第32話 夢を叶えた少年 その2
「もしもし」
『おーすぴねこ、久っさしぶりだな。元気そうじゃないか』
「そっちも無駄に元気そうだな。遅れたけどAAW2のリリースおめでとう」
俺がお祝いの言葉を贈ると、ケビンが嬉しそうに笑った。
『はっはっはーありがとう。これも全部、すぴねこのおかげだ』
「俺はAAW2の開発にノータッチだから、何もしてないって」
『何を言っているんだ。このAAW2はビショップが居なかったら作れなかった。そのビショップを動かしたのは、AAWをずっと続けてくれたすぴねこだ』
「自分じゃそこまで凄いとは思ってないけど、まあ、そう言う事にしとくよ」
俺が居なくても、ビショップは新しいVRシステムを作っていたと思う。
ただのテスターに大げさだなと思ったけど、日本人の謙遜は外人相手だとただの嫌味になる場合があるから、ここは素直に受け入れた。
『さて、ここからが本題だ。GMとして聞きたいのだが、ビショップから攻略情報を何か聞いたか?』
ケビンが突然真面目になって話を変えた。
出会った頃はまだ20代半ばで、まだやんちゃが抜け切れていない大人だったけど、30代に入ってからやんちゃが抜けたか?
「攻略情報ねぇ……俺が聞いたのは、シナリオ2から敵が強くなる事と、ミッション1-1でショートカットが使える事ぐらいかな?」
『それじゃ、ミッション1-3の通信装置の場所と、ミッション1-4の通路は何も聞いてないんだな』
「なーんも聞いてないぜ。そんなに心配なら、ミッション中の発言ログを確認しろよ」
『それなら問題ない。それと、ログを見ろと言われても日本語は分からんし、翻訳の字幕を見るのが面倒だ』
「それで、何でそんな質問をしてきたんだ?」
『別に大した事じゃない。ただ、たった今、全部のミッションをSランクでクリアしたお前達に、他のプレイヤーから不正だとクレームが大量に入っただけだ。それと、おまけでダニエルが落ち込んでる』
「なんじゃそりゃ」
話を聞いて思わず素っ頓狂な声を上げた。
『AAWでプレイしていたワイルドキャットを、俺達が贔屓してるんじゃないか。だとよ』
「…………」
『ん? どうした?』
「いや、本当に大したことがなくて思考が停止した。自分達がクリアできないからって、不正を疑うか?」
『金が絡んでいるからなぁ~~。半分は妨害工作なんじゃねえの? と言う事で、一応クレームが入ったから形だけでも確認した。まあ、久しぶりにお前と話をしたかったってのもあったけどな』
「そりゃどうも。だけどケビンがテーブルトークの話を始めたら止まらねえから、今は勘弁な」
『はっはっはっ、そりゃ残念だ』
「それで、ダニエルが落ち込んでるのは何で?」
『そりゃ決まってる。アイツ、すぴねこがクリアできずに悩む様子を見たかったのに、お前がMAPの仕掛けを全部一発でクリアしたからだ』
「なるほど。ダニエルにざまぁって言っといてくれ」
『安心しろ、既に俺達皆で言ってる』
やっぱりケビンのやんちゃは抜けきれていない。どうやら彼は、やんちゃな大人として完成されているらしかった。
「ところで、シナリオ1を全部Sランクでクリアしたら、バグネックス語を理解したみたいなメールが来たけど、あれ何?」
『ご褒美だ』
「いや、別にバグネックス語を覚えても、嬉しくない」
『俺も嬉しくねえな。そもそも、俺もバグネックス語なんて考えた事なんてねえ。ただ、ビショップがお前なら必ず全部Sクリアしてくれると信じて、プレゼントを作ったらしいぞ』
「はぁ……」
『と言う事で、頑張って全部のミッションをSランクでクリアしてくれ』
「まあ、頑張るけど、お手柔らかに」
『だが、断る!!』
俺が教えた日本のネタでケビンが答えたけど、微妙。使い方が微妙に違う。
それから、互いの近況報告をしてケビンとの電話を切った。
ケビンとの会話を終わらせた後で、ビショップのプレゼントについて考える。
