってしまう。


「だろ? もっと褒めろ!」

「もっと? ……あー、よっ、大統領!」

「それは三言目くらいで良かった」


 二回目の褒め言葉で言われるとは思わなんだ。……というか、今更だけど盗みに対して何か思う所はないのだろうか?

 ぼけーっとした表情で普通に後ろからついてきているが……まぁ、それはそれでありがたいが。


「でも、この街でそのお金使うの?」


 むしろ、盗んだ金を使うことに躊躇もないのか、と意外になる。もしかしたら、自分と同じで善悪に頓着がないのかもしれない。


「ああ。ここは市民達が暮らしている場所だから。こういう寂れていて活気が無くて、でも人はいる街だからこそ使い道もあんだよ」


 そう言いながら、街の奥に進んでいく。相変わらず街の風景は変わらない。廃れた建物ばかりのはずで、さらに人気も少ない。


「ここから先、本当キョロキョロすんなよ。秒でカモられるぞ」

「分かった」


 話しながら、街を進む。建物と建物の間の路地。そこに何人か人影が見える。相変わらずのようだ、ここは。

 ガキ二人……それも、自分はともかくもう一人はど素人のアホ。これで何処まで通用するか。

 まぁ、なるようになるか、と思いながら、目的の店に到着した。


「入んぞ」

「ここ?」

「そう」


 中に入った。

 内装は、やたらと綺麗だった。いや、店ならこれくらいが普通なのだろうが、外の景色と比べると一変している。

 並んでいる商品は服……つまり、服屋だ。


「いらっしゃ……あれ、名無しか。久しぶり」

「久し振り」


 店の奥に座っている金髪の女には、何度か世話になった。

 その女は、隣のミカヅキに視線を移す。


「お? 珍しい、あんたが誰かと一緒なんて」

「拾った。服くれ。金ならある」

「初めましてー」

「初めまして。……可愛い子じゃん」

「だろ?」


 そう返しながら、ドスっと隣の女の肘を肘で打つ。余計なこと言うな、と言ったのにこの女は……。


「服は二人分。なるべく地味めで安い奴」

「この辺じゃ見ない顔だね。嬢ちゃん、歳は幾つ?」

「16」

「おい」


 頼むから答えるのはやめて欲しい。ここは、マフィアが取り仕切っているアウトローの街。この店も、住民も、全員が全員、指名手配されていたりする犯罪者だ。中には懸賞金もかけられている奴もいる。

