ハーレムと浮気は紙一重。
奴隷というのは、いつの世になっても存在してしまう。人は、支配することが好きだからだ。どんなにそれを禁じても、どれだけそれをした際に課する罰を重くしても、必ず裏で隠れて奴隷を作る奴はいる。
奴隷船の積荷の中。まるで本当に荷物を運んでいるように置かれている、大量の鍵付きの檻の中で、少年は呑気な顔で窓の外を見ていた。
「……はぁ」
流石に延々と続く退屈は死にたくなる。とは言え、流石に今回は無謀が過ぎた。
お宝を積んでいる、と船員から盗み聞きしたので、つい興味本位で何が入っているのかと忍び込んだら、ただの奴隷船だった。
親に捨てられて以来、泥棒で生活して来た少年としては、別に奴隷に興味はない。こんなことならやめておけばよかった……と、後悔する。
でもまぁ、逃げようと思えばいつでも逃げられるし、今はとりあえず暇つぶしにどんな奴隷がいるのか見てみることにした。
「……おっ」
とりあえず隣を見ると、さっそく美少女がいた。というか、バッチリ目が合った。
黒の鮮やかな髪に、白い肌。そして何より、吸い込まれそうなほどに綺麗な碧眼。今まで異性と関係を持ったことなどない少年は、すぐに頬を赤らめると同時に、檻の中から反射的に声をかけた。
「なぁ、そこの女」
「?」
「逃してやる」
×××
武器の隠れ里、そう呼ばれるその里は、世界で一番小さな国だった。しかも、誰に見つかるわけでもない里。魔法によって隠されているその場所は、普通に探しては絶対見つからないどころか、探そうと周辺を見て回るだけで命を落とすと呼ばれているほど危険なトラップが仕込まれている。
何故、危険なトラップが仕込まれているか? それは……この里の人間ならではの理由にあった。
それなりに大きなバスの中、その住人である女が九人、どんちゃん騒ぎをしていた。
「ひゃっほーう! アタシ大富豪様だぜェー!」
「あーあ……まぁ、どうせうちなんかじゃ勝てないのはわかってたけどね……」
「あ、やべぇ。お茶こぼした」
「あーあーもう、何してんのー? 誰かタオルみたいなのあるー?」
「ないわ。ハンカチ落としやらん?」
「サツキが欲しがってたのそれじゃない?」
「お金欲ピー」
「このグミ無駄に美味しいんだけど何これ?」
と、まるで子供しかいない教室内のように騒がしかった。
そんな中で、その九人の女達を後ろに控え、運転席に座っている唯一の男が、運転しながら読んでいた本をパタンと閉じる。白いシャツに黒いズボンと黒いロングコートを着込んだ癖っ毛の男。両手の全指に指輪がついていて、薬指に至っては二つずつついている。
すると、それに気付いた女性陣は一斉に男へ顔を向けた。
「……行くぞ」
「「「「はいっ!」」」」
全員からの返事を聞いた直後、バスが止まった。街のはずれにある丘の上で、全員がバスから降りる。丘の上から海沿いを眺める。その直後、バスが突如、渦巻き状に回転した後、身長が二メートルほどある逞しい肉体の女性の姿になった。
その女性は、ポニーテールにまとめた髪を揺らしながら、男に怒鳴る。
「ウッド! いつもいつも同じこと言わせないで⁉︎ 本を読みながら運転するのはやめてって言ってるでしょ!」
「……」
「聞いてるの⁉︎」
問われても、無視して男……ウッド・ブックメーカーは海を見下ろす。
おそらく、奴隷船。人間を売り買いしているのだろう。それで、もしかしたら家族を養っているのかもしれないので、それ自体を悪く言うつもりはない。
……だが、あの中に自分の里出身の同胞がいるのだとしたら、それとこれとは話が違う。
「サツキ。ミナヅキ」
「はいはーい☆」
「了解」
「ちょっと、ウッド……!」
そう男が声をかけた直後、金髪の癖っ毛をサイドポニーにまとめた少女と、青く長い髪を靡かせながら、食べていたグミをポケットにしまった女性が男の隣に行く。
その男が手をかざすと、金髪の少女の身体は姿を変えた。軽くジャンプすると、まるで渦を巻くように身体が回転した後、銀色のレーザーポインターだ。
