第53話 自分の恋路
アンナと同じ空間にいるとまた何をきっかけに絡まれるか分からない、という事で早々に部屋に戻り、セリアからまた音石を借りる。
結局、今日の午前中にクラウスが会いに来る事はなく、今の時間になっても手紙も送られて来なかった。
私達に合わせる顔がないって塞ぎ込んでいるとしたら、私から呼びかけた方がいいだろう。
今は17時。18時までに音石に吹き込んで届けてもらえば、明日の朝クラウスが聞いてくれるはず。
(けど、この間のダグラスさんみたいに消した魔力を追跡されたりしたら、話が拗れちゃうかもしれないし……まずノートに言いたい事書き留めてみよう)
クラウス、怪我はない?
今日貴方ここに来なかったし、手紙も無かったので心配です。
狩りの事は皆助かったんだし、気にしなくていいからね?
むしろ、体調悪いのに頑張ってくれてありがとう。
こっちこそ、色々ゴメンね。
貴方にお願いしたい事があるので、明日会いに来てほしいです。
明日来ないなら、明後日こっちからクラウスの家に行きます。
(……大体、こんな感じかな?)
昨夜からクラウスの事が頭をよぎる度にかける言葉を考えてたけど、いまいち気の利いた言葉が思いつかなかった。
音石に込めた話はセリアにも聞かれる以上、『地球に帰る時が来るまでソフィアを匿って欲しい』なんて吹き込む訳にはいかないし、
ハグやキスの事についてもなかなかいい言葉が思いつかず、下手に何か言うよりはいっそスルーして、無かった事にしてしまった方が良い気がした。
(あ、白い弓を引いて戦うクラウスはすごくカッコ良かったから、それは付け足しておこう……)
褒められて気を悪くする事はないだろうし、少しは元気出してくれるかもしれない。
ノートに書いた事を一通り音石に吹き込むと、セリアは何か思う事があるのか眉を少し潜めて音石を見つめている。
「……何? 何かマズかった?」
ダグラスさんへの音石で失敗してしまってるので慎重になってしまう。
「いえ、会い方が強引だなと思ったくらいです」
「だって、こうでも言わないと来ない気がするし……」
「こんな言い方しなくてもアスカ様が一言会いたいと言えば会いに来ますよ。クラウス様も、ダグラス様も」
ここに関わってないダグラスさんの名前も出してクスクスと微笑むセリアに、違和感を覚える。
「……ねぇ、セリアって、私がどっちとくっつけばいいと思ってるの?」
歓迎パーティー時の気合の入れ様や魔物狩り帰りの様子からダグラスさん推しかと思いきや、私がクラウスと関わる事を止めない。
「どちらともくっつけば宜しいと思っていますが……アスカ様はダグラス様としかくっつかないおつもりなのですか?」
(ああ、そうだった、この世界の貴族の価値観ってこんなのだった……!!)
セリアとは結構話も合うし、気を許せる関係になってきたとは思うけど、こういう価値観の相違に遭遇する度にどうしようもない壁を感じてしまう。
「勿論ダグラス様は6大公爵家の当主ですし、あの方の子を産むだけでも一生恵まれた生活が約束されていますが、せっかくクラウス様からも好かれているのですから……あの方も爵位こそ格下げされこそすれ、6大公爵家の当主。ダグラス様の事が好きだから、という理由で拒絶するのはあまりに惜しいです」
――え?
「それに、ダグラス様は最初からアスカ様に自分の子とクラウス様の子を産んでほしいと願われてますよね? アスカ様がクラウス様を想われるなら、自分は想いを封じるような事も仰られてましたし……お相手がクラウス様なら、ダグラス様に操を立てる必要は無いと思いますよ?」
なかなか過激な事を言って来るセリアだけど、そこより先に気になる部分がある。
「ちょっと待って、セリア……クラウスが私の事好いてるって、何処でそう思ったの?」
確かに、仲が良い感じを醸し出そうって約束はしてるけど、狩りの最中クラウスはそんな素振りを見せていただろうか?
