第8話 ゲームの勝利者 その2
「やれやれ……プロの目は誤魔化せられないってか」
「何故そんな事をする。もしお前がアサルトを持って戦えば、有名なプロになれるぞ」
「その方が面白いからだよ」
「……面白い?」
俺の返答を聞いてロックが眉を顰めた。
「さっきから聞いてりゃ、金、名誉、プロになれ? くっだらねえ。実にくだらねえぜ。アンタ、プロになって初心を忘れたか? プロ、アマ、ヌーブそんなの関係ねえ。ゲームってのは、一番楽しんだヤツが勝者なんだよ。例え万人が認めるクソゲーでも面白いと思ったプレイヤーが1人でも居れば、ソイツがそのゲームの勝利者だ」
「…………」
「人それぞれゲームの遊び方ってのはある。普通にクリアを求める奴もいれば、ヌーブをぶっ殺してPKを楽しむ奴も居る。クリアを無視してMAXまでレベルを上げるマゾも居れば、チャットが目的なお喋り姫ちゃんに、全身海綿体の直結ナンパ野郎。そして、遊ぶプレイヤーを見てニヤけるゲーム開発者もある意味でゲームの参加者だ」
「…………」
「確かにロックはプロのゲーマーだ、しかも世界一のな。だけど、PvPばかりしているアンタが、今までやってきたゲームの開発者が何を考えてゲームを作り、プレイヤーに何を求めているのかを知ろうとした事が一度でもあるか? 俺から見たら、アンタは大会で勝つことしか頭になく、ゲームを楽しんでねえ。金目的のパクリゲー、クソな続編ゲーが蔓延る中で、このゲームは制作者の魂が込められている。まあ、怨念も若干入ってるけど」
「怨念?」
「そこは気にするな。俺はそれに対して正面から向き合いたいだけだ。俺がポイントマンに徹してキル数を押さえるのも、チームを鍛えるのもそれの一環だ。まあ、プロからすれば、俺のやってる事は自己満足のおままごとかもな。という事で、せっかくの誘いは残念だけど、アンタと俺じゃゲームに対する考え方が180度違う。スカウトの件は断らせてもらうよ」
一気に言って断り肩を竦めると、ロックがため息を吐いた。
「そうか。今の話を聞いて俺個人としては、お前と一緒に組みたいと思ったけど残念だ」
「気持ちだけは受け取っとくよ。それにさぁ……スカウトの条件ってのが怪しすぎるぜ。その条件はオーナーが出したのか?」
「その通りだが……やっぱり気付いたか」
ロックが笑って片方の肩を竦める。
「賞金はあげない。チームには入れるけど、実力がなければ直ぐクビにするつもりだろ。どう考えてもただの使い捨てじゃねえか」
「まあな。俺もそう思ったんだけど、オーナーは俺が言えばどんなプレイヤーも引っかかると思っているらしい。面倒だけど、これも仕事だ」
「プロゲーマーってのは詐欺の仕事もするのか、大変だな。だけど、そんなのに引っかかる馬鹿なんて居ないだろ」
「……実は1人だけ居る。しかも、もうチームに入る事が決まっている」
「は? 誰だその馬鹿は?」
「オージーのマッドだ。アイツ以外のチームメンバーが全員アカウントを抹消されて、1人残っていたところを誘ったら簡単に引っかかった」
ああ、すっかり存在を忘れてたオージーのクソ野郎か。確かにアイツは馬鹿だった。
「それじゃ、邪魔したな」
話が終わったのか、ロックが席を立つ。
「こっちこそ、プロと話せて楽しかったぜ」
「それも、ゲームの楽しさってヤツなんだろ」
「かもな」
俺とロックが同時に笑みを浮かべる。
「もし、お前がこのゲームを最初にクリアしたら、その時は改めてお前をスカウトに来るぜ。まあ、俺が居る限りありえねえけどな」
ロックが俺に向かって手を出した。
「また会おうぜ!!」
ロックにとびっきりの笑顔を返して、彼の手を握り握手を交わす。
ロックは俺の皮肉に苦笑いした後、この場から立ち去った。
ロックと会話をした翌日。
ログインして皆の所へ行くと、ドラが興奮した様子で話し掛けて来た。
「すぴねこ、聞いたか!?」
