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銀色の渡り鳥~異世界に召喚されたけど価値観が合わないので帰りたい~  作者: 紺名 音子
本編

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第39話 魔物狩り・4


「でも、アスカ……」


 今にも倒れ込みそうな程辛そうな顔をしているクラウスは、私の提案が予想外過ぎたのか戸惑っている。

 分かってる。魔力を注がれるという事がどういう事か、ここに来て散々教えられた。クラウスが拒否を示す気持ちは分かる。


 私だって、好きでもない人間にハグを要求したくはない。だけどこの状況で好きな人と――なんて夢はもう見ていられない。


「ああ、もう!!」


 乗り気じゃないクラウスを強引に抱き寄せ、力の入っていないクラウスをこれでもかと言わんばかりに抱きしめる。


「辛い所無茶言って本当にごめんなんだけど、ハグ位は頑張る約束よね!? さあ、どうぞ、注いで!!」

「……分かった……」


 私の背中に延ばされた手は、あまりに弱弱しくて心許ない。

 じわり、じわり…と体の中に何か温かい物がしみ込んでくるのが分かる。優しくて綺麗で温かい、何か――恐らくこれが、魔力。


 でもそれは、ほんのちょっと。まるで、たまに落ちる水滴のような。切羽詰まった状況で、それを待ちわびるような酷くもどかしい感覚に駆られる。


「きゃあっ!!」

「セリア!」


 セリアの叫びと剣が落ちる音で、とっさにハグを解き、クラウスの傍に置かれた|白の弓を拾って構える。


 弓を引くと想像以上に弦が固く、なかなかクラウスのように引ききる事が出来ない。

 何処かでバチン、と弦が切れてしまわないだろうか――と不安になりつつそれでもありったけの力を込めて引くと、魔法陣がうっすらと浮かび上がった。


(上手くいくかも……!?)


 バチッ、という音と後頭部に鋭い痛みが走ったのと一緒に、光の矢が飛んだ。


 セリアの辺りまで。


(射程範囲、狭ッ!!)


 咄嗟に貰った僅かな魔力でクラウスと同じような矢が打てるとは思ってなかったけど、思った以上に短く小規模な光の矢に愕然とする。

 それでもセリアの周囲にいた魔物の何体かは浄化できたみたいだけど――焼け石に水だ。


 だけど魔物の戸惑いを察したセリアが剣を拾い上げて、再び構えるだけの時間を作り出せた事実が、私に小さな希望を宿らせる。


「クラウス! もう一回!」


 しゃがみ込んでもう一度ハグを要求すると、クラウスは何も答えずに両手を私の背中に添える。


 じわ……じわ…………じわ。


(ああ、もう、じれったい……!!)


 先程のクラウスのように、何度も連発できる位の魔力が欲しい。抱擁、口づけ、セッ……はまずこの状態では無理として。


 キス――キスしてと言うべきか。躊躇する。


(……個人的にはこんな状態だし、キスで助かるならいくらでもするんだけど)


 流石に相手にそれを強要するのは、良心が痛む。


(しかも私、さっき吐いてるのよね……)


 一応――と肩で口元を拭い、口の中に残る胃液を唾液を巻き込みつつ飲み込む。それでもやはりこの状態で『キスしよう』なんてとても切り出せない。

 恥じらい以外にもセクハラ、パワハラ、状況ハラスメント……? 色々なハラスメントが頭に浮かんでは心に圧し掛かる。


(もういっそ嫌われる覚悟で……いや、これって嫌う嫌われの問題じゃなくて、絶対黒歴史になるやつ。ああ、でもこれからの人生途切れる事考えたらここで黒歴史の一つや二つ位……でも、私だけならまだしもクラウスにも黒歴史が……)


「うぐっ!!」


 あれこれ考えている中すぐ傍の呻き声に顔をあげると、何かから私達を庇ったらしいセリアが、そのまますぐ傍に倒れ込んだ。

 セリアの後ろには、大きなこん棒を持った、ゴブリンが跳ねている。


(ブッ殺す……!!)


 僅かに溜まった魔力で改めて弓を引く為にクラウスから離れようとした、その時、柔らかい何かが軽く唇に触れる。

 それがクラウスの唇だと認識するやいなや、体に魔力が一気に流れ込んでくる。


「お説教は、生きてたら……」


 それだけ言って、クラウスも倒れ込んでしまった。


 ハグがたまに落ちる水滴なら、キスは蛇口から一瞬だけ思いっきり水を出したような、先程よりずっと大きな魔力を私にもたらした。


 もう一度強引に弓を引くと、先程よりハッキリとした魔法陣が浮かび上がる。

 これなら、クラウスもセリアも助ける事が出来る。



(……いけ!!)



