第21話 あちらこちらで恋の花
ネーヴェが去っていく姿を目で追いながら、パンをかじる。
ラブラドライト――確か、神官長も同じような名字だったはず。祖父に代わってって言ってたし、あの子は神官長のお孫さんなんだろうか?
「神官長、お孫さんいたんだ……まあいても全くおかしくないけど」
「でもあの髪と目の色……神官長の孫って言うより、リヴィの息子って感じじゃない?」
言われてみれば、黒髪と透き通るように綺麗な眼はリヴィと同じだ。
着ているものが灰色のローブという事も相まってソフィアの言葉に頷きかけたけど、リヴィの若さからしてネーヴェみたいな子がいるとは思い難い。
「……お母さんかお父さんがリヴィと同じ星の人なのかも。ル・リヴィネって星の人は皆透き通るような水色の目をしてるんだって」
「へぇ、詳しいじゃない」
しっかり情報集めしているのね、と言わんばかりの表情を向けられて軽く悦に浸る。
「さっき、私と一緒にいた騎士……リチャードに聞いたのよ」
「ああ、あの茶髪の……」
ソフィアが思い出したように呟く姿を見て、聞こうと思っていた事を思い出す。
「そう言えば、ソフィアって好きな花とかお茶とかある?」
「何よ、いきなり」
突然すぎる質問に怪訝な表情を向けられ、返答に詰まる。
しまった――『ここでリチャードに聞かれたから』なんて正直に言ったらリチャードは嫌がるかもしれない。
今ここでリチャードの好意が知られてしまう事でソフィアが今後リチャードを警戒してしまう可能性もある。
手助けしたいけど、お節介にはなりたくない。その微妙なラインを考えるとここで彼の名前を出すのは得策じゃない。
「いや、ソフィアってほら、薔薇とか紅茶とか似合いそうだなぁって思って……!」
自分でも下手なごまかし方だと思ったけど、ソフィアはさして気に止めなかったようで。
「そうね、確かに薔薇も好きだけれど……一番好きなのはスターチスかしら」
聞いた事のない花の名前に固まる。薔薇や百合、向日葵辺りなら想像できたけど、ソフィアが答えた横文字の花がどんな花か想像もつかない。
「ど、どんな花?」
「品種にもよるけど、かわいらしい花よ。まあ、どちらかと言えば花というより花言葉が好きなのだけど」
「へぇ……どんな花言葉なの?」
1つ1つの花に様々な意味を込める花言葉。純粋に興味が沸いて聞いてみると、ソフィアは窓の方を見てポツリと呟く。
「永久不変、変わらぬ心、永遠の花……ねえ、アスカ。花ってね、貰う時は嬉しいけどいつか枯れてしまう物なのよ」
そりゃあ切っても切らなくても、花はいつか枯れるものだけど――何でそんな当たり前の事をソフィアは寂しそうに言うんだろう?
