第93話 異世界での修学旅行・5
「ダンビュライト侯……」
早足で歩いてきたクラウスが、私とネーヴェの間を遮るようにしてネーヴェと相対する。
「今の魔力……君がネーヴェ君だね? ねぇ、今、アスカに何しようとしてたの……?」
「アスカが、隠し事をしているので……」
クラウスの厳しい表情に臆したのか、珍しくネーヴェが視線を泳がせる。
「だから強引に人の記憶を覗き見ようとした? 駄目だよ……ツヴェルフに隠し事してるのは僕らだって同じでしょ? ツヴェルフだから何しても良いって感覚はどうかと思うよ?」
そう言うクラウスの言葉は口調こそ優しかったけど、ネーヴェの表情が明らかに強張る。
ローブの下の方が不自然に揺れていて、膝が震えてるのが分かる。
クラウスの発言はここまで怯えさせるようなものじゃない。
言葉と同時に何かしらのテレパシーを送ったのは明白だ。
「クラウス……何を言ったの?」
「別に……ちょっと脅かしただけだよ」
私の問いかけに対して薄ら笑うクラウスが、少し怖い。
「ごめんなさい、飛鳥さん……ちょっとネーヴェ君と2人きりで話させてもらっていいですか?」
ネーヴェの肩に手を置き、遠慮がちに優里が呟く。
優里が何を話そうとしてるのか、すぐに予想がついた。
「……分かった。ネーヴェの事は優里に任せるわ」
最初にあの人に地球に帰りたいと言った事も、クラウスに協力を仰ぐ事も自分一人で決めた私に、優里を止める権利は無い。
「ありがとうございます。ネーヴェ君、ちょっと外に出て話そうか?」
できればネーヴェが協力してくれる事を願いながら、店を出ていく2人の背中を見送る。
「……いいの?」
ドアが閉まってから、改めてクラウスに問われる。
ネーヴェに話す事のリスクの高さをクラウスも分かってるんだろう。
「ええ……私より優里の方が、ずっと上手く説得してくれると思うわ」
日記をパクった事もバレてる上にネーヴェの好感度を下げるような事しか言えない私が傍にいても、優里の邪魔になるだけだろう。
「そうだね……アスカは人と真っ直ぐ向き合い過ぎる。あの子にとって、アスカはすごく重たいと思うよ」
ネーヴェにも言われたけど、私、そんなに重たいだろうか?
どちらかと言えば、ネーヴェや有力貴族達が私を軽く見過ぎてるだけな気がするんだけど。
「それよりアスカ……買い物は終わったの?」
クラウスに問われ、改めてカウンターのショーケースに並んだブローチに目を向ける。
「……ラインヴァイスが色神だって、最初から言ってくれたら良かったのに」
「ああ……ブローチの姿と全く違って、笑っちゃうでしょ?」
バレちゃったか、と言わんばかりに困った顔で笑う。
確かに、両翼を広げて勇ましい鷲の姿は、確かに今のラインヴァイスとは似ても似つかないけれど。
「私は今のラインヴァイスも好きだけど……あ、そうだ、クラウスにこれ渡しておくわ。ラインヴァイスが寝る場所に敷いてあげて」
毛織物のお店で購入した、フカフカの毛皮の膝掛をクラウスに手渡す。
「人間だって、寝心地の良い布団の方が嬉しいじゃない? ラインヴァイスも絶対寝心地が良い方が嬉しいと思うのよ」
今日も着いてきてないという事は、きっと館で眠っているんだろう。
何の敷物も無い固い机の上で眠り続けるのは可哀想だ。
膝掛を渡す際に視界に入った時計は10時半を過ぎている。
クラウスが来てくれたのは良かったけど、もうあまり時間がない。
クラウスが意識を失う12時――いや、11時半頃までに買い物を済ませて白馬車に戻らないと。
「すみません! このペイシュヴァルツのブローチ、贈り物にしたいんですけど……! 後、隣のラインヴァイスのブローチも1つください!」
店員に呼びかける際に、多分これが最後の買い物になると思ったらちょっと欲が出てしまう。
「ねぇ、アスカ……そこまで僕に気を使わなくてもいいよ」
「何の事? その膝掛の事ならクラウスに、って言うよりラインヴァイスに気を使った感じなんだけど……」
膝掛を指さして答えると、苦笑いを返される。
「違うよ、ブローチ……ペイシュヴァルツのブローチだけ買ったら、僕が気を悪くすると思ったんでしょ?」
