第15話 春よ来い その1
ミッション1-2をクリアした後、3時間の休憩を取ってから、ミッション1-1をショートカットを使用して2回クリアした。
俺は後2回ぐらい行けたけど、他の皆の体力が限界で解散になった。お前等、もうちょっと体を鍛えろよ。そう言ったら、全員から「体力バカ」と言い返された。
ちなみに、ショートカットはビショップの言った通りに、揚陸艦のNPCの軍曹に向かって全員が「シャラップ。オールカットだクソ野郎!」と言ったら、一瞬で地雷原の前まで切り替わった。
ただ、ショートカットワードの後に各々が「カス」、「ボケ」、「死ね」等の余計な言葉を吐いていた。皆さんチョットお口が悪いですね。
あ、俺ですか? 勿論、「クソ野郎! 生まれ育ったババアのケツに帰れ!!」ぐらいしか言ってない。
それと、ショートカットは時間が15分経過されてSランククリアしても、Aランクの報酬しか貰えなかった。
ムービー飛ばしただけで報酬減らすとか、ケチくせえと思う。
稼いだ金額は、ミッション1-2クリアが15000DにAランクの報酬は9000D×2回。
そして、手に入れたスキルポイントは、全部使ってインプラント(腕)を拡張した。
購入したインプラントチップは腕力強化。これで足と同じように動体視力が発動した時に、素早く撃てるようになった。
翌日、目が覚めてネットニュースを見ていたら、色々なサイトでAAW2の話題が載っていた。
しかもゲームカテゴリーじゃなくて、総合ニュースで一面トップ!
俺が子供の頃と比べて時代が変わったなと思う。まだ二十歳だけど。
『賞金3億のゲーム、とうとうリリース。全世界の登録者250万人を超える!』
『精神力だけでなく体力すら求められる、妥協なき高難易度のFPS!!』
『理不尽な難易度、嘘を吐くNPC、謎のスキル、そして自爆する敵、まさに阿鼻叫喚の地獄のゲーム!』
『今までにない現実感のあるVR!! 世界中の技術者が注目する未発表のVRシステムか!?』
『世界一のプロゲームチーム『ブレイズ・オブ・ドリーマー』がAAW2に参戦。チームのエースが語るAAW2とは?』
とまあ、良い事、悪い事、色々と書かれている。
今の心境を語るなら、プロデュースした地下アイドルがメジャーデビューして大絶賛された。もしくは調教した馬娘がレースに勝って舞台で踊り出した。そんな気持ち。
最後に読んだ記事のプロゲームチーム『ブレイズ・オブ・ドリーマー』は、AAWしかしていなかった俺でも名前だけは知っていた。
このチームのエースはロックと言うハワイアン系アメリカ人で、昔のプロレスラーと同じ名前からロック様と呼ばれていた。
年齢は俺より少し年上ぐらい。彼のプレイ動画は見た事無いが、FPSプレイヤーとしてはかなりの腕があるらしい。
インタビューの記事を見れば、彼曰く、このゲームは今までないリアリティーがあって面白いと大絶賛していた。
俺、コイツの事が好きかも。AAW2の賞金を手にしながら、コイツに向かってざまぁと言いたいぐらい好き。
今は日曜日の朝6時で、今日の集合時間は10時。まだまだ時間がある。
カロリーゼリーを10秒チャージした後、日課のトレーニングをしに近所の公園へ行った。
今年は温暖な気温らしく2月の中旬にも関わらず、暖かい気温だった。
だけど、頬に当たる北風は冷たく、春はまだ遠くだと教えてくれた。
軽く柔軟をしてゆっくりと筋を伸ばす。そして、体が温まったら、ランニングするルートを決めて走り始めた。
階段の手すりの上に登ってバランスを取りながら走り、途中で木に登って別の木へ飛び移る。
ベンチをジャンプで飛び越し、滑り台を逆走して上から飛び降りた。
鉄棒の上に登るとバランスを取りながら走って、最後にバク転で地面に着地。
近くで見ていた子供が「すげー」と驚いていた。ドヤッ!
