第六話 サエドンの頼み
翌日、俺は少し早めに学校に着いた。
サエドンと話をするためだ。
職員室に行くとサエドンは、のん気にアンパンを食べていた。
「佐伯先生、ちょっとお話があるんですけど…」
俺は低い低~い声で言った。
サエドンは、アンパンをコーヒー牛乳で流し込んでから言った。
「おう!おはよう!なんだか、今日の城はいつも以上にクールな目つきと
お声だなぁ。そういえば、聖、風邪引いたんだって?おまえの母さんから
連絡が来たぞ。おまえも昨日休んだけど、恋人の看病か?んがはははは~」
「んがははは~じゃないですよ…先生…。どーいうことですか?聖のこと…」
俺は超低音ボイスで言った。
「…バ、バレた…?すまん!」
サエドンは頭を下げ、
「ここじゃぁ、ちょっと話しづらい。指導室に行こう」
俺とサエドンは指導室に移動した。
「いやー、職員室じゃヤバい話しだ!理事長と校長と教頭とオレしか知らんから。
城!本当にすまん!!でもまぁ、おまえもまんざらでもないようなぁ~」
サエドンは一応謝るが悪びれた様子は見当たらなかった。
「それは、聖が女であった場合のことでしょうーがーーー」
俺の声が大きすぎるのかサエドンが俺の口を押さえた。
「デケー声出すな!城、おまえに押し付けたことは悪いと思っている。
が、アイツもいろいろ事情があってなぁ」
サエドンはしんみりと言った。
そういえば、母親亡くして、父親は女のところだったなぁ。
「聖の家の住所を見たら、城と同じマンションだったんだ。それにおまえ、
クールで無口だから、もしばれても口外することは無いと信じているんだ。
うんうん!」
サエドンは腕を組み一人うなずいていた。
「で、なんで女子になってるんですか?聖は…」
俺の一番の疑問だ。
「簡単に言うとだなぁ…」
サエドンが言うには、香港での聖はものすごく喧嘩早く、小・中は義務教育のため
退学にはならなかったのだが、高校生になってから喧嘩が原因で三回自主退学
をし、転校を繰り返していたらしい。
で、父親と龍星高校の理事長が知り合いで、引き取る事になったという。
でも男のままだと同じ事を繰り返すだろうからと、理事長の提案で女子として
この学校に転校してきた。
で、サエドンが担任になって、
で、俺に託した…らしい。
「女子に変身したからって喧嘩しなくなるとは限らないんじゃないですか?」
俺は言った。
「それはそうなんだが、聖にはよく言い聞かせてある。喧嘩しそうになったら
下を見ろ!と」
「下…?」
「スカート穿いていることに気づけと!!」
「……」
俺は、ガックリとうなだれた。
「そんなことくらいで自覚できると思うんですか?」
「いやいや、現に喧嘩してないじゃないか!この学校に来てから!!」
サエドンはガッツポーズで言ったが、俺は何度か聖が傷をつくって帰ってきたことを
思い出した。
「聖…喧嘩してるかもしれない…」 俺の言葉にサエドンは立ち上がって言った。
「なっ!なにーーーーーー!!」
サエドンの声はデカかった。
俺はサエドンの口を押さえて言った。
「時々、腕とか膝に傷つくってたし、血流して帰ってきてましたよ」
「マジ…か?」
校舎にHRの始まりの鐘がなった。
「まぁ、いい。聖は今日も休みだろ?明日話を聞いてみるよ。
あっ、城!引き続きよろしく!頼む!」
サエドンが頭を下げた。
俺は無表情のまま指導室を出た。
教室に向う俺の背中に
「ひみつだぞーーー!ひ~み~つぅぅぅぅ」
とデカイ声で訴えていた。
全然秘密のような声ではない…
俺が教室に入ると健児が近づいて来た。
「城~、なんだよなんだよ昨日は、聖ちゃんと二人でラブラブ欠席かよ~」
「そんなんじゃないよ。聖、風邪引いたんだよ」
「えー!じゃぁ、おまえが看病してたのか?やっぱラブラブ欠席じゃねーかよ」
健児はうらやましそうに言った。
「はぁ…」
「な、なんだよ。溜息ついて潤んだ目でオレを見んじゃねーよ」
なぜか健児は顔を赤らめあたふたしていた。
俺のこの苦しみをおまえに分けてやりてーよ、健児。