 そういう連中が身を隠す為に戻って来るのがここだ。表向きはスラムを保つ為に、フリーマーケットの連中に定期的に食事をやる事もある。

 だから、逆にいえば気を抜いてはならないのだ。いつ何をされるか分かったものではないから。


「よし、服だね。見繕ってやる。お嬢ちゃんはこっちにおいで」

「はーい」

「おい、だからお前……」

「なんだい、あんた。レディの着替えを盗み見るつもりかい?」


 やっぱりこうなったか、と奥歯を噛み締めるナイト。

 今からでも他の店にかえるか? と、後ろをチラリと見ると、店の扉が開く。客のふりをしているが、間違いなくこの店の手下だ。


「ナイト、着替えるだけだから大丈夫だよ」

「……だと良いな」

「じゃあ、行くよ。お嬢ちゃん」


 そう言って、店の奥にミカヅキを連れて行く女主人。

 その背中を眺めていると、店に入ってきた男が声をかけてくる。


「お客様、男性用の試着室はこちらにございます。こちらを是非、ご試着してみてはいかがでしょうか?」


 そう言いながら、綺麗に折り畳まれた青のジーパン、黒のシャツ、そしてハンガーにかけられたグレーのジャケットを手渡される。


「……どうも」


 返事をして、試着室に向かった。

 試着室とは便利なものだ。個室、逃げ場がない上に、唯一の出口は布で覆われ、視界も悪い。

 その上、外からは中の様子が足だけでも見える。試着室であれば、足さえ見えれば十分なのだろう。

 ……だからこそ、中にいる者にとっても、奇襲のタイミングが分かりやすいのだ。


「死ねェッ!」


 試着室の中で、ズボンを下ろした直後、ナイフの刃先が飛び込んできた。

 分かっていたので、ぬるりと回避したナイトは、銃口を握ってグリップを下から顎に打ち抜いた。

 銃は鋼鉄の塊な上に、首が強制的に上を向かされる殴打。一撃で後ろにひっくり返り、男はダウンした。

 だが、まだ終わりではない。男がさらに二人、フォローしに回ってきたので、すぐに銃をクルクルと回して持ち替え、銃口を向ける。


「!」

「チッ……!」


 すぐに男達も銃を抜く。おそらく、店主の女から「店を荒らすな」と言うオーダーだったのだろう。その為に銃火器の使用は控えていたが、こうなった以上は仕方なく抜いた。

 けど、それなら身を隠してから抜かないと意味がない。

 ドン、ドォンッ、と二発の銃弾が火を吹き、二人の銃を破壊した。

 たかがハンドガンではない。銃弾の威力は、素材にもよるが壁に穴を開けて貫通する。その衝撃が、二人の手に響いたのだ。軽く骨折はしている。


「俺、この店のバイト辞めたかったんだ。給料安いし」

「俺も転職考えてた」

「再就職しろ」


 二人とも両手を上に上げてそう言ったので、逃してやる。

 さて、おそらく銃声は外まで届いた。もう車出して逃げているだろう。

 店一個捨てる覚悟で外に出た以上、おそらくミカヅキが武器人間であることはバレていて、その上であれを売るつもりだ。

 ならば、話は早い。すぐに追っかける。殴った男の上に財布のお金を置いた。


「服代、確かに渡したからな」


 代わりにナイフと着替えをもらって身を包み、裏へ向かった。


 ×××


「いやぁ、ついてたねぇ」


 そう呟いたのは、金髪の女。運転席で、実に愉快そうに笑みを浮かべている。

 後ろの荷台に乗っている小娘、あれは前にレスターの人身売買船で見た目玉商品だ。

 つまり、武器人間。こいつは高く売れる。

 後ろの席に声をかけて置いた。


「このガキ、ちゃんと手入れして上の奴に売れば、うちらの立場ももっと上がるよ」

「うっす!」

「服は、やはりスカートっすか?」

「当たり前だろ。綺麗に見せないといけないんだから」


 そんな会話を聞きながら、ミカヅキは冷や汗を流した。

 マズった。まさか、こんなことになろうとは。喋るな、は正直、大袈裟だと思っていたが、本当にバレるとは。一体、あの会話のどこにそんな要素があったのか分からない。


「……」


 ……ナイトは、助けに来てくれるだろうか? だと嬉しいけど……でも、元々彼に自分を助けるメリットなんかない。このまま放っておかれる可能性も十分ある。まぁ、来なければ来ないで、ウッドが助けに来てくれるとは思うが。

 でも……短い間だったけど、楽しかったのになぁ……なんて、思った時だ。


「姐さん」

「なんだい?」

「うしろ、あいつつけてきてる」

「ちっ……足止めもできないのかい。ボンクラどもめ」


 あいつ? と、自分も扉の隙間から見てみると、バイクに跨っているナイトの姿が見えた。さっきまでと違う私服に身を包み、なんだか背伸びしている子供に見えた。……ま、似合ってはいるのだが。

 バイクも乗れるんだーなんて呑気に思っていると、運転手の女の人が声を張り上げる。


「ていうか、ジョブ! あんた裏に置いてあったバイク、パンクさせておかなかったのかい⁉︎」

「すみません、忘れました!」

「あんた今月給料抜きだ!」

「ひえ⁉︎」


 そんな声音を聞きながら、ミカヅキはふと後ろのナイトの表情が目に入る。自分のために、あんな真面目な顔で追いかけてきてくれている……のに、自分は助けてもらうのを待っているだけで良いのだろうか?

