第9話 天才プログラマー その2
『そうそう、最初のミッション、Sランクおめでとう。一番乗りだね』
ビショップに褒められて苦笑いをする。
「ありがとさん。だけど、思っていたよりもクリアしたプレイヤーが少ないらしいな」
『皆、地雷で死んでるみたいだよ。ケビンが「NPCを信じてやがる。バーカ」って笑ってた』
あの腐れ外道……。
「そう言えば、パーティーのメンバーが言ってたぜ。体力的に疲れるって」
そう言うと、電話先でビショップが「ふふふ」と笑った。
『それは嬉しい報告だね。これもすぴねこ君が協力してくれたか……』
「そんな事はどうでもいい!」
『はひ?』
話を遮って一喝すると、変な声を出して驚いていた。
「賞金300万ドルって何だよ、俺は全く聞いてねえぞ。連絡しようにも、繋がんなかったし!」
今、ビショップが目の前に居たら、頬をぐにーっと抓っていただろう。
『あーーアレね。僕は止めたんだけどねぇ……。連絡出来なかったのは、あやまるよ。賞金を発表した途端、会社に不正アクセスがいっぱい来てね。そのせいで、メールサーバーを遮断しなきゃいけなかったんだ』
「マジかよ」
不正プレイヤーのアクセスか? ゲームだから卑怯な手を使っても許されると思っているクソ野郎は、世界中に溢れている。
『うん。僕たちもここまで大騒ぎになるとは思ってなかったよ。どうやって調べたのか分からないけど、僕の携帯にまでアクセスしてきたからね』
「この電話は大丈夫なのか?」
『これは大丈夫。電話と言ってもゲーム内インフラだから。こっちもゲームへの不正アクセスまではさせないよ。と言う事で、僕達の関係を知らない人達から見れば、八百長に見られる可能性もあって、仕方がなかったんだ……テヘ』
なんで、そこで照れる?
「なるほどね。連絡出来ない理由は分かったよ」
『分かってくれて助かるよ。すぴねこ君、怒らせると怖いから。それで、賞金の事だけど、2カ月前にAAWの時のパブリッシャーが、社運を掛けてゲームを出したのは知ってる?』
「チラっとニュースで聞いたけど、それが?」
『そのゲームのプロデューサーが、僕たちを罠にハメたプロデューサーなんだ』
「マジで? そこまでは知らなかった。だけど、よくまあ、この業界に残っていたな……」
『あの会社、僕の特許でかなり儲けたみたいだからね。裁判も負けちゃったし。彼はその立役者の1人だから、かなり出世したみたいだよ』
「それで?」
『ケビン達が「仕返ししようぜ」ってノリで決めちゃった』
ノリで3億を使うか……。
「宝くじを当てたヤツの大半が、全額使って貧乏な余生を送る理由が分かったぜ」
『そうそう。今だから言うけど、ロトが当たったって聞いても「おめでとう」しか言わなかったすぴねこ君を皆が褒めてたよ』
「そりゃあれだ。日本の道徳の第一モットーは、『本音を隠して信用を得ろ』だからな。奢れとか、金をクレなんて本音を言ったら、相手の信用を失うだけさ」
30億を手に入れたと知っていたら、たかっていたかも知れず……。
『なるほどね。日本人が世界中で信用されている理由が分かったよ』
「これは日本のトップシークレットだから、内緒にしとけよ」
冗談を言ったら、ビショップが電話越しに笑っていた。
『はははっ、了解。それで話を戻すけど、当初5万本の売り上げ予定が200万本になったから、すっごく儲かったよ。まあ、そのおかげで、この1週間は新しいサーバーを建てる事になっちゃって、全員徹夜する羽目になったけどね』
「1週間で200万アカウントのサーバーなんて、建てられるのか?」
『UNIXの仮想サーバーを22台レンタルと、中古のNASを購入したよ。一番の問題は200万ユーザーの同時アクセスに耐えられるパケット量だけど、大学に居た頃の友人が通信会社に入ってたから、お願いしてもらって何とかなったかなぁ。彼女が言う、後のお礼ってのが怖いけどね』
「茄子?」
『おっと失礼、ファイルサーバーだよ。まあ、仮想サーバーもNASで構築してるから、どっちにしても同じだけど』
ビショップの話を翻訳すると、ファイルサーバでユーザーデータを管理して、UNIXサーバはゲームのアプリケーションが入っているのだろう。まあ、今の考えは適当に思っただけだから、外れても知らん。
『ところで、すぴねこ君達は、ミッションを先に進める? それともSランクを狙う?』
「状況次第だな。ボスの方針で2番手をキープするつもりだから、もしかしたらAランクで妥協するかも」
『なるほどね。特別にヒントを上げる。ミッションは全部Sランクでクリアした方が良いよ』
「もしかして、ラスボスの強さが変わるとかいう、ありがちなパターンか?」
『それはナイショ。理由はゲームを進めていけば分かるから、後は自分で調べて』
「分かった、ボスに伝えとく」
『うん。僕達も出来ればすぴねこ君に賞金を上げたいからね。それに……』
「それに?」
『いや、これはクリアしてからのお楽しみにしておくよ』
「なんだよ、それ」
『ふふふ。全部教えたらつまらなくなるから、秘密だよ』
「それもそうだな。ところで……」
