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第参話


「八坂刹那、年齢は今年で二十五の一般市民」

「第二王子殿下とやらはほどほどの期待で待ってまーす」


 痛々しく腫れ上がった頬で軽薄に笑い、彼女──セツナ・ヤサカは僕を送り出した。


 ……まったく。


 『ほどほどの期待で待っている』だなんて、皮肉にもほどがある。

 あの笑顔を見れば殿下に期待していないことは一目瞭然だ。


 きっと彼女は第二王子もポンコツ王太子と同類、あるいはそれ以下の可能性すらあると考えているに違いない。

 かくいう僕も、殿下本人を見るまではセツナと同じ考えだったしわけだし。


「……まあ、あの子の場合は仕方ないんだけどね」


 冤罪による誤認逮捕に始まり、王太子派の騎士が行った恫喝・暴力を用いた取り調べ、それを増長させるポンコツ王太子の言動と、正直言ってセツナが失望するに足る要素が揃いすぎている。

 僕のことはかろうじて、ほんのちょっぴり好意的に思ってもらえているようではあるが、果たしてそれもいつまで保つものか。


 なんにせよ、今の僕にできることなんて、彼女の保護を第二王子のノアイユ殿下に願い出ることだけだ。

 『漂流者を発見したが冤罪で捕まっている』『王太子殿下は漂流者に取り合わず、漂流者は失望している』とでも報告すれば、頭の良い殿下は上手に損得勘定をして動いてくれることだろう。


 一番の問題があるとしたら、王太子派の部隊に所属している僕の立場が障害になりうること。


 とはいえ、王太子派の隊に所属させられているものの、僕自身は派閥なんてどうでもいい中立派である。

 僕が中立派だと知っている第二王子派の知人に取り成してもらえば、セツナの保護をお願いすることくらいはできるはずだ。……たぶん。


 ──どっちつかずな態度のせいで同じ隊の騎士連中からは疎まれ、今回に至っては不祥事の生贄にされそうになってしまったわけだけど、ちょうどいい機会だったのかなと思う。


 過激な馬鹿が集まりやすいポンコツ王太子派にも、地味さゆえに有能で警戒心の高い第二王子派にも、両方に通用する便利な理由ができた。

 この機会にゆっくり、じんわり第二王子寄りの中立派を印象づけていくとしよう。






「ヴィドック? どうしたんだ、こんなところで」

「先輩! いいところに!」


 さて、誰に殿下と取り次いでもらおうか。

 そんなことを考えながら歩いていると、見習い時代に僕の面倒を見てくれた先輩と出会でくわした。


 彼も僕と同じく中立派だがどちらかと言えば第二王子派寄り、かつ第二王子派の騎士連中とも顔馴染みなので、いい感じに力になってもらえそうだ。


 いやー、なんていいタイミング!

 しめしめと思いながら、今までの経緯とセツナの保護を殿下にお願いしたい、という内容を掻い摘んで説明する。


 本当は漂流者がどうこう、なんて話をあまり広めない方がいいんだろうけど、多少の事情は説明しておかないと先輩は納得してくれそうにないしねぇ……。


 まあ、先輩はクソ真面目で正義漢だけど、必要に応じた柔軟性も持ち合わせている人だ。

 機密性の高い話を吹聴してまわるような性格もしていないし、安心して話すことができる。


 たまーに面倒臭く感じることもあるけど、おおむねいい先輩だと思うよ。ウン。


「ヴィドック、お前、『漂流者』だなんて本気で言ってるのか? 俺たちからすれば『漂流物』ってだけでおとぎ話みたいなもんなのに」


 ……頭打ったんじゃないかとでも言いたげな、可哀想なものを見る目で見られてるけど! いい先輩なんだよ、一応!


