第十話 風ちゃんを助けろ!
廃墟となっている工場の前に着くと聖は一目散に中に入っていった。
俺は自転車を投げ捨て追いかけた。
「おらぁぁー、細田ーどこだぁ、出て来い!」
聖はまさしく男だった…いや、当たり前だ。
「ほそだぁぁぁぁ」
こだまし、響き渡る聖の声に挑戦するかのように奥の方から
大き目のボルトが聖目掛けて飛んできた。
聖はすばやくそれを手で掴んだ。
さ、さすがだ、反射神経抜群だ。
さらにもう一つボルトが飛んできた。
どこから投げているんだ!それは俺のスネに当たった。
「痛ぇーーー、いててててーーー」
スネだよスネーーー。
「静かにしろよ!」 聖に怒られた。
俺はズボンの裾をめくって自分のスネを見た。
赤くなっている…明日には青だ…
などとスネを擦っている間に聖は奥に向かってとっとと歩きはじめた。
「ま、待ってよ~」
俺は怯えつつ聖を追った。
俺はこういうのは苦手だ、恐いから…
少し行くと広い場所に出た。
そこは天井が高く廃墟になる前は機械が置かれていた所のようだった。
30人ほどの男がバラバラと散らばって、ニヤニヤとこっちを見ていた。
その中に細田もいた。
ひぇ~~多すぎるよ、相手の人数…
「風ちゃん、彼女はどこだ。返してもらおうか」
聖がそう言うと、一人の男が錆びたロッカーの戸を開けた。
目隠しをされ、体育座りのままクルクルに縛られた風ちゃんが、
コロン~っと転がり出てきた。
風ちゃん…普段でもコロコロしているのに。
「風ちゃん!!」
聖の声に目隠しをされている風ちゃんはキョロキョロと上下左右に首を振って
「ひ、聖ちゃん?聖ちゃーーーん、どこ~?あ~~ん」と、涙声で叫んだ。
泣き叫ぶ風ちゃんを無視して、細田が話し始めた。
「先日はかわいがってくれて、ありがとよ。ふ~ん、今日は男みたいな格好だなぁ。
その方が似合ってるよ。女のくせしてオレ様に楯突きやがって!」
「この間のお仕置きじゃぁ足りなかったのかよ…じゃない、かしら?」
聖は風ちゃんがいるので女言葉で頑張ろうとしていた。
「今日は彼氏もご一緒のようで…?なんか、そうやってるとホモカップルだな。
男二人にしか見えねーよ、あっはははは~」
細田が言うと周りの男たちも笑い出した。
細田…おまえの言っていることは間違っていない!
男二人にしか見えないって、男二人だからだ!!うん!
笑いながら細田が言った。
「今日は手加減しねーぞ。かわいがってあげましょうか?聖ちゃ~ん」
細田の声を合図に
「うおぉぉぉぉぉ」と、数人の男たちが聖に襲いかかった。
うわっ!困った!俺はどうしたらいいんだー!喧嘩なんてしたことがない!
