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銀色の渡り鳥~異世界に召喚されたけど価値観が合わないので帰りたい~  作者: 紺名 音子
本編

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第63話 嘆く程の厄日


 セリアの声に言葉を止めたダグラスさんは立ち上がり、私に背を向ける。

 彼が離れた事に心底安堵しつつ、私も立ち上がってドアを開く。


 そこにはパンにコンソメスープ、チキンステーキにサラダ――食欲を刺激する香りを漂わせた食事と小さな紙袋を乗せたトレーを持ったセリアが微笑んでいた。


「ネーヴェ様からも数日分のお薬も頂いて来たのですが……もう少し遅く来た方が良かったですか?」


 セリアの最後の言葉は私の向こう――ダグラスさんを見ながら言っている感じがしたので振り返ってみると、彼は額を抑えていた。

 その横顔から表情は見えないけど、耳も顔も赤くなっているのが分かる。


 そんな様子から彼自身もこの状況に戸惑っているのが感じ取れたけど、かける声も思いつかずそのまま時計の方に目を向ける。

 セリアが下がってからピッタリ30分経っていた。


「丁度良かったわ。話も終わったし……」


 本音を言えば言質を取られる前に来てほしかったけど、夕食に合わせて来るように言ったのは自分なのだから諦めるしかない。

 言いながらトレーを受け取ると、手首のリボンが視界に入る。


「あら、アスカ様、そのリボン……」


 私の手首に丁寧に巻かれ結ばれたリボンとダグラスさんと交互に見ながら、セリアはこれ以上ない位にニヤニヤしだした。


「素敵なひと時を過ごされたようですね?」


 確かに、状況だけを見れば他人が羨むような甘いひと時だったのかもしれないけど――私の心には相手の混沌とした感情と、恐怖と、黒の魔力の圧迫感だけが焼き付けられている。


「どうしましょう……私、もう少し席を外してましょうか?」

「大丈夫。ダグラスさん、もう出ていかれ……ますよね?」


 恐る恐る問うと、ダグラスさんは額に当てた手を口元にずらし、こちらを向く。


「そ、そう……ですね。私はこれで失礼します」


 部屋を出ようとする歩き出したダグラスさんの足元が、微妙にフラついているように見える。

 そのまま道を開き部屋から出ていくのを見送り、静かにドアを閉めようとすると、


「飛鳥さん……!」


 私がドアを閉めようとするのを拒むかのように、ドアに手をかけられて阻まれた。何をしでかされるのかが怖くて、身がすくむ。


「……お休みなさい……良い、夢を」


 ダグラスさんが必死に考えて出したかのような言葉は、何処か初々しい。


「え、ええ。お休み、なさい」


 そう返すとダグラスさんは微笑み、手を離したのでそのままドアを静かに閉めた。


 彼の、私を見つめる眼が熱を帯びているように見えたのは多分私の勘違いじゃないんだろう。

 横で『あらあら、まあまあ!』と言わんばかりに目を見開かせるセリアの表情がそれを裏付けている。

 

「ああ、アスカ様の体調が悪くなければ、城門までお見送りされる事を全力でおススメするのに……!」


 あと一押しでいける! と言わんばかりにセリアが残念がる。


 (無理……!!)


 そんなに恋愛経験が豊富じゃない私でも、先ほどのやり取りであの人との間に変なフラグが立ってしまった事位分かる。


 あれは押さなくてもいってる。むしろいかないように全力で引き戻したい位だ。

 あんな率直な言葉と態度を重ねられたらもう、分からないフリもカマトトぶるのも厳しい。


(厄介な事になったわ……)


 ひとまずテーブルにトレーを置いて座り、スープに口をつける。

 温かさが体全体に染み渡る中、切り分けられたチキンステーキを一口一口噛み締めていく内に恐怖と体の緊張が少しずつ解けていく。


 もう一度スープで暖を取り、パンを齧りながら改めて先程の状況を客観的に分析する。


 機嫌を取ろうとするあまり、下手に出すぎた感はある。もう少し毅然とした態度でいけば良かったかもしれない。でもそうしたらどうなっていたか分からない。


 結果的に魔法はともかく訓練の事は有耶無耶になった。

 仮にこの後訓練してる姿を見られたとしても『禁止されたのは魔法だけだと思ってました』で言い逃れができる……はず。

 勿論、堂々と訓練する事は避ける必要があるけど。


 さっきから胸が針で刺されたように痛むのは、きっと、嘘をついたから。

『条件を受け入れるなんて一言も言ってません』――なんてもう、言えないから。


 あの人に熱を帯びた眼差しで、頬を染めて、情熱的に囁かれたら、と思った事もあったけど――いざ実際そうされても、帰る決意は揺るがない。

 最初に会った時にそうしてくれたら、この決意は変わっていたんだろうか?