その後に続いて、水色の髪の女性が同じように姿を変える。変えた姿はハンドガンタイプの水鉄砲。だが、中に入っているのは水ではない。
彼女達が住む里の名前が「武器の隠れ里」と呼ばれる所以は、このように武器に姿を変えることだ。
片手にレーザーポインター、もう片手に水鉄砲を握ると、男は他のメンバーに声を掛けた。
「全員、手筈は分かっているな?」
「おうよ!」
「分かってるよー!」
「じゃなくて、ウッド……!」
いまだに無視され続けて苛立っていた女性が、ついに大きな声をあげてしまう。
すると、その女性にウッドは顔色ひとつ変えずに声をかけた。
「シワス」
「な、何……んっ」
その女性に、まるで全く視認させることさえさせずに目前まで移動した後、ウッドは顎に手を添え、そして唇を重ねた。
「ーっ⁉︎」
「ぷはっ……悪かったな。次から気をつけるから、そう怒るな」
「……き、今日は誤魔化されないから! そう言って、いつもいつも……ち、ちゅうで……誤魔化して……」
最初こそ憤慨したものの、徐々に声は萎れていく。代わりに、顔は強く真っ赤になっていっていた。
一番、図体が大きく、実際人間の状態の殴り合いでは強い方なのに、ウプである事が弱点になっていた。
その様子のシワスを見た後、男はクスッと微笑んでから先に進もうとする。……が、他の女性陣からぶーぶーとブーイングが上がる。
「おーいー! シワスだけ狡ぃぞー!」
「そーだそーだー! 僕達にもキスしてよー!」
「わ、私は別にされたくてされたわけじゃ……」
「いつもそれだろ!」
「一番、ドスケベな身体してるくせにカマトトぶってんじゃねーよ!」
「ど、ドスケベじゃないから!」
「……」
騒がしくなってしまった。このままでは、海岸にいる連中にバレてしまう可能性もある……が、それでもウッドは慌てない。ギャーギャーと騒ぎ始めるメンバーに、ウッドは真顔のまま告げた。
「じゃあ、俺に一番、従順だった奴にキスしてやる」
「「「……」」」
まるで、急に電源が切れたかのように静かになった。ウッドの手元に握られた二人以外、メンバー全員が全員、喋らないだけでなく「気を付け」の姿勢で、背筋をピンと伸ばす。
その後で、改めてウッドは続ける。
「全員、作戦は頭に入ってるな?」
「「「「はいっ!」」」」
「じゃあ、行ってくる」
そう言った直後、ウッドは船に向かってレーザーポインターを向け、ボタンを押す。
ツーっ……と、点の先が当たったのは、船の屋根。直撃した直後、男の姿はレーザーポインターの先に高速で引き寄せられる。
サツキの能力は「あなたのハートに一直線♡」。勿論、命名したのは皐月本人だ。
レーザーポインターを飛ばし、当たった先へ一直線に移動するものだ。それも、音もなく。
およそ距離にして100メートルは離れていた場所へ3秒で音も立てずに移動したウッドは、とりあえず屋根の上にいる見張りを後ろから絞め落とし、海へ捨てる。
「……」
屋根の見張りはもう一人いた。距離にして7メートルほど先。その足元にレーザーポインターを照射すると、一気に懐に潜り込んで襟を掴み、足をはらって引き倒すと顔面にパンチを入れた。
またも意識を飛ばすと、屋根の上に放置し、水鉄砲を甲板に向ける。
本来の銃であるならば撃鉄にあたる場所には、小さな摘みがあった。それにより、中の水を液体、気体、固体の三つに切り替えて放つことが出来る。それが、ミナヅキこ能力。名前は『一粒で三度美味しい』。言うまでもなく、命名したのはミナヅキである。
今回、使ったのは気体。銃口から、引き金を押しっぱなしにすることで白い無理が少しずつ漏れていく。
少量ずつ霧が出ることで、それなりの濃度になるまで誰も気付かない。……そして、それなりの濃度になった時にはもう遅い……。
×××
「うし、開いた」
檻の鍵を開けた少年は、そこから外に出る。そして、隣の檻の鍵にも同じように針金を入れた。
少しこまめに動かした後、カチャッと音がする。
「こっちも。さ、逃げよう」
「あー……悪いけど、私は行かない」
「なんで開けてから言うの……?」
