初等学校校長ジャック
翌日。すっきりとしない目覚めだった。
校長と言うからには昼間から訪ねるわけにはいかないだろうな。まずは昼前ぐらいに都合うかがいの訪問をして、放課後に改めるとしよう。ならばそれまでは喉のトレーニングといきたいが……
街の外には出られない。どこか手ごろな場所はないだろうか。
無理か……街中が殺気立ってやがる。酒場以外で歌うのは危険だな。仕方ない。宿に戻って新曲の歌詞を考えよう。今は喉を鍛えたかったのだが……
ふふふ。こんな時なのにいい曲ってのは生まれるもんだな。前の街で、せっかくクタナツに行くんだから聖女の歌を新しく作ろうとして、そのままになってたのが……できたぜ!
これは名曲の予感がするが、歌うのはもう少し後だな。どうせなら完璧な状態でお披露目したいからな。とりあえず校長とやらに期待だな。よし、そろそろ昼だ。軽く挨拶といこうかね。
ここがクタナツ初等学校か。懐かしいなぁ。俺だって子供の頃はアベカシス領はトルネリアの初等学校に通ってたもんなぁ。
さて、誰かいないか……いた。赤髪の男教師か。やっぱこんな場所で教師をやるだけあって強そうだな。
「もし、私は吟遊詩人ノアと申します。ギルドのドノバン組合長の紹介でこちらの校長先生を訪ねて参りました。放課後出直して参りますゆえ、お取り次ぎをお願いできませんでしょうか?」
「いいよ。じゃあ伝えておこう。吟遊詩人のノアさんだね。やっぱ取材?」
「ええ、そのような感じです。お心遣いに感謝いたします」
ふう。見た目に反して優しいんだな。気は優しくて力持ちってやつかな。ボロは着てても心はクタナツ、とも言うそうだが。この街の人間は見た目で判断できないよなぁ。
さて、せっかくだし少し街を歩いてみるか。衣装チェンジ。吟遊詩人が昼間から外を歩いているのを見られたらイメージに響くからな。俺たち吟遊詩人の私生活は謎でなければならないのだ。
仕立て屋ファトナトゥール
防具屋ボーグ
鍛冶屋ラジアル
木工屋クランプランド
靴屋チャウシュブローガ
龍髭を買った店以外にも色んな店があるもんだな。
ラグザルーク……ここはレストランかな? えらく高そうだ。
気になったのは仕立て屋かな。もうすぐ冬だし新しいローブかコートでもあるといいよなぁ。温度調節効果が付与された冬暖かく、夏は涼しいやつ。欲しいけど、高いよなぁ……とにかく金を稼がないとなぁ……はぁ……
よし。そろそろ放課後だ。学校からの帰りらしき子供たちがちらほら見える。歩いて帰る子もいれば、馬車で帰る子もいる。こんな身分差がある子供たちが同じ学校に通っているなんて、俺の故郷トルネリアでは考えられないよな。さすが辺境クタナツだわ。
校門に差しかかると、昼間の先生がいた。これは好都合。
「先ほどはありがとうございました。校長先生のご都合はよろしいようでしょうか?」
「いいよ。きっちり伝えてあるから。珍しい来客だと喜んでたね」
「それは何よりです。ありがとうございます。それでは失礼いたします」
校長室はどっちか……校舎内にはまだ子供たちがいる。見知らぬ俺に対して気さくに挨拶をしてくるではないか。無邪気でいいなぁ。
よし。ここか。ノックして……
「失礼いたします。吟遊詩人ノアでございます。本日はお目通りをお許しいただき恐悦至極にございます」
「ようこそいらっしゃいましたノアさん。吟遊詩人の方とお話しするのは久しぶりなので喜んでおります。申し遅れました。私、本校校長のジャック=フランソワ=フロマンタル=エリ・エローです。さあどうぞどうぞ」
……巨軀、だぶだぶのローブ越しでも分かる鍛え抜かれた肉体、額に大きく刻まれた一文字傷、ハゲ頭、そしてジャックなんたらって長ったらしい名前……この校長! 千魔通しジャックじゃねーか! なんだそれ! あの千魔通しがなんで校長なんてやってんだよ! 言われてみれば引退したとか聞いて以降、何の噂もなかったんだよ……まさか教師になってるとは……
「どうされました? さあさあお座りください。お茶でもいれましょう」
「え、ええ、失礼いたします」
でかい体で器用にお茶をいれている……いいのか俺? あの千魔通しジャックに茶をいれさせてるんだぞ?
「お口にあえば幸いですが」
「いただきます。おお、南の大陸産ですか。さすがよいご趣味をされておいでで。心に沁み入る深い味です」
やっぱ校長ともなると金持ってんだろうなぁ。この茶葉ってめちゃくちゃ高いぞ……うまいわぁ……
「それで、本日はどのようなご相談ですかな?」
さて、何と言えばいいか……





