吟遊詩人アリマーサ・センドラム卿
校長は話してくれた。若き日にアリマーサ先生と出会ったことを。その時の校長は愛する女性を目の前で亡くし、失意のどん底だったことを……
晩から朝まで飲んだくれる日々。起きて飲んで酔い潰れてもまだ飲む。そんな時、酒場にふと現れたのがアリマーサ先生だったと。当時すでにかなりの高齢だったろうに……よくクタナツまで行かれたものだ。
この国の吟遊詩人ならば誰でも知ってるアリマーサ・センドラム卿。貴族でもないのに皆が『卿』をつけて呼ぶ理由。それは先代国王陛下から『筆頭宮廷楽士』として招かれたからだ。だが先生はそれを丁重に固辞し、広いローランド王国を放浪する道を選んだ。酒を愛し、歌を愛し……いつも笑顔で人々のために歌い続けたアリマーサ・センドラム卿を、俺は心の師と仰ぎ勝手にアリマーサ先生と呼んでいる。いや、たぶん俺だけじゃない。ほとんどの吟遊詩人はアリマーサ先生を同じように思っているはずだ。
そんなアリマーサ先生だからこそ、クタナツにまで足を伸ばしていたとしても、そこまで不思議ではないのか……
そして先生は失意の校長のためだけに曲をお書きになられた。ただし歌詞はない。
『立ち直ったら自分で詞をつけなさい』
そう言い残してクタナツを去っていったそうだ。
「私はバイオリンは弾けますがリュートは弾けませんでした。ですので、それからです。借り物のリュートで練習をし、イアレーヌさんへの想いを言葉にし……どうにか立ち直ることができたのは……」
「校長先生……」
「ノアさん。あなたは素晴らしい吟遊詩人だと思います。ですから道具自慢に走らないでください。あなたほどの腕があれば龍髭弦など張っていなくとも一流になれます。どうか精進を続けてください。龍髭弦を扱うに足る吟遊詩人になる日まで」
「校長、いやジャックさん……」
ぐすっ、何回泣かされるんだよ……
なんて、なんて大きな人だ……身も心も……
自分の方がよほど辛い経験をしているのに……それを初対面の俺なんかのために容易くえぐり出し、教訓として示してくれる……
これが……これがアリマーサ先生が曲を託した男なのか……
引退から数十年経った今でも語り継がれる伝説の男なのか……
「ありがとうございました! 龍髭弦に相応しい吟遊詩人になってみせます! そして、きっと、いつかきっとアリマーサ先生の曲を自分のものにしてみせます!」
「ええ、どうせしばらくはクタナツから出られないのです。放課後でしたらいつでもいらしてください。正直私もあなたのリュートを弾きたくて堪らないものですから」
「ありがとうございます! 甘えさせていただきます!」
なんてことだ……ありがたすぎる……
もしかしてクタナツに閉じ込められたのって俺にはかなり幸運なのか? まさかこんな出会いがあるなんて……
はっ!?
ひょっとして組合長はここまでのことを見越して俺をここに行かせた?
あり得るな……
校長、千魔通しジャックの相棒だもんな。恐ろしいコンビだ……
ふふ、それにしても組合長、千骨折りドノバンは常時十人程度の愛人を抱えていると聞く。反対に千魔通しジャックは童貞との噂があるんだよな。どうやら愛した女性に操を立てているだけってことか。もう老境に差しかかってるってのに。二人とも独身なのは共通だが、どこまでも対照的で本当に素敵な男たちだ。アリマーサ先生が曲を託すだけある……本当に。
クタナツは最高の街だな……
ジャック校長の昔話はこちら。
『異世界金融外伝 〜若き日の校長と謎の令嬢 朱夏の香りは青春の残り火〜』
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