突然の裏切りであった。思わず少年はたじろぐ。
「ていうか、なんでさ。好きで奴隷でいるとでも言うんじゃないだろうな」
「え、好きで奴隷になる人なんているの?」
「それを聞いてんだよお前に!」
「いやいないと思うよ」
「他人事か! お前がどうなのかを聞いてるんだが⁉︎」
「いや好きじゃないけど」
「じゃあなんでここに残るんだよ!」
「来るから。助けが」
「はぁ……⁉︎」
いや待て。落ち着け。もしかしたらこの子、正気を失っているのかもしれない。さっきから会話が成立するのも一苦労だし、改めて真顔を見るとなんだか正気じゃない気がしなくもない。
「仕方ねえな……!」
そう呟くと、少年は強引に檻を開けて少女の手を取った。そして、グイッと自分の方へ引き寄せる。
「わぉ、強引」
「そうせざるを得ないんだろうが!」
「でもほんといいよ別にマジで」
「わーったから、黙ってろ!」
自分でも分からない。というか、これは多分、初恋というものだ。こんないざという時に正気も保てないような女に、あろうことか一目惚れしてしまった。夢なら覚めてほしい。
明らかにまずいことをしていると分かっていても、それ以上に今、この女と別行動をすれば後悔する気がしてならなかった。
そのまま無理矢理、女を連れて歩き始めると、ふと目に入ったのは煙……いや、霧か。しめた、あの中に混ざれば……いや、ダメだ。ここはまだ海岸沿。急に室内に入り込むほどの霧が発生するとは思えない。
……つまり、罠だが……かと言って、出口はない。この檻の部屋は窓もないのだから。
「よし……決めた」
「何を?」
「俺から離れるなよ」
そう言うと、少年はその少女を担いだ。
×××
武器の隠れ里……と呼ばれる里の本当の名前は二人身里出身。その里の人間は大まかに分かれて二種類に別れる。武器になれる人間となれない人間だ。そして、隠れるようになった一番の理由は、武器形態は他の武器と違って破格の性能を誇るからだ。それはそうだろう、普通の武器に能力がつくわけだから。
従って、昔は誘拐が多発し、武器になれる人間は高値で売られるようになった。それらを取り戻すのが、その里長であるウッドの裏の仕事である。
敵にとっては最悪の視界の中、ウッドはスイスイと霧の中を進み、中を倒す。不殺の魂、なんてわけではなく、なるべく音を立てない為に静かに手刀、掌底を繰り出す。
「ぐぁっ……!」
「て、テメェ……ウッド・ブックメーカーだな……うぐっ⁉︎」
この規模の船の作りなど単純だ。今時、人身売買なんかで生きている連中だから、当然改造は施されている。
奴隷達を閉じ込めるための檻があるはずだが、この規模では備え付けはできない。猛獣用の個室をいくつか用意しているだろう。
その上で、窓がない倉庫のような部屋。多分、一番奥。脱走されたとしても捕まえられるようにしているはずだ。
「侵入者発見! 迎撃を……うぼっ!」
「げぇっ……⁉︎」
銃をこちらに向ける二人の兵隊に水鉄砲で顔面に水を撒き散らす。パニックになり銃が乱射されるが、その隙に二人の間を通してレーザーポインターを発射。その隙間を通り過ぎて高速移動で背後を取ると、その二人に蹴りをお見舞いし、壁に減り込ませた。
「……おっ」
すると、表が騒がしくなってきた。霧を合図に、後続の部隊が到着したようだ。それに伴い、ウッドはミナヅキの変身を解除させる。
「ミナヅキ、サツキを使って1班に合流」
「はーい。……あ、グミ切らしたー」
「チョコだ」
「ありがとー」
ウッドに板チョコをもらいながら、額に左手薬指の上側の指輪を額に当てられるミナヅキ。
武器化出来る人間と契約を結ぶ時、その証として指輪を用いる。これで、契約者以外が武器化した人間を使う事はできない。
そして、契約したものならば、指輪を他者につけることで使用許可をすることも可能だ。
「じゃ、頑張ってね。ウッド」
「うん」
それだけ返事をすると、指輪のもう一つの機能を使う。契約を結んだ者を、こちらに転移させることも可能なのだ。
