吟遊詩人ノア
「はぁ!? 街から出られないってそんなバカな! じゃあどうしろってんだよ!」
「厳戒態勢だ。この街出身でない者は当分の間出入り禁止だ」
「そんな! 俺は十日後に領都に行かないといけないんだよ! 舞台に呼ばれてるんだ!」
「領都か。それならますます出すわけにはいかんな。今回の厳戒態勢の理由、それは戦争相手が領都だからだ」
そ、そんな……
同じフランティア領内で戦争だなんて……しかも相手は領都だぞ? 大領主である辺境伯を敵にまわすってのか!? 何考えてんだ……
いくらこの街、クタナツが国内でも最強と言われる騎士団を擁してるからって……
しかもこの街のトップである代官って辺境伯の長女と結婚してたよな? マジで何考えてるんだ……
「な、なぁ……俺は吟遊詩人なんだ。食い扶持はどうすりゃいいんだよ……」
「知らん。腕があれば食えるだろう。それだけの話だ。ギルドの酒場にでも行けばよかろう。殺気立った冒険者どもがいくらでもいるぞ」
それぐらい知ってんだよ! それができれば苦労しねぇんだよ! くそが!
クタナツ冒険同業者協同組合……通称ギルド。くそ! ちょっと物珍しさでわざわざクタナツなんぞにまで来てみれば! 何だよここの奴らは! どいつもこいつも! ちょっと酒場で歌った曲が気に入らないってぐらいで大暴れしやがって! 危うく愛器のリュートが壊されるところだったんだからな?
うーん、ハゲの歌なんて歌ったのが悪かったのか? ここに来る前の街ホユミチカだとバカ受けだったんだけどなぁ……
やけに目つきが鋭くゴツい大男が急にぶち切れたんだよな。他の冒険者たちが止めてくれなかったらリュートどころか俺まで壊されてたかもしんねーけどさ……
ううーん、そりゃあギルド以外にも酒場はあるけどよぉ……あそこほど大勢の客はいないんだよな。ステージだってないし。おまけにここの冒険者は凄腕が多いおかげで金離れがいいし、結局稼ぐならギルドの酒場しかねーんだよなぁ……
あぁ……どうしよう……
リュートの整備に金かけすぎたせいで……
だってよ? まさかこんな所で『龍髭』に出会えるなんて思ってもみなかったんだよ! ドラゴンだぞ? ドラゴンの髭だぞ? ドラゴンの髭をリュートの弦にできる機会なんて! 絶対一生ねーよ! ここで買わなきゃもう二度と出会えねぇ! 買うしかなかったんだよ! そりゃ全財産はたくさ!
その甲斐あって俺のリュートの音色は素晴らしいものになった。
これなら荒ぶる神だって魅了できるんじゃねーか?
そうだよ! この音なら!
荒ぶるハゲの大男だってきっとイチコロだ! よし! 行ってやる! ギルドの野郎どもに目のモノ見せて、いや耳にモノ聴かせてやるからな!
よ、よし……行くぜ……
すーはー、すーはー……
そろりとスイングドアを開ける……
足音を立てないように中に……
「戦争じゃあ!! テメーら分かってんなぁ!? カチ合った領都の騎士は皆殺しにしてこいやぁ!!」
ぎゃあああーー!
き、昨日のハゲの大男が!
なんか荒ぶってるぅぅーー!
「ホントに来んのかぁ〜?」
「相手は領都の腰抜けどもだろ〜?」
「まあ来たらやればいいんじゃん?」
「こっちから行こうぜ!」
「領都までか? やなこった」
街と街の戦争なんだよ? なんで冒険者たちまで張り切ってんだよ……騎士に任せておけよ……
こいつら普段は魔物としか戦ってないくせに……
「うるせーんじゃあ脳なしども! ワシが行けって言ったら行け! それまでは好きにしとけやぁ!」
ま、まさか……あのハゲの大男って……
「そこのあなた。あの威厳溢れる偉丈夫はどなたですかな?」
明らかにここの中心人物だけどな……
「あぁん? おお、オメーあん時の吟遊詩人か。大変だったんだぜ? 結局全員ぶっ飛ばされちまってよぉ」
「それは申し訳ないことをいたしました。後ほど癒しの歌を歌って差し上げましょう。で、あの方は?」
「組合長に決まってんだろ……オメーもあの人の前でハゲの歌なんざ歌うんじゃねぇよ……」
「そうでしたか。お教えいただきありがとうございます。では感謝の一曲をお聴きください」
あ、あれがクタナツギルドのトップ……組合長だったのかよ! なんであんな大物が冒険者に混じって普通に酒場で飲んでんだよ!
やべぇよ俺……あの『千骨折りドノバン』になんてことを……
いや……
それでもやってやる!
龍髭の弦を張った新生リュートで!
荒ぶる組合長を鎮めてやる!