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『ワイルドキャット・カンパニー』 ~俺達、過疎ゲー、ゲーマーズ~  作者: 水野 藍雷
第3章 遺志を継ぐもの……
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第31話 極 茶漬け その2

 ログアウトすると、汗まみれの体をシャワーで流してから晩飯を食べてベッドに入る。


 明日に備えて寝ようと思ったがゲームが気になって眠れず、横になりながらスマホでAAW2の情報を見ていたら、松尾デラックスさんから受けた俺のインタビュー記事が載っていて、ブハッとスマホに唾を飛ばした。

 スマホを拭いて記事を読むと、特に誇張した部分はなく、俺が古株だった事、ビショップとの出会いとアイツの作ったVRシステムの開発に関わった事、おまけで賞金300万ドルの内の50万ドルが俺の報酬金だった事が、俺のゲームキャラの写真と一緒にデカデカと載っていた。


 記事の下には読者の書き込みが出来るらしく、既に多くの読者がこの記事にコメントを書き込んでいた。

 コメントを読むと、日本の記事だったから同じ日本人の『ワイルドキャット・カンパニー』への応援メッセージが大半だったし、コメントの中には身体障碍者からの感謝や、VRシステムの開発ありがとうと言った文もあって、それ等を読んで頑張ろうという気持ちになった。


 しかし、嘘つきクソ野郎、クソ詐欺師、運営とグルのクソと、うんこが大好きな読者からのコメントも少しだけ書かれていた。

 ゲームだけでなく漫画、アニメ、小説などのサブカルチャーのアンチは、何であんなにうんこが好きなんだろう。

 気に喰わない存在を目にするとクソと見間違えるぐらい目が悪いなら、一度病院に行った方が良いと思う。もちろん、精神科な。


 記事を見ていたら、いつの間にか0時を回っていたので、スマホを消して目を閉じる。

 眠る前に、そう言えばあのメールは来なかったなと思い出したが、それよりも眠気が勝って眠りに落ちた。







 朝の6時に目が覚めると、日課のトレーニングをしに外へ出る。

 桜の咲く朝の公園は、通勤中のサラリーマンが忙しなく歩きながらもピンクに咲く花を見て、春の訪れを喜んでいた。

 中にはどんよりしているサラリーマンも居るけど、多分あの人は決算業務に追われているのだろう……って、よく見れば俺の親父だった。

 俺に気付いた親父が手を振ったから、近くの鉄棒で大車輪からの月面宙返りを見せると、驚いた後に肩を竦めて駅へと歩き去った。仕事ガンバレ。


 家に帰ってスマホを見れば、グループSMSにボスからの連絡が入っていた。

 内容はロック様のドリーマーとミカエルのパンツァーがDランクでミッション5-3をクリアした事。それと、ミッションの開始を1時間早めて8時半に集合すると書いてあった。

 既にチビちゃんとミケからは了解の返信があり、それに続いて俺も問題ないと返信しておいた。


 朝食は少し気合を入れようと豪華にする事にした。まあ、茶漬けだけど。

 さて、豪華な茶漬けとは何かと言う前に、自他ともに認める茶漬け好きの俺は、今まで多くの茶漬けを食べてきた。

 定番の鮭、梅、たらこ、わさび、海苔は当然の事ながら、納豆、キムチ、牛しぐれ、揚げ煎餅、トンカツ、豚の角煮……挙句の果てには、いちご、生クリーム、チョコレートといったゲテモノですら試した。ちなみに、甘い具は茶漬けに合わず最悪だった。