手元に呼び出したのは、胸が大きく少しぽっちゃり気味の体型で甘栗色のショートボブの少女と、真っ白なショートヘアの小柄な少女だ。
「ムツキ」
「は、はい……!」
「ウヅキ」
「ほいっ!」
「行くぞ」
そう言った直後、二人は姿を変える。
ムツキは右足のみの、茶色と緑の大地のような色合いのブーツに変化した。
ウヅキは左足のみの、真っ白でモコモコしている上に、踵の部分に羽根が生えているブーツに変化した。
ムツキの武器形態は「母なる大地」、ウヅキの武器形態は「ぴょんぴょんぴょん」。空中でも水上でも陸地を作ることができる能力と、空中を踏み台に出来る能力だ。
それらを足に纏わせ、奥へ進んだ。そして、通路の途中にいる敵を殴打で黙らせながら、奥へ進んだ。
やがて、霧の奥から扉を見つけた。厳重そうな大きい扉。外側からしか開けられない仕組みの鍵になっていたが、見張りの人間達は自分を迎撃しようと来てボコった後なのでいない。
その鍵を開けて、中に入った。少し霧を出し過ぎたのか、割と充満している。……もっとも、自分で出した霧に足元掬われる程、間抜けではないが。
「……ここか」
中に入った。霧で見えないが……まぁ檻の数はそう多くないだろうし、調べれば良い。
そのまま真っ直ぐ歩いて、適当な檻を見つけたのだが……空の檻が二つあった。自分達が見つける前に連れ出されたのかと思ったが、檻の南京錠には針金が刺さっていた。連れ出すなら、こんな真似をする必要はない。
直後、後ろから「ギィっ……」と、鈍い音。
「!」
閉められた。扉を、と思うと同時に扉のほうへ走る。が、鍵を閉める音が聞こえた。
片方のブーツを利用して、空気中を踏み台にして加速しつつ、自身の身体を回転させ、右足に魔力を込める。
「ムツキ、変身解除」
そう言った直後、右足のブーツだけ外れ、少女の姿に戻る。
それと同時に、扉を蹴り壊した。遠心力による加速と、魔力で強化された肉体による一撃。扉は前方に弾け飛び、偶然にも扉の前に走って来た二人の敵兵士に直撃した。
「ムツキ、もっかいブーツ」
「ぶ、ブーツのまま蹴っても、良いですよ……?」
「早くしろ」
「は、はい……!」
すぐにムツキを右足に纏わせていると、自分達が来た通路ではなく、もう一つこの倉庫につながる通路が右に伸びているのが見えた。
そして、自身の目的である少女を連れて逃げている少年の姿も。
逃すか、とすぐ追おうとしたが、正面の通路から援軍が走ってくるのが見えた。
「チッ……!」
舌打ちを漏らしながら、右足を振り上げる。直後、メコメコっ……と、低い音を立てて、足の裏を中心に大地が形成される。空中に土の盾を作って銃弾を弾いた後、左足のブーツで空中を歩きながら接近した。
「何っ……⁉︎」
驚いたように目を丸めたのが隙になった。空中から空気中を踏み台にして突っ込み、真上からラリアットを首にかまして意識を飛ばすと、もう一人にそいつを押しつけて姿勢を崩させ、後ろから気絶させたやつの後頭部を掴み、もう一人の顔面にダンクさせた。
「……ふぅ」
そう息を吐き、手をパンパンと払うと、すぐにさっきの少年の後を追った。
×××
「ふぃ〜……あぶねあぶね」
そう呟きながら、少女を連れて少年は階段を降りる。
だが、それと同時に疑問が増えた。さっき逃げながらふと後ろを見た時に見えた、あの男のブーツ。苔生えてるし薄汚いしなんだあれ、と思っていたが、空気中に地面を作り始めるとは。しかも、銃弾を防ぐほどの威力……普通じゃない。
それと、あの男の狙いが気になる。何者だか知らないが、この船を襲撃して来たのは間違いない。……もしかしたら、奴隷のうちの誰かを貰いに来たのかも……確かに、自分が今、逃がしている少女は美少女だし。
けど、今はそれを気にしている場合ではない。すぐに行動を起こさないと。あの男にはまず勝てないので、別ルートから逃げる。
「ねぇ」
そう思って歩き始めた時、後ろから声を掛けられる。
「? 何?」
「おしっこしたい」
「は?」
何言ってんの? と、思わず片眉を上げてしまった。この非常時に、本当に何を言っているのだろうか?
