第壱話
結論:異世界ってろくでもねぇ。
なんて言おうものなら、『結論出すの早すぎじゃね!?』と早々にツッコミを食らいそうな気もするけれど、こればかりは仕方ない。わたしがそう思うだけの根拠は当然あるわけで、まあ、この機会だしとにかく聞いて欲しい。
やり場のない感情を共有したい、という私情も少なからずあるが──わたしが異世界トリップして現在に至るまでの経緯を一通り聞けば、先程の発言の理由もわかってもらえるはずだから。
異世界トリップと言えばトラ転がテンプレだが、残念ながら(?)わたしの場合は違った。
定時だ! 花金だ! と、帰り際に缶チューハイとおつまみを買いに行ったら、気付けば異世界トリップを果たしていたのである。
……わたしが何を言ってるのか、わからないと思うけれど、どうか安心して欲しい。
だって当事者も意味がわからない。
おまけに、知らない間にシャツに血がべったり広がっていたり、そのわりにわたし自身に怪我はなかったりもして。ただでさえ軽くパニックに陥っていたわたしへの更なる追い打ちに、この血なんの血わたしの血? などと思わずボケに走ったりもした。
……あのボケは混乱による産物なので、どうかお目こぼしいただきたいところ。
なお、血の原因については『そのうちわかるじゃろ!』と既に思考放棄している。
もちろん、この思考放棄は楽観視ではなく、現実逃避だ。結構な血の量とか、血で汚れている場所を鑑みれば明らかなスプラッター案件だし。
自分が加害者の可能性を考えるとか、本当に無理。怖すぎる。
そんなこんなで異世界トリップしたわたしだが、何も最初からトリップに気付いていたわけではない。
というか血のせいでそれどころじゃなかった。
あたり一帯が見たことのない風景だし、何故か自分の服は血で汚れているしで、混乱に陥らない方がおかしいんだよなぁ!
かくしてトリップ地点と思しき森の中で右往左往していたわたしは、ほどなくして現れた騎士連中に拘束され、お城までドナドナされてきたわけだ。
ここでようやく、異世界トリップに思い当たった。
騎士連中は髪や目がめちゃくちゃ常識外れな色だったし、お城とかどう考えても現代社会に馴染まないし、夢でも見てるのかと思ったりもしたけど。
拘束された時といい連行中といい、乱暴な扱いをされて痛みは十分。
間違いなく現実です本当にありがとうございました。
で。
連行されてはい終わり、なんて、そうは問屋が卸さない。
そもそもわたしが拘束・連行されたのも、不審人物……もとい容疑者という名の重要参考人に見込まれてしまったせいなので、連行後には聴取室での取り調べが待っていた。
しゃーないな、とは思う。
夜の森で女が一人、シャツを血まみれにして佇んでいれば、そりゃあ不審者と勘違いされても文句は言えまい。
でもね? だからって、椅子に縛りつけての事情聴取はいかがなものかと思います!
いくら悪い意味で巷を騒がせていると噂の女性がいると言えども、所詮わたしは一般市民。
人を襲う技術もなければ度胸もない小市民相手に、恫喝まがいの事情聴取なんてしないで欲しいんですが!
人の話を聞かずに犯人と決めつけてくるところといい、何故か様子見に現れた王太子(笑)が恫喝を推奨して担当者を増長させたことといい、迷惑をこうむるわたしからすれば冗談じゃない。
やった、やってないの問答の末、『さっさと罪を認めろ!』と暴力行使してきた隊長とやらは末代まで祟ってやるからなおぼえてろ。
以上、説明終わり。
冤罪をかけられ、時代錯誤な事情聴取を受け、殴られと、これだけのコンボをトリップして早々にキメられれば、異世界ってろくでもないんだなぁと判断するのも当然だと納得してもらえるはず。
ところで今は何をしてるのかって?
