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銀色の渡り鳥~異世界に召喚されたけど価値観が合わないので帰りたい~  作者: 紺名 音子
本編

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第85話 初夜のルール

 

 絶え間なくバラバラ打ち付ける雨音が響く室内でソフィアに想いをせていると、微かにドアをノックする音が聞こえた。


 セリアがドアを開けると、メイドが2人分の昼食をサービスワゴンに乗せて入ってきた。

 どうやら私に自室待機令が出たせいで一緒にいないといけないセリアの分の昼食も運ばれてきたようだ。


 セリアが部屋を訪れたメイドに明日私がクラウスと街へ行く約束をしてる事などを含めたいくつかの言付けを済ませた後、申し訳なさそうに同じテーブルで食事していいか聞いてきたので即了承する。


 トレーをテーブルに置いて座るなり、食べ始めたセリアに思わず目を奪われた。

 けして汚い食べ方ではなく、綺麗に手早く食べていく姿は見ていて爽快感すら感じる。

 そして私が半分も食べ終えない間に、きっちり綺麗に食事を終わらせた。


「アスカ様は気になさらずゆっくりお食べください」


 そう言ってセリアはさっき私が渡した紙袋からクッキーを一枚取り出して口に入れる。

 それも一気に食べるのかなと思ってたらもう一枚だけ取り出した後、紙袋をエプロンのポケットに入れた。


「……美味しい?」


 今は明るく聞けるような心境じゃないけど、それでも美味しいかどうかは聞きたいもので。


「はい、すごく美味しいです。残りは大切に頂きますね」


 微笑むセリアの表情に、渡せて良かったなと思う。

 だけどその微笑みをセリアはすぐに曇らせた。


「アスカ様……今の状況ですと、もしかしたら明日私も同行する事になるかもしれません。クラウス様とのデートを邪魔したくはないのですが……」

「……デート?」


 セリアに気まずそうに言われ、予想外の単語を復唱する。


「婚約者候補と二人きりで出かける事を、地球ではデートと言わないのですか?」

「ああ、うん……そうね、言われてみればこの状況は確かにデートね……」


 自分に好意を持ってる訳じゃない人間と一緒に出掛ける事を『デート』と言われるのは違和感があるけど――私達の事情を知らない第三者から見れば間違いなくデートに見えるし、実際デートだと思われた方が都合が良いので肯定しておく。


 (そろそろ喧嘩についても色々考えておかないと……)


 1ヶ月あの人の館で過ごす事になると思うと、喧嘩の期間はなるべく引き延ばしておきい。

 後、明日デート帰りに喧嘩した事にするか、明後日の朝ソフィアと会わせた後に喧嘩した事にするか――もしソフィアの体が傷ついてるなら、クラウスに治してもらいたい。そう考えると後者でいきたい。


 考えなきゃいけない事は他にもたくさんある。

 1つ1つ向き合っていかないと、と顔を上げると、真顔で私を見つめていたセリアとバッチリ目が合う。


「ちなみにアスカ様……クラウス様とはどこまで進展されたんですか?」

「えっ……」


 目が合うなり繰り出された質問に、戸惑ってる間に言葉が重ねられる。


「クラウス様は何故か私の事を警戒していますし、アスカ様の白の魔力がまだ半分も満たされてないのでクラウス様とのお出かけに同行していませんが……一線超えそうな時は一言でいいので教えてくださいね」


 セリアの爆弾発言に、一瞬脳が硬直する。


「え……それって、『私、今日、抱かれるかもしれない……』って事前にセリアに言えって事? いくらなんでもそれは無理だわ……」


 それを伝えて抱かれるのも恥ずかしいし、抱かれなかったらそれはそれで恥ずかしい。

 無理だと言った後(クラウスに抱かれる可能性はないんだから、軽く受け流せば良かったかな――?)と反省したところでセリアが強く反論してきた。


「駄目です。そういう状況の時に私が近くで待機していないと、何かあった時にアスカ様を助けられません。都合が悪い事を相手が隠蔽いんぺいする可能性もあります。その為、ツヴェルフが初めての方と初めて契られる時は、あらゆる可能性を考慮してメイドは部屋の前で待機する事になっています」

