第7話 ゲームの勝利者 その1
ミッションから兵士サロンに戻ると、俺達は空いているテーブル席に腰を下ろした。
そして、直ぐにねえさんが「はぁ」とため息を吐く。
「2になってから疲れるようになったわねぇ……」
「ねえさん、殆ど動いてないじゃん」
俺が把握している範囲だと、ねえさんは敵が来る前にM60機関銃を運ぶのを手伝ったぐらいで、後は同じ場所から狙撃していただけだと思う。
「精神的によ」
俺がツッコむと、ねえさんが頭を横に振った。
「なるほど。ドラのクソ寒いネタに疲れたのか。それなら分かる」
「おーい、聞こえてるぞ」
ぐでーっとテーブルに上半身を預けているドラが、顔をべたーっとテーブルに押し付けたまま視線を俺に向けた。
「冗談だ。お前のユーモアは面白いぞ。ただ、それを理解するのに人類が追い付いていないだけだ」
「そうか……時代が追い付いてないんだな」
「永遠に追い付かねえけどな」
ドラに言い返して軽く肩を竦める。
冗談はさておいて、ねえさんが言っている疲労は俺も分かっている。
スナイパーは動かないで狙った敵を撃つだけだから楽だと思いがちだが、いつ来るか分からない敵を待つのはツライし、撃てるチャンスも一瞬で、撃つときは集中力の代償に精神がガリガリ削られる。
そして何よりも一番大変なのが、目が疲れる事だと思う。
VRギアを被ってゲームをしている最中は目を閉じてるのに、起きると眼精疲労で目頭を押さえるんだから酷い話だ。
「このゲームって、体力も使うから余計に疲れるわ」
「私も今日はもうだめーー」
ミケが両肩を竦めてため息を吐き、チビちゃんも疲れた様子でボスにもたれる。
そのチビちゃんの頭を撫でながら、ペド、違う、ボスが口を開いた。
「まあ、今日は終わりにするとしよう」
そうボスが締め括り、後は各々ログアウトする事にした。
皆がログアウトした後、俺だけがゲームに残った。
ちなみに、ドラがログアウト前に余裕そうな俺を見て「お前はやっぱり何かがおかしい」と呟いていた。
だけど、このゲームに適用されているビショップが作ったVRシステムは、俺のテストプレイを元に作られている。
要するに、キャラクターの最低能力は、俺の身体能力が基本になっていた。
そして、最低能力と言ったのは、俺よりも身体能力が高いプレイヤーは、俺の体をベースにそれ以上の高い能力……例えば跳躍力が高ければ、それをキャラクターに反映する事が出来た。
逆に俺よりも能力が低いプレイヤーは、普段は使わない筋肉を仮想で無理やり動かす代償に、現実で疲労が溜まるというデメリットがあった。
つまり、ドラ達が疲れるのは、俺よりも体力がなくて現実の体に負担が掛かっているからなのだろう。
そして、俺は運動した程度の汗はかくけど、肥満体にならない限りデメリットが発生せずにいた。
結局何が言いたいのかというと、「疲れる、疲れる」と文句を言うぐらいなら、ゲームばかりしてねえで少しは体を動かせという事だ。
「そこのショットガンボーイ、チョットいいか?」
ビショップの開発したVRシステムの概要を思い出していたら、後ろから英語で声を掛けられた。
「……そのポルノ俳優みてえな酷いあだ名は俺の事か?」
眉間にシワを寄せて椅子に座ったまま振り返ると、サモア人の兄ちゃんが俺を見下ろしていた。
サモア人の兄ちゃんは、他のゲームをしていない俺でも知っている、今のE-sports界で1番の有名人のロック様だった。
世界で一番有名な廃人プレイヤーとも言う。ちなみに「様」は敬称じゃなくて愛称。
筋肉質だけどシャープな体型に、サモア人特有のこんがり焼けた様な肌は、例え病弱だったとしても健康そうに見える。
顔はアクション俳優の様なワイルド系のイケメンで、必殺技はピープルズエルボーとか言いそうなプロレスラーに似ていた。
彼は去年開催されたメジャーゲームのFPS世界大会で、ソロ戦とチーム戦を優勝し、その大会のMVPにも選ばれていた。
過疎ゲーしか遊んでいない俺から見れば、まさに雲の上の存在と言っても良い存在だろう。
「…………」
今まで時差で活動時間が違っていたから、ロックの所属している『ブレイズ・オブ・ドリーマー』チームと接触する機会がなかった。
それなのに突然話し掛けられて驚きのあまり何も言えず、無言で彼を見上げる。
そんな俺を見降ろすロックは片方の口角を上げて笑うと、俺の正面の空いている席に軽く断りを入れて座った。
「邪魔するぜ。その様子だと俺の事は知っているみたいだな。そして、お前が『ワイルドキャット・カンパニー』のスピードキャットで間違いないな」
「そうだけど……何で俺の事を知っている?」
戸惑いながら頷くと、ロックが俺の顔をジーッと見て……。
「オープニングムービーを見た」
納得。
「あのムービーの動きはゲームのスキルを使っているのか?」
「ゲームのスキル? んなもん使ってねえよ」
インプラントはスキルじゃない!
