第22話 史上最強の女 その3
「……待ってくれ、思考が追い付かない」
「何だか分からないけど、これから試し撃ちに行くから早くしてね」
ロックは深呼吸して落ち着くと、改めて俺に問いかけて来た。
「オーケー、確認だ。お前の婆さんは昔、ネットゲーマーだった」
「イエス」
「次に、アカウント名はAssault gun girlで間違いないな」
「だからそう言ってる」
そう答えると、ロックが緊張した。
「活躍したのは今から50年ぐらい前の、2030年から2040年辺りだと思うが、どうだ?」
「婆さんの齢から見ても、大体その時代だな」
「オーケー、これが最後の質問だ。お前の婆さんがプレイしていたゲームは、『コール・オブ・ウォー』、『フォート・ライト』、『デッド・4・アライブ』、『バトル・フィート』、『ネイビー』、『カウンター・ストライド』で、その全てのゲームでワールドトップだった日本人。これで本当に間違いないな!」
真剣な表情で有名どころのゲーム名を言うロックに頷き返す。
「メインは『ワールド・ウォー・マジック』というMMORPGだったけど、今言ったゲームも婆さんの口から何度か聞いたことあるし、どのゲームでも世界で一番強かったとも言ってた」
「アメージング!!」
俺の返答を聞くなり、ロックが天を仰ぎガッツポーズをして吠えた。
「アンビリーバボー!! まさか、伝説のプレイヤーの名をここで聞くとは思わなかった!!」
「そこまで驚く?」
ロックの興奮ぶりに、今度は俺が驚いた。
「当たり前だろ! 俺がプロになる切っ掛けは、彼女の強さに憧れたからだ」
「……へえ」
「俺がガキの頃、参考になればと親父に見せられたAssault gun girlのプレイ動画。今でも忘れられねえ! どんな逆境でも挫けず、降り注ぐ弾丸の中を高速で駆け抜け、稲妻の様に敵を撃ち倒し、蝶の様に敵の攻撃を躱す。彼女に憧れないプロは居ねえ!!」
「俺の婆さんは、モハメド・アリか何かか?」
婆さん……昔、どれだけ暴れてたんだよ……。
「ついでに美人だし、歌も上手いしな」
「ゲームキャラの顔は知らんけど、ギターは上手いぞ」
それに女の顔は分からん。
「やっぱり本物で間違いない。動画に映った戦場で弾き語りするAssault gun girlが、俺の初恋の相手だ!」
婆さん、本当に何やってんの……。
興奮冷め止まぬロックに婆さんの事を色々聞かれて答えると、最後に婆さんのサインを強請られた。
「色紙一枚を国際便で送るの? 嫌だよ、めんどくせえ」
「そこを何とか! 金なら払う。3000ドルでどうだ?」
「……は?」
3000ドル? 日本円にして約30万円だけど、ただのババアのサイン色紙一枚にどれだけ払うつもりだ。
「それは高すぎだろ!」
「高くない、逆に安い! 世界中探しても誰も持っていないAssault gun girlのサイン、しかも、孫の保証付きだ。オークションに出したら1万ドル以上の値が付くに決まってる」
「そんなに!?」
「当り前だ。Assault gun girlは、ありとあらゆるFPSゲームで10年間無敗のまま突然消えた伝説のプレイヤーだぞ。プロ、アマ問わず、彼女をリスペクトしているプレイヤーは未だに数知れねえ」
信じられん。俺の婆さんは仏壇の前でギターを弾く変人だ。
「……なんか驚きすぎて疲れた。もう100ドルでいいよ、確定申告面倒だし。婆さんも世界一のプロゲーマーが欲しがっているって言えば、サインぐらいしてくれるだろ」
つい最近、400万近くを稼いだから懐に余裕はあるし、海外からの収入の確定申告と消費税をどう申請するのかが分からん。
「マジか! 今日はなんて素晴らしい日なんだ!」
そう言ってロックは喜ぶと、俺の手を握ってブンブン振り回してきた。
「気は済んだ? もう行っても良い?」
元々KSGの試し撃ちに射撃室へ行く予定なのに、なんでこんな所で捕まっているんだろう。
「そうか……だったら最後に確認したい」
「本当に最後にしてくれ」
そう言ってため息を吐く。
「これが本当に最後だ。お前はAssault gun girlの弟子なんだな?」
「弟子じゃないけど、ガキの頃はゲームで婆さんと遊んでたよ」
FPSじゃなくてテトリスだったけど。
「なるほど。これでお前の強さが分かった気がする。子供の頃からAssault gun girlを相手に戦っていれば、強いのは当然だ」
テトリスで強くなるのか!?