「え、これは単にラインヴァイスのブローチが可愛いから、皆お揃いで買ったこのスカーフに着けようと思って……ほら、地球に帰った後このスカーフ見たら、皆の事も今日の事も思い出せるじゃない? これにラインヴァイスのブローチもあったら、クラウスやラインヴァイスの事も思い返せるし……」
そこまで言って、貴方との思い出を振り返れるから――なんて発言は重いのでは?と疑問が過る。
ソフィアへのハグもそうだけど、この世界に来てからどうも自分が人に対して馴れ馴れしくなってる気がして、恥ずかしくなる。
「ああ……ごめん、こういう発想は気持ち悪いわよね。すみません、やっぱりラインヴァイスのブローチはやめます!」
こちらにやってきた店員に訂正し、袋からお金を取り出そうとすると、クラウスの手に遮られた。
「……アスカ、2階ではコサージュを売ってるみたいだよ? もう時間もあんまりないし、僕がここの会計を済ませておくから、先に上がって見てくると良い」
(そっか……クラウスが戻って来たから、お金返していいんだ)
大金の入った袋を返し、気が楽になったところで促された通り2階に上がる事にした。
2階に置かれたショーケースの中には、色とりどりの花を模ったコサージュが並んでいた。
金属や宝石が煌めくブローチとはまた違った華やかさをスカーフに添えてくれるだろう。
部屋の片隅には女性の店員が座っている。
時間が無いとはいえ、やっぱり綺麗な物を見ると一通り見て回りたくなるもので。
時間を気にしながら足早に巡っていく。
「ねえ、どっちが良いかしら?」
聞き慣れた声に振り向くと、隅の方でソフィアとリチャードが寄り添って何だか良いムードを醸し出している。ソフィアは本当に楽しそうだ。
「どっちも素敵です……こちらは、ソフィア様の華やかさが増しますし、そちらは清純な感じが……」
リチャードが話している最中、私と目が合ったソフィアの顔が急に厳しいものになる。
「わ、私は、どっちが良いか、と聞いたのだけど!? 全く……ちゃんと質問に答えてくれないと困るわ!」
ふい、とそっぽを向くソフィアに、心の中に散らばっていた疑問が組み合わさって一つの答えが弾き出された。
(ソフィアの態度……人にイチャイチャしてるところを見られるのが恥ずかしいが故のツンデレだったのね……)
これ、私お邪魔虫だな――と思いつつ時間も迫っている事もあり、歩く速度をより早めてコサージュを眺めて見ていく。
色鮮やかな花を象ったコサージュは、地球の花に似ている物も多く、見ていて飽きない。
もうちょっと、時間に余裕があれば良かったのに。
「あの、ソフィア様……もし良かったら、この中で貴方が好きな花をプレゼントさせてもらえませんか?」
リチャードはまだ私が上がって来た事に気づいてないんだろうか?
不機嫌になったソフィアにめげずに声をかける。
「確かに、貴方と僕とでは花を咲かせる場所が違います……ならばせめてこの枯れない花に、僕の想いを込めたい。貴方が望む花で無かったとしても」
「リチャード! よりによって今このタイミングで口説いてこないで!! 友人の前で口説かれるなんて、恥ずかしい事この上無いわ!」
空気の読めない愛の言葉にソフィアが猛反発すると、リチャードはこちらに気づいて赤面した状態で俯いてしまう。
本当に、後数分――私が一通りコサージュ見終えて降りるまで待っててほしかった。
「そろそろお昼だし、リチャードにコサージュ買ってもらうなら早めに決めてね」
2人に気づかれてしまったのでとりあえず時間が無い事だけ促し、素敵な告白を台無しにしてしまった罪悪感を背負いつつ階段を降りる。
「は、早いね。コサージュにはあんまり興味無かった……?」
ちょっと驚いた様子のクラウスに事情を話す気にもなれず、横に並ぶ。
既に会計を済ませたんだろう、満面の笑顔の店員がカウンターの上に2つのケースを置いた所だった。
指輪を入れるような黒いケースと白いケースが1つずつ並んでいる。
黒いケースに何が入ってるかは分かるけど、もう一つは――?
