第45話 魔物狩り・10
階段を上がると空はもうすっかり黒く染まり、青白い星が放つ淡い光が周囲を照らしていた。
「アスカ様……!!」
上の方からセリアがずっとこちらを見ていたのか、叫びに近い声を上げて階段を駆け下りてきたので全力で身をよじり、無理矢理お姫様抱っこから降りる。
「セリア、もう大丈夫なの……!?」
「はい……! アスカ様がご無事で、本当に良かった……!」
セリアが倒れていた時の痛々しい姿を思い出す。
今は安定して階段を下りて来られる位には回復しているのだと思うと、心の中に抱えていた不安の1つが溶けて消えていく。
所々に傷や汚れはあるもののセリアは元気そうで。その眼には涙が今にもこぼれそうだ。いや、もうすでにちょっと零れてる気がする。
ぎゅっと抱き着いてくるセリアをそっと抱きしめ返す。本当に、セリアも無事で良かった。
階段を上がっていくとダグラスさんが言っていたとおり、既にダンビュライト家の白い馬車は無かった。
「クラウスは帰ったの?」
「はい。従者の方がアスカ様が気にかけていらっしゃった灰色の雛と一緒に連れて行かれました」
念の為確認するとセリアが小さく頷いて答える。寂しい気持ちもあるけれど、クラウスがいない理由が呪いのせいなら仕方がない。それより――
(クラウス……目覚めたら今日の事、気に病むかもしれない)
意識が朦朧としていたとは言え、自分が無理をした結果私達が危険な目にあった事は彼自身が一番よく分かっているはずだ。
帰ったらセリアに頼んで、クラウスに音石を届けてもらおう。でもどう言えば彼を元気づける事ができるだろうか――
「さて、この辺りで私はおいとましましょう」
私達の馬車の近くまでエスコートを終えたダグラスさんは、深くお辞儀する。
「え……でもダグラスさんの黒い馬車、何処にも見当たらないですけど……」
「私はペイシュヴァルツに乗って来ましたから、また乗って帰ります」
ペイシュヴァルツはスリスリとダグラスさんに額をこすりつけている。私には微妙な視線を向けていたのに――って、飼い主なら懐いて当然か。
「あの……良かったら、一緒に馬車に乗っていきませんか?」
「おや、どういう風の吹き回しです?」
私の提案が余程意外だったようで、ダグラスさんは驚いた様子で問い返してくる。
「黒い箱をお返ししたいのと、お昼に用意したお弁当……セリアと2人じゃちょっと消化しきれないと思って。無理にとは言いませんけど」
何だかんだ言っても私はダグラスさんに助けられたのだ。私がダグラスさんにできる事なんて、夕ご飯をご馳走する位しかない。
「……そういう事なら、ご相伴にあずかりましょう」
自分の出番が無くなった事を察したペイシュヴァルツは自らダグラスさんの陰に入って消えていった。
馬車の中でダグラスさんと向かい合うように座る。私の隣に座ったセリアが黒い箱からバスケットを取り出してお絞りとパンを出す。
その後料理の収まった容器を取り出すと、魔法で温めてくれた。
お絞りで手を拭いた後、蓋を開けて軽く臭いを嗅いでみたが痛んではいないようだ。早速パンを掴もうとした私の手をセリアが制する。
「アスカ様、食べる前に浄化を……」
「ご心配なく。私も飛鳥さんも体も服も浄化済みです」
「えっ、それって……」
ダグラスさんが被せるようにセリアの言葉を遮ると、セリアは口元に手を当てて顔を赤らめた。
その口元は少しニヤついていて――何を想像しているのか、一目瞭然で。
「服着たまま水の中でかき回されて熱風で強引に乾かされたわ。浄化はよく分からないけど」
そう言うと、今度は額に手を当てられて深いため息をつかれる。
ダグラスさんは全裸になったけどね、と言ったらどんな反応するのか興味があったけど、流石に恥ずかしくて言えなかった。
「昨日も思いましたが、飛鳥さんは料理がお上手なんですね」
唐揚げを食べたダグラスさんが呟く。今食べた物は冷凍食品で自分が作った訳じゃないと訂正しようかと思ったけど、それより気になった事を問いかける。
「……昨日の料理、食べたんですか?」
「食べましたが、何か?」
貴方が送ってきたんでしょう? と言わんばかりの顔で答えられる。
「音石にイラっとしてたから、その勢いで捨てたんだとばかり……」
「心外です。私は怒りに任せて婚約者がくれた物を捨てる程愚鈍な男ではありません。美味しかったですよ」
私の言葉に腹を立てながら、私の料理を美味しく頂いたのか――その姿を想像するとおかしくて、つい、フフッと笑ってしまう。
思いっきり料理をゴミ箱に捨てて舌打ちする姿まで想像していたから、尚更おかしくて。
「そう言ってもらえるなら、良かった」
やっぱりこの人、可愛い所もあるんじゃない――なんてついニヤつく私をダグラスさんがまじまじと見つめてくるので、嫌味にうつったかな、とニヤつくのをやめる。