「へぇ……だとしたら、あれはリアルの動きなのか」
「実はパルクールの世界チャンピョンなんだ……まあ、自称だけど」
ちなみに、パルクールの大会には一度も出た事がない。
「なるほど……確かに性格が捻くれているな」
俺の返答を聞いたロックが、片方の眉を上げて軽く肩を竦めた。
「そうか? まだ、本調子じゃないぞ」
「オーケー。この次に会う時は、お前が死にかけの時にしよう」
「その時は遺言を頼む。それで、俺に何の用だ?」
冗談に冗談で返すと、ロックが軽く笑ってから話し始めた。
「まあ、聞いてくれ。正直に言うと、俺達のチームは、このゲームをやる予定は無かった。なにせ今まで無名だった会社が作ったゲームだからな」
「そうだろうな」
「だけど、キャンペーンモードを最初にクリアしたら賞金300万ドルだ。そんな美味しい話を聞いたらプロ、アマ関係なく飛びつくに決まっている。賞金を考えたヤツは頭が良いぜ」
ロックの語りに無言で頷く。
だけど、賞金を出したのは、AAWの時に金を持ち逃げしたクソ野郎が同時期にゲームをリリースするから、その嫌がらせだったはず……ケビン達は運良くユーザーを手に入れて大金を手にしたとはいえ、嫌がらせに300万ドルを賞金にするのは頭が悪いと思う。
「それで、うちのオーナーもクリアすれば賞金も名声も手に入るって事で、俺達のチームにも命令が下って、急遽参加したってわけだ」
「その賞金を狙っている俺からしたら、はた迷惑な話だな。元のゲームへ帰れ」
嫌な顔をしてシッシッと追い払うと、ロックが苦笑いを浮かべながら握手を求めて来た。
「そう言うな、仲良くしようぜ」
「仲良くねぇ……うちの家訓に、初めて会った奴が名前を呼んで親しく話し掛けてきたら気を付けろってのがあるんだが、まさに今だな」
握手に応じず肩を竦めると、ロックが動きを止めて真顔になった。
そして、出した手の人差し指を俺に向ける。
「そいつは正しいぜ。うちもそれを家訓にするとしよう」
「どうぞご自由に。だけど、友達は作れねえぞ。で、結局何の用だ」
「別に大した用じゃない。ただ、優秀だと聞いたからスカウトをしにきただけだ」
「スカウト?」
有名なプロゲーマーからの突然のスカウトに、理解できず首を傾げた。
プロゲーマーと言ったら、無知な子供が親に将来の夢を言って、その親を落胆させる職業の上位に入るだろう。
そのプロのトップが、過疎ゲームしかやってない無名の俺をスカウトするのは、天地がひっくり返ってもありえない。
もしロック以外から話し掛けられたら、100%詐欺だと思っただろう。
「……何故、俺なんかを?」
「突然で驚いただろう。もちろん今から説明する。分かっていると思うが、プロゲーマーの戦場はPvPだ。キャンペーンモードなんて、練習、もしくは暇つぶし程度しかねえ。だから、俺の所属しているチームもサクッと終わらせて賞金を貰い、今年の大会に向けて活動する予定だった」
「プロってのは忙しいな。ゲームはもっと楽しんで遊べよ」
俺の皮肉にロックが苦笑いをする。
「もう何年も遊びでゲームはしてないな」
「そりゃかわいそうに」
俺はビショップに付き合ってテストプレイをしていた時も楽しかったぞ。
「話を戻そう。すぐに終わらせる予定だったがふたを開けてみれば、敵が突然突っ込んで自爆する、NPCを信じれば騙される、クリアは出来るがSランクは取れねえ。挙句の果てには、今までのVRのシステムと違ってキャラの動きは凄いけど、やたらと疲れるときたもんだ。俺はそんなでもないが、他のチームメンバーはミッションを1回しただけでバテバテだぞ。一体どうなってる?」