「我慢して」
「実は檻の中から我慢してた」
「……じゃあそこでして」
「何言ってんの? レディに対して」
「出せれば良いでしょ。おしっこなんて」
「やだ」
仕方ない。事こうなった以上は、一度この船のトイレを探さないといけない。居住区に行けば良いだろう。奴隷を積む船なら、万が一に備えて五人は見張に残しているだろうし、それに伴いこの規模の船でも船員が寝泊まりする場所はあるはず。
「あと何分保つ?」
「……5分?」
「……海じゃダメ?」
「は?」
「冗談だよ、半分。ついて来て!」
実際は7割本気だったが、とにかく今は急ぐ事にした。
さて、そのまま船内を移動して階段を見つけ、上に上がり、走って曲がり角を曲がる。すると、巡回中の敵を一人、見つけてしまった。少年の勘では、この先に居住区がありそうなのに。
「! 貴様ら……どうやって逃げ出した⁉︎」
「やべっ……戻って!」
慌てて少女と角に戻った直後、自分達がさっきまでいた場所に銃弾が通り過ぎていくのが見える。
「足音立てて、階段降りて」
「え?」
「早く」
言われるがまま、少女は少し大袈裟に階段を降りた。すると、奥から足音を聞いた男が声を漏らした。
「ええい、逃すか!」
そう叫びながら近づいてくる足音。それを聴きながら、壁沿いに隠れていた少年はタイミングを測り、そして……姿が見えた直後に拳を出した。
「待てブっ⁉︎」
「オラ!」
「貴様……!」
すぐに男はやり返そうと拳を放つ。だが、最初の一撃が良い所に入り、フラついた拳だった。避けるのは容易い。
その直後、脇腹に拳を叩き込み、ローキックで足元をふらつかせ、最後に胸ぐらを掴んで頭突きを三発かまして気絶させた。
「っ……は、はぁ……はぁ……おい!」
「ふふ、やるじゃん」
「うるせえ! 来い!」
「でも、おでこから血が出てる」
「いいから!」
怒鳴ってから、倒した男の手元から銃を盗みつつ、階段を上がってくる少女に手を差し出す。
さて、そのまま居住区に到着した。なんか表も騒がしいし、この騒ぎなら人はいないはず……と、思い適当な部屋のドアノブに手をかけたが、開かない。
「やばっ、鍵は?」
「あるよ」
言いながら少年は、そのドアノブに銃口を向けた。二、三発かましてドアを開けてやった。
「トイレあった!」
「サンキュー」
「早めに済ませて」
「りょ」
適当な返事を聞き流しながら、少年は外を警戒する。……まぁ、逃げてる商品が居住に来てるなんて誰も思わないだろうし、ある意味では意表を突く形になっているだろうが。
……にしても、この状況で肝が据わった女だ、と少年は思ってしまう。何にしても、今はとりあえず休憩も兼ねて少女が出てくるまで待つ事にした。
おそらく、船の侵入者もここのボスも脱出艇が隠してある最下層にいるだろう。だが、その脱出艇が無ければ逃げるのは厳しい。
「……ま、なんとかなるか」
戦闘中の隙を突いて、こっそり船に乗り込んで逃げる。それを軸にして、作戦を立てた。
×××
「……このままじゃ、船を制圧しちゃうな」
そう呟いたのはウッド。自分達に向かってくる敵の数も減って来て、順調に目的地に向かっていた。
その場所とは、船の最下部。脱出用のボートがある場所だ。奴隷船なんていう非合法的丸出しの船なら、必ず見つかりにくい場所にこっそり抜け出す施設を作っていると思っていたら、案の定だ。
自分達の目的である少女を連れているのが何者なのかは知らないが、第三勢力に近い存在なのは明白だ。敵の船員も事態を把握していない様子だったから。
ならば必ずここに来ると踏んで先回りしたわけだが……お呼びじゃない奴がいる。一騎討ちを望んでいるのか、気配は一つしかないが、そこそこ大きい。
「お前が船首か?」
「ほう……俺に気づいたか。流石だな、武器の隠れ里の長……ウッド・ブックメーカー」
そう言いながら、二台ある脱出艇のうちの一つの中からタンッと軽くジャンプして出て来たのは、筋肉隆々の大柄なオールバックの金髪。178センチあるウッドの1.5倍はありそうな男だ。
そして、ズンッと着地すると、船が若干沈んだ。
「手ぶらなところを見ると、まだうちの目玉商品を見つけていないようだな」
「うちの、じゃない。俺の里の子だ。人材派遣人、レスター・アンチノイド」
「ほう……あんたが俺の名前を知ってくれているとは光栄だな」
「光栄に思うより命の危険を感じた方が良い。身長が高いだけで偉そうに出来るのは小学生までだ」
「言ってくれるじゃねえの。だが、あいつは渡せねえ……何せ、うちの目玉商品だからな。……世界に存在する亜人種の中でも特に希少種、武器になれる人間、武器人間。人間そのものが武器になる為、通常の武器より破格の力を持つが故に、昔は人間でありながら乱獲されたそうだな」
「……」
男……レスターは薄気味悪い笑みを浮かべたまま指をゴキゴキと鳴らす。
「何せ、武器人間は一人じゃ何もできない。武器形態になったところで自分の意思じゃ動けないからな」
それと同時に、全身に力を込め、筋肉を肥大化させる。あの筋肉は偽物じゃない。文字通りの剛腕……あれで一撃でも殴られれば、少なくとも普通の人間なら腕どころか背骨まで持っていかれるだろう。つまり、ガードは不能だ。
「だから、ほんの5〜6年前からお前達は姿を消すようになった。自分達が世界に使われないために、どの地図にも載っていない地で隠れて暮らすようになり、それと同時に世界中で売られている武器人間はお前さんの急襲に遭い、少しずつ世界から姿を消し始めた。……つまり、世界中の人間がお前を恨んでいる」
その男は指についている一つの指輪に「来い」と声をかけた。すると、隣にやせ細った赤い髪の少女が出て来た。
ギロリと睨まれると、その少女は肩を震わせながら、巨大な黒と赤の鎌に変化する。どうやら、この男は自分用の武器人間をもう一人、控えさせていたようだ。
「お前の首は、いくらで売れるんだろうな?」
その問いに対し、鼻でため息をついたウッドは身構える。
若干、控えめに笑ったウッドは、左右で違うブーツの先をトントンと当てると、冷たい視線を向けたまま告げた。
「宝くじの方が、まだ確実に大金が入ると思うよ」
直後、ブチッとレスターの額に青筋が浮かんだ。
「ほざけ!」
ウッドの倍ありそうなサイズの鎌を片手で握って振りかぶって来た。どんな能力の鎌か知らないが、パワータイプだろうか? ……いや、船内での戦闘であのバカでかい鎌を使ってくるということは、むしろ他に仕掛けがあると見るべきか?