「よく分からねえけど、納得してくれてなによりだ。あばよ」
まだ何か言いたそうなロックに軽く手を振って、この場を離れる……一体、何だったんだ?
ちなみに後日談だが、ロックに送った婆さんのサイン色紙は、彼がSNSで自慢した結果、Assault gun girlを知らない世代からも人気になり、予想を遥かに上回って5万ドル、日本円にして500万円の価値が付いた。
その話を俺から聞いた婆さんは「世の中、物好きが多いねぇ」と呆れていた。
ロックと別れた後、射撃場に入ってKSGの試し撃ちを始める。
ブルパップだけど、重心はそんなに悪くない。だけど、弾を撃つたびに飛び出る薬莢が腕に当たるのがイラっとした。
30分ほど試射した結果、片方のチューブマガジンだけ弾を装填して使う事にする。
理由は至極単純で、片方を空にすれば、その分だけ銃が軽くなるし、特殊弾と言っても俺が持っているのは何種類もあるから、事前に片方のマガジン空にしていた方が、臨機応変に対応できると思ったからだった。
それに、元々使っていたレミントンM870 MCSの弾倉は6+1だったので、片方だけの運用だとしても弾数は以前よりも増えていた。
それと、今余っている10のスキルポイントを使って、新たなスキルを取得する。
取ったスキルは特殊弾増加。このスキルは名の通り、制限されている特殊弾の所持数を増やす事が出来た。
全ポイントを消費して、MAXのレベル5まで取得した結果、スラッグ弾が30発。煙幕弾、ドラゴンブレス弾、テイザーXREPがそれぞれ15発。ブリーチング弾は10発持てるようになった。
AK-19を倉庫に預けて身軽になった事から、スラッグ弾をメインに使う事にして30発。煙幕弾は5発、ドラゴンブレス弾とテイザーXREPを15発、ブリーチング弾を3発。そして、今まで使っていたパックショット弾を予備弾として20発持って行くことにする。
これでグレネードを持ったら、積載量はパンパンだじぇぃ。
やっと俺の用事が済んだのでボスに連絡しようとしたら、彼は既にログアウトしていた。
一言ぐらい言えと思ったが、グループSMSに一言「ログアウトする」と連絡がしてあった。
どうやら、ロックに絡まれている間に連絡していたらしい。
ログアウトして時間を見れば、午後4時を回っていた。
昼食は、冷や飯の上に焼いたささみを乗せて、鶏がらスープをぶっ掛けた。鶏がら湯漬け? そんな感じ。
食べている最中に、野菜がなくてビタミン足りねえなと思う。
湯漬けを食べた後、ビタミンサプリメントを口に入れて、残ったスープと一緒に流し込んだ。
昼食を食べ終えた後、ベッドの上で横になっていたらうとうとして、いつの間にか眠りに落ちていた。
スマートウォッチの振動で目覚めて時間を見れば、集合予定の午後7時まで残り15分を切っていた。
ログインして集合場所に行くと、既に全員集合して俺を待っていた。
「俺が最後か。全員、気が早いんじゃね?」
皆に呼びかけると、ドラが振り向きざまにKSGを指さした。
「ショットガンじゃねえ!」
「そのネタは前にもやったし、これはれっきとしたショットガンだ」
「そうなのか? 変なショットガンだな」
人の銃を変な銃と言うヤツは、撃ち殺されても仕方がないと思う。
「だけど、どことなく近代的な見た目ね」
「ブルパップだからな。現実だと廃れているけど、見た目が良いから映画とかにはよく登場しているぜ」