「……はぁ!?」


 セリアが言った言葉を脳が理解した瞬間、反射的に品性の欠片もない無い声が上がる。


「無理無理、無理だって!! それってつまり、セリアにそういう時の声とか……聞かれるかもしれないって事でしょう!?」


 言いながら、一昨日の夜ただただアンナの部屋の前で壁を見つめていたジャンヌの姿が脳裏を過る。


(そう言えば……アシュレーがアンナの部屋にいたっぽい時、部屋の前にジャンヌがいた。あの時は何も思わなかったけど、そういう事だったの……!?)


 アシュレーはキスどまりで終わったらしいから、実際あの部屋でそういう行為は行われなかったみたいだけど、もしそういう行為に至ってたら――他人の事ながら身の毛がよだつ。


 ずっと昔の偉い人がそういう事する時、暗殺等の危険を考慮して第三者が同じ部屋にいて監視する、って話は何かの本で読んだ事がある。


 その時は(偉い人、超気の毒……!)位にしか思ってなかったけど、まさか自分の身に降りかかるとは思っていなかった。


 一部始終見られない分、偉い人よりマシ――とは思えない。

 『助けて』『嫌』と叫んだ時に入ってきてくれるのは確かに心強いけど、自分にとって都合が良い言葉だけを聞かれる訳じゃない。

 

 正直、これは<死にたくなる辱め>に値するかもしれない。


「アスカ様が助けを求める声以外、どのような声を上げられようと私は一切気にしませんので、アスカ様も私の存在を気にしないでください」


 私の感情に相反するようにセリアが明るい笑顔でガッツポーズしてきたので、


「無理でしょ!? 私だってセリアの立場だったらそう言えるけど、セリアが私の立場だったらそれ言える!?」


 思わず声を荒げて放ってしまった問いかけに、セリアは少し考えこんだ後、笑顔で答える。


「少し恥ずかしいですけど……自分の命を守る為だと思えば、受け入れるしかありません」

「で、でも相手だって、絶対そういう時の声をメイドに聞かれたくないって!!」


 男の人が部屋の外に聞こえるレベルであえいだり騒いだりするのか、よく知らないけど。


「大丈夫です。ツヴェルフと契る時にメイドが部屋の傍で待機する事は周知されていますし、それを拒んだ場合は皇家に通告されます。相手はメイドに聞かれている事を承知の上でツヴェルフと契ります」

「マジで!? 有力貴族にまともな人間いないの!?」


 ハッキリ断言されてオブラートにも包めない率直な感想が飛び出る。


「正々堂々ツヴェルフと契れない者こそ、まともではないのです。よってツヴェルフと性交する際は防音障壁を使用する事も禁止されています。そんな小技を使う人間にツヴェルフと結ばれる資格はありません」


 キリっと真顔で言い切ったセリアに、もう声を荒げる気力もない。


「ねぇ、この世界の有力貴族の価値観、絶対おかしいって……ツヴェルフにはプライバシーってものが無いの……?」

「プライバシーを尊重した結果、起きた悲劇も少なくありません。私自身、アスカ様に何かあった時に助けられなかったら、きっと一生悔やむと思います……」


 顔を俯かせて絶望したように嘆けば、セリアも悲しい声で応戦してくる。


 落ち着け。落ち着くのよ。

 後1か月で離れる世界で自分の意思を主張した所で何の得にもならない。ここでセリアを説き伏せた所で何も変わらない。


 むしろここで説き伏せて、そういう展開になった時にセリアの助けが入らなくなると思うと――


「……分かった、分かったわ。何か怪しい空気になってきたらセリアに言うわ」


 説得する事は逆に悪手であると気づいて、話を切り上げる。


 これはもう、絶対に1ヶ月で地球へ逃げ切るしかない。

 クラウスはまず心配いらないとして、とにかくあの人とそういう状況にならなければいいのだ。


「ありがとうございます。安心してください、けして言いふらしたりしませんので」


 心の底からホッとした表情で微笑むセリアを見て、思う。


 ここは<天国のように飾り立てられた地獄>なのでは? と――



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