……いや、どちらでも良いか。
レスターの一撃がウッドを捕らえたと、その場に誰かがいればその誰しもがそう見えたであろう直後だった。
ウッドの身体は気がつけばレスターの隣にあり、それと同時にレスターの顎には掌底が決まっていた。
レスターの意識は混濁し、何が起きたかさえ理解出来ない。視界はいつの間にか天井に向けられていて、宙を舞っている抜け落ちた血痕付きの歯が目に入った。
「なんっ……⁉︎」
「能力要らずだね」
顎に当てたとはいえ、倍ほどある筋肉を持つ肉体を一撃でノックアウトさせた。さて、そのまま次はレスターの指輪を見下ろす。
おそらく、強引に脅して自身と契約させたのだろう。契約に切る方法は単純だが、厄介だ。契約者二人に同意させて指輪を破壊させるしかない。
もちろん、ウッドもその時に備えている。
「ヤヨイ」
左手中指の少女を呼び出した。ポフンッと出て来たのは、濃紺の髪が特徴的で、前髪で目を隠した少女。いや、よーく見ると左目だけ若干、隙間から見え隠れしている。
「あ……う、ウッドさま……お呼びでしょうか……?」
「ああ。頼む」
「ふひっ、ふひひっ……ウッドさまに頼っていただけるとは……うちは幸せ者です……」
「急いで」
「あ、も、もうっ……申し訳ございません……ふひひっ……」
変な笑いを漏らしながら、少女は姿を変える。青い、ヤマキチ鎚と呼ばれる金槌だ。大きさは全長で人の掌サイズ。手首の上から中指の先端ほどの長さ。
能力は、魔力が込められたものの能力を消せる。この場合、指輪を叩けば、武器人間とレスターを縛っている契約を破壊出来るのだ。
ちなみに、能力名は「私にはこれくらいしか出来ませんので……」である。卑屈にも程がある。
さて、それを使って指輪を破壊する。すると、さっきまで鎌になっていた少女は、姿を元に戻した。
それに気付き、ウッドは顔を向ける。その少女は、涙腺を緩ませた。
「も……もしかして、ウッドさん……?」
「ああ。助けに来た。……もう捕まらない場所に帰してやる」
「っ……あ、ありがとう……ございます……!」
涙ながらに腰に抱きついてくる少女の頭を、軽く撫でる。余程、酷い目にあった……というより、人間として扱われもしなかったのかもしれない。その涙を流し続ける少女の体は、小刻みに震えていた。
それを受け止めると同時に、ムツキとヤヨイの変身を解かせた。
「ヤヨイ、ムツキを使ってこの子と脱出。B班との合流地点は覚えてるな?」
「お、覚えてます……」
「了解しましたー」
「え……ウッドさんは、私と一緒に来てくれないんですか……?」
「大丈夫。俺の仲間も十分強い」
ひとつだけレスターが勘違いしていたのは、武器人間は決して戦えないわけではない。武器になれる能力を持っているだけで、他は普通の人間と同じで鍛えれば強くなる。
「この三人以外に、今日はあと七人連れて来てる。……だから、安心しろ」
「……は、はい……」
仕方なさそうに頷く少女。不安なのは分かる。……だが、こう言ってしまってはなんだが、本来の目的はこの少女ではない。もう一人いるのだ。
「ヤヨイ、ムツキ、頼むぞ」
「は、はい……」
「ウヅキ、もう一仕事だ」
「ほいさっさー!」
そう言った直後だ。脱出ボートが、一人でに動き出した。
「は?」
「え……?」
思わず間抜けな声が漏れる。まだ敵がいた? いや、いなかったはず……というより、今も人の気配は感じられない。
いや、関係ない。動いていると言うことは誰かいる。
「ちっ……ヤヨイ、急げ! ウヅキ!」
すぐにウヅキを足に纏わせると、自分もボートに乗ろうとするが、先に動き出した船に乗っている影が、こちらに銃口を向けていた。
「離れろ!」
そのセリフで全員が船から離れる。それと同時に、銃声が聞こえて小型ボートが爆発する。
爆炎と煙で出口は見えないが、ボートが水面を走る音が耳に響き渡る。
「チッ……シワス!」