「これは、僕からアスカへのプレゼント」
私の疑問を察するようにクラウスがカウンターの白いケースを手に取って、そのまま私に手渡してきた。
恐る恐る開いてみると、先程買おうとしていたラインヴァイスのブローチ。
そして、クラウスのコートの襟にも同じブローチがつけられている。
同じ物を2つ買った、って事だろうか?
ケースに入った物と襟につけられた物を交互に見比べると、私が何を考えているのかあからさまに分かったようで。
「アスカが友達と同じ物を揃えるなら、僕もアスカと同じ物が欲しいなと思っただけなんだけど……気持ち悪かった、かな?」
勝手にお揃いにされるのは、正直気持ちの良い物ではないけれど――今まで友人がいなかったクラウスがその辺の距離感が掴めないのは仕方がない気がする。
それにクラウスの行動を気持ち悪いと言ってしまったら、私のさっきの行動も本当に気持ち悪いものになってしまう。
気持ち悪いよね、と口では言ったけど、本当に気持ち悪いものにはしたくない。
「そんな事ないけど……どうせお揃いにするなら、2人で決めた物が良かったかな。お揃いの物ってね、一緒に『これがいいね』って選ぶのも想い出になるから」
「……じゃあ、そういうお揃いも、一緒に選ぶ……?」
そう言った所でフラ、とクラウスの体が揺れる。
咄嗟に支えたお陰でそのまま倒れ込む事は無かったけど、時計を見るともう11時近い。
露店通りを歩いて帰る事を考えたら、もう帰らないと。
「そろそろ帰りましょう……クラウス、そこで休んでて。今、リチャードとソフィア呼んでくるから」
「僕も一緒に行くよ。今日は調子が良いから……まだ、大丈夫だから」
隅にあるテーブルと椅子に誘導しようとすると、クラウスはそれを拒んで首を横に振った。
再び2階に上がると、リチャードとソフィアは丁度コサージュを購入したところだった。
そして店を出たところで、まだ顔が真っ赤なアンナと隣で両頬を手の形に赤く腫らしながらチラチラ心配そうにアンナを見やるアシュレー、少し離れた出店でクレープらしき物を食べている優里とネーヴェと合流する。
ネーヴェの目がちょっと赤くなってるのを見て、泣かせてしまった罪悪感を感じつつ、元来た道を歩いてカフェに向かう。
アシュレーとアンナが互いに寄り添い、リチャードがソフィアに寄り添い、ユーリとネーヴェが手を繋いでいる。
行きは女子会だったけど、帰りはデートみたいだ。
特に何も問題が無ければ、微笑ましい光景にただ良かった、と思うだけだったんだろうけど――私のすぐ横を歩くクラウスは顔色が悪く、歩く足取りも緩やかなのが気にかかる。
「アスカ……?」
「肩を貸すわ。少しは楽になるでしょう?」
肩に遠慮がちに手を置かれると少しクラウスの体重がかかる。
この状態だと私のバランスが取りづらいので、クラウスの腰の方に手を回す。
今は極力貯めたくない白の魔力が、じわ、と沁み込んでくる。
しっかり抱き合う時より少ない量だし、クラウスを支えて歩く分には致し方ない。
「……私の白の魔力って、今、どのくらい溜まってるの?」
「……5分の1位、かな」
それならこのままクラウスを支えて歩いても大した量にはならないだろう。そのまま歩みを進める。
幸い、前方が私達以上に仲が良い感じが出ているからか、不思議な寄り添い方をする私とクラウスが悪目立ちする事は無かった。