殴られた頬が痛いなぁとか、口の中で血の味がするなぁとか考えながら、椅子に座って脱力タイムだ。
ちなみに、無罪の主張を譲らないわたしに業を煮やしたらしく、騎士連中は一人を除いて部屋から出て行っちゃいましたね。
偶然聞こえた話によれば、彼らは休憩を取りに行くつもりのようだ。
いやもう正直、中途半端に仕事を投げ出すなんて頭が湧いているとしか思えない。
せめてわたしを牢に放り込むとかした方が良いんじゃないですかね、容疑者扱いするんなら。などと被疑者(※冤罪)的所感を述べておく。
……まったくもって理解しがたい、職務怠慢な連中である。
この場に残された一人はなけなしの見張り役といったところか。
騎士の中ではそこそこ若そうで、わたしに振るわれた暴力を止めるあたり、一応の常識は持ち合わせていそうな印象を受ける。
なるほどつまり、若さと常識を持ち合わせたがゆえの貧乏くじというわけだな?
ご愁傷さま、と上辺だけの哀れみを心の中でひとりごちる。
──見張りの騎士が向かいの椅子に腰を下ろしたのは、わたしたちが二人きりになってすぐのことだった。
☩
「君、大丈夫?」
「これが大丈夫に見えるんなら、医者にかかることをおすすめしますが」
「あはは、だよねぇ」
慇懃無礼な態度でつっけんどんに答えれば、見張りの騎士はへらへら笑った。
薄っぺらい笑顔といい、軽めな声の調子といい、なんとも気の抜ける相手である。
騎士の割にひょろっとした体躯からしても、あまり頼りにならなそうだ。
……なんて、早々にこき下ろしたが、彼には暴力を止めてくれた実績があるため、これでも多少のプラス補正がかかっている。
もしも彼が聴取室を出て行った連中と同じなら、あと二、三ほど嫌味や皮肉をぶつけているところだ。
恩を仇で返すような真似はしませんよ、基本的に。
「ほーんと、隊長たちにも困っちゃうよ。王太子殿下にすり寄りたいのはわかるけど、犯人を仕立てあげようとするなんてさぁ」
「全員クローゼットに足の小指を打ち付けて痛みに悶えながらそのまま小指をぶつけたクローゼットの下敷きになって死ねばいいのに」
「急に苛烈なんだか陰湿なんだかわからないこと言い出したね、君!?」
「それだけのことをしている自覚がないんなら正気を疑いますね」
「あ、うん、ごめんなさい。……あれっ、『全員』ってことはもしかして僕も含まれてる……?」
あまりにもアッサリ謝られたことに内心驚きつつ、問いかけに思案すること数秒。
「足の小指を打つだけで手を打ちます」
「地味に嫌なやつだけ残したね!?」
多少の譲歩を見せれば、ひどい! と、中々いいリアクションが返ってきた。
なんだこの人、いじりがいがあって面白いな? 口元にうっすら笑みが浮かぶと同時に、殴られた頬がピリッと痛んだ。
……譲歩なんてするんじゃなかった。
「僕たちが気に入らないのはわかるけど、僕だけでも手心加えてくれない?」
「そういう『自分だけ良ければいい』みたいな姿勢、わりと嫌いじゃないですよ」
今この状況において、いまいち信用性に欠けるのは否めないけど。
まあ、交渉しやすい相手ではあるのか。
「縄を解いてくれるなら考えてもいいですよ。そろそろ手の感覚がなくなってきてるので」
条件を提示すれば、彼は困ったような顔をした。
より具体的に言うなら、『やってもいいけどあとが面倒臭いな』とでも言いたげな顔。
……へええ? そういう態度を取るなら、こちらにも考えがあるぞ。
「わたしが冤罪である以上、今の扱いが不当なものなのはわかると思うんですけど。そこで更に『冤罪で捕まった人間は不当な扱いの末、両手が壊死して使えなくなった』なんて情報が世間に広がったらどうなるんでしょうね?」
ぴし、と。
見張りの騎士の表情が固まる。
「まあ、多かれ少なかれ、ここにいた面子とその上司、あるいは雇用主まで不信感を抱かれるんだろうなーと勝手に思ってるんですけどね。いざそうなった時、間違いなく責任を取らされるのは聴取を担当していた貴方たちなわけで」
ピリピリする頬をえいやっと動かして、とびきりの笑みをでもう一押し。
「見たところ、貴方はお若いようですけど──首、飛ばなければいいですね?」
わたしの言葉に引きつった笑顔を浮かべたあと、ため息をついた騎士はがっくり肩を落とす。
……勝った!
