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『ワイルドキャット・カンパニー』 ~俺達、過疎ゲー、ゲーマーズ~  作者: 水野 藍雷
第3章 遺志を継ぐもの……
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第1話 遺志を継ぐもの…… その1

 シベリアの風は北へと向かい、桜前線が関東の空を優しく包む。

 春の陽気に誘われた桜は、花びらを少しずつ咲かせ、東京を春の色に染めていた。

 ビショップが殺されて1週間が過ぎ、俺は京浜東北線の車窓から、王子の飛鳥山公園に咲く桜をぼんやりと眺めていた。







 あの事件の後、事件の全貌が分かった。

 ケビンに重傷を負わせてビショップを殺した犯人は、2人を撃って直ぐに逃走したが2時間後に捕まった。

 その犯人の正体は、あのプロデューサーだった。


 プロデューサーはゲーム会社をクビになった後、その切っ掛けとなったケビンを恨み、彼とビショップの殺害に及んだ。

 ビショップも狙った理由は、彼を殺せばケビンの会社に損害を与える事が出来ると考えたからだった。


 犯行当日、プロデューサーはケビンとビショップが住む家に侵入すると、車いすのため1階で暮らすビショップを背後から射殺。

 銃声を聞いて2階に居たケビンがショットガンを持ち出し、1階に降りようとしたところで、犯人と鉢合わせする。

 そして、撃ち合いの結果、ケビンは腹部を撃たれ、犯人は肩を撃たれて家から逃走した。

 その後、ケビンは何とか警察を呼ぶと、そのまま意識を失った。


 病院に運ばれたケビンは一命を取り留めたが、今も病院で入院中。

 彼はビショップが殺されたと知って、落ち込んでいた。

 そして、ビショップは銃弾を4発浴びて出血が激しく、警察が駆け付けた時にはPCの前で死んでいた。


 デペロッパーの皆は、ケビンからゲームだけはなんとしても維持させろとの命令を受けて、辛うじてAAW2を継続していた。

 経営者がどうなろうとも、プレイヤーからしてみればそんな事はどうでもよく、今も賞金を手に入れようとゲームは盛り上がっていた。

 だけど、事件を知った一部のプレイヤーは、ゲームの中でビショップの追悼集会を開き、ケビンの回復を祈ったらしい。


 プロデューサーが所属していた会社は、彼をクビにした後の犯行だから無関係だと声明を出したが、それでも世間からのバッシングを免れず、半値まで落ちた株価がさらに下落していた。