「もらう度に思ったわ。この花束がずっと枯れなければいいのに……って」
花束なんて一度ももらった事がない私からしたらソフィアの言葉はいまいち現実味が無い。でも何か声をかけた方が良い気がして、必死に言葉を探る。
「じゃあ花を貰うなら押し花とかプリザーブドフラワーみたいに枯れないように加工してある物の方が良いの?」
「確かに……枯れていく姿を見ないで済むだけ、花束よりはマシかもしれないわね」
私の言葉にソフィアは苦笑する。あまり良い言葉がけじゃなかったっぽいけど、不快な言葉でもなかったようだ。ホッとした所で鐘の音が響いた。
「ソフィア様、後1時間でメアリー様の授業が始まります。その前にソフィア様宛ての贈り物がたくさん届いているそうなので一度お部屋に戻って確認した方がよろしいかと……」
「分かったわ。それじゃアスカ、また後でね」
ビアンカの言葉に促され、ソフィアがトレーを持って颯爽と去っていく。
贈り物――昨日のパーティーの貴族集団からのプレゼントだろうか? 素敵なドレスや装飾品、それこそソフィアが言っていた花束とか、きっと様々な贈り物が届いているんだろうなと思うと、覗きに行ってみたくなる。
(でも、受け取る本人にとっては好きでもない相手からの贈り物なんてそんなに心躍る物でもないよね……)
朝のソフィアの寂しい呟きを聞いたばかりなのに、勝手にウキウキしてはいけない。首を横に振り、セリアに声をかける。
「セリア……私には何か届いてないの?」
「ご安心ください。何も届いておりません。せっかくの自由時間ですからお城の中をご案内いたしましょうか?」
満面の笑みで答えるセリアに多少微妙な気持ちを抱きつつ、お城探検に乗り出そうと私も立ち上がった、その時。
「失礼します! ミズカワ・アスカ様とアンナ・アレクセーヴナ・スミルノワ様はいらっしゃいますか!? それぞれご面会を希望されている方がいらっしゃいますので、こちらにお越しください!」
食堂の出入り口の1つで声を張り上げた兵士によって、お城探検は断念せざるを得なかった。
兵士に促されるように食堂を出て、外廊下に出る。兵士が先導する後ろをアンナと並んで歩き、その後ろにセリアとジャンヌが続く。
「アンナ、昨日みたいに癖毛やソバカスとか消してもらうのやめたの?」
「はい。こちらの方が気が楽ですから」
清潔感を感じる程度に梳かした髪に、ごくごく自然なメイク。ふわりとした緑が基調のシンプルなワンピース。昨日のパーティーのように飾り立てられてないけど、優しく穏やかな表情のアンナは塔で初めて会った時よりずっと可愛らしい印象を受ける。
「アンナが元気になってくれて良かった」
笑顔のやり取りを続けながら歩いていくと、先の方で揉めているのが聞こえる。
「誰か、アシュレー様を止めてください!」
聞き覚えのある名前に嫌な予感がして揉めている方をよく見ると、見覚えがある赤髪赤眼の青年が、どんどんこちらに近づいてくるのが見えた。
だけど昨日見た人間とは明らかに髪型が違う。ベリーショートの短髪はリーゼントの影も形もない。
不良の印象が取り払われたその姿は、昨日とはまた違った印象を受ける。
「よう!」
気軽に挨拶する声からも間違いなくアシュレーのはずだけど――私達に気づいて駆け寄ってくるうちに、眼と頬にくっきりと青痣が出来ているのが分かった。
まさか――あの頬の痣は私の掌底のせいだろうか?
「あの、もう二度と関わらない事を前提に不問にしたはずですが……!」
アンナも相手が昨日の男だと気づいたんだろう。私より先にアシュレーに向かって戸惑いの言葉を言い放つ。
嫌悪感を隠さないアンナの勢いに引いたのか、私達との距離が1m強位の所でアシュレーは立ち止まった。
「え? 昨日、俺、お前にもコイツにも謝っただろ? コイツも殴ってきた事謝ったし、それで一件落着じゃないのか?」
アシュレーはきょとんとした顔で私を指差しながら困惑の表情でアンナを見つめてるけど、アンナは眉を顰め、恨めしい表情でアシュレーをじっと睨んでいる。
「それは……重ね重ね悪かった」
アンナの厳しい態度に流石にアシュレーも自分がまだ許されていない事を悟ったらしく、バツの悪そうな表情でアンナに頭を下げる。
その素直な姿を見ると本気で許されたと思っていたようだ。