(いえ……どの道あの魔力に触れた時点で、帰りたいと思ってたはず……)


 魔力が巡る感覚を思い返すと、彼に口づけされた手が再び震えだす。それ位私の体はアレを受け入れる事を拒んでいる。

 あの黒の魔力が、彼の純粋な好意を踏み躙る事への罪悪感を大分薄れさせてくれる。


 彼の好意がどれ程の物か分からない。だけどそれがどれ程の物であっても、私は、彼から、逃げたい。


(それでなくても常に相手の機嫌を気にしなきゃいけない恋愛なんてゴメンだわ……)


 不機嫌になったら威圧され、追いつめられ、縋る事を望まれる。よくよく考えたら彼自身も結構な地雷を複数持っている。しかも黒の魔力までついてくる。


 それでもあの人の狼狽える姿を、私に熱を上げる姿を見られた事にちょっとした優越感がこみ上げる。ようやく相手から一本取る事ができた優越感が。


 そして分かった事もある。恐らくだけど、彼は私以上に恋愛という物に慣れていない。

 慣れていればセリアが来た時にもう少し上手な振舞いができたはずだし、私にこんな優越感を抱かせる事はなかったはずだ。


 先程のやりとりのどこかで彼のスイッチが入った。だから一気に距離を詰めてきた。

 白の魔力が満ちてないからあの程度で済んだだけで、もし、満ちていたら――


(今後は迂闊に褒め殺したり媚びるのも危険だわ……極力隙を見せないように、一定の距離を保たないと……でも塩対応するとまた何か拗らせてきそうだし……)


 昔は可愛くてモテモテのクラスメイトや芸能人、物語のヒロインに対して(いいなぁ)と羨望の眼差しを向けた事もあったけど、いざ実際に自分がそういう明らかな好意を向けてくる人間をかわす立場になって、それが非常に窮屈な状態だという事が分かった。


 相手を怒らせないように、傷つけないように配慮すればするほど、気を使う。

 想い合う仲ならまだしも、その気の無い人間に対して無駄に気を使わなければならないのは辛い。


(怒らせないようにと言えば……ダグラスさんはどうして私がクラウスに魔力を注がれた事を、私が魔法を使った事を知っていたんだろう?)


 人目につきやすい訓練場で訓練していた事がダグラスさんにバレたのは分かる。

 だけど魔法は違う。今日私がクラウスから魔力を注がれた事を知り、その魔力を消費した事を知っているのは私を除いて一人しかいない。


「セリア……私、ダグラスさんに魔法使うのも訓練するのも駄目って言われたんだけどセリアは大丈夫? 叱られなかった?」


 魔法も訓練もメイドが乗り気じゃなければできない。色々助けてくれるセリアを疑いたくはないけど――


「いえ、私には特に何も……? ダグラス様、アスカ様に会うまでアスカ様の事が心配でそれどころじゃなかったのかもしれませんね……どうされます? 筋トレは続けられますか?」


 セリアの表情はまるで甘酸っぱい青春を眺め見る大人のように温かいけど、今はその微笑みが怖い。


(もしセリアがダグラスさんにチクってるなら、筋トレの事にも言及してくる気がするけど……駄目だ、今いち確証が得られない)


 そもそもセリアを疑ったらそれこそ一切訓練ができなくなる。今はとりあえず最低限の身動きがとれるよう、筋トレに力を入れるしかない。



 食事を終えた後お風呂に入り、白のネグリジェと黒のストールを身にまとう。

 セリアが退室した後、机の引き出しから2冊の本を取り出し部屋を出ようとドアを開けた瞬間、近くで人の声が聞こえて手が止まる。


「……くれぐれも、私が退室した後に他のツヴェルフの部屋に行くのはお控えくださいね?」


 このきびきびとした声は、ユンだ。私の隣の部屋は優里だから、間違いない。


 ああ、早朝から厄介な騎士に絡まれ、幻の貴公子から魔力を貰う際に『私の事が好きだったら嫌だ』等とのたまい、教室で厳しい教師にちょっと叱られた程度で涙を零し、神官長の孫に男の最低条件を説いたら『重くて我儘で欲張りだ』と蔑まれるという3つもの黒歴史を量産した挙句、恋煩った公爵からの好意と欲望と優しさと圧と恐怖が入り混じった恐ろしい求婚を受け入れざるを得ない状況に追い込まれ、今、仲間と地球に帰る計画にも邪魔が入ろうとしている。


 最後の最後まで上手くいかない今日は、まさに厄日と呼ぶにふさわしい。


 重い溜息が出るのを堪えて、ただただ心の中で嘆いた。



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