 そして、プロデューサーが関わった全てのゲームが、近日中にサービスを終了するらしい。

 多くのユーザーを抱え、最大手だったゲーム会社の今は評価は「holy shit(ひでえクソ)」だった。


 俺はビショップが死んだと聞いても、悲しむ事が出来ずにいた。

 現実を受け止められず夢だと思い込み、この悪夢を覚めるのを待つ。だけど、悪夢は何時まで経っても目覚めない。

 感情を失ったのか何も楽しめず、ゲームにログインする気力が湧かなかった。


 死んだと聞いたその日に、皆には暫くログインできないと連絡して通信を絶った。







 両親は無気力で過ごしている俺を心配したのか、母の妹が開業している精神科を紹介してきた。

 精神科に行くのに抵抗があって断るが、話を聞けば叔母の病院は仕事のストレスによるノイローゼなど、軽度の患者向けのメンタルケアの病院らしい。

 それならまだ良いかと、試しに行ってみる事にした。


 東京に咲く桜を見ながら電車に乗り、叔母の病院に行く。

 そこで、久しぶりに叔母に会った。

 母曰く、俺の叔母はアラサーの背が高く未婚の美人らしい。

 確かに目と鼻と口が付いてるから、恐らく美人なのだろう。


 だけど、残念ながら俺には女性の顔が分からない。

 会えば顔が付いているのは分かるのだが、どの顔も同じに見えて特徴が掴めなかった。

 だから、直ぐに顔を忘れて、忘れないために顔以外の特徴であだ名を付けていた。

 取り敢えず、この叔母を心の中でメンタル叔母さんと呼ぶ……やっぱり長ったらしいから、普通に叔母と呼ぶ。


「それは酷い……」


 これはビショップの死んだ件ではなく、俺の認識障害についての叔母の感想。

 精神科医なら俺の女性限定の認識障害について分かるかもと思って、ついでに相談したら、ため息と共に頭を横に振られた。

 いくら身内とはいえ、メンタルケアなんだから言葉は選んで欲しい。


「もしかして、今の私の顔も分からない?」


 叔母にジッと見られて、顔を顰める。


「……目と鼻と口は分かります」

「顔のパーツじゃなくて、顔全体から見た女性の美しさや魅力そういったものよ」


 叔母の顔をジッと見返して出た感想は……。


「……目の下になめくじが見える」

「それは泣き袋よ」


 叔母が静かにキレていた。







「姉さんがハンサムなのに彼女の姿が見えないって心配していたけど、こんなに酷かったら出来るわけないわ」


 叔母の質問に色々と答えた結果、彼女は頭を振って何度目かのため息を吐いた。

 どうやら俺の認識障害は万策尽きて処置無しらしい。やぶ医者か?


「そんな事よりも、友達が死んだ事による俺の精神状態を知りたいんだけど……」


 そろそろ本題に戻りたい。


「……そっちもあったわね」


 むしろこっちが本命。


「結論から言えば、今の貴方はショック状態よ。死は誰にでも訪れるわ、だけどそれを拒絶しているの。本当は墓参りに行った方が良いけど、海外だと難しいわね」

「モンタナはさすがに遠いなぁ……」

「お葬式って何でやるのか知ってる?」

「そりゃ死者を悔やむためでしょ」


 突然の問題に何も考えず答えると、叔母が頭を横に振った。


「半分正解。確かに死者を悔やむためでもあるけど、本当は残された生者のためよ。踏ん切りをつけるための儀式なの」

「…………」

「お葬式で一気に感情をさらけ出して、後は時間を掛けて思い出に変える。人は昔からそうやって、家族や友人の死を乗り越えてきたのよ。できるだけ早いうちに、その友達と向き合いなさい」

「向き合うって、どうやって?」

「だから墓参り。それが無理なら写真でも、友達から貰った物でも良いわ。それに話し掛けてごらんなさい。そうして自分の心の中に居る友達と語り合うの。今の貴方には必要な事よ」


 結局、解決したのかしなかったのか分からないが、叔母はそう締めくって俺の治療は終わった。







 真っすぐ家に帰る気にならず、近くの公園に寄って、桜の木の下のベンチに座る。


 ビショップは、死ぬ間際に何を考えたのだろう。

 やっと夢が叶った矢先に殺されるなんて、きっと俺が殺されていたら悔しかったと思う。


 何故、ビショップは殺されなければいけなかった?

 最初にケビン達を騙し、金を盗んだのはプロデューサーだった。

 それに対して、やり返したのが悪かったのか?

 だったら泣き寝入りするべきだったのか?


 スマホを取り出して、モンタナで釣りをした時、俺が撮ったビショップの写真に向かって話し掛ける。


「なあ、話をしろと言われたけど、何を話せばいいんだ?」


「覚えてるか? 初めて会いに行ったとき、空港で迷ってた俺をお前が見つけて、その第一声が「ケビン、猫、見つけた」だったな。俺はお前のペットか何かか?」


「それと、ケビンが借りるキャンピングカーは何時もトイレが詰まってたな。安かったから借りたとか言ってたけど、海外まで行って野グソする方の身にもなって借りろよ。まあ、あの時、我慢していたお前よりマシか……」


「モンタナの夜は楽しかったな。何もなかったけど、本当に何もなかったけど。それでも皆と……お前と居るだけで楽しかったよ」


 俺が話し掛けても写真に写るビショップは何も答えず、釣り上げた魚を持ち上げて、ただ笑っているだけだった。


「……何で死んじまったんだ、チクショウ!! どうして……どうして……」


 スマホを握りしめて嗚咽を漏らす。画面が涙で滲んだ。

 風が吹き、ひとひらの桜が舞い降りてビショップの上に落ちる。


 花びらは俺の涙と共に、献花を捧げた。

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