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銀色の渡り鳥~異世界に召喚されたけど価値観が合わないので帰りたい~  作者: 紺名 音子
本編

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第22話 幻の貴公子


 兵士に案内された部屋の前には、数人のメイド達が集まっていた。

 小声ではしゃいでいた様子のメイド達は私の姿を認識するや否や、目を輝かせて駆け寄ってくる。


「ミズカワ・アスカ様! ささ、ダンビュライト侯がお待ちでございます! あの、差し出がましいお願いではありますが、なるべくゆっくりドアを開けて、なるべくゆっくり閉めて頂けますか……!?」


 面会希望者の名前と、共に繰り出された微妙なお願いに唖然とする。

 昨日のパーティーでも幻の貴公子って噂されてたけど、ダンビュライト家の当主ってそんなに美形なんだろうか?


「えっ……ちょっと覗いてみていい?」

「どうぞどうぞ!」


 堂々と入る前に少し確認してみたい衝動にかられて尋ねると、意外にもメイド達もノリノリで勧めてくる。

 いいのかな? と思いつつこっそりドアを開けて覗く。私の上と下にも素早くメイド達が群がる。


 ドアの隙間から見えるのは豪華な赤いソファ。そしてそこに座る、礼服姿の癖のない銀髪の男性。


(うわぁ……)


 遠目からでも深窓の王子様のような顔立ちが分かる。窓から差し込む陽光がより儚げな貴公子の神秘性を際立たせてる。


 ちょっと覗いて心の準備をするだけのつもりだったのに、その美しさにうっかり見惚れてしまってる間にこっちに気付かれたようで、目が合った、と思った瞬間、反射的にドアを閉めてしまった。

 幸い皆私と同じタイミングで顔をそらしたらしく、突然ドアを閉めた事による被害者はいなかった。


「……閉めちゃったけど、どうすればいい?」

「ダンビュライト侯はアスカ様に会う為に来られていますから、普通に開ければいいのです」

「開けた後どうすればいいの?」


 きゃあきゃあ騒ぐメイドを背に、先程のドア列に加わってなかったらしいセリアから極めて冷静な言葉が返ってきて、素で質問してしまう。


 ダグラスさんと最初会った時も混乱したけど、彼はまだ目が合っても何とか理性を保てるレベルの美形だった。でも今回の相手は目が合ったらもうまともに話が出来そうにないレベルだ。


「……お待たせいたしました、と言って会釈して向かい側のソファに座ればいいのです」

「あの人の向かいに……? 難易度高いって……」


 これまでアイドルや俳優に対して<ファン>と言える程の熱を上げた事は無いけど、ファンが憧れの人と対面した時に何も言えなくなったり、失神したりする気持ちが今なら分かる。

 神々しい存在を前に意識が揺らぐ感覚の片鱗を味合わされた気分だ。


『昨日、パーティーに来られた様々な貴族達を堂々と品定めされてたじゃないですか。今更麗しい殿方を見て難易度高いと言われても説得力ありませんよ?』


 笑顔のセリアから送られてきた鋭いテレパシーが心に刺さる。人間観察を品定めしてるように見られていたのはちょっとショックだった。


「セリア……美形を安全な場所から眺めるのと、美形と至近距離で会話するのは難易度に天と地程の差があるのよ。直視できなくて目が泳ぐのが容易に想像できて会話に集中できそうにないわ」

「それでは……私の魔法でアスカ様の視界を少しだけボカしますか?」


 セリアは呆れつつもこの状況を打開する為の方法を提案してくれた。

 セリアが言っている魔法は昨日ユンがユーリにかけた視力矯正の魔法の事だろう。確かに、ピントを合わせる事が出来るならズラす事もできるはずだ。


「な、ナイスアイデア……! お願い!」


 セリアの魔法により眼に薄い水の膜が貼られ、ひんやりとした感覚と共にハッキリとしていた視界が全体的に少しぼやける。

 よし、これなら真正面で会話しても冷静でいられそう。


 ようやく心が落ち着いて改めてドアを開け直そうとした時、ドアノブがひとりでに動いた。


「何してるの?」


 不機嫌な声がした方――ドアが少し開いた隙間から、銀色の瞳を持つ男性が少し眉を顰めてこちらを見据えていた。


「……君がミズカワ・アスカだよね? 早く入ってきてくれないかな?」


 え、この声――まさか。


「僕、ずっと待ってるんだけど?」


 秀麗な容姿に重なる、少しだけ低く、何処か幼さが残る声。


 その声に戸惑っていると、怪訝な表情を向けられる。まずい。ここでそんな事で戸惑ってる訳にはいかない。


「す、すみません!!」


 慌てて頭を下げる。ドアはダンビュライト侯によって開かれ、そのまま中に入りソファに座るように促された。




 応接間らしい部屋はかなり広く、やはり高級感溢れるソファやテーブル――それを受け止める毛足の短い絨毯もいかにも高そうな感じがして、土足で上がる事に抵抗を覚えつつ静かに座った。