「隊長たちが帰ってくる前に縛り直すからね」
「構いませんよ。わたしは別に、貴方の立場を悪くするつもりはありませんから」
「よく言うよ、僕のこと脅しておいてさぁ」
「『脅す』だなんて、とんでもない! あとから貴方が言い訳できるだけの根拠と、わたしが間接的に口を出すための下ごしらえをしたつもりなんですが」
万が一、今後も聴取室に拘束され続け、わたしの両手が壊死したとして。
先ほど匂わせた通り、真っ先に切り捨てられるのは目の前にいる彼だと考えている。
騎士連中で一番若く、容疑者の見張りという貧乏くじを引かされ、誰よりもわたしと居る時間が長い。
無罪の人間を犯人に仕立てあげようとするヤツらが相手だし、彼にはどう考えても切り捨てられる要素しかないと思う。
だからこそ、見張りの騎士には一度、縄を解いてもらいたかった。
もし責任を追求されることになった時、彼は『自分は容疑者の縄を解いて、腕を壊死させないための処置をとった』と言い訳できるし、わたしからも『見張りの騎士だけがわたしの無罪に気付いて助けてくれようとした』と口添えができるから。
「君の縄を解いたことについて、僕がなんのお咎めもなしなんて有り得ないでしょ」
「まあ、それはそうでしょうけど。そこが露呈するには前提があるじゃないですか、『無辜の人間があらぬ罪を疑われた挙句、腕を壊死させられた』っていう」
その前提がない限り、わたしから余計なことを言い触らすつもりはありませんよーという意思表示である。
彼にもその意図は伝わったようだけど、……なんでわたしに胡乱な目を向けてくるんだ。
「無辜の人間、ねぇ……」
「何か言いたいことでも?」
「君に『それ』がある以上、無辜の人間とは言いづらいなぁって?」
「あー、『コレ』ですか」
シャツにべっとりとついた血のあと。
なるほど確かに、その言い分は納得できる。
というか納得しかないね、うん。
「わたしも知らないんですけどね。いつ、どこで、誰のモノがついたのか」
「は?」
「そもそも、自分があの森に居た理由もわかんないですし。ここがどこかも全然知らないです。……日本なんて名前の国じゃないでしょ、ここ?」
「……聞いたことない国っていうか、そんな国が存在するの? って感じかなぁ」
「でっすよねー」
ゆるーく駄弁りながらも、見張りの騎士はちゃんと縄を解いてくれた。
手を握ったり、開いたりを繰り返して、麻痺しかかっている手指の感覚を取り戻す。
……やっぱり血が止まっていたようで、青黒い嫌な色をしてるけど、ちゃんと動くことにホッとした。
二十代半ばで両手が壊死して使えなくなるなんて、そんなのごめんだからね。
「ありがとう」
「どーいたしまして。……ところで君、もしかして漂流者だったりする?」
「……? 見ての通り、土左衛門ではないですね」
「ドザエモンが何かは知らないけど、まあ、要するに別の世界から来た人なんじゃないかってことだよ」
向かいの椅子に腰かけて、頬杖をつきながら、見張りの騎士はそう問うてきた。
──わたしを見つめる双眸を、好奇心で爛々と輝かせて。
どうにか異世界モノに学校の怪談とか、都市伝説とか、妖怪を絡めたいな! という、完全に俺得の話。恋愛もちょこちょこ入れたいな~という気持ち。
更新はのんびりです。続きは気長におまちください。