ケビンはストーリー担当だけど、バグネックス語については考えていなかったらしい。
となると、言語学者のビショップが独自に作った言語なのだろう。
だけど、その言語が俺へのプレゼントとどう繋がるのかが分からなかった。
俺が悩んでいると、ミッションゲートの方が騒がしくなった。
考えるのをやめてチラっと見れば、どこかで見た事のある金髪野郎が俺を見て顔を顰めていた。
「スピードキャット、久しぶりだな」
「……ああ」
「互いに素顔を見るのは何年ぶりだ?」
「3年ぐらいじゃないか? よく俺の顔なんて覚えていたな」
「そんなのは、どうでもいい」
「…………」
ミッションゲートから出て来るなり俺に話し掛け、親切に答えたのに「どうでもいい」と返してきたこのクソ野郎は、鋼鉄のパンツァーのミカエル。
容姿は金髪でイケメンの部類に入るのだが、口を開けば人をコケにする会話で苛つかせる天才だ。
しかも、本人は皮肉を言っている事を自覚をしておらず、それがさらに拍車をかけて相手を苛つかせる。
ちなみに、ミカエルもねえさんを女だと勘違いして、玉砕したアホでもある。
「なぜ人が居ない?」
「ここがシナリオ1クリア専門のサロンだからだよ」
「なるほど」
その一言で理解したのかミカエルが頷いた。
礼ぐらい言え。俺達がロッドからここの情報を聞いた時はちゃんと言ったぞ……ねえさんが。
「お前もクリアしたのか?」
「ここに居るってのは、そう言う事だ。ああ、ちなみに、Sランクでクリアしたぜ」
「お前のクリアランクなんか、クソどうでもいい」
「…………」
いや、マジでコイツと話しているとキレるわ。
「ところでお前等は賞金を狙っているのか?」
今度は俺から質問すると、ミカエルが座っている俺を無表情で見下ろした。
「当然だ。お前は?」
「もちろん狙ってる」
「フッ、話にならないな」
そう言うと、ミカエルは鼻で笑い去って行った。クソが死ね。
俺がミカエルとの会話で一人ムカついていると、ミケがログインしてきた。
「……どうしたの?」
「何が?」
「いや、何となく怒ってるみたいだから」
「ミカエルと会話したからな」
「……ああ、なるほどね」
ミケもミカエルの性格を知っているからか、俺の話を聞いて納得していた。
「私は英会話が苦手だから彼と話した事がないけど、そんなに酷いの?」
「酷いなんてもんじゃねえぞ。知りたかったら、アイツのモノマネで会話してやろうか?」
「少し面白そうだからやってみて」
「了解、それじゃやるぞ……お前が面白いかどうかなんざ、どうでもいい」
「……いきなり酷いわね」
「貴様のツラよりましだ。鏡で自分の顔を見てゲロを吐け」
「なんか、言い返しばかりね。そっちから会話は振らないの?」
「貴様と会話するだけ時間の無駄だからな」
ミケがこめかみを押させてため息を吐いた。
「……もう十分。これ以上はモノマネだとしても、本気で怒りそう」
「だろ。俺が聞いた話だと、ドイツ人ってのは素面だとクソだけど、酒が入ると全ての人種で最高の馬鹿になるらしいぜ」
「だからオクトーバーフェストが有名なのね」
「そう言う事」
ミケと会話をしていると、俺とミケのスマホが同時に鳴り出した。
スマホを取り出して確認すれば、ねえさんからのメールで、急用ができたから今日はもうログインしないと連絡が入っていた。
「ありゃ、ねえさんはキャンセルか」
「だったら5人で行くのかしら?」
「ミッション1-1だったら、誰か適当に1人を入れても余裕だろ」
「そうだけど、ずっと固定メンバーでやってたからやり辛いのよね……」
ミケが悩んでいるのも理解できる。
ネットゲームでメンバーを固定にして組めば、互いに手の内を知っている分だけ野良パーティと比べて戦いやすい。
だけど、1人でも欠員が出て補充に他のプレイヤーを入れると、普段通りに行かない場合がある。
