第8話 天才プログラマー その1
兵士サロンに戻った俺達は、空いているテーブル席に座ってミッションの報酬を確認していた。
報酬は初回ボーナス込みで、金が15000D、スキルポイントが5つ。
スキルポイントはSランククリアで最高5ポイント貰えて、ランクが下がる毎に1ずつ報酬が減る。そして、同じミッションを何回繰り返しても全部で5つまでしか貰えない。
初回ボーナスクリア報酬は金だけで、Sだと5000D。こちらもクリアランクによって、貰える金額が1000Dずつ減る。
初回ボーナスの報酬はあまりおいしくないが、初回限定クリアでスキルポイントが貰えてランク別で違えばプレイヤーに差が生まれるし、このぐらいが丁度良いのだろう。
全員が報酬を確認した後、ボスからの提案で1時間半の休憩を取る事にした。
ボスは当初の予定通り、俺達は2番手をキープするらしい。
休憩時間が終わった時の周りの状況を見て、先に進むか今のミッションを繰り返すかの判断をすると言っていた。
俺はとっとと先に進んでも良かったのだが、今のミッションを繰り返せば、スキルポイントは手に入らないけど金は手に入る。
今は新しい装備が欲しいし、インプラントも強化したかったので全員が賛成した。
まあ、皆、どっちでも良かったんじゃないかと思っている。
だけど、俺達は全員誰も口にしなかったが、スキルよりも金を一番欲しがっているのは間違いなくボスだろう。
サイボーグ手術代10万Dに加えて、パーツも一番安いヤツで10万Dを軽く超える。
サイボーグ化すれば移動速度は落ちるけど、防御力が格段に上がるし、なによりも回復が自動になる。
ボスの使う軽機関銃は隠れながら撃てないから、ボスは喉から手が出るほど金が欲しいはずだ。
「どうやら、まだ俺達だけしかSクリアしてないみたいだぜ」
兵士サロンのテーブル席に座っていると、正面に座るドラがスマホを弄りながら話し掛けてきた。
ちなみに、他の皆は飯を食いにログアウトしている。
「は? ゲームが始まってからもう4時間だぞ。流石に俺達だけって事はないだろ」
今の時間は昼に入る前ぐらい。
ゲームは時差の関係で、日本だと土曜日の朝7時に始まった。
「スマホを見てみろよ。チーム名まで載ってるからワイルドキャットが目立ってるぜ」
「マジかよ」
俺もスマホでゲームの情報アプリで確認すると、確かにSランククリアは俺達だけだった。ドヤ顔するぞ、コノヤロウ。
他のクリア情報を見れば、誰も死なずにクリアのSランククリアは俺達だけ。シークレット+目標時間以内にクリアする事が条件のAランクは87パーティー、シークレットクリアだけのBランクは200パーティーを超えていた。
それと、既にミッション1-2を終わらせているのが4パーティー程居たけど、彼等は先に進むのを優先していて、サブミッションをやらずにDランククリアのみだった。
「初見プレイで誰も死なずにクリアが難しかったんじゃね?」
「確かに、あの地雷原は最初にしては鬼畜だったな。NPCも走れって言ってたし、真に受けて地雷を踏んだか?」
俺の言い返しに、ドラがミッションの最初に走れと言ったNPCの軍曹の事を思い出したのか、鼻で笑った。
「だけど、すぐにSクリアするパーティーは増えると思うぞ」
「そうか?」
ドラが俺の予想に視線をこちらへ向ける。
「FPSゲームのキャンペーンモードを最高難易度でプレイしている動画を観た事あるか? 俺達より上手いヤツなんて巨万と居るぜ」
「そいつ等もどうだか……。あの手のFPSとAAWの最大の違いは、お前だって分かってるだろ」
「……まあな。重量制限の事だろ」
そう、このゲームは重量の制限がある。
他のFPSゲームだと、アサルトライフル、ショットガン、ロケットランチャー、機関銃にレールガン、挙句の果てにはグラビトン……それらの武器をたった1人で持ち歩いてプレイする。
俺はその武器を何所から出したかを問い詰めたい。弾薬だってそれだけの数の武器を持てば嵩張るだろうに……。
AAWの頃は重量制限があって、インプラントチップで積載量を拡張しないと、短銃など軽い武器は別として、武器を複数所持すると動きが鈍くなる仕様だった。
だから、俺のショットガンが馬鹿にされるわけで、やれやれ……。
「他のゲームは相手によって武器を持ち変えられるから、さっくり敵を倒すんだぜ。今のところ武器が1つしか持てないこのゲームとは違うって」
「だけどよ。縛りプレイで短銃だけでクリアしているヤツも居るぞ。例えば、DOONのヘルナイトメアモードで、短銃だけでクリアしたヤツとか……。まあ、あれは弾数無限だったけど」