 そして、長年の研究の末に俺が考えた究極の茶漬けは、具の無いただの茶漬けだった。


 まずお湯を沸かしている間に、未開封の新茶を取り出す。

 このお茶は最高級の煎茶で、100gで3000円もする最高級品だ。凄いだろ、コーヒーのブルーマウンテンより高いんだぜ。


 沸騰したお湯を湯冷ましボウルに入れて70度まで冷ました後、急須に入れて茶の葉が広がるのを待つ。

 それだけで茶の香りが食卓に広がった。さすが、最高級の一番摘みの茶だけはある。


 そして、30秒待ってから、少な目のご飯に同じぐらいの量のお茶を掛けて、これで完成。

 シンプルすぎて何だそれはと思うかも知れないが、この茶漬けはただの茶漬けとは断じて違う。


 そう、俺が考えた究極の茶漬けとは、豪華な具ではなく最高級のお茶で作る茶漬けだった。







「いただきます」


 茶漬けを口の中に入れた途端、お茶の香りと美味さが口の中でぶわっと広がった。

 もしこの中に具を入れていたら茶の味が消されて、これほどまでの茶の深みを感じる事が出来なかっただろう。正に極である。


 茶漬けを掻っ込んでいると、茶の匂いに誘われたのか婆さんが食卓に現れた。


「何か良い匂いがすると思ったら、また茶漬けかい」

「婆さんも食べる?」

「……食べる」


 素直に頷いた婆さんに茶漬けを作り、俺も二番茶で新たに茶漬けを作った。

 二番茶の茶漬けは先ほどよりご飯を多めにして、茶の後に少しだけ塩を掛けて食べる。


 この茶漬けも絶妙だった。

 先ほどは茶漬けというよりも茶を飲む感じだったが、今度のはまさにお茶漬けだった。

 ほのかな塩加減と少し多めにしたご飯が茶の風味と重なり合い、お茶がお茶漬けとしての味と化す。

 一番茶では茶の味が強すぎて、逆に三番茶では茶の風味がなくなる。これは、二番茶だからこそ出せる味だった。


 婆さんと一緒に「ほうっ」と幸せのため息を漏らす。


「ここまで極めると、茶漬けも馬鹿にできないねぇ……」

「値段にして1000円ぐらいする究極の茶漬けだからね。三番茶漬けはいる?」

「……もらう」


 三番茶で作る茶漬けで初めて具を入れる。

 これは三番茶になると茶の味も薄くなるから、それを具を入れることで補った。


 ご飯は二番茶の時と同じぐらいの量にして、具は昨日の晩飯に残っていた数の子松前漬けをご飯の上にチョコンと乗せた。

 お茶は具の上に注がず、ご飯の周りに掛けるように注ぐ。それに、好みでわさびを入れて完成。


 松前漬けの昆布といかの味に、にんじんのシャキシャキ感と数の子のコリコリ感、それにわさびが効いて箸が進む。

 先ほどまではお茶の味だけを味わったが、今度はおかずを入れた茶漬けで腹が満たされた。


 ごちそうさまでした。


 朝食の後、婆さんにサインを貰う約束を取り付ける。飯で釣ったともいう。

 時間を見れば7時50分前だったので、早めにゲームへログインした。







 ログインすると、兵士サロン中が異様な活気に溢れていた。

 その原因は、今までただの壁だった場所に2つの巨大スクリーンが設置されて、ライブ動画が映っていたからだった。

 巨大スクリーンの中で戦っているのは、ロック様の『ブレイズ・オブ・ドリーマー』とミカエルの『鋼鉄のパンツァー』の2チームだった。

 どうやら最後のミッションという事で、運営が公式のネタバレをやらかしたらしい。

 それと、俺達と違って2チームともアンダーソンが参加していなかった。


 だけど、ネタバレなんて気にしないのか、殆どのプレイヤーがスクリーンの中で戦っているプレイヤーに歓声を上げていた。

 もしかして、俺達もミッションが始まったらこれに映るの? チョットヤダ。


 だけど、一時期は俺しか居なかった過疎ゲームが、今では世界で一番大人気のゲームになったのは凄いと思う。金で釣ったというズルはあるけど。

 もし、ビショップがこの様子を見たら、きっと嬉しくて泣いていただろう。何となく、そんな気がした。


 俺がログインしたサーバーにボスも居たから合流する。

 俺の他には既にチビちゃんがログインしてボスの横に座り、スクリーンを見てロック様を応援していた。


「おはよう。凄い活気だな」

「あ、すぴねこ君。おはよう。もうね、ロック様が凄いの!」

「敵を応援してどうする」


 興奮しているチビちゃんに苦笑いをしてスクリーンの中のロック様を見れば、彼はインプラントを発動している最中で、エリート兵の攻撃を掻い潜って敵陣の側面に姿を現すと、アサルトライフルで敵を倒していた。

 音声は流れていないが、それでも観戦しているプレイヤーが大歓声を上げていた。


「何となく、戦い方がお前と似ているな」

「前に聞いた話だと、手本のプレイヤーが同じらしい」


 話し掛けて来たボスに答えながら、俺も席に座る。


「その手本ってのは誰だ?」

「Assault gun girl」

「なるほど……伝説のプレイヤーか。俺も彼女のプレイを見た事あるが、あれは凄かったな」

「俺の婆さんだけどな」


 そう言うと、ボスが俺を凝視したまま凍った様に動きを止めた。

 そんなボスを無視してチビちゃんと一緒にスクリーンを観る。


 ロック様に注目が集まっているけど、もう片方のスクリーンにはミカエル達が戦っている様子が映っていた。

 彼等は1人を除いて全員がサイボーグ化した集団で、敵の猛攻を喰らいながらも反撃してじわじわと敵を倒していた。

 相変わらずクソつまらねえ戦い方をしてやがる。


 と、その時、鋼鉄のパンツァーの1人が、ヘビータンクのミサイルの直撃を喰らって死亡した。

 その状況にミカエルが頭を左右に振ってため息を吐くと、スマホを取り出したところで画面が暗くなった。どうやら、やり直しを選択したらしい。

 確かに、1人不在で最後のボスは倒せないだろう。その選択は間違っていないと思う。


「それで、何でこんなことになっているんだ?」

「スマホに詳しく載ってるよ」


 ミカエルが消えたスクリーンから視線をボスに戻して質問すると、固まったままのボスの替わりにチビちゃんが教えてくれた。

 スマホを取り出して公式情報を見れば、最後なので不正がない事を見せるためにライブ公開する事にしたらしい。

 一応、ネタバレが嫌なプレイヤーの為に、公開しているのは全サーバーの半分だけで、見たくないプレイヤーは別のサーバーに行けと書いてあった。

 だけど、サーバー情報を見れば、殆どのプレイヤーはライブを見るために公開サーバーへ移動して、ライブ非公開のサーバーは寂れていた。


 しばらくして、ねえさんとミケがログインして合流する。


「よう、スピードキャット。今回は残念だったな」


 皆でドラがログインするのを待ちながらライブを観ていると、後ろから声を掛けられた。

 誰だと振り向けば、『暴走パトリオット』のロッドが俺の後ろで立っていた。


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