「もちろん! 先輩もセツナを見ればわかりますって。黒髪黒目ってだけで珍しいのに、僕と同い年なのに幼い顔立ちでしょ。外見からして明らかに別世界の人間って感じですよ」

「だがなぁ……外見の違いだけなら、別世界じゃなくて他国の人間って可能性もあるだろ?」


 なおも渋る先輩の気持ちもわからなくはない。

 いやまあ、これで説得されるような単純馬鹿なら、そもそもこんな相談持ちかけてないんだけどさ。


 ……とはいえ、急がないと僕もあの子もかなり危ういわけで。

 もうちょっと踏み込んだ話──僕が感じた違和感でも伝えてみれば、先輩も納得してくれたりしないかなぁ。


「確かに先輩の言う通りですけど……セツナって色々ちぐはぐなんですよねぇ」

「ちぐはぐ?」

「貴族のご令嬢並に綺麗な手をしてるのに、騎士相手に普通に暴言吐くし、貴族階級の礼儀マナーもなってない。かと言って、本人の自己申告通り一般市民かと思えば、僕らが知ってる一般市民より博識で頭が回るし、貴族的な思惑をサラッと見抜いてくる。……ね? おかしくないですか?」

「……そりゃあ、確かにな」

「お願いしますよ、先輩〜。王太子殿下さえ誤認逮捕を看過しちゃってる現状、このままだとセツナが冤罪で牢獄に入れられるのは間違いないし、下手すれば僕まで首を切られるかもしれないんですよ! それは困るでしょ?」

「誤認逮捕されてるセツナはともかく、お前のことは別に」

「えええ! 酷くないですか、それ!」


 しれっと僕を見捨てる発言をした先輩には即猛抗議だ。

 当然だよね!


 ──というか、僕、もしかして慕う相手を間違えてたのかな?


 先輩がこうもあっさりと可愛い後輩を見捨てられる人間だなんて思わなかった。

 今までの印象との落差のあまり、積み重ねてきた好感度が著しく下がる一方である。


 あーあ、やっぱり世の中にはろくなヤツがいねぇな!

 どいつもこいつもクソばっかりかよ、ケッ!


「とはいえ、お前の言い分に一理あるのは確かだ。セツナの出自がどうあれ、罪のない人間を捕えて一方的に暴力をふるうなんざ騎士がすることじゃねぇ。ノアイユ殿下に報告できるよう、どうにか側近に話をつけてやる」

「せ、先輩……!」


 さっきの言葉はやっぱり訂正!

 僕の先輩は最高なんだ!


「だが、殿下は多忙な方だ。都合がすぐにつくとも限らないのはわかるな?」


 キッと表情を引き締め、念押しするように先輩は言った。


 ……もちろん、殿下が忙しい人だってことは僕もわかっている。

 頭が空っぽとまでは流石に言わないけど、考えの浅い王太子おにいさんの尻拭いをするのは大抵殿下だって話だし、加えて王族としての通常のお仕事も務めていれば、そりゃあ忙しいに決まってるって話。


 ただでさえ多忙を極める殿下に漂流者セツナという案件を持ち込むのは、流石の僕もちょっと良心が痛まないでもない。

 だけど、現状、僕がこの話を一番持っていきやすいのは殿下なのだ。


 王太子の尻拭いを日常的に行っている第二王子に、新しい尻拭いをお願いしに上がる──ほらね? ごく自然な成り行きじゃないか。

 役職も何もない騎士が国王陛下に奏上に上がるより、よっぽど現実的だと思うよ?


「わかってるなら話は早い。殿下にお時間ができるまでは、できるかぎりお前がセツナを守ってやれ」

「もちろんです」

「確か、使ってるのは第一聴取室だったな?」

「はい。たぶん、殿下が来る頃にはかなり騒がしくなってると思うんで、めちゃくちゃわかりやすいはずです」


 だってほら、休憩時間が終われば隊長とセツナの応酬が再開されるだろうし。


「じゃ、僕は戻りますね。殿下への取り次ぎはよろしくお願いします、先輩」

「ああ。……いや、待て。ヴィドック」


 これで話は終わった──そう思って、踵を半分返した時、先輩が僕を引き止めた。


「どうしました?」


 へらっと笑みを浮かべ、用向きを尋ねる。

 果たして何がそんなに気になるのか、先輩は気難しそうな顔で、眉間に皺を寄せて僕を見すえていた。


 その目に込められた感情は疑念とか、訝しみっぽい?

 なんだか探るような視線をひしひしと感じるけど、でも僕、探られて痛い腹なんてないしなぁ……。うーん?


「お前、どうしてそんなにセツナを気にかけてるんだ?」

「えええ? そりゃあ僕だって、無辜の市民が冤罪で捕まってれば気にかけますよ。当たり前じゃないですか! っていうか、先輩の中の僕ってどんだけ人でなしなんですか!?」


 ひどいひどい、と騒ぎ立ててみたが、先輩の視線は依然として険しいままだ。


 なんだって言うんだよう、僕が彼女を気にかけるのはそんなにおかしいこと?