 今度は頬に鋭い痛みが走ったものの、目の前のゴブリンめがけて放った2度目の光の矢は通路まで飛んだ。

 範囲から逸れた魔物達は怯えているのか、近寄ってこない。


(一掃、しないと……!)


 ゆっくりと立ち上がり、歩く度に痛む足を庇いながら魔物と距離を詰める。


 先程の2回で腕が限界を迎えているのと、足に力を入れずらくてなかなか引き切れない物の、魔法陣が出た時点で矢を放ち、部屋の魔物を消していく。


 部屋に魔物の気配がなくなってようやく、長い息を吐いた。


「セリア、クラウス……大丈夫?」


 2人の元に戻ると、どちらも息はしている。ただセリアは後頭部を打たれて気絶しているのだとしたら、早く誰かに見てもらわないと危ないかもしれない。


(回復魔法……って、どうやって使うんだろう?)


 まだ僅かに魔力の感覚がある。けど、それをどうすれば回復魔法が出るのか分からない。

 白の弓は引いたら魔力を勝手に吸って発動してくれたけど、本来魔法を発動する際に必要な魔法陣の出し方も、印の切り方も、詠唱も何も教えられていない。


(……待って、落ち着いて。詠唱についてはメアリーが何か言ってたわ……)


 それは昨日の魔法の授業の時。


『詠唱術は単語とそれに付随するイメージが重要なのです。手に魔力を集中させて標的を狙い、言葉と共にそのイメージをぶつけます。対象やイメージする物が多ければ多い程、複雑な事を願えば願う程、詠唱は長く複雑な物になります』


 陣術は何言ってるのかチンプンカンプンで印術は決まった型の手がどうこうと言っていて。詠唱術だけが私でも使えそうだな、と思った。


 手に魔力がいくように集中してみると、手の平がボワッと弱弱しく光る。

 その手をセリアの後頭部に当てる。傷が塞がり、血が止まり…元通りになるように強く願いながら放つべき言葉を考える。

 癒やしの魔法とくれば、ファンタジー系のゲームで定番のこれしかない。


「…治癒ヒール!」


 淡く白い光が、セリアの後頭部を包む。


(上手く、いった……?)


 セリアは目を覚まさない。けれど、その表情は少しだけ穏やかになった気がする。


(えっと、後は……何とかして上に戻る方法を考えなきゃ)


 天井を見上げるや否や、通路の奥から、複数の足音が聞こえる――また、何かがやってくる。


 2人が灯す光が無くなり闇に慣れた目で見れば、それはゴブリンやゴーストとは違う、剣や弓、盾を構えた骸骨や、ゾンビ達。


 弓を構えて目一杯引いてみるけど、もう魔法陣が現れない。


(しまった……周囲の敵を消す事に集中し過ぎた……!)


 弓を置き、慌てて魔護具で防御壁を張る。セリアもクラウスも目を覚ます気配が無い今、もうこれでしか身を守れない。


 だけど、このままだといつか殺される。勝ち目がない。逃げ場もない。でも、2人を守らなければ。


 すぐ足元のセリアの剣が視界に入る。でも、私にはそれを振り回せるだけの力も、技術も、体力もない。


 石も完全にはじけなかった防御壁で矢をはじけるだろうか? 剣を振り下ろされたら? 凶悪な魔法を使われたら?


 ああ、私に弓や魔力を使わずに戦えるだけの力があれば。こういう時でも、冷静に的確な行動ができる頭があれば――


(なんて、たらればはもう言っていられない……私にできる事は、どちらかが目を覚ましてくれるまで、耐える事だけ。剣も矢もはじく防御壁さえ張れれば、まだ……)


 スゥ、と一つ深呼吸をする。


 怖い――恐い、こわい、コワイ、でも―――


「私は、絶対に、諦めない……!!」


 私が諦めたら皆死んでしまう。自分に言い聞かせながら、ナイフに念を込める。より強い防御壁を張れるように。

 そんな私を嘲笑うかのように真正面で、迫りくる骸骨達の中の1人が弓を引く姿が見えた。


 矢が動いた瞬間―――(死にたくない)と強く願った、その時。


「お待たせしました」


 金属がはじかれる音と共に、聞き覚えのある声が耳に響いた。



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