不確定要素があると分かるや否や、指輪を使ってシワスを呼び出す。登場したシワスに指示を出した。
「お呼び?」
「三人を連れて船を脱出。他のメンバーにも撤収準備。5分以内に俺が戻らなければ先に帰れ」
「どういう意味?」
「二度は言わない。早くしろ」
「わ、分かったよ……!」
それだけ告げると、脱出艇が爆発した煙の中に突っ込んだ。ウヅキのブーツのおかげで空中を走れるのだ。
そのまま煙を抜けて空を歩き船から出るが、ボートは見当たらない。……いや、音がする。そちらに顔を向けると、ボートは船の周りを周回するように動いていた。
「そっちか……!」
すぐに走って後を追う。目の前で運転しているのは……ついさっき倉庫の前で顔を合わせた少年だった。やはり、人身売買の一味だったのだろうか? いや、それならボスが倒されるのを黙って見ているはずない。
第三勢力……何にしても、逃がすわけにはいかない……と、思っている時だ。少年は船の方を見上げてハンドサインを送る。誰に何を知らせている? と顔を上げると、そこにいたのは自分が探していた少女だ。
その少女は船の窓から飛び降る。
「まさか……!」
まずい、と思いすぐに走る。空中でキャッチすれば回収できる……そう、つい焦りが出た。
手を伸ばして突っ込んだ時、ボートがオーバーランをして、少女の着水点から一度、離れてUターンして来ているのに気付かなかった。
「しまった……!」
読まれていた。奴の作戦は、こちらが少女を手にしようとしていることを理解して立てていた。
落下中の少女を慌てて狙わせ、自分はこちらに突進。すれ違いになれば、早ければ早いほどUターンは厳しくなるのだ。
結局、そのまま少女のキャッチはギリギリで間に合わず、船はそのまま真下を通り過ぎてしまう。
それでも逃さない。空中で強引に受身を取って方向転換をした。サツキを呼んで移動すれば追いつける……と、思った時だ。ふと、赤いサイレンが陸から目に入る。
警察が来てしまった。これ以上はダメだ。
「ちっ……撤収か……」
『諦めるのっ?』
ブーツのウヅキの問いに、ウッドは頷いて答える。
「ああ。面倒なのが来ちゃったからな」
『そっかっ……でも、困ったねっ。何者なのっ? あの子っ』
「知らない。……けど、頭も良いし度胸もある」
つまり、さっきのパワーバカより面倒だ。まぁ、今はのんびりしているわけにもいかない。他国で勝手に暴れたわけだから、捕まるのはマズイ。
そのまま仲間達と落ち合う場所に移動した。
×××
「あっぶなー! てか、何あの人、浮いてたんだけど⁉︎」
そんな声を漏らした少年は、ボートでとりあえず鼻から離れながらそんなことを呟く。
独り言で言ったつもりだったその言葉に受け止めた少女が反応した。
「ん? 私達のボス」
「へー、なんかめっちゃイケメンだったし、めっちゃ強そうな人だったけど……お前今なんつった?」
「だから、私達のボス」
「え……それって、助けに来るって言ってた?」
「そう。ボス」
「……」
ほぼ反射でボートを止める。急停止したため、少女の体は前のめりに倒れそうになり「わっ、とと……」と、声を漏らした。
「どしたの?」
「なんで先に言わねえの⁉︎」
「聞かれなかったから」
「じゃあお前は息しろって言われなかったらしないのかよ⁉︎」
「あー……面白いねそれ」
「面白くねーよ! どうしてくれんだ、完全に人身売買一味の中で唯一、一矢報いた知能犯になっちゃってんじゃねーか!」
「自分で知能犯とか言ってる。爆笑」
「ぶっ飛ばすぞお前⁉︎」
他人事だと思いやがって……と、思わずため息をつく。しかも、戦闘中にこっそり一人でボートを盗みに来た時に聞こえたが、敵はあのウッド・ブックメーカー。武器人間のトップだ。
そこで「あれ?」と、小首を傾げる。武器人間のトップということは、それをボスと慕う隣の少女も必然的に……。
「もしかして、お前も武器人間?」
「わぉ、バレた」