「そいつはすげえ、本当に人間か? ソイツだったらAAWのソロでもクリア可能かもな。だけど、今日やって分かったけど、AAW2だと無理だと思うぞ」
「何故」
「プレイ中にねえさんが言ってたじゃん。このゲームは疲れるって」
ミッション中に地雷原を抜けた時、確かにねえさんがそう言っていた。
「ああ、あまり気にしていなかったけど、疲れた気がする」
「相変わらず化け物みたいな体力してんな。あのな、ゲームで長時間遊んで精神的に疲れるのは昔からあるけど、このゲームは肉体的な疲労を感じている。FPSのキャンペーンモードってのは、何度も繰り返して、MAPや、敵の出現位置や現れるタイミングを全て記憶する、半分はパズルゲームに近い物だと思っているけど、どうだ?」
「まあ、そうだな」
「それで話を戻すが、体力的に疲れるゲームで何度も繰り返して記憶する。それがどれだけシンドイかを考えれば、後は分かるだろ」
「見ている方は楽だけど、やってる方は大変ってやつだな」
軽く冗談を返すと、ドラが笑いながら頷いた。
「その通り。だから今までFPSをやっていた連中も、今頃は面食らってると思うぜ」
「なるほどね……」
俺が頷くと、笑っていたドラの顔が真顔になって、小声で話し掛けてきた。
「だけど、おかしくね? なんでゲームをやっているだけで体力的に疲れるんだ。……お前、このゲームの開発者達と仲が良いんだろ、何か知ってるんじゃないか?」
「……さあな」
肩を竦めて答えたところで、俺のスマホから着信音が鳴った。
スマホの画面を見れば、表示された相手先の名前が予想外の人物だったので思わず目を見開く。
ドラに軽く手を上げ詫びてから通話ボタンを押して席を立つと、部屋の壁に寄り掛かって電話先の人物に話し掛けた。
「やあ、ビショップ、久しぶりだな。そっちから掛けてくるとは思わなかったよ」
『ふふふ。驚いたかい?』
「まあね。色々と聞きたい事はあるけど、忘れないうちにこれだけは言っとくよ。AAW2のリリース、おめでとう」
『うん、ありがとう』
俺が祝いの言葉を贈ると、電話先の相手は嬉しそうに礼を言った。
電話先の相手は、デベロッパー7人の最後の1人。名前はビショップ。
このゲームのシステム・プログラム担当で、AAWとAAW2をたった1人で作った俺の親友だった。
俺とビショップの付き合いは長い。
ビショップは12歳でオックスフォード大学に飛び級で入学して言語学を学び、在学中に言語開発研究室に入ると、VR専用のプログラム言語作成に大きく貢献する。
その言語によって、世界中のVR技術が大きく成長したらしい。彼の事を天才言語学者と言っても、過言ではないだろう。
ビショップは大学を卒業すると、全ての大企業の誘いを断り、伯父のケビンが社長の社員6人だけの小さなテーブルトークRPG専用ボードゲーム会社に入社した。
そして、ボードゲーム会社が作ったゲームをビショップがたった1人でVR化して、前作のAAWが出来上がった。
ビショップはゲームが好きだった。作る事も、遊ぶ事も。そして、彼は時間があればAAWで遊んでいた。
4年半前のある日、俺は日本語が達者だった彼を日本人の新人だと勘違いして誘い2人で遊んだ。
自分で作ったゲームだ。敵の動きを把握し、武器の使い方、スキルの特性、その全てを把握しているだろう。
だけど、彼はゲームが下手だった。それはもう、ビックリするほど下手クソだった。
敵が攻撃すると当たってから隠れる。銃を撃ったら後ろに倒れる。その撃った弾丸は俺のケツに当たった。
挙句の果てに、移動しようとしたらズッコケた。俺はVRでコケた奴を生まれて初めて見た。
結局、ビショップのせいでミッションは失敗したけど、俺は別に気にしていなかった。
元々暇つぶしで誘っただけだし、受けたミッションも彼に合わせて下位レベルだった。それにコケたの面白かったし。
だから、俺に向かって謝るビショップに「また遊ぼうぜ」と笑い返すと、彼は一瞬驚いたが、嬉しそうに「ありがとう」と笑っていた。
それからもビショップとは、年齢が近い事もあって何度か遊んだ。
当時のAAWは、馬鹿なプロデューサーのせいでユーザー離れが深刻な状況だった。
その時の俺はボス達と会う前で別の友達と遊んでいたが、次第に彼等もログインしなくなっていた。
ビショップと2人だけで、初めてミッションのボスを倒してクリアした日。
はしゃぐビショップに労いの言葉を掛けると、少し話をしないかと誘ってきた。
遊んでいた友人はゲームから去ったし、その時は寝るまでもう少し時間があったから、少しだけ彼に付き合う事にした。
そして、俺はビショップがこのゲームを作ったプログラムの天才だと知った。
その話を聞いてまっさきに出た言葉が、「自分で作ったのに何でそんなに下手なんだ?」だったけど、理由を知った今でも俺は悪くないと思っている。