「そのクレームは俺に言わず運営に言え。どうせ『仕様』って返信が来るだけだろうけどな」
ロックの文句を肩を竦めて聞き流す。
「本当、酷でえ仕様だぜ。おかげで予定が狂ってね。このままじゃマズいって事でアドバイザーを探している」
「アドバイザー?」
「そうだ。前作と今作の事を詳しく知っているプレイヤーをチームに入れたい」
負けることが許されない世界も大変だな。
「……なるほどね。それで何で俺なんだ? 他にも居るだろ、ミカエルとかロッドとか……ああ、アイツ等はチームリーダーだから無理か。だけどそのチームの誰かを誘えばいいじゃん」
「残念ながら全員に断られた。そして、その全員が口を揃えて言う。ワイルドキャットのポイントマンは性格は捻くれているけど天才だから誘えとな」
「…………」
褒められているのか、貶されているのか……まあ、そんな事はどうでもいい。
推薦した連中の考えは分かっている。アイツ等は、ロックを利用して俺をワイルドキャットから抜けさせ、チームを潰そうとしているのだろう。俺も先に話が来ていたら同じ事をしたと思うから間違いない。
俺が無言でいると、ロックがスカウトの条件を出してきた。
「残念ながら今回の賞金は会社の運営資金になるから手に入らねえ。だけど、その代わりにうちのチームに入れる。本当は大会で実績を積んで、さらにテストで受からないと入れないんだぜ。チームに所属すれば大会へは推薦枠で参加できるし、手にした賞金の70%はそのまま自分の懐に入る。そして、有名になれば個人でスポンサー契約を結べて年収100万ドルも夢じゃない……まあ、実力があればだけどな」
「実力があればか……」
「実はこのゲームが始まる前、攻略するために旧作の情報を手に入れていた。そして、その情報にはエンドコンテンツをクリアしたチームの情報も含まれていた」
ロックが俺をジッと見ながら話を続ける。
「ドイツ、USA、オージー……それぞれ特徴のあるチームが存在する中で、日本のチームだけが何も特徴がなかったから、俺達もノーチェックだった」
「バランス重視なんだよ」
「バランス重視か……俺もこのゲームを始まる前は何も特徴がないチームだと思っていた。ただの素人が寄せ集まっただけの何の変哲もない、ただのありふれたチームだと……だけどお前を推薦した連中から、あのオープニングムービーが実際のプレイ中の録画で、人間離れしたアクションが本人のリアルなスキルだと聞かされて考えを180度変えた。それで、昨日の晩にお前を調べて、たった1本だけ、日本のマイナーな動画サイトでワイルドキャットのプレイ動画を見つけた」
動画? ああ、前にドラが難攻不落だと思っていたミッションを研究用に録画したら、初プレイでクリアしたから使い道がなくなって、何となく記念にアップしたとか言っていたな。
マイナーな動画サイトにUPしたのは、他の連中に見られたくなかったからだけど、そのおかげで1年経っても閲覧数が2桁だったらしい。
「…………」
「日本語は分からねえけど、動画を観てすぐに気付いたぜ。スピードキャット、お前はあえて飛距離のないショットガンを使って自分のキル数を減らし、チームを鍛えているな。そして、ワイルドキャットが強い理由。それは、お前の存在だ!」
「……さて、何の事やら」
「これでもプロだぞ。俺の目は誤魔化せねえよ」
そう言ってロックが自分のこめかみをトントンと叩いた。