「……何か、私の顔についていますか?」
「……いえ、よく笑えるなと」
遠慮がちに、聞いてみると喧嘩売ってるとしか思えない言葉が返ってきてフォークを持つ手に自然と力がこもる。
「普通、褒められたら喜ぶでしょう? 貴方にとってはお世辞だったのかもしれないけど」
仮にそうだとしても嬉しかったんだから、別に笑ったっていいじゃない……! と、多少不貞腐れる自覚はありながら突き刺したウインナーを頬張る私に対してダグラスさんは困ったように微笑んだ。
「お世辞ではありません。貴方が私に笑顔を見せた事が意外だっただけです。……正直、この狩りで私の力を示そうと思っていたのですが貴方がなかなか心折れないので私も少々悪ノリが過ぎてしまい……嫌われても仕方ないと覚悟していたので」
(確かに、圧倒的な力「だけ」を見せつけられたなら私もそういう心境になったと思うけれど……)
いちいち煽るわ、上から目線だわ、魔物の物強奪するわ、突然全裸になるわ――とあまりに余計な部分が目に付き過ぎて素直に恐れる気が失せてしまった、というのが本音である。
そもそもあれらを『少々の悪ノリ』で片づけてる思考もどうかと思う。
「先程の言葉の続きになりますが……私は、貴方が嫌いではありません。多少気に障る部分もありますが立場さえ弁えて頂ければ、状況的に貴方程私に相応しい存在もいない……良き関係を築いていけたら、と心から思っています。それだけは、分かって頂きたい」
それは聞きようによっては口説き文句なんだろう。しかし――
(え……この狩りの中でお互いの好感度が上がるような要素、何処にあった……?)
私がこの人の尊大な態度にイラっとしていたように、この人も私の態度に相当イラついていたはずだ。
振り返ってみれば愛嬌振りまく余裕もない、お互い好感度爆下がりの狩りじゃなかっただろうか?
強いて好感度が上がった事と言えば、目の前の男と一緒になった際にはあの黒猫――ペイシュヴァルツを撫で回せるのと、筋肉――いや、筋肉は、関係ない。
だけどあの煽り気質と死霊王の本を強奪する悪役顔負けの根性と不機嫌になると容赦なく威圧してくる態度。それらのマイナス要素はペイシュヴァルツ1匹では到底埋まらない。
逆に、私もダグラスさん視点で振り返ってみれば、行きたくないとゴネるわ、態度は生意気だわ、きっちり守ってるのに減らず口叩くわ、言う事聞かないわで好感度が上がる要素が何一つない。
私の何が彼の琴線に触れたんだろう? この話の流れからして、やはり料理だろうか? 『男を落とすなら胃袋を掴め』という格言はこの世界の男にも有効だったんだろうか?
「……失礼。貴方にはクラウスがいましたね。今の言葉は忘れてください」
返答が遅れたせいか、悩んだ表情が不味かったのか、ダグラスさんは先程の発言を無かったことにしようとする。
(これは……この難敵の好感度を上げる絶好のチャンスなのでは?)
ここで上手く機嫌を取って、最後にちょっと城にいる期間を伸ばしたいなと相談すれば、いけるかもしれない――小さな希望が見えて咄嗟に言葉を紡ぎ出す。
「か、勝手に諦めないでください! 別に、ダグラスさんの事もクラウスの事も、好きでも、嫌いでも、ないですから!」
嫌いじゃない、のは本音だ。嫌いと言い切ってしまうには私はあまりにもこの人に助けられすぎている。ヤバくて、強くて、面倒臭い人だなと思ってるだけで。
そんな状態で実は好きなんです――なんて嘘をつけばすぐにボロが出る、というか吹き出してしまう自信があったので嘘のない範囲で言ってみせると、意外な援軍が現れた。
「もう、アスカ様、素直じゃないんですから……! こういう時は素直に思ってる事を伝えればいいんですよ!」
「思っている事……?」
セリアの発言にダグラスさんが復唱すると、『しょうがないから私が言ってさしあげます!』と言わんばかりの自信満々な笑みを浮かべて意気揚々に喋り出す。
「ダグラス様、お二人の進展を心より願って僭越ながら申し上げます。心配なさらずともアスカ様はダグラス様の事をちゃんと好いておられます」
「ほう……?」
胸の中がとてもむず痒く、口元が震える。しかし、ダグラスさんは意外な様子でセリアの言葉に耳を傾けている。耐えなければ。
「ただ、アスカ様はとてもロマンチストなんです。色々と粗雑な面も目立ちますが、夢見る少女のような可愛らしい一面もございます。アスカ様をちゃんとレディとして丁重に扱い、素敵なムードと台詞とプレゼントを重視して頂ければ、ダグラス様にもっといっぱい笑顔を見せてくれるようになりますので!」
「セリアぁ――――!!?」
恥ずかしさに耐え兼ねて叫んだ悲鳴は、闇夜を走る馬車の音にかき消されて外には響かなかった――と信じたい程、援軍の追撃はこちらに不要なダメージを与えてくるものだった。