ビショップがゲーム下手な理由だが、彼は7歳の時に交通事故で両親が死に、本人も両足を切断していた。
当時も今もフルダイブ式VRは、体から脳に流れる微量の電気信号をデータ化して、仮想空間で人体を作り上げる。
だから体が破損していると、破損個所の電気信号が入手できないため、仮想空間で疑似的に肉体を作っても動かす事が出来なかった。
大企業はフルダイブの更なるリアル化をビショップに求めていたが、彼は自分と同じような障害者のためのVRを作りたかった。
そこで彼は、従兄が社長をしているボードゲーム会社に入社してVRのゲームを作り、多くのユーザーからサンプルデータを取ろうとしていた。
だけど彼の計画は後一歩のところで挫く。
ビショップたちは、ゲームを作るための資金繰りの最中に、パブリッシャーからの強引な押し付けでゲームプロデューサーを受け入れた。
そのプロデューサーに任せた結果、開発資金は集まったが、彼は金利の高い所からも借りていたらしく、ゲームのリリースを早めて資金回収をしなければいけなくなった。
仕方がなく、ビショップ達は不眠不休でゲームを作ってリリースしたが、それが仇となった。
彼等がゲームをリリースしてその1ケ月後、有名メーカーのブランドゲームが初のVR対応として発売される。
その結果、予定していた数のユーザーが集まるどころか、既存のプレイヤーすら減っていき倒産の危機的状況だった。
それは、パブリッシャーがビショップのVR技術を手に入れるために仕組んだ罠だった。
「え、ゲーム終わるの?」
遊んでいたゲームのサービスの終了をいきなり聞かされて、驚かないヤツが居たら教えて欲しい。
「実は、昨日そのプロデューサーが会社のお金と一緒に行方が分からなくなっちゃったんだよね」
「マジ?」
「うん。それで調べたら、会社が担保で売られてた。テヘ」
その「テヘ」は、使い処が違う。
「結構面白かったんだけどなぁ……」
「販売先が買い取るみたいだけど、AAWはユーザーが少ないから終了するんじゃないかな」
「それだと、さっき言ってた障害者のためのVRだっけ? 作れなくなるじゃん」
「……テヘ」
泣きそうなツラして恥ずかしがるな!
「だけど、何十年掛かってもまた頑張るよ。それが僕の夢だからね」
その時のビショップの目は、遠く遥か先にある自分の夢を見ていた。
金のためじゃなく、自分の為だけじゃなく、すべての障害者のために夢を叶えたい。
その姿にどことなく感動した俺は、彼の手伝いをしたくなった。
「なあ、そのサンプルデータってのは、1人のデータだけじゃダメなのか?」
その質問にビショップが顎に人差し指を添えて考える。
「うーん、どうだろう。障害者用のサンプルデータは僕のがあるし、そこそこのプレイヤーから基本的なデータは取ったから、後は細かい動きの電子パルスを組み合わせたデータをリアルタイムでモニタニングする必要があるけど、1人だけだと3年ぐらい掛かるんじゃないかな。それに色んな動きをしてもらう必要があるから、誰でも良いというわけじゃないし……」
「誰だったら大丈夫なの?」
「障害者のデータが僕だから、同じ年齢ぐらいの男性だね」
「そっか……それだったら大丈夫だな。俺がやるよ」
立ち上がってそう言うと、ビショップが俺の顔を見てキョトンとしていた。
「やるって?」
「ゲームが終わっても適当なVR空間を作ってよ、遊びに行くから。俺からデータを取れば、研究は続けられるだろ」
「え……続けられるけど、本当に良いの? 結構過酷だよ」
「構わないよ。俺もお前の夢ってやつを手伝いたくなったんだ」
チョット恥ずかしかったけど本音を伝えたら、ビショップが俺の手を両手で握って来た。
「ありがとう。そうだ! だったら、ゲームも何とか残してみるよ」
「え、マジ?」
「だって、作ったの僕だし。技術特許は全部持ってかれちゃうと思うけど、ゲーム自体の権利は僕とケビン達だからね。個人的にサーバーをどこからか借りて、そこでゲームを継続させてみせるよ」
「ってことは、まだこのゲームで遊べるのか?」
「うん。せっかく作ったんだし、すぴねこ君が面白いって言ってくれたから、絶対に残すよ。そして、もっと凄い誰でも遊べるVRゲームを作ってみせる!」
「おおーー!」
「だから、また一緒に遊ぼう」
「もちろんさ」
「……テヘ」
この「テヘ」は合ってるぞ。
そうして、俺とビショップは親友となった。
それからの事は長くなるからまたの機会に話すけど、ビショップに協力した結果、俺は体を鍛え、アメリカに行き、何故か大自然の中でケビン達とテーブルトークRPGをやったりして、色々と大変だった。