「んあ? その様子だと性病検査が酷かったか? あっ……スマン、それは秘密だったな」
「違げえよ! さらっと嘘言ってんじ……おい、何で離れる?」
俺が冗談で返すと、皆が一斉にドラから身を引いた。
「冗談だ。そもそも童貞に性病検査は必要ない」
「ど、ど、ど、童貞ちゃうわ!」
「鉄板ネタね……」
俺とドラのやり取りにミケが呆れる。
「そんな事よりも、ロック様のチーム全員が一斉にキャラを作り直したぞ」
「……ふーん」
昨日、マッドがロックの所属している『ブレイズ・オブ・ドリーマー』に入ったと聞いた時点で、この展開を何となく予想していた。
どうやら、ロック達はマッドからチャーリーが仕掛けたスキルの罠を聞いて、キャラを作り直したらしい。
「すぴねこは驚かないのか?」
平然としている俺をボスが訝しんで話し掛けてきた。
「ああ、ドラが童貞じゃないって言う方が驚きだ」
「マジで童貞じゃねえよ!」
「そいつは凄い、人類史上最高の奇跡だぜ」
ドラに言い返しながら空いている席に座る。
そして、ロックからスカウトされた事と、マッドが彼のチームに加わった事を全員に話した。
「あのクソ野郎……」
俺の話を聞いて、マッドが嫌いなボスが苦虫を噛み潰した様なしかめっ面で呟く。
「スキルを入れ直すタイミングとしてはギリギリね」
「シナリオ3に入ったら暴露して、ザマァって言いたかったんだけどな」
ねえさんがため息を吐いた後、ドラが残念そうに呟いた。
ちなみに、今のところキャラは1アカウントで1キャラのみ。ただし、これは賞金レースが終了すると3キャラまで開放されるらしい。
キャラの作り直しをしても、ミッションの進行度は変わらず、所持金とアイテムは保管庫に保存される。
ただし、スキルポイントがキャラ作成時の5ポイントになるため、新たにポイントが欲しければ、再びミッションを繰り返す必要があった。
「残念だけど、これでライバルが増えちゃった感じ?」
「また1からやり直すとしても彼等も一応プロだしすぐに追い付くかと。それに、スキルもインプラントを取得するでしょうね。そうなると、油断はできないわ」
チビちゃんの疑問にミケが答えると、全員がため息を吐いた。
そして、黙っていたボスが口を開く。
「すぴねこ。ナーフが無いという情報は確かなのか?」
「ケビンから聞いた話だとそうだけど、向こうの気分次第だと思うぜ」
ネットゲームの運営は「ナーフはしない」と言っときながら、用意したコンテンツがクリアされそうになると、すぐに前言撤回して修正してくる。しかも、プレイヤーが予想した斜め上の訳の分からない下降修正だ。
それで一体どれだけのユーザーが悲鳴をあげて、二度とログインしなくなり、ゲームが終了するハメになったのかという歴史を、どのゲームプロデューサーも一向に理解しようとしない。
「そもそも、AAW2でサイボーグ代が高くなったのもナーフよね」
「AAWだとサイボーグ化したヘビーアサルト兵が最強だったもん」
ねえさんとチビちゃんが会話に混ざり、2人の話にボスがため息を吐く。
確かに、火力の高いヘビーアサルト兵がサイボーグ化すると、防御力強化と自動回復機能が加わって強くなる。
ただし、ヘビーアサルト兵は器用系と敏捷系のインプラントを付ける事ができないので、ねえさんやミケが使うエイムや、俺が入れている動体視力のインプラントを付けられないというデメリットもあった。
ついでに説明すると、アサルト兵でもヘビーアサルト兵でも、サイボーグ化するとインプラントを入れられなくなるので、アタッカー要素のあるアサルト兵だと、インプラントの恩恵を受けられなくなるデメリットが大きい為、俺は推奨しない。
「とりあえず、今は運営を信じるしかないな……これからは俺達も本気を出して、攻略することにする」
「2番手キープをやめるって事?」
ねえさんが質問すると、ボスが頷き返した。
「『ブレイズ・オブ・ドリーマー』がのし上がって来る前に、アドバンテージを稼ぐぞ」