 ダンビュライト侯が座るソファの後ろには、恐らくお付きの人と思われるフルフェイスに全身を覆うプレートアーマーを纏った重騎士が1人立っている。男なのか女なのか、この姿だけじゃ判断できない。


「まず、外で聞き耳立ててる人に聞かれたくないから障壁を張らせてもらうね」


 ダンビュライト侯がテーブルの上に手をかざすと、指先に手のひら位の白い魔法陣が現れ、それに呼応するかのように絨毯を覆う位の範囲に白い光の膜が下りた。


「次に自己紹介……僕はクラウス・ディル・ドライ・ダンビュライト。もう聞かされてると思うけど、ダンビュライト家の当主」


 淡々とした声調で紡がれる自己紹介は冷淡で、こちらに愛想を向ける気は一切無い事が分かる。


「えっと、私は水か…」

「知ってる。ダグラスに呼ばれたツインのツヴェルフだよね?」


 何だろう、さっきからこの人から受ける嫌な感じ――ドアをこっそり開けて覗いた事については改めて謝らなきゃいけないとは思っているのに。

 ここまでギスギスした感じを出されると、なかなかタイミングを掴めない。


「ごめん。僕、忙しくて時間が無いから手短に話すね。僕は君とそういう関係になるつもりは一切ない」


 見目麗しい容姿に反して、かなり冷たい言い方で一気に突き放してくる。


 やばい。もし視界をボヤかしてもらってなかったら、冷たい表情もはっきり目に入っていたら、今頃目に涙を溜めていたかもしれない。


 この声で私に向けて冷たい言葉が放たれるだけでここまで心揺さぶられる位だから。


「ダグラスにどう言われてるか知らないけど、僕は好きでもない人とそういう関係になるつもりはない。君が何しても無駄だから」


 ―――君が、何しても、無駄だから?


 その言葉にザアッ、と音を立てて一気に心の熱が引いていく。

 まるで、私が悪事を企む陰湿な魔女のように扱う姿に、開けるか閉めるか迷っていた心のシャッターが勢いよく閉まるのを感じた。


「言いたかったのはそれだけ。それじゃ……」

「ちょっと待ってください」


 クラウスが言いたい事を言い終えて立ち上がろうとした、その時――自分でも驚く位に、冷ややかな声が出た。


「……何?」


 煩わしそうな視線を向けられてるのが分かったけど、もうそれで心乱される事もない。


「私を突き放す為だけにここに来たんですか? 幻の貴公子とまで言われる人が、それだけの為にわざわざここに来たとは思えないんですが?」


 私を傷つけてくる人間に遠慮なんてしてられない。位の高い人間が何だ、容姿端麗が何だ。

 声を遮断する障壁があるなら猶更、こっちだって好き勝手言わせてもらう。


「手紙で断り続けても諦めないなら、直接言いに来るしかないだろう?」

「それなら言う相手が違いませんか? 私じゃなくてダグラスさんに直接言えばいいじゃないですか」


 そう。私に2人分の子作りを依頼しているのはダグラスさんだ。まだ承諾もしてない私が何故ここまで冷たい扱いをされなければいけないのか。

 私にもまず手紙で断ってくれれば、冷たい態度を受け止める覚悟もできていたのに。


「言えるものなら言ってるさ……! こっちの事情を何も知らないくせに、アレコレ言わないでくれないかな!?」


 ウンザリとした態度に心のどこかがブチリ、と切れる音がして。


 気づけば私はテーブルを叩いて立ち上がり、幻の貴公子を見下ろしていた。


「そうですね、私は貴方の事何も知りません。でも貴方だって私の事情なんて何も知らない癖に物凄く失礼な事言ってるの、気づいてないんですか? お互い様じゃないですか!?」


 相手に何を言わせる隙を与えずに、続ける。


「私が何をしても無駄とか……まるで私が貴方を誘惑する気満々みたいな言い方、本当許せないんですけど!? その声で、私を侮辱しないで!!」


 そう一喝すると反論はなく、室内に沈黙が漂う。言いたい事を言い切って唖然とする美形を見て溜飲が下がり、ふう、と息をつく。

 そして――息を吸ったタイミングで理性が戻ってくる。


(待って……この状況、ここで終わらせたらヤバくない?)