その後、ビショップと色々と話をする。そして、少しだけ役に立つ情報を得てから電話を切った。
「シャラップ。オールカットだクソ野郎!」
スマホを弄っているドラの背後に立って、声を掛ける。
「……一体、なんだよ」
訝し気に振り向いたドラを無視して、テーブルに座った。
「さっきのミッションで、揚陸艦の軍曹が話している最中に全員が今のワードを言えば、地雷原の前までカット出来るらしいぞ」
「マジ?」
「全員がSランククリアしていればだけどな」
「そんなすげえ情報、誰から聞いたんだよ」
「ビショップ」
「……ああ、なるほど。お前等、ホモかと思うぐらい仲が良いもんな。もしかして今の電話って?」
「まあな。それと、今度それを言ったら、ケツに弾をぶち込むって言ったのは覚えているか?」
ドラを睨むと、おどけた様に肩を竦めた。
「他人のホモ事情なんて興味ねえから忘れてたわ。それに、何時も俺の彼女を「ヴァーチャル女」とか「人妻」とか言ってくるお返しだ」
「だったら彼女とのハメ撮り写真を見せろよ」
「また今度な」
「そればっかりだな」
「そんな事よりも、今、掲示板を見ていたけどなかなか面白い事になってるぜ」
「聞かせろよ」
話を促すと、ドラがニヤッと笑った。
「攻撃力UPのスキルの正体がバレた」
「ぷっ、あはははははっ!!」
聞いた瞬間、腹を抱えて笑った。
このゲームのステータスUP系のスキルは、ひねくれ者のチャーリーが仕掛けた罠だ。
攻撃力UPのスキルを取っても射撃ダメージが上がるわけではない。
「掲示板は阿鼻叫喚だぜ。運営への文句と、スキルの話で溢れかえってる」
「俺としては、リセットするには戻れないぐらい先へ進んだ辺りで、バラしたかったんだけどな」
「性格の悪いヤツだな。俺と考えが同じじゃねえか。ちなみにバラしたのは前にAAWをやってたユーザーらしいぜ」
「バラしたソイツは、今頃ニヤニヤしてるだろうな」
「まったく、羨ましいぜ。だけどな、ソイツが勧めたスキルが何だと思う?」
「インプラントかサイボーグじゃないのか?」
「うんにゃ。熟練度スキル」
ドラの言ったスキルを聞き、顔を顰める。
熟練度スキルは装備の取り扱いが上達するスキルで、例題を上げると、アサルトライフルの熟練度スキルを所持していれば、その武器で撃った時の反動を押さえたり、ブレを減少させたりする事が出来た。
必要なスキルポイントは3ポイントで、レベル5がMAXだったはず。
「微妙だな。確かにゴミじゃないけど、最初からそれを取ったら、キャラの方向性が固定するぞ」
「だよな。俺のトラップ系や、チビちゃんのメディック系なら取るのもありだけど、必須じゃねえ」
「ソイツはAAWをそんなにプレイしていないか、もしくは……」
「ん?」
俺が言い淀むと、ドラが先を促す。
「ワザと中途半端なスキルを教えて、挫かせようとしているかだな。俺はそっちに1000D賭けるぜ」
「ブハッ! そう来たか、賞金が絡んでるから、ソイツは確かにあり得るわ」
俺の予想を聞いて、ドラが呆れ笑いをしていた。
ドラが再びスマホを見だしたので、俺もスマホを取り出してスキルアプリを起動する。
そして、先ほどのミッションで手に入れた5ポイントのスキルを全部使って、インプラント(足)を手に入れた。
次に、ショップアプリを起動して、「脚力向上インプラントチップ」を6000Dで購入。
この脚力向上インプラントチップを足のインプラントスロットに埋め込めば、動体視力インプラントを発動中に、移動速度を上げることが出来る。
安いチップで、駆動時間5秒でリキャスト5分。動体視力と同じゴミ性能。性能を見て口をへの字に曲げた。
手術代金を引いた、残り8000Dで何を買うか考える。
「ドラ、何かオススメの商品ってあるか?」
「ん? 拡張パックでも買っとけば」
ドラに話し掛けると、スマホから視線を外さずに即答された。
「ああ、忘れてた。そっち方面も伸ばさないとな」
ドラに勧められた拡張パック(小)を3000Dで購入。
これを装備すれば、2個までしか持てないグレネードが4個まで持てるようになる。
ちなみに、拡張パックは小、中、大、特大までラインナップがあるけど、大からはスキルで最大積載量を上げないと、鞄が嵩張って動きが鈍くなる罠だった。
最後にグレネードを1個、フラッシュバンを2個、それと使わないと思うが、ブリーチング弾を10発、合計1500Dで購入する。
ブリーチング弾はショットガン用の金属を粉末化して固めた弾薬で、衝撃で弾体が粉末状に砕け散ることから安全に錠の掛かったドアを開ける事が出来るマルチキーとも呼ばれる弾薬の事。
「インプラントをぶっこんでから、飯食って来る」
「あいよ。俺も飯食ってくる、またな」
「うい」
ドラと別れて、受け取りカウンターで購入アイテムを入手。
そして、再び医務室で足にインプラントチップを入れる。
今度は、手術前に目を瞑っていたから、前回よりも恐怖を感じなかった。俺だって時には知恵を使う。
「んじゃ飯落ち」
グループSMSに書き込んでからログアウトして、俺も休憩に入った。