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第8話 メイクアップ


 化粧とヘアセットを施されてる間に少しでもこの世界の情報を集めようと思ったものの、セリアが真剣な表情で手早く動くから話しかけるタイミングがつかめない。


 テキパキと顔や肩、首に化粧水のような物を塗られ、拭かれ、クリームを塗られ、頬に粉をたかれていく。


(今はセットが終わるのを待つしかないわね……)


 自分が出来上がっていく姿をぼんやりと見つめながら、どの位経過した頃だろう――ふぅ、とセリアが一つ息をつき「できました!」と達成感に満ちた表情で冊子程の大きさの三面鏡を広げた。


「いかがですか! この、綺麗にまとめられていながらさして特徴的な部分もなく、全く印象に残らない感じ……! これぞ、ザ・無難!」


 自信満々にセリアは言いきるけど、鏡越しの三面鏡に映るのは綺麗に梳かれた暗めの茶髪と、それを纏める藍色の宝石で装飾されたバレッタ。

 目の前の鏡に映るナチュラルメイクにほんの少し濃いめのチークや口紅をさした化粧はけして控えめな物には思えない。


「すごく、普通というか……良い感じに見えるけど……?」


 立ち上がってさっきの全身鏡で全体を確認する。ドレス負けしていた先程と大違いだ。

 首のチョーカーやイヤリングも特に違和感もなく、これならかしこまったパーティーにも行けるだろう。


「パーティー会場は暖色の明かりが差すので、この程度の化粧だと明かりに負けてしまって映えないんですよ。後、装飾品も全てドレスと同じような色合いで纏めたので他の姫君に比べて圧倒的に目立ちません。他の目立つように工夫されてる姫君が多い場であれば猶更です! これならホールからいなくなっても誰も気づかないでしょう!」


 早口で力説した後、静かに三面鏡を閉じて脇に抱えたセリアは腰に両手を当て、ふふん、とドヤ顔になる。


 ――私、お役に立ちますでしょう?――


 今にもそんな声が聞こえてきそうだ。実際、化粧もヘアメイクも装飾も何一つ文句もなく、自分でやったら絶対こうはならないのでとても助かっている。

 礼節を弁える所は弁え、優しくて、プロ意識も技術も高くて、ちょっと暴走する傾向があるみたいだけど――それはそれで親しみがわくというか。


「ありがとう。セリアが付いてくれる事になって良かったわ」


 そう言って微笑うとセリアは深くお辞儀をする。お礼を言われたのが嬉しかったのか、お辞儀をする前に口角がより上がったのが見えた。



 メイクやヘアセットが終わって部屋を出ると、誰の姿もいない。どうやら私は一番早く仕上がったようだ。


「メアリー様が来られるまでまだ時間がありますね……何か聞きたい事などあれば遠慮なく仰ってください」


 控えめで無難なメイクアップが功を成したのか、予想外の質問タイムをセリアから切り出してくれた。


「えーっと……まずは……セレンディバイトって何か危ない家なの?」


 先程のセリアの態度が気にかかって質問すると、セリアは静かに首を横に振る。


「……いえ。由緒正しき黒の家系で、有力貴族の中でも特に秀でている6大公爵家の1つです。その上ダグラス様は若くして数々の武勲も立てられ皇家に次ぐ英雄の称号を有しておられる、とても優れたお方です。」


 とても優れた、に力が込められている所が気になるけど、もっと気になった単語を追及していく。


「黒の家系? 称号?」


 ああ、とセリアは思い出したように声を出し、両手をこれから水を汲むかのように合わせて目を閉じた。


「明日以降、メアリー様から詳しく説明されると思いますが……」


 数秒後、セリアの両手の中に淡く鮮やかな瑠璃るり色の光が現れ、思わずうわぁ、と声が漏れる。


「これが魔力です。ル・ティベルに生きる者の魔力は皆、このように何かしらの色に染まっています。私は青系統なので水や冷気の魔法が他の魔法より使いやすいです。逆に黄系統……雷や土などを扱う魔法は苦手です」


 へぇー…と無意識に声が漏れる。自分の魔力の色で属性の得意不得意が決まる、というのが面白くて、純粋に興味を持った。


「家系、って事は魔力の色って遺伝するの?」

「はい。青と青が混ざれば青になりますし、赤と青が混ざれば紫になります。青と青が、と言いましたがそれぞれ色合いが違うので親と全く同じ青になる事はありません。親と全く同じ色の魔力の子が産まれるのはそもそも魔力を持っていないツヴェルフとの間だけです」


 そういえば『子どもの魔力は両親の魔力の中間になる』みたいな事をリヴィが言っていた気がする。その時は単純に魔力の質や量の事だと思っていたけど、もっと複雑な話のようだ。