 半開きの扉……そして、自分の前で後ろの様子を見る男二人。

 ……そうだ、助けてもらう為にも、自分だって何かしないといけない。


「ほら、リュウとオスカーも、ぼさっと見てる暇があったら迎撃しな!」

「あいよ!」


 そう言った直後、その呼ばれた男二人は車の中から銃を取り出し、扉を開けた。

 まずい、こんな狭い路地の中、後ろを走っているのを狙われたら的でしかない。

 もう考えている時間はない。そう思ったので、ミカヅキは一番後ろで銃を撃っている二人に思いっきりタックルした。


「ええーい」

「オラ、撃て撃て……オゴッ⁉︎」

「あがっ……!」

「は……?」


 トラックから二人を追い出すのとほぼ同時に、ナイトも間抜けな声を漏らす。

 ふふ、驚いてる、まさか私がこんな行動すると思わなかったでしょー? サプラーイズ、なんて頭の中で得意げになったのも束の間、驚いている理由がすぐに分かったからだ。

 自分もトラックから降りてた。


「わ、やばっ。死んだかも」

「えええええええっ⁉︎ ノープラン⁉︎」


 悲鳴を上げながら、ナイトはバイクを横に倒した。タイヤ側を軸に倒しながら、まずは最初に接触しそうになった男を避ける。

 その後で、次の接触しそうになった男をバイクから飛び降りながら躱し、最後に自分をキャッチし、強引に着地してみせた。

 後ろに落とされた男二人がゴロンゴロンと転がる中、真ん中に立ったナイトはすぐにミカヅキに食いかかってくる。


「なんで飛んだなんで飛んだなんで飛んだ⁉︎」

「ナイスキャッチ」

「じゃねーよ! 何してんだ、あぶねーだろ⁉︎ 俺もお前も!」

「サプラーイズ」

「心臓飛び出るかと思うほどのな!」


 本当は飛び降りるつもりなんてなかったのだが……まぁ、結局のところ結果は同じだし、言い訳よりもお礼だ。


「でも、助けてくれたじゃん。ありがとう、私のナイト様」

「っ……ま、まぁ……」


 あ、照れた、とすぐに理解する。顔を赤くしてそっぽを向いて……意外と可愛いこの子。

 だが、のんびりしている暇はない。後ろのトラックが動きを止めたからだ。

 気がついたナイトが、すぐに近くの建物に備えついている階段を見つけた。


「あそこ!」

「了解、ナイト様」

「か、からかうな!」

「ごめんごめん」


 そのまま階段をカンカンと音を立てて上がる。そんなに高い建物でもないので、すぐに上がり切ると屋根の上を移動し始めた。

 隣の家の屋根に移動しないといけないが、高さはザッと10メートルはある。


「え……ここ渡るの?」

「手を引き上げるから、ビビるな」


 まずは先にナイトが飛んだ後、ミカヅキの手を引いて屋根の奥に引き上げ、飛ばせる。


「意外と楽勝」

「よく頑張った。だからもう少し頑張れ」


 そんな掛け声が少しありがたくて。

 そのまま、二人で屋根の上を移動した。ピョンピョンと屋根の上を跳ね回る中、ふとミカヅキは後ろを見る。


「あれ、ていうか誰も追ってきてないよ?」

「本当にやばいのはあいつらじゃない!」

「え?」


 その直後だった。自分達が登ってきた階段から、ジャンプで跳ね上がってきたのは、冷徹で冷酷な無表情を誇り、静かな殺気をナイトに向けている、戦闘のエキスパート。


「ボス……!」

「ウッド・ブックメーカー……!」


 なんでここにいるか、そんなの考えるまでもない。ミカヅキを追ってきた。そして……そのために、一番邪魔な障害であるナイトを取り除きに。

 ヤバい、とミカヅキはすぐに思った。


「ナイト、超逃げて」

「分かってらい!」


 そのまま二人は慌てて屋根の上を跳ねた。



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