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第弐話


 騎士曰く、この世界には時折、おかしなものが流れ着くことがあるらしい。


 見たこともない文字や物質で構築された、先進文明が生み出したと思しき用途不明の謎のアーティファクト。

 それらは大抵、好事家(こうずか)がコレクションすべく大枚をはたいて蒐集するか、国家を上げて研究するために王家の元に集められるそうだ。


 そして、この世界では見つかったアーティファクトのことを、異なる世界・異なる文明から流れ着いたもの──『漂流物』と呼んでいる。


「そんなわけで、世間知らずすぎる上にかなり浮世離れしてる君は『漂流者』なのかなーって」

「なるほど」


 おしゃべりな騎士のお陰で、先ほどの漂流者云々という発言にも納得した。

 そういう話であれば、確かにわたしは漂流者と呼ばれる部類なのだろうと。


 ただ、そうなると、いくつかの新たな疑問が生じるわけで。


「その漂流者って、わたし以外にもいるんですか? あと、漂流物でも漂流者でもいいんですけど、元の世界に帰ったって話とかあります?」

「うーん、僕は聞いたことがないな。何せ貴族階級の生まれじゃないし。王家の方なら知ってるかもしれないけど」


 やっぱりなー。こういう時って大体帰れないか、帰り方がわからないかのどちらかだし。

 ……もちろん、漫画とかラノベの知識だけど。


 いやまさか、自分の身に降りかかることになろうとは夢にも思わなんだ。


「まあ良いです。元いた世界に戻るまで長期戦になるのは覚悟してたことですし」

「……結構落ち着いてるね?」

「どーしよーもないことに慌てたって無駄ですもん。長期戦になる以上、気力も体力も温存すべきでしょ」

「それもそうだね」


 得心を得た、というように騎士は頷く。


「君のことは王家の方に報告させてもらう予定だから、よろしくね。漂流物はともかく、漂流者なんて話は聞いたことないしさ」

「報告するぶんには構わないですけど、漂流者は人としての扱いを希望しますって伝えといてください」


 漂流物ってだけでかなりの大事(おおごと)みたいだし、漂流者についても報告が必要なんだろうなーと察している。


 だから、そう、報告するぶんには問題ないのだ。

 問題なのは報告されたあと、わたしがどういった扱いを受けることになるのか……ということなので。


 異世界人だから多少の珍獣扱いや、客寄せパンダよろしく見世物扱いならまだ許容できる。

 けれどもし、わたしを化物ないしは実験体(モルモット)扱いしようものならすぐさま逃亡だ。


 ……安息の地なんてどこにもないかもしれないけど、なんの抵抗もせず好き勝手されるよりはマシである。


「了解。聞き届けてもらえるかはわからないけど、ちゃんと伝えておくよ」

「よろしくお願いしまーす」


 ちゃんと『聞き届けられない可能性もある』と言ってくれるあたり、見張りの騎士は誠実らしい。

 ちょっとだけわたしの中での株が上がった。


「……そういえば、なんですけど」

「?」

「わたし、どういう容疑で捕まえられたんです? とりあえず犯人が女らしいってことしか、今のとこわかってないんですけど」


 首を傾げつつ、騎士にそう問いかける。


 実際、わたしがどういう容疑で捕まえられたのか、あの騎士連中から説明なぞなかったのだ。

 アイツらのセリフを要約しても、せいぜい『巷を騒がせている女とはお前のことだろう!』『罪を認めて(あがな)え!』としか言われていない。


 そんなだからわたしも『違う』とか『知らない』とか、『犯してもない罪に問われる筋合いはない』って主張するしかできなかったわけで。

 容疑者に対して罪状の説明をするのも大事なお仕事なんじゃないですか違いますか。


 落ち着いて話を聞くことができていたなら、自分が犯人じゃないことを理詰めで説明できたかもしれないけど。

 罪状の説明なく一方的に犯人と決めつけられたら、そりゃあ冷静じゃいられないってもんですよ。ええ。


 だから多少、騎士連中と話す時の言葉遣いが乱暴でも汚くても仕方ないよね!

 ……まったくもって仕方なくないですか、そうですか。


「うわ、ごめん! そうじゃん、君が漂流者だとするなら、『赤いドレスの女』にまつわる噂なんて知るわけないよね。いや、本当にごめん」

「わかってもらえたなら何よりなんですが……『赤いドレスの女』?」


 性別はまだしも、服装からして明らかにわたしと違うじゃないか。

 どうしてわたしを捕まえる気になったのか、ますます理由がわからなくなったぞ──って。


「……ああ、そうか」

「?」

「犯人がドレスを着てるって特定されてるなら、真犯人は特権階級の女の人ってことだ。そうなると、犯人をわざわざ別に仕立て上げるってことは、真犯人を庇いたい誰かがいるとか、真犯人が見つかるわけには行かないとか、そういう思惑が働いてることになる。……ふーん? なるほどなるほど」