「……親と同じ色を継がせるのって、そんなに重要な事なの?」

「貴族にとって魔力の色と、魔力を貯められる器の大きさはとても重要です。一般貴族が自分達より魔力の強い有力貴族との子を求めるように、有力貴族はより魔力を強める為にツヴェルフとの子を求めるのです」

「一般貴族はツヴェルフ求めないの?」

「ツヴェルフ自体は魅力的な存在ではありますが、ツヴェルフ自身に地位や名声、バックアップがある訳でもなく、下手に手を出すと有力貴族の顰蹙を買いかねませんから……命がけで取る程の価値はない高嶺の花、といった感じでしょうか。ツヴェルフが男性だとまた少し話は変わってくるのですが」


 なるほど。戦場に立っても勝てる見込みが低く、他の貴族に恨まれる可能性もある相手より、地位や名声が得られる有力貴族との婚姻を優先するのは理解できる。


「そう言えば何で今回のツヴェルフ……? は女性ばっかりなの?」

「ツヴェルフは十数年置きに数人しか呼べません。その中で恋愛関係に陥られては困るからです」


 セリアは淡々と答える。まあ確かに、自分達の子を作ってもらう為に召喚したのに勝手に身内で恋愛と子作りされたら面白くないのは間違いないだろうけど――


「召喚された身でこんな事言うのも変だけど……魔力を持ってない人間が欲しいなら、ツヴェルフ同士で子作りして魔力の無い子を量産した方が効率的なんじゃないの?」


 こちらとしては『召喚された者同士で子作りしてくださいと』と『この世界で貴方が良いと思った方と子作りしてください』の二択だったら、断然後者の方が選択の幅は広いけど――単純に思った疑問を伝えると、セリアはちょっと驚いた顔をしながらも質問に答えてくれた。


「……かつてはそういう研究もしていたというツヴェルフに関する文献を読んだ事はあるのですが……上手くいかなかったようですね」


 なるほど一応試してはみたけど、上手くいかないから異世界召喚を続けてるのか。他に聞きたい事は――と考えているとすぐ近くのドアが開いた。


「飛鳥さん、早いですね!」


 黒髪のメイドに続いて現れたのは――優里?


 白をベースに薄桃色が織り交った柔らかな膨らみのあるバルーンラインのドレスと、髪を纏める為にさりげなく耳の両脇に使われている赤い宝石の髪留めが良く似合っている。

 綺麗だけど、少しやり過ぎでは? と感じる化粧もきっとパーティー会場の中ではちょうどいいのだろう。そして、何より――


「優里……よね? 眼鏡はどうしたの?」


 先程までかけていた眼鏡がかけれらていない。


「眼鏡はこのドレスに合わないからって、魔法で調節してもらってるんです!ユンさん凄いんですよ、こう、指先を私の目に近づけてきて何か光らせたと思ったら、急に視力が良くなって……!」


 ユン、とは優里のメイドの名前だろうか? 感動ではしゃぐ優里の隣に立つ黒髪に少し暗い金色の瞳のメイドは優里の感動に表情を変える事なく静かに待機している。


「へぇ……そういう魔法もあるんだ。何色?」

「目に薄い水の膜を張って視力を調節する魔法なので何色か、と言われれば青色です。ただ効果は術者が近くでそれを意識している間だけで、魔力も随時消耗していきます。ユンの魔力は黄色なので、少し辛いかもしれませんね」


 けして珍しい魔法ではないらしく、サラリとセリアが答える。そしてセリアの言葉に「え?」と優里が申し訳なさそうな表情でユンを見る。


「大丈夫です。苦手と言えどこの程度の魔法、パーティーの間の2、3時間でしたら大して疲れません」


 涼しい顔で優里に微笑んだ後、冷めた視線でセリアの方を見据えてくる。何か『余計な事言ってんじゃないよ』って言ってるように見える。


 セリアはセリアで『あら、主人が聞いたから答えただけですが何か?』と言わんばかりに微笑みを絶やさない。


 え、待って。この2人ひょっとして仲が――なんて悪い予感はまた別のドアが開く音にさえぎられた。


「お待たせ」


 淡々とした印象の金髪のメイドと共に出てきたのはこれ以上ない位に美しく飾られたソフィアだ。

 露出こそ控えめだけど体のラインがピッタリと出る真紅のスレンダーなドレスを見事に着こなしており、ポニーテールを下ろした金髪は緩くウェーブがかかっていて、真っ赤な口紅と共に何とも甘美な色気を放っている。


(すっご……赤い口紅って似合う人には物凄く似合うのね……)