「城!あっち行ってろ!邪魔だ!」
聖は俺を片手で押しのけた。
聖は襲ってきた数人の男を声も出さずに、順番に殴り、蹴り、投げ飛ばし、
みぞおちに拳を入れたりしながら倒していった。
これも日々、木の人形で訓練している成果なのだろうか。
俺は聖の立ち回りに関心してしまった。
「うわ~うわ~痛そう…」
聖にやられ倒れている男達を見て俺の顔は歪んだ…
ボーゼンと立ち尽くす俺のところにも、鉄パイプを握った二人の男が
大声を出しながら襲ってきた。
ヤ、ヤバイ!俺のところに来るーーーー、と思った瞬間、
聖が一人の持っている鉄パイプを掴み、そのままそいつを投げ飛ばした。
男が手を離した鉄パイプは聖の手に残り、もう一人の男の脇腹をえぐった。
「うぅぅーー」 苦しそうな男は、そのまま倒れもがいていた。
聖が持っていた鉄パイプを捨てると、それは俺の足元にコロコロと転がってきた。
俺は一応その鉄パイプを拾って両手で握りしめた。
次々と細田の仲間は、聖に向かって襲い掛かってくる。
それに合わせるかのように聖も勢いよく男達に向かっていき、倒していった。
男の一人が聖の後ろに回りこみ、殴ろうとしていた。
―――鉄パイプはこういう事に使うんじゃなくってよ―――
と、少し反省しつつ、俺は思わず持っていた鉄パイプで、そいつのお尻を力を込めて
叩いてみた。
そいつは痛かったのか、お尻を押さえつつ倒れた。
「サンキュー、城!」
聖はウインクをしながらそう言った。
「あ…い、いや~てへへ~」
聖の微笑みに俺は少し照れた。
お尻を押さえていた男が立ち上がろうとしていたので、今度は両足のスネを
鉄パイプで殴った。
「ぎゃーーーおぉぉぉぉ」
そいつは痛さのあまり転がりながらスネを擦っていた。
――うんうん、スネ打ちは痛いよな~さっきの俺と一緒だ!
聖は見事な身のこなしで細田以外の男を全部倒した。
俺は転がっている男達を避けながら聖の後ろに立った。
細田に近づいて行く聖に、細田の目は泳いでいる。
「細田くん…あんたさぁ、ふざけたことしてくれちゃって…」
「い、いや…ちょ、ちょっとまて…」
聖が詰め寄ると細田が後ずさりをした。
「ほ~そ~だ~く~ん」 聖は楽しそうに細田を呼んだ。
細田は急に後ろを振り向き逃げようとした…が、壁があって顔面を強打した。
「っつーーーー」
痛かったらしい…ま、まぬけだ。
聖は顔色一つ変えず、笑いもせず、左手で細田の前髪を掴み壁に後頭部を
押し付けペチペチと二度ほど軽く頬を叩いた。
そして聖は、ズボンのポケットに手を突っ込み何かをゴソゴソと探した。
聖はニヤッと口角を上げ、ポケットから出した右手で細田の額に
「い~~~ち」ビシッ 「うぉぉ」 細田が叫んだ。
「に~~~い」ビシッ 「ぎゃー」 細田が叫んだ。
「さ~~~ん」ビシッ 「うぎょうぅぅぅぅぅ」 細田が泣いていた。
聖の強烈なデコピン攻撃に、細田の額は異常なほど赤くなって、腫れあがった。
聖の右手中指にはスカルが掘られたシルバーの指サックがしてあった…
―――い、いつも持ち歩いているのかーーー!!
その後、
「あちょ~~~~~~~ぉぉぉぉ」と言いながら聖は細田のみぞおちに
すばやいチョップを浴びせ、足をかけ、仰向けにひっくり返した細田の胸元に
留めの一発をプレゼントした。
細田はぐったりとしつつ、震える手でポケットから白いハンカチを出して振った。
降参したようだ。
聖はそのハンカチを奪い取り広げ、細田の顔にかぶせた。
「風ちゃん!大丈夫?ごめんね!」
聖は風ちゃんの所に駆け寄り、目隠しと体を縛られていた紐をほどいた。
俺は足元の細田を見下げ、
―――聖…これはまずいだろう…白いハンカチを顔にかぶせるなんて。
と思い、細田の顔からハンカチを取り、三角にして赤く腫れた額の上に
のせ直してあげた。
―――これで、よし!!
「聖ちゃ~ん、恐かったよぉ」 風ちゃんは泣いていた。
「ごめんね、風ちゃん。私のせいで恐い目にあわせて…」
聖は風ちゃんを抱きしめ何度も謝っていた。
俺たち三人は廃墟ビルを出た。
太陽の光が眩しい。
入り口に乗り捨てたサエドンの自転車を起こした…
げっ!やばい!
元々古い自転車だったが、勢いよく投げ捨てたのでハンドルが曲がって
しまっていた。
―――しかたがない、サエドンにちゃんとあやまろう…