「バレた、じゃねーよマジで! とんでもない奴に狙われる事になっちまっただろうがよ⁉︎」
まずいまずいまずい、と頭を抱えた。何せ、ウッドが強いのは世界的に有名な話だ。実際、さっきはレスターをワンパンで仕留めていたし、何よりやばいのは使える指輪の数。
普通、契約出来る数なんて一人だ。と、言うのも、契約の際、必要なのは指輪と接吻だからだ。二人で指輪を握ると同時に、お互いの唇を重ねる事で契約が完了する。
……つまり、あの男は……少なくとも12人と……。
「ちなみに武器の隠れ里は一夫多妻制……或いは一妻多夫制、どっちでもOKだよ」
「聞いてねーし知りたくもねーよ……」
いや、まぁボスであるが故に必要な力かもしれないが。
その辺の事情は置いといても、戦力的にヤバい男を敵に回してしまった。
自分も15歳まで一人で盗みだけで生きて来たので、そこらの奴には負けないが、そんな化け物相手にしてたら命がいくつあっても足りない。
「とにかく、戻るぞ。今から返せば、まだ間に合うかもしれない」
「え……それは嫌」
「嫌じゃありません」
「聞いて。お願いだから」
「……」
お願いだから、とか言われても困る。自分だってまだ死にたくないのだ。もう普通にこの子と関わるのはこれまでにしたい……と、思いながら隣を見る。……が、うっかり一目惚れしただけあって綺麗な顔の瞳が、少しだけ潤んでいた。
それを正面から見てしまい、軽く罪悪感と一目惚れしかけた時の鼓動の加速がが発生する。
「私、君と一緒にいたい」
「……は?」
まるで恋愛漫画のようなセリフを聞いて、少年の胸は高鳴る。普通、それを言うのは男の方のはずだが。
「で、世界中見て回りたい。里の中だけじゃなくて、世界中。動物とか、景色とか……色々」
「……」
「もしまたボスに捕まりそうになったら、ボコられる前に私を返して良いから。お願い」
ずっと顔色も表情も変わらなかった癖に、急にこういう時になっていきなり真面目な顔になられた。
全く、調子の良いことを言ってくれるものだ。途中でなんで言わなかったのかと思ったら、帰りたくなかったからなんだ、と変に納得してしまった。
自分の中の危険センサーが告げている。関わらずに逃げたほうが良い、と。それはその通りだろう。追ってくる相手は化け物。あの筋肉だるまをワンパンで倒した男だ。ここで断れば、自分はまた自由気ままな泥棒生活に戻れる。
……しかし、自分の感情はむしろ逆。目の前の少女、中身はマジで変だけど、今を逃したら彼女は他の誰かと契約し、その男の武器になるのかもしれない……そう思うと、非常に嫌だった。まだ見ぬ婚約者に、醜くも嫉妬心を抱いてしまっている。
どうしたものか、少し考えた結果……少年は仕方なさそうにため息をついた。
「……わーったよ。その代わり、ふかふかのベッドで眠れるとか、美味し物を好きなだけ食えるとか、風呂に毎日必ず入れると、そんなの期待すんなよ」
「ふふ、分かってる。いえーい、世界一周旅行」
本当に分かっているのかな……と、少し不安になりながらも、少女が握手を求めて来たので、少年は仕方なく応じた。
握手を終えたところで、ようやく第一歩目である。まだ、自己紹介も済んでいない。
「名前は?」
「え?」
「名前」
「俺に名前なんてねーよ。生まれた時に親に捨てられたんだから」
「え……そうなの?」
「そうだよ。周りはガキとか呼んできてたし」
「……じゃあ、ないと不便だよね」
「別にガキでも良いよ」
「やだ」
そう返すと、少女は顎に手を当てる。やがて、何を思ったのか、適当な案を挙げて来た。
「じゃあ……ナイト」
「……なんで?」
「夜に、私を守ってくれたから」
「……」
少し、気恥ずかしいが……まぁ、正直なんだって良い。名前なんて呼ばれた事ないから、あまりこだわりもない。
「……じゃ、それで」
「うん。じゃあ、私はミカヅキ。しくよろ」
そんな話をしながら、二人はとりあえずボートを動かして岸に向かう事にした。