興味を示したミケに銃を貸してKSGの仕様を皆に説明すると、「イロモノ」、「珍銃」、「使えそうで使えない」、「見た目だけ」、「無駄な性能」と素晴らしい感想を頂いた。
もう一度言うね。人の銃を変な銃と言うヤツは、撃ち殺されても仕方がないと思う。
「さて、イロモノ見学はそろそろ終わりにして、レースの話をするぞ」
「イロモノ言うな」
ボスが会話を終わらせて、次のミッションの話を始める。
「情報によると、俺達と同順のドリーマーが、3時間前にミッションに挑戦したらしい」
「その3時間前にロック様とご対面したぜ。あっちは真夜中なのに、俺達のせいで叩き起こされたらしい」
「それはご愁傷様と言ったところね」
俺が口を挟むと、ねえさんが笑みを浮かべて軽く肩を竦めた。
「お前だけロック様と会っていてズルイな。今度サインを貰ってくれよ」
ドラがジト目で羨ましそうに俺を見るから、満面の笑みを浮かべてやった。
「俺の婆さんのサインだったら、タダでやるぞ」
「お前の婆さんのサインなんざ、いらねえよ」
そいつは残念だ。ロック様曰く、売れば100万円はすると言っていたのに……。
ドラを見て、無知は自覚なしに損をすると思った。
「お前等、黙ってろ。先が進まん」
「「ごめーんね」」
ボスに叱られて、ドラと一緒に謝る。
「そう言えば、パトリオットとパンツァーはどうなってるの?」
「パンツァーは1時間前ぐらいにログインして、ミッションに行ったわよ」
「パトリオットは2時間前にミッションに挑戦したらしいぜ」
チビちゃんの質問に、ねえさんとドラが答える。
「平日の早朝から慌しい事で」
俺達はこれからがコアタイムだけど、他のチームは朝だろう。
俺が肩を竦めてそう言うと、全員が笑っていた。
「ドリーマーが挑戦して3時間経っている。スマホで確認しても未だにクリアの更新はない」
「つまり、何度も失敗しているって事かしら」
「恐らくそうだろう」
ミケの問いかけにボスが答える。
「ここ最近のドリーマーは、半日もあれば必ずミッションをクリアしていた。それが昨日からミッション5-3を挑戦して、その更新が止まっている」
「つまり、5-3は難関って事ね」
「そう言う事だ」
ねえさんの合いの手にボスが頷いた。
「全員じゅ……」
再びボスが話をしようとしたタイミングで、兵士サロンが騒き始める。
俺達が騒ぎの方向へ視線を向けると、ミッションゲートから暴走パトリオットが戻ってきたところだった。
「……暴走パトリオットが追いついたらしいな」
ドラがスマホ画面を全員に見せると、ミッション5-2をクリアした暴走パトリオットのデータが写っていた。
「最後の最後まで混戦ね。本当に勝負が分からなくなってきたわ」
「見ている周りは楽しそうだけどな」
呟くミケに肩を竦める。
「どうやら、次のミッションが勝敗を決するらしい。全員、気合を入れろ!!」
「とっくの昔に入ってるぜ。それこそ、このゲームが始まってからずっとな!」
言い返すドラに、全員が苦笑いを浮かべて頷いた。
「よし、行くぞ!」
全員が立ち上がって、ミッションカウンターへ向かう。
俺達に気付いたプレイヤーから声援を受け、俺達はミッションゲートを潜った。
今回挑むのは、シナリオ5のミッション3。制限時間160分。目標時間は140分。
ミッション名は『対決』。どうやら、ボス級クラスとの対決が俺達を待っているらしい。