 実は外国の女優や歌姫なの、と言われたらすんなりと信じられる位には、様になっている。

 そんなソフィアに見惚れてると、ソフィアの方は驚いたように私の顔をマジマジと眺めてくる。



「アスカ……貴方ちょっと地味じゃない?」

「あまり目立ちたくないから、無難に仕立ててもらったの」


 自分的には無難と言うにはあまりにも素敵に仕上がっていると思うんだけど、セリアの言っていた通り、パーティーに出るには控えめすぎるらしい。


「もったいない……こういう場所で目立つと後々有利な事もあるのよ? まあ、目立たない事からこそ得られる情報もあるのは否定しないけど」


 その言い方から、ソフィアはパーティーに出慣れている感じがした。これだけ美人ならそれも頷ける。そしてソフィアは可愛く仕立てられた優里の方へ視線を移す。


「ユーリは良い感じに仕上がってるのね。アンナは……まだみたいね。あそこの部屋に入っていったんだけど」


 ソフィアが指さしたドアに視線が集まると同時に、ガチャリ、とドアノブが動く。


「アンナ様、もう時間ですよ! 早く出ましょうー!?」

「や、やっぱり無理です……ごめんなさい! パーティーなんて、出たくないです!」


 ドアが開かれると同時に現れた赤毛のメイドの呆れたような声が響き渡り、続いてアンナの弱弱しい叫びが聞こえた。


 なになに、と3人こぞってアンナの部屋の前に集まる。私は慣れないドレスに歩くのに少し手間取りながらソフィアの横から覗き込んだ。


 アンナの部屋の隅に、フリルがふんだんに使われた緑色のドレスの塊が見える。そのてっぺんには綺麗に梳かれたサラサラの赤毛。


「もー、めっちゃ良い感じに仕上がった! と思ったら何がダメなのか部屋の隅っこから動かなくなっちゃって! 皆さんからも何か言ってくださいよ!」


 メイドの中では一番小柄で、幼い印象を受ける赤毛のメイドは少し舌ったらずな声でぷりぷり怒っている。


「アンナさん、どうしたんですか?」

「パーティー、出たくないです……!」

「何で?」

「何ででもです……!!」


 アンナは優里とソフィアの問いかけに振りかえる事もなく頑なに縮こまり、異世界召喚された時のように何かブツブツ呟いている。


「パーティーが嫌ならドレス着る前に具合悪くなって~とか適当に言えば良かったじゃない。着付けやメイクして貰った後に出たくないって、流石に失礼よ?」


 ソフィアの呆れた声に緑の塊と化したアンナが沈黙する。

 確かに状況が状況だけに、ドタキャンしたくなる気持ちは痛い位分かる。でも流石にドタキャンは失礼だとも思ってしまう。


「まあ……パーティーに出るにしろ出ないにしろ、せっかくドレス着たんだからここにいる皆にお披露目位してくれてもいいんじゃない? メイドさん、せっかく頑張ったんだし」


 私が恐る恐る声をかける横で、アンナのメイドがウンウンと大きく頷いている。

 しばしの沈黙が流れた後に、アンナが立ち上がる。


「ジャ、ジャンヌちゃんが頑張ってくれたのは分かるんです! で、でも……こんな素敵な姿だと後で本当の私を知った時に皆さん幻滅すると思うんです……! ソバカスだって綺麗に消えてるし……でも!!」


 そう言ってこちらを振り返ったアンナに、思わず目を奪われる。


 綺麗な緑の瞳がより大きく見えるように施されたアイシャドー、彩やかなピンクの口紅と、グロスのような物も使っているのかぷるんとした艶めく唇。


 ソバカスも全くなく、癖毛も綺麗にまとめられて美しく化粧されたアンナの姿はソフィアに見劣りしない。ソフィアが薔薇を背負うなら、こちらは百合を背負える美しさというか。


「見知らぬ人にこの姿で出会うのは正直詐欺だと思うんです!!」


 ドタキャンはどうかと思うけど、そう嘆くアンナの気持ちは少し理解できた。それ位、先程のアンナと今のアンナとは抱く印象が違う。


「……皆さんは私の元の顔を知ってますけど、こんな姿でパーティーに出たら私はこんな顔なんだってこの世界の人に思われるじゃないですか……! でも、パーティーが終わったら化粧落とすじゃないですか……!!」


 確かにマイナスからプラスよりプラスからマイナスに転じた方がダメージは大きい。

 でも元々の容姿が悪い訳でもないのに嘆き続けるアンナは過剰反応のような気がする。容姿に特別なコンプレックスでもあるんだろうか?


「わああ、アンナ様!! 顔を覆わないでくださいぃ!!」


 アンナが手に着けている薄く白い手袋で顔を覆うと化粧が崩れると思ったのか、ジャンヌが叫んだ、その時――


「お静かに!!」


 聞き覚えのある声と鐘の音が、室内に響き渡った。



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