「アシュレー……その眼とか頬とか、大丈夫なの?」
この気まずい状態で私が何か発言するのは少し憚られたけど、どうしても鮮やかな青痣が気になってしまって問いかける。
「ああ、これは親父の鉄拳だ。お前のアレは確かに痛かったしムカついたけど、こんなになる程じゃない」
親父、という言葉に昨日パーティーで会ったアシュレーのお父さんが浮かび上がる。
その時は体格も気もいい年配の人、という印象だったけど――頬はともかく目に鉄拳あててくる親父なのだと分かると何とも言えない寒気が走る。
「こんなのウチじゃいつもの事だから、気にしなくていいぞ」
「じゃあ気にさせないように隠すとかしなさいよ」
「隠す? 何で? 俺は隠された方が気になるぞ?」
アシュレーがあまりにもサラッと言うものだから反射的に返してしまったけど、更に返ってきた言葉に言葉が詰まる。
確かに――隠せとは言ったものの、頬の部分に何か貼ってあったり眼帯したりしていたらそれはそれで中がどうなっているのか、私も気になる。
『いてーわー、俺この痣マジ痛ぇーわー』と絡んできている訳でもないから、本気でこの男は何も考えてないし、気にしてないんだろう。
羨ましいメンタルだわ――と感心しているとアンナが驚いたように聞いてきた。
「アスカさんは……この方の事、もう許されたんですか?」
「あ、私はコイツ殴っちゃったからお互い様な所があるっていうか……でもアンナは酷い事されたんだし、許せないなら許せないで全然いいと思うわよ?」
正直、アシュレーがやった行為については許せない部分もあるけど、一応本人は謝っているし、<親父の鉄拳>による青痣を見せられてしまったらこれ以上あれこれいう気にはなれない。
でも<私が許してるなら自分も許さざるを得ない>とは思ってほしくなくて念を押すと、アンナは首を小さく横に振った。
「いえ……私、とにかくアスカさんが復讐されないかが心配だったので……あの、アシュレー……さん? 本当に、アスカさんに復讐しないって約束してくれますか?」
アシュレーはアンナの質問に目を輝かせる。約束すれば許されるのだと分かったようだ。
「あ、ああ! 約束する!! 俺が復讐なんて小さい事考える男に見えるか!? それにコイツにはセレンディバイトの後ろ盾がある! 俺も6大公爵家の1つ、リアルガーの人間だからな。コイツには正直あんまり関わりたくない!!」
アシュレーの力強い宣言にふぅ、とアンナが安堵のため息を漏らす。
「そうだ、6大公爵家と言えば珍しい奴が来てるな? この先の部屋でお前待ってるみたいだからさっさと行って来い! 俺はアンナに話がある!」
あからさまにシッシッと追い払う仕草に多少苛立ちを覚えながらも、そこまで悪い気がしないのは『関わりたくない』と言っていながら私に対して特に怯える事も嫌な敵意もなく接してくれる事が嬉しいからかもしれない。
逃げられたり遠巻きにされたりするよりは遠慮なく絡んでくれた方がずっとマシと言うか。
「……今の私を見ても、話があるんですか?」
「あるから来てるんだろう? 何が言いたいんだ?」
意外そうにアシュレーを見つめているアンナの発言の意図が読めないんだろう。アシュレーが率直に尋ねる。
「昨日の私と今日の私は違うでしょう?」
「見た目の事か? ああ……言われてみれば違うな。それがどうした?」
「それがどうした、って……」
「昨日のお前は綺麗で、今日のお前は可愛い。俺は今日のお前が昨日のお前に劣ってるとは思わない」
奇抜な髪型のままだったら今のキザな台詞に吹き出してしまったかもしれない。
だけど、短髪で真っ直ぐにアンナを見つめながら言い切るアシュレーは悔しいけど、ちょっとカッコいいと思ってしまった。
髪型変えるだけでここまで印象って変わる物なんだろうか? 眼や頬の青痣すら様になって見える。
言われた側のアンナを見やると、アンナは顔と耳を真っ赤にさせて目を丸くして驚いている。
真っ正面から繰り出される最強の口説き文句を、こんなすぐ傍で他人として見聞きできる機会はそうそうない。
良いものを見させてもらった――けど一気に甘酸っぱくなった空間にこれ以上ここに存在し続けるのも悪い気がして、セリアと兵士にアイコンタクトを送りそそくさとその場から立ち去る。
この展開に唖然としているジャンヌを残して。




