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銀色の渡り鳥~異世界に召喚されたけど価値観が合わないので帰りたい~  作者: 紺名 音子
本編

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第70話 授業・Q&A


 ダンビュライト邸を出て皇城に着いた頃には、授業が始まる時間を少し過ぎていた。


「アスカ様……その服、どうしたんですか!?」


 皇城の門の前で待っていたセリアが白馬車から降りた私を見るなり、驚きの声をあげて駆け寄ってくる。


「向こうでちょっと服を汚しちゃって……」

「とにかく、教室には着替えてから行きましょう!」


 追及されるかと思いきや、それどころではないと言わんばかりのセリアは私の手を引いて、やや強引に部屋まで連れて行く。


 薄灰のワンピースは質素な印象はあるものの、着替える程の見苦しい物ではない気がするんだけど。

 セリアの気迫に負けて何も言えない。


 部屋に入ると、既に用意されていた黒色と濃灰の高級感溢れるワンピースに着替えさせられ、きっちり黒の婚約リボンで今度はポニーテールではなくシンプルに結ばれる。

 何だかメイクもいつもより手が込んでる気がする。


「アスカ様、ちょっと鼻に血が……」

「え? あ、ごめん、ちょっと向こうで興奮して鼻血出しちゃって……! 服もそれで汚しちゃったのよ!」


 興奮して喧嘩した挙句の鼻血なので間違いじゃないんだけど、もうちょっと上手い言い訳はなかっただろうかと、言った後で反省する。


「……アスカ様がそう言うのでしたら、私はこれ以上追及いたしませんが……もし辛い事や悲しい事があった時は言ってくださいね。私、どんな話でも聞きますから。一人で溜め込まないでください」


 呆れられると思ったのに返ってきたのは意外にも優しい言葉で、孤独感が癒やされて涙がこみ上げてくる。

 今朝から涙がフル活動して涙腺が弱くなってる自覚はあるけど、やっぱり辛い時に他人の優しさは本当に心に染みる。


 セリアに隠れて地球に帰る計画立ててるから罪悪感あるけど、今はただこの、人に想われる優しさに、心強さに浸り――


「あ、アスカ様。泣かないでください。せっかく施したメイクが崩れるので」


 冷静にティッシュを目に当てられた途端、涙が引っ込む。


「……セリア、何か今日やけに気合入ってない?」

「今朝も言いましたが、本日は六会合……いつ何処でどの公爵とお会いする事になるか分かりませんからね。ダグラス様の婚約者としてみっともない姿は晒せません!」


 いつになく目力が凄いセリアに若干引きつつ、なすがままにされた。



 部屋を出る頃には10時を過ぎていた。

 セリアは『授業より体調不良や面会が重要視されますので、遅刻や欠席は気にしなくていいです』って言うけど、授業中に教室に入るのは妙にドキドキする。


 恐る恐る教室に入ると、まずメアリーと目が合った。


「……おはようございます。昨日は、色々ご迷惑おかけしてすみませんでした」

「アスカ様……もう、体調は良いのですか?」


 挨拶とともに昨日の非礼や失態を詫びると、思いのほか優しい声がかえってきた。


「お陰様で、今のところ大丈夫です」

「……その割にはまた、泣きそうな顔をしていますが?」


 メアリーの表情は嫌味ではなく、心配している人のそれだった。

 最初会った時は冷たい物言いと上から目線にムカついたけど――メアリーの普段の態度はエレンに比べたら、ずっと温かみがあるものだ。


 その温かみを実感すると、また目の奥からじんわりとしたものがこみ上げてくる。本当に今日は朝から涙腺が刺激されて困る。


「すみません……何か今更メアリーの優しさが心に染みちゃって……」

「お、おだてても何も出ませんよ! さあ、早く席についてください!」


 慌てるメアリーに席に座るように促される。

 優里もアンナも、いつもより華やかな服を着ている。どのメイドも考える事は同じなようだ。


「今日は午前中は皆さんの質問に答える形の授業を取っています。ツヴェルフがどんな事を疑問に思っているのか、今後ツヴェルフを招いた時の参考になりますからね。アスカ様は何か質問はありませんか?」

「質問……ツヴェルフが嫌いな人間って、いますか?」

 

 丁度頭のど真ん中に浮かんでいた疑問を率直に聞くと、メアリーの視線が鋭いものに変わった。


「……遭遇しましたか? 何処の誰です? 名前は?」


 追及してくる勢いに思わず戸惑う。そんなに食いついてくるとは思わなかった。


「い、いえ、以前、ツヴェルフ嫌いな人間もいるってセリアから聞いた事を思い出しただけです。特に何かされたり、言われたりした訳じゃありません」


 ダグラスさん程じゃないとは言え、ここでエレンの名前を出すと厄介な事になるのは目に見えている。これ以上クラウスに負担がかかる事は避けたい。


 私の返答にメアリーはそれ以上の追求はしてこず、目を細めて淡々と語りだした。


「……率直に申し上げれば、います。貴方方が今後この世界を生きる上で、婚約……結婚した先の貴族の家族や伴侶、婚約者、愛人、友人、部下……多くの人と関わりを持っていく中で『ツヴェルフ嫌い』に遭遇する可能性は高いでしょう」


 自分達を嫌う人達と遭遇そうぐうする可能性を説かれ、教室内に重々しい空気が漂う。


「ツヴェルフを嫌う理由は嫉妬や妬み、軽蔑……危害を加える理由も度合いも様々です。もし危害を加えられた、加えられそうだと思った場合はすぐに皇家に報告してください」


 エレンが私に抱く感情は何だろう? 彼女はツヴェルフ自体を毛嫌いしてるように見えた。

 その中でも、特に私に対して強い敵意を向けてるみたいだけど――今言われた中で一番近い感情は『軽蔑』だろうか?