例えば、他のプレイヤーがミスをして、ミッションを失敗したとしよう。
その責任を補充したプレイヤーに押し付けるのはモラルの欠けたクソガキみたいだし、かと言って何も言わないのはこっちのストレスが貯まるから、あまり良い事がない。
ネットゲームというやつは、交友が浅く相手の性格が見抜けない分だけ、付き合い方が難しいと思う。
などと思っていたら再びスマホが鳴って、今度はドラからメールが来た。
内容は『ねえさんが来ないなら、今日は自分も寝る。乙』だった。
そして、その後すぐにボスからメールが届き、今日は解散と連絡が入る。
「んー今日はお終いだな」
「そうね。すぴねこはどうするの?」
「そうだな……アメリカは日曜日だし、ビショップが暇なら遊ぼうかな」
俺の話を聞いたミケが、興味を抱いたのか俺の顔を見た。
「ビショップ君、今は忙しいんじゃないの?」
「さあ、どうだろう。さっきケビンと電話をした感じだと、そんなに忙しい様子じゃなかったぞ」
「遊んでるゲームの社長と、普通に会話するのも凄いわね……」
「ただゲームの規模が大きくなっただけで、AAWの頃からたまに話はしていたし、今更だろ」
ビショップに電話を掛けたら直ぐに繋がった。
『やあ、すぴねこ君』
ケビンと電話できたから通じると思っていたけど、どうやらビショップ達は、ログインしていなくてもゲーム内の電話で通じる様にしているらしい。
「よう、ビショップ。今って暇?」
『んー暇ってわけじゃないけど、急ぎの仕事はないかな』
「だったら遊ぼうぜ」
『……そうだね。やっとAAW2もリリース出来たし、久しぶりにすぴねこ君と遊ぼうかな』
「んじゃ決定。後のメンバーは適当にマッチングするとして……ミケ、お前も来る?」
俺が誘うと、ミケの目が大きく開いた。
「え、いいの?」
「何でそんなに驚くんだよ」
「だって……今まですぴねこがビショップ君と遊ぶときは、誰も誘わなかったじゃない」
それは遊んでなくて、modを突っ込んでテストをしていたから、誘わなかっただけだ。
「別に行きたくなけりゃ、来なくていいよ」
「行く!! やっとビショップ君に会えるんだから、絶対に行く!!」
「お、おう……」
身を乗り出し俺を睨み殺す様な目で見られて危険を感じ、思わず後ろに身を引いた。
「えっと、ビショップ、話は聞こえてたな」
『うん、聞こえてたよ。やっとワイルドキャットの人に会えるんだね。僕も楽しみだよ』
電話先の嬉しそうな声を聞きながら、俺はビショップの夢だった障害者が健全者と同じ様に動けるVRの開発に掛けた、5年間を思い出していた。
その5年間は苦労と挫折の繰り返しだったけど、それでも彼は諦めず、そして、その夢は大輪の花を咲かせた。
その夢を叶えたビショップの声は、どこかしら自信に満ちている様に俺には聞こえていた。
「…………」
『すぴねこ君どうかしたの?』
「いや、なんでもない。ログインしたら、サロンの番号を教えてくれ」
『了解、すぐに行くよ』
ビショップとの電話を終わらせて、ミケに話し掛ける。
「ビショップって、イケメンだから惚れるなよ」
「別にVRで美形を見ても惚れないわよ」
「いや、アイツ現実と同じ容姿だから、リアルイケメン」
「……それはチョット興味あるかも」
これだから女ってヤツはと思いながら、肩を竦めた。
ゲームで竹馬の友と会う事だって、中には結婚をする人だっている。
そして、ビショップの様に、ゲームを通じて奇跡を生む可能性だってある。
世の中には、ゲームの事を悪く言う人間は多い。だけど、ゲームだってそんなに悪いものじゃないと思う。
ビショップからメールが届き、スマホを見る。
「79サーバだってよ」
「それじゃ行きましょ」
「オーケー」
ミケと一緒に席を立ち、ビショップの待つサーバへと向かう。
この時の俺は、今の楽しい時間が永遠に続くと思っていた……。
1章終り