 戻ってきた理性は体の憤りと冷めきらぬ感情を押し殺して、この状況から起こり得る可能性を推測する。


 パーティーの時、ダグラスさんは『無理矢理するのは最後の手段にしたい』と言っていた。

 それは<私とクラウスとの関係が絶望的だと判断すれば強硬手段に出る>という意味にもとれる。

 それに気づいた瞬間、ドクン、と大きく心臓が鼓動する。


 今、強硬手段に出られたら何の力もない私は抵抗の仕様がない。ここでクラウスに帰られたら間違いなくゲームオーバーだ。


 ちら、とクラウスを見やる。まだ私の態度に困惑しているのか、俯いてこちらの方を見上げようとしない。だけどここで立ち上がって去れるだけの度胸もないようだ。


「……悪いけどセリア、私この人に聞きたい事があるからちょっと席外してくれない? 後、今のやり取りは他言無用だからね?」


 一瞬セリアは『この状況で!?』と言いたげな顔をしたけど、すぐに表情を繕って一つ深呼吸をした後、こちらを見つめる。


「アスカ様が部屋を出ろと仰られるのなら出ますが……私が部屋を出ると、視界の魔法が途切れてしまいますよ?」

「大丈夫。相手の顔を見なければ済む話だわ。どうせこの人も私なんかに見つめられるのは嫌でしょうし?」

「……承知しました。ドアの前におりますので何かあればすぐお呼びください」


 セリアが部屋から出ると、目を覆っていた薄い膜が溶けるように消えた。


 静かにソファに座り直し、クラウスが視界に入らないように真横を向いて問いかける。誰が見ても失礼な光景に見えるだろうけど、甲冑騎士も止めに入る様子もないし私も好きにさせてもらう。


「貴方、つまり私が邪魔なのよね……? この世界から消えてほしいのよね?」

「ぼ、僕は……僕の生活に干渉してこなければ、消えてほしいとまでは」

「私は1日でも早く地球に帰りたい。貴方は私に1日でも早く消えてほしい……お互い協力しあえると思わない?」


 被せるように返したその問いに返事はない。俯いている彼がどんな表情をしているのかも分からない。でも立ち上がる気配もない。多分考えているのだろう。

 少しの沈黙ののち、望む回答が返ってきた。


「……そういう事なら……協力、できるかもしれないけど……」

「でしたら、まずそっちの事情とやらを知りたいんですけど教えていただけますか?」

「……それは……」

「分かりました。言いたくないならいいです。ただ、最初からここまで険悪な状態になってるとバレたら恐らくダグラスさんは強硬手段に出ます。対抗する時間を稼ぐためにも、お互い表面上は仲良くやっていきませんか?」


 今重要なのは、利害が一致しているこの人と協力する事。相手が言いたくない事を無理矢理掘り起こしても仕方がない。


「……ああ。確かに、そうだね」


 よし。これでひとまずの危機は脱した。次の問題はどれだけ強硬手段までの時間を引き延ばせるか、だ。


「まずは面倒でしょうけれど、こうして面会や文通とか重ねていって、何となく良い感じの関係を醸し出しましょう。ハグとかキスはお互いに純情ぶっておけばある程度時間稼げると思います」


「……ねぇ、君……」



 やばい、これ以上この声を聞くと、涙が抑えきれない。


「もしそれが厳しくなってきたらハグだけは耐えてください。キスは私も嫌です。幸いな事にセックスに関しては貴方より先に向こうとする事になるそうです。私にとっては幸いでも何でもないですけど。少なくとも貴方は私と向こうがセックスするまでは私とハグするだけでいいんですからいいですよね。それすら嫌ならそういう状況になる前に私が地球に帰れる方法を見つけてください」


「……分かった、分かったから。僕が悪かった。君の言うとおりにするから。だから」

「以上です! それでは、お時間取らせて申し訳ありませんでした! どうぞ先にお引き取りください! 私はこの後ご機嫌な感じで出ていくので、クラウス様もどうぞ笑顔で! 後、ドアからこっそり覗いて本当にごめんなさい! では、どうぞ!!」


 バッとドアを示して叫ぶと、部屋に沈黙が漂う。しばらくしてクラウスが一つため息が聞こえて立ち上がったのが分かった。

 甲冑騎士を連れてドアの方へと歩いていく。メイドの歓声が一瞬聞こえて、また静かになる。


(……やってしまった……)


 自分でもかなり見苦しい姿を晒してしまったと思う。それを晒した相手が利害の関係が一致する人で良かった――と励ましてみるものの、もう少しうまく振舞えなかったか、という自己嫌悪が酷い。



(いくら、昨日フラれた相手と全く同じ声だったからって、あまりに心をかき乱され過ぎじゃない? 私……)



 精一杯の虚勢を解いた途端、ボロボロと涙が零れ落ちる。これを下手に堪えてドアを開けたら、先程のように醜態をさらす事になる気がする。


 ここにいるより顔を手で覆って強引に部屋を出ていく手もあったけど、今のこの状態で誰かに会ったら、追求されたら平静を保てる自信がない。


 ここで我慢してもどうせあの声を聞く度に涙がこみ上げる。それならいっそここで流せるだけ流しつくした方が良い。


(……何でよりによってアイツと同じ声なのよ、馬鹿……)


 零れ落ちる涙は誰のせいで溢れてくるものなのか、もう、私には分からなかった。



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