「何処でって……昨日のクラウス様の、アスカ様への態度を見ててそう思いましたが……?」
私の反応が意外だったのか、セリアは首を傾げる。
「昨日のクラウスってすごく不機嫌だったか、体調悪くて意識保つのに必死だったかのどっちかだったと思うんだけど……?」
思い返してみても焦ったり苦しんでる姿ばかりよぎって、心が痛む。
「確かに辛辣な態度も見せていましたが……女性騎士を同行させるのを嫌ったり、手を繋いだり、嘔吐されたアスカ様に汚れるのも厭わずに駆け寄ったり……私にはその時のクラウス様の表情が好意を寄せる人へ向ける、特別なものに見えました」
まさか。
セリアの言葉を元に、あの時のクラウスの顔をもっとよく思い返してみる。
ピィちゃんや魔物や――その他、あまり思い出したくない物ばかり思い起こされ、自分の事でいっぱいいっぱいで、クラウスの様子をよく見ていなかった事に気づく。
だけど――
『大丈夫』
彼が掛けてくれた声は――私を少しでも楽にしようと思って言ってくれただろう言葉は、確かにとても温かかった。
「……魔力を注がれた感想を吹き込まなかったのは何故か、お聞きしても宜しいですか?」
「え……緊急事態でそうせざるをえない状況だったし、お互い無かった事にした方が良いかなって……」
質問に素直に答えると、セリアは少し憂いを帯びた表情で私を見つめる。
「アスカ様ご自身が無かった事にしたいのであれば、私が口を出す事ではないと思ったのですが……クラウス様は、無かった事にされたいのでしょうか?」
セリアは私が勝手に相手の気持ちを判断する事に心を痛めているような、そんな瞳で私をじっと見つめる。
――お説教は、生きてたら……――
クラウスが意識を失う前に言った言葉を思い出す。
生きていれば、お説教を聞くつもり――つまり、私に叱られるのを覚悟してるって事。
その言葉をどういうつもりで言ったのかわからない。
もしかしたらクラウスに今と同じ事を言ったら、彼も同じ瞳をするかもしれない。
今のセリアより、ずっと苦しい表情で。
押し黙ってしまった私をどう解釈したのか、セリアは微笑んで私の肩に優しく手を置く。
「……アスカ様、今は他人の恋路より自分の恋路に目を向けましょう。どの道魔法の訓練には魔力が必要ですから、ダグラス様かクラウス様の協力は必要不可欠ですし」
そう言うと、セリアは音石を送る為に部屋を出て行った。
一人きりになった部屋で、ベッドに横になる。
時計の針の音だけが静かに響くこの空間は今の状況と感情に向き合うのに都合が良い。
クラウスが無かった事にしたいかどうかは分からない――だけど、私は無かった事にしたい。
もし本当にクラウスが私の事を好きだというなら、尚更。
(だって……私は地球に帰りたい。こんな所で恋だの愛だの言っていられない)
地球に私を待ってる人がいる訳じゃない――せめてこの世界に召喚されるのが1時間早かったら、待ってるはずと思える人がいたんだけど――それでも、私は帰りたい。
魔力を注いでもらうのはクラウスしか考えてなかったけど、もしクラウスが私の事を好きだというなら、その気持ちを利用したくない。
クラウスはあくまで協力者だ。そこに何の感情もない。
魔力目的でのハグやキスだからこそできるのであって、そこに恋や愛が絡まったら厄介だ。
神器だって、魔力だって、ソフィアの事だって、損得で結ばれた関係だからこそ遠慮なしに頼ろうと思えるのであって、そこに恋愛を持ち込まれたら――
相手の想いを利用するだけ利用して、想いに応えず何も返さず地球に帰ろうとする自分が、とても嫌な、汚い人間になってしまう気がして。
(あれ? 私、今……かなり酷い事考えてない?)
自分の中にある残酷で狡猾な一面に気づかされ、誰に向けるでもなく頭を横に振る。
(……まだ直接クラウスに確認した訳じゃない。セリアの勘違いかもしれない)
そうだ。今日みたいに勘違いして大恥をかくのは、もうこりごりだ。
ベッドから身を起こし、窓の向こうの赤から黒に染まり行く空を見上げながら、どうかセリアの勘違いでありますようにと強く願った。