「あの……ツヴェルフに危害を加えたら皇家に報告される事は、貴族も貴族じゃない人も知ってるんですよね? それでも危害を加えられる事があるんですか?」


 私の質問に興味を持った優里が重ねて質問する。


「勿論相手も承知の上で危害を加えてきます。頭でわかっていても感情が止められなかったり、自分が通告されるはずがない、処罰されるはずがない、と思い込んでいたり……」

「報告したら加害者の人はどうなるんですか?」

「それは言えません。ツヴェルフの罪悪感を煽りますからね。皆様は気軽に報告してくださればよいのです」


 その台詞言われて気軽に報告できる人がいたら見てみたいわ――と思いながら、今のやり取りもしっかりノートに書きこむ優里を眺めてるうちに、もう一つ疑問が浮かぶ。


「あの……私、この間の狩りで神器を使ったんですけど、この世界の人間からしたらツヴェルフが神器を使うのは不快な事ですか?」

「そうですね。私は貴方が神器に触れた事情を聞いていますが、知らない者からしたら……いえ、知っていたとしても不快に思う人間はいるでしょうね。非力な人間が自分達が使えない神聖な物を振るい戦おうとする様は、その神器を携える公爵家への忠誠が高い人間ほど、冒涜されているように感じるでしょう」


 軽蔑と冒涜が混ざれば、あんな態度にもなるか――と、ひとまずエレンの態度に納得する。


「……アスカ様、今の質問は確実に誰かから何か言われてますね?」


 メアリーの片眼鏡がキラりと光り、ビクりと体が硬直する。


「き、昨日レオナルドからちょっと注意されたので気になっただけです」

「そうですか……それならいいのですが」


 私の態度を不審に思ってるっぽいメアリーから視線を逸らすと、優里がこの世界の通貨について質問しだした。

 黒板を見ると、既にこの世界の家畜や魔道具の種類等やら色々書かれている。

 どうやら積極的に質問しているのは優里のようだ。


 ノートを広げ、メアリーと優里のやりとりを聞きながら黒板に書かれている事を書き込んでいく。


「あの、街に出る機会ってないんでしょうか? こういう授業ばかりだといまいち実感が湧かないというか……街を散策するだけでも学べる事は多いと思うんですけど……!」


(言われてみれば、皇城に来て1週間経つけど街に降りた事って一度ないわね……)


 馬車の中から見る限り皇都の街並みはとても綺麗で活気がある印象を受けたけど、実際にそこに降り立った訳じゃない。

 優里の質問に(私も街に出られるなら出てみたいな――)なんて気持ちが湧き上がる。


 地球に帰るのは大前提だけど、せっかく異世界に来たんだから一度くらい街に出て、この世界ならではの物とか食べ歩きながら散策してみたい。


「ツヴェルフが街に出るのは危険を伴います。ツヴェルフが街で学べる事など何もありません」


 優里の提案に対し、メアリーの反応は冷ややかだ。


「勝手にこの世界に連れてこられて、皇城に閉じこもって最低限の知識だけかっ詰められて貴族の館行かされて……こっちの人権尊重するなら、せめて授業の締めに街の散策くらいさせてほしいわ。ツヴェルフだけで街に出る事が問題なら、引率としてメアリーやメイド達もついて来ればいいんじゃない?」


 残念そうな優里が気の毒でちょっと後押ししてみるも、メアリーの反応は悪い。


「私達もツヴェルフの人権は尊重したいのですが……万が一ツヴェルフの方が市民と恋に落ちたら、お互い不幸になりますから」


 そう言えば、ソフィアのメイド――ビアンカが『ツヴェルフが平民と恋に落ちたら、貴族達が平民を殺しにかかる可能性が高い』みたいな事を言っていた。


 ツヴェルフの意向は尊重したいけど、トラブルも起こしたくない――という皇家側の事情は分かったけど、自由に街すら出られない状況じゃ『何不自由ない生活』なんて言葉も信用ならなくなってきた。


「それなら、魔物狩りみたいに婚約者候補の方をお誘いして街の散策デートとかどうでしょう!? これなら市民と恋に落ちるような事にはならないと思うんですけど……!」

「いいですね……街の散策デート、楽しそうです……!」


 なかなか諦めきれない優里の提案に、今度はアンナが賛同した。


「語らうならパーティーや皇城でも語り合えるでしょう?」

「パーティーは不特定多数対一人でしたし……ここで語らうのと外で語らうのは別物です! 素敵なカフェでお茶をしたり、露店で可愛いアクセサリーを買ってもらったり……!」


 メアリーが呆れたようにいさめるも、赤の魔力の影響か普段消極的なアンナの押しが強い。


(婚約者とデートか……)


 城では城に、遺跡では遺跡に適した会話をしたがるダグラスさんが、街ではどんな会話をしたがるのか――ちょっと興味が湧く。

 でも今の、押すのも引くのもヤバい事になりそうな状態で長時間のデートは危険すぎる。


(それに……素敵なカフェでのスイーツも可愛いアクセサリーも全部ダグラスさんのおごりって事になるのよね? それも借りになっちゃうのはちょっとなぁ……ツヴェルフが自力でお金稼ぐ方法って何かないのかしら?)


「駄目です。どうしても街での散策をお望みなら、こちらを介さずに各自婚約者に直接相談してください!」


 キッパリと言い切られ優里とアンナがガックリと落ち込んだところで、お昼を告げる鐘が鳴った。



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