 わたしが引っ立てられてきた理由は『身元不明なこと』、『服に血が着いていたこと』あたりだろう。


 身元不明な人間なら罪を問われて死んでもいいし、『ドレスの赤は血の赤だった』と嘯くことができる。

 服装がドレスでなくとも、情報操作で誤魔化される可能性は十二分にある。


 ……ドレスの赤より血の赤の方がインパクトもあって、人の記憶に残りやすいだろうから。

 簡単に誤魔化せるに違いない。


「……」


 おっといけない、見張りの騎士がボケッとこちらを見ている。


 これは……うん、わたしのひとりごとがうるさかったに違いない。

 思考を整理するのにひとりごとって便利だけど、他の人からすれば関係ない、ただ喧しいだけの代物。


 さっさと謝って続きを促そう。


「話の腰を折ってすみません。それで、『赤いドレスの女』が何したんです?」

「え? ああ、うん、『赤いドレスの女』の話だね。うん。わかってるわかってる」

「?」


 なんだか妙に騎士の反応が鈍いというか、歯切れが悪いというか……でも、理由なんて考えてみてもわからないし、深く気にせずおこうかな。

 どうせここで突っ込むと、また話が脱線しちゃうか、つっぱねられるかのどちらかだろう。


「『赤いドレスの女』がね、夜になると現れるらしいんだよね。君が見つかった森のあたりで」

「はあ」

「その女は人の前に姿を現すと、最初に必ずこう訊くんだって。『私、きれい?』って」

「……へえ」


 高貴な身分であれ、わたしを隠れ蓑に使おうとするような女がなんなのだと、そう思っていたけれど。心象なんて最悪を突き詰めたようなものだったけれど。

 この時ようやく、真犯人への関心が湧き上がった。


 口では興味なさげな返事をするも、うっすら、ほのかに笑みが浮かび上がっていくのが自分でもわかる。

 身を乗り出すのは露骨すぎるかと、机に両肘をついて手に顎を乗せた。


 こんな些細な変化だから、もちろん騎士が気付くはずもなく。

 無知な漂流者に先生風を吹かせて、ペラペラと噂について話し続けた。


「自意識過剰だよね? でもこれ、問いかけられた時点でもうどうしようもないらしくてさ。綺麗だと頷いても、そんなことはないと否定しても、女はナイフを持って襲いかかってくるんだとか」

「でも、そういう話を知っているってことは、襲われた側は死なずに済んだんですよね」

「まあ、そうだね。その通り」


 ため息をついて、騎士は肩を竦める。


「けどさ、ほら、被害者が生きているとはいえ、襲われたことには間違いないし、多かれ少なかれ怪我をした人もいるからね。国の治安を守る騎士として、僕たちが今動いてるってわけ!」

「そのわりに成果が思わしくないどころか、犯人を仕立て上げようとしていることについて何か弁明は?」

「……ないでーす」


 どうだ! とばかりに自慢しようとした騎士には、間髪おかずに現実を叩きつけて大人しくなってもらった。


 しょんぼり、というよりは不満げにムスッとしていて、ジト目でわたしを見据えている──


「ねぇ、君」

「はい?」

「本当に『赤いドレスの女』じゃないんだよね?」

「違うって何度も言ったじゃないですか。それに、わたしが別人物だって思ったから縄を解いてくれたんでしょう?」

「それはそうだけど。……じゃあなんで、楽しそうに笑ってるわけ?」


 あらら、流石にバレたか。

 まあ、さっきよりも唇がしっかり弧を描いているだろうし、目元なんて弓なりになっているから仕方ないね。自覚はある。


 騎士のジト目は一転、鋭く険しいものに変化した。


 親しみすら感じさせた友好的な態度もすっかりなりを潜めている。

 視線に込められた感情は疑惑、あるいは警戒あたりが妥当だろう。ピリピリと肌を刺すようなこの空気は、いわゆる殺気ってヤツなのかな?


 ……まあ、残念ながら、貴方が考えているような可能性は有り得ないんですけどね!


「答える前に、わたしからも質問いいですか?」

「君、立場わかってる?」

「わかってますよ。わたしは被疑者。貴方は見張り。もしわたしが迂闊なことをすれば、スッパリ切り捨てられちゃうんでしょう?」

「……そこまでわかってるなら、どうして?」

「この質問がめちゃくちゃ大事なんですよ。質問の答えによっては、『赤いドレスの女』が一体どういう存在なのか、わたしにもわかるかもしれない」

「君は漂流者で、この世界の人間じゃないのに?」

「だからこそわかることもあるんじゃないですか? ……ちなみに、わたしの予想と貴方の答えが一致したら、ひとつ良いことがあるんですが」

「良いこと?」

「『赤いドレスの女』を捕まえる手助けができる……かもしれません。具体的には、『赤いドレスの女』の隙を作れる」

「……本気で言ってる?」

「わりかし本気です。『赤いドレスの女』、超気になってるんで」


 ポンポンと続いた言葉の応酬は、そこでプツリと途切れてしまった。

 騎士は返す言葉の代わりに、探るような視線をわたしに向けている。


 わたしの言葉の裏、もしくは真意を探っているのだろうけど、残念ながら馬鹿正直に話しているので探るだけ無駄というもの。

 そんなわけで、わたしは好奇心に爛々と目を輝かせ、にこにこ笑っているだけである。


「……いいよ。答えてあげる」

「わーい」

「その代わり! この質問が無駄に終わるようなら、おしゃべりはこれでおしまい。縄も結び直すよ」


 それがこちらの質問に答える彼なりの折り合いのつけ方、ということか。

 それならそれで構わない。


 だってわたし、不思議と確信があるもん。

 この騎士はきっと、わたしが望む答えをくれるって。


「それで、質問って?」

「『赤いドレスの女』の容姿についてですね」

「容姿?」

「はい。もしかして彼女、口がとびきり大きな美人じゃありませんか? ──口の端が耳に届くくらい、大きく裂けた口の持ち主だと思うんですけど」


 やっぱり違いますかね? そう、無邪気に騎士に尋ねて。


 見開かれた目が教えてくれる答えに、チェシャ猫のようにニヤリと笑った。

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