「そうなると目立つわね」
ボスの話にミケが難しい顔をする。
「どうせいつかは目立つ。それが早いか遅いかだ」
「それもそうか……」
ボスに言われて、ミケも諦めた様子だった。
「ところで、何でロック様の誘いに乗らなかったんだ」
突然ドラから質問されて、眉を顰める。
「話しただろ。賞金は貰えねえし、チームに入ってもすぐにクビだと分かってて、誰が誘いに乗るかよ……ああ、1人馬鹿が入ったな」
「そりゃ実力がなければだろ。でも、お前はマッドと違って実力あるじゃん」
「俺、オージーの連中とはマッドとだけ一度組んで、それ以降は組んだ事ないから、奴らの実力って知らねえんだけど」
オージーのチームは、俺が受験勉強中に参加してきたチームだったからそれほど接触がなく、マッドとは一度だけ組んだけど、馬鹿みたいに敵へ突っ込み、何度も死んで呆れた記憶しかない。まあ、実際に馬鹿なんだけど。
そして、一度組んで以降、何故かマッドが俺を避けるようになった。
「サイボーグ化したヘビーアサルト兵が4人にメディック兵1、スナイパー1の構成よ」
俺の質問に話を聞いていたねえさんが、AAW時代のオージーのチーム構成を教えてくれた。
「って事は皮肉屋のところとプレイスタイルが近いのか?」
「逆、逆。同じ構成だけど、ミカエル達はきちんと作戦を立てて、行動するからまだ人間性が保たれてるだろ。だけど、アイツ等はマシンガンとロケランをぶっ放すヒャッハープレイだぜ。俺が人数合わせて組んだ時は戦略も作戦も全部無視して、NPCの味方諸共敵を殺してたけど、ありゃ酷かった」
「なるほど。クソな性格が分かる戦い方だな」
ドラの話を聞いて、半分呆れながら頷いた。
「で、お前の話だよ。何でロックの所に行かなかったんだ? お前ならプロになっても十分稼げるだろ」
どうやらドラは俺がロックのチームに行かなかったことが、不思議で仕方がないらしい。再度質問されて肩を竦める。
「そりゃ、ショットガンを使うなって言われそうだし」
「そんなくだらねえ理由かよ! いい加減にライフルを使え」
「やだよ~ん」
否定すると、ドラが呆れてため息を吐いた。
「前にねえさんから聞いたぜ。お前、ワイルドキャット結成前は普通にM4を使っていたらしいじゃねえか」
ドラの話が初耳だったのか、ミケが驚いて俺をガン見。
「そこのM4マニア。彼氏に浮気されて反応するんじゃねえ」
「違うわよ! ただ、すぴねこがショットガン以外を使ってた事にショックを受けただけよ」
「何がショックなんだ。夜間ミッションで普通にグロック使ってたじゃねえか」
「あ、そう言えばそうだったわね」
顔を顰めてミケに言い返している最中、チビちゃんがねえさんの袖を引っ張った。
「ねえさん、ねえさん。すぴねこ君がアサルトライフル使ってるところ見た事あるんでしょ。実際にどうだった?」
「……強かったけど、イキってたわね」
「今よりも!?」
その一言にミケが驚き、ねえさんと同じく当時の俺を知るボスが爆笑していた。
「今よりもって何だよ……」
「自覚ねえのか? 一度カウンセリング受けてこいよ。手遅れって言われるだけだろうけどな!」
そのドラの言い返しに顔を顰めると、その様子を見た全員が笑い転げていた。
「さて、そろそろミッションに行くぞ」
そう言って立ち上がったボスの合図で、俺達は会話を切り上げ席を立った。
「今度のミッションは何かな~」
「強制移動ミッションらしいぜ」
ミッションカウンターへの移動中、楽しそうなチビちゃんの質問に事前に調べていたドラが答える。
「って事は何か乗り物にでも乗るの?」
「みたいだな」
ミケの問いにドラが答えている間に、ボスがクエストを受注した。
今回はシナリオ2のミッション2。制限時間120分。目標時間は90分。
ミッション名は『侵攻』。拠点を確保した地球人の反撃ミッションだった。
 