なぜ、俺が曲芸紛いの運動をするのか。
その理由はビショップとの約束。そして、記事にも書かれていたAAW2の未発表のVRシステムにも関りがあった。
5年前、ビショップに障害者でも遊べるゲームを作ろうと約束した2ケ月後。
彼が言っていた通り、AAWは1度サービスを終了したが、サーバを縮小して再開させた。
一応、サービス終了前にユーザーへの告知はしていたが、予算がなくて宣伝が出来ずサーバも縮小した事から、再登録したユーザーは皆無で過疎ゲーと化した。
プレイヤーの居なくなったネットゲームは、俺が想像していたよりも寂しかった。
本来なら賑わうはずのミッションカウンターは閑古鳥が鳴き続け、売店ショップはNPCの店員が来ない客を笑顔で待ち続ける。
そんなゴーストタウンと化したゲームの中で、俺は1人でプレイを続けていた。
ビショップの話だと、VRゲームのキャラクターの作成方法は、どのゲームも同じで固定しているらしい。
まず、最初にキャラクターの容姿を生成する。
次に、作成したキャラクターに現実の体の電気信号を送り同期させてから、その同期を切り離す。
最後に、サーバがパラメータをキャラクターに振る事で、現実とかけ離れた体を作っていた。
最初だけ現実の体と同期する理由は、ゲームのキャラクターが何かしらの刺激を感じた時に、脳を通して同期した体に電気信号を送る事で疑似的な痛覚を与えるのと、現実の体で刺激があった時にログアウトする安全策らしい。
ビショップはそのやり方を全て捨てて、全く別の新しい方法を考えていた。
まず、キャラの容姿を生成したら、疑似的な肉体データをゲームから脳へ送る。
次に現実の体で損失している箇所を、疑似的肉体データで補って、脳からゲームへ送り返す。
最後に、ゲームシステムがプレイヤーをサポートして、現実と同じ体力のキャラクターにパラメータの能力を与える。
そうする事で、身体に欠けた部分があっても脳はあると認識して、VRでは健全者として動けるようにしようとしていた。
そして、プレイヤーはVRで今までよりも現実と同じ感覚を得ることが出来るらしい。
今までのプログラムだとビショップが考えた方法は不可能に近かったが、彼はこの方法を実現させるVR専用プログラムのアイデアが頭にあると言っていた。
最初にそれを聞いた時、妙にオカルトな理論だと思っていたけど、それは彼も同じらしく、「要は催眠術と同じだよ」と笑っていた。
そして、俺が頼まれたのは、疑似的な肉体のベースデータの作成だった。
日常の動きだけなら誰でも簡単にデータ化できた。
だけど、ビショップはゲームのキャラクターでも対応できるデータが欲しいと言う。
ゲームのキャラクターに求めるのは、オリンピック選手顔負けの運動神経、格闘家並みの戦闘力、そして後は……特に思い浮かばなないから、何でもいいか。
要は人間の限界を超えろって事だ。この外人、無茶を言いやがる……。
まず、ビショップはサンプルデータを入手するためのmodファイルを俺に送ってきた。
このmodファイルはゲームのパラメータを排除して、現実と同じ体力のキャラクターにするのだが……最初にmodファイルを入れたゲームをプレイして愕然とする。
今まで快適に動いていたキャラクターが嘘だったかのように鈍くなり、装備が重く、少し動いただけで疲れを感じた。
こんな状態でゲームなんてとてもじゃないが出来っこない。と言う事をビショップに話したら、彼は「……うん、分かった。仕方がないね」とショボンとした表情で言ってきた。
字幕にすると(´・ω・`)な感じ。
何となく自分の夢が叶えられないのは、全部俺のせいみたいな空気を出すのは卑怯だと思う。
結局、遠回しに煽られて、「体を鍛えるから、チョット待て!」と答えたけど、今思えば少しだけ後悔している。
それから、暇さえあれば夜遅くまで近所の公園で、走る、跳ぶ、登る、基礎的だけどゲームで動くのに重要なトレーニングを行った。
鍛えるために、高校で器械体操部に入ろうかと考えたけど、それはやめた。
だって、別に国体に出たいとは思わなかったし、ガキの頃から英才教育を受けていた連中には敵わなかったし、そもそも目的がゲームだったし……。
ちなみに、登ると言っても階段や梯子ではなく、ボルタリングみたいに垂直な崖をよじ登る様なトレーニングで腕力がかなりシンドイ。
そして、半年間トレーニングを続けていると、最初の内はモタモタしていたキャラクターが、普通に動けるようになってきた。
俺が普通に動けるようになると、ビショップが新たにmodファイルを寄越してきた。嫌な予感しかなかった。
今度のmodは敵の攻撃力が減る替わりに、ゲーム内の速度が倍になるファイルだった。ビショップ曰く、「動体視力を鍛えるmodだよ……テヘ」だそうだ。
俺はmodファイルの内容よりも、その「テヘ」に殺意を抱いた。
それから3年間。現実で体力を、ゲームで動体視力を鍛え続けた結果、気が付けば障害物を素早く通り抜けるスポーツ、パルクールみたいになっていた。
ちなみにパルクールとは、たかが障害物徒競走をスタイリッシュ(笑)に走るアホみたいなヤツ。
 