「人でなしっつーかなぁ……だってお前、基本的に他人に興味なんてねぇだろ? いつもヘラヘラ笑って人当たりも悪くないが、目の奥は常に冷え切ってて他人を嗤ってる。良くも悪くも他人と自分を切り分けて考えてんだ」

「……」

「そんなお前が嬉々として──っつーのも少し違うのか? セツナの保護に妙に乗り気なのが、俺はどうにも気になるんだよ」


 うーん。先輩が思ってた以上に僕のこと理解してて、流石にびっくりかも。

 先輩が言ってることは結構な割合で的確っていうか、むしろ大当たり?


 いやー、ホントにいい先輩を引き当てたんだなぁ、僕!

 お見通しすぎてちょっと警戒しちゃう。


 でもまあ、先輩も全部が全部お見通しってわけじゃないみたいで、そこは安心した。


 そりゃあね? 少なからず好意的に思ってる人間に、自分のクズ具合を知られるのはちょっとな〜と思うわけ。

 同じようなクズとかひねくれ者とか、そういう相手ならまだしも、先輩は熱血! 根性! 正直者! って感じの人だもん。


 バレたら付き合いづらくなるのは間違いないよね。

 主に僕が先輩から軽蔑される的な意味合いで。


 たぶん、ここで誤魔化しても、先輩はセツナを助けてくれるだろうなとは思う。

 その代わり、先輩には距離を置かれるようになるかもしれない。


 ……いや、それっぽっちのことを気にするような度量の狭い人じゃないのは知ってるんだけど、どうにもその可能性がぬぐえないっていうか。


 ああ、やだやだ。なんだってこんな面倒臭い人を慕ってるんだろうな、僕ってやつは!

 お節介としか思っていなかったはずの先輩の面倒見の良さも、今は悪くないかな? なんて思っちゃってるし。


 なんていうんだろうね、これ。

 手放すにはちょっと惜しい人っていうか……まあそんな感じ?


 とにもかくにも、早いところ答えてしまわないと、胡乱な目が僕のガラス製の心にグサグサと刺さり続けるわけで。

 理由なんて別に大したことじゃないし、この答えで僕のクズさが露呈するわけでもないし、いっそ素直に答えちゃおうか。


 ──それにほら、いちいち取り繕った理由を考えるのも面倒臭いからさ。


「やだなぁ、先輩。別に大した理由はないですよ。僕がセツナを気にかけるのは、ひとえに面白そうだからってだけで」

「……面白そう?」

「セツナがいた場所にはこの世界と違う文明が築き上げられていて、違う統治の仕方があって、物事の考え方も価値観も僕らと違う。……それって、ものすごく面白くないですか?」


 高位貴族ならまだしも、先輩や僕みたいな人間からすれば『漂流物』ってだけで眉唾物だ。

 それが今回に至っては『漂流者』──人間なんだよ?


 存在自体が空想ニセモノみたいな人間セツナ


 ほら、どう考えたって面白くない?

 興味湧くでしょ、普通!


「……ハァ」

「えっ、ため息? 僕、ちゃんと先輩に答えたのに?」

「お前の答えに呆れてんだよ!」

「イタッ!」


 先輩が僕の頭を叩き、スパンと小気味いい音が鳴った。理不尽!


「心底セツナには同情した。こんなヤツに目をつけられるなんて、可哀想に」

「ひどい!」

「お前の毒牙にかかる前に助けられるよう尽力する。ほら、お前もさっさと行け」

「引き止めたの先輩なのに!? 用済みになった瞬間捨てられた!?」

「ええい、人聞きの悪いこと言うんじゃない!」


 ……馬鹿みたいにじゃれあっている、けど。

 態度の変わらない先輩に安心してたり、してなかったり。


お久しぶりです。

いやまあ、続きを待っていてくださった奇特な方がいるとも思えないのですが。なにぶんこちら、作者だけが楽しいお話なので。


そんなわけで、本作は超マイペース更新です。

とりあえずストックまだ何話かあるので、読み直して誤字脱字ないかな〜って確認できたら投稿します。

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