第17話 2日目の朝
小鳥の囀りと共に顔に差し込む柔らかい光が、優しく朝を告げる。
(……よく寝た……)
ゆっくりと瞼を開けた後、一つ大きなあくびをして体を伸ばす。
その後、もっと陽の光を浴びたくて大きなベッドから身を起こし、窓際に移動する。
窓の向こうの広がる青空は、地球のそれと全く同じだ。
だけど――この部屋の壁に掛けられた振り子時計らしきものに刻まれてる不可解な文字が、自分が住んでいた世界と今いる世界が異なる事を表している。
馬車の中で一回、ここで一回――二回寝て二度もこの世界に目覚めてしまったら、もう夢とは思えない。
(ドレスとか空は同じなクセに、文字は違うとか、本当面倒だわ……)
セリアは7時30分に起こしに来るって言ってたけど、今何時か分からない。
(針の位置と長さが地球と同じなら、6時少し前って事になるけど……)
まだ朝の光は弱弱しく、小鳥のさえずりが聞こえてくる程の静けさを考えると、大体合ってると考えてもよさそうだ。
(……これから、どうしよう?)
目を擦りながら昨日の事を思い返してみるけど、色々あり過ぎて。
まだ眠気が抜けきっていない頭で考えても混乱しそうだ。
何処かに紙とペンがあれば、状況を整理しやすいんだけど――と、窓際から離れようとした時、外の方から微かに乾いた音がした。
気になって窓を開く。音がよりはっきり聞こえくる方を見降ろすと、兵士らしい男の人達が数人、それぞれ藁を纏った丸太に木刀を振るっているのが見えた。
(朝からトレーニングなんて凄いわね……あれ? あの人は……)
兵士の中に見覚えのある明るい茶髪の男性を見つける。
確か昨日、赤髪の男に忠告していた騎士だ。あの時着てた白銀の鎧は着てないけど、間違いない。
(そう言えばあの人、何か気になる事言ってたような……)
――この方達を君の母君と同じように考えたら駄目ですよ。召喚先の世界によって常識も価値観も違うんですから――
そう。アシュレーに手を差し伸べた時にそんな事を言ってた。
あれはつまり、アシュレーのお母さんは私達の地球とは違う異世界から来たツヴェルフだという事。
(他の世界から来た人から何か情報は得る事はできないかしら……?)
リヴィは3つの星から異世界人を召喚していると言っていた。
他の2つの星のどちらかが物凄い高度な文明を持っていたら、そこを経由して地球にロケットや宇宙船みたいな物で帰れるんじゃ――とまで考えて、ふとある疑問に思い至る。
(……この星は、何処に存在しているの?)
自分の知る限り、ル・ティベルなんて星は地球の近くには存在しない。
リヴィは軌道がどうとか言っていたけど、仮に40光年でつくような距離にこんな星があったらとっくに知られている。
私が想像している『宇宙』のどこかにル・ティベルが存在しているのか、それともこの世界と地球は存在する次元が違うのか――漫画やアニメで見る異世界は地球とは別の次元に存在するケースが多いけど、この世界はどうなんだろう?
気になったものの、情報が足りないまま考えると頭が混乱しそうな気がして浅く考えるにとどめる。
(でも……他の異世界がどんなところなのか、知っておいてもよさそうね)
役に立つかどうかはともかく、今はとにかく情報を集めるのが大事――と明るい茶髪の騎士に話を聞きに行くことを決め、藍色のストールを身に纏って部屋を出た。
部屋の近くの階段を下りて訓練場らしき場所に着くと、訓練していた数人の兵士達がチラホラこちらに気づき始める。
そのうちの一人が打ち込みに集中していた明るい茶髪の男性に声をかけると、驚いた顔で駆け寄ってきた。
「ミズカワ・アスカ様! いかがいたしましたか?」
「何か音がするなと思って窓の下を見たら、貴方達がいたから……」
「す……すみません!!!」
男性が口を大きく開けて驚愕の表情を浮かべたと思ったら、訓練場に大声が響く。
「ツヴェルフの方々は昨夜からここの上の部屋をお使いになられてるんですよね!? すっかり失念しておりました……! お許しください!!」
ビシッ、という効果音が出てきそうな勢いで直立不動に立った状態から、これまた効果音が出てきそうな勢いで深く頭を下げられる。
「え、いや、あの……」
「皆さん! 今日の朝練は中止です! 明日からの朝練場所はまた後で連絡します……!」
明るい茶髪の男性が呼びかけると、兵士達は苦笑いしながら散っていく。
「彼らはボ……いえ、私が呼びかけて集まってた人達なので、処罰はどうか私一人にお願いします……!」
周囲に呼び掛けた後、再度深く頭を下げられる。
「いえ、あの、けして、うるさいから降りてきたとか、そういう訳じゃないので気にしないでください……!」
「しかし、それでは私の気が済みません……!」
ああ、面倒臭い。不快な事は何でも報告しろと言われてるけど『皆いちいち謝罪が大袈裟なのが不快』と報告したい――でも、今のこの状況は利用できるかもしれない。
「気が済まないのであれば、私の質問にいくつか答えてもらっていいですか? えっと……」
そこまで言って、この人の名前を知らない事に気づく。
「失礼しました! 私はリチャード・フォン・フィア・コッパーと申します。気軽にリチャードとお呼びください」
「え、でも……」
「私個人の事情で申し訳ありませんが、あまり家名で呼ばれたくないもので……」
それじゃあお言葉に甘えて――リチャードを改めて見てみる。
緩やかにまとまった明るい茶髪に、黄土色の瞳。
割と整った顔立ちで育ちや人柄の良さも感じられるけど、いわゆる困り眉――下がった眉から、何となく気弱な印象も受ける。
言葉を選ばずに言うなら、ちょっと気弱そうなお坊ちゃん騎士、だろうか?
皆で朝練しようと呼びかける程度の行動力があるみたいだから、実際は違うのかもしれないけど。
「リチャード……貴方昨日、アシュレーのお母さんが私達とは違う世界から来たって言ってたわよね? その人はどんな世界から来たの? 常識とか大分違うみたいだけど、文明も違うのかしら?」
人間観察を終えて単刀直入に質問すると、リチャードは視線をあげて思い出すように語りだした。
「僕も異世界についてあまり詳しい訳ではないのですが……アシュレーから聞いた話によると、彼の母君の世界<ル・ジェルト>は完全な弱肉強食の世界だそうです。弱き者は強い者の意に従い、強き者に見初められれば最大の喜びを感じ、強き者はより強き者を求める……そんな自身の力が全ての実力世界らしく、文明レベルはここと比べるとかなり低いようですね」
「へぇ……」
へぇ、という言葉しか出ない。
それしか感想が出ない訳ではなく、それ以上は悪口しか出てきそうにないから理性がブレーキをかけた。
この世界も相当ヤバいけど、他の世界も結構ヤバそうだ。
「彼の母君は歓迎パーティーで彼の父君と決闘した結果、その場で嫁いだそうです。だから彼にとってツヴェルフ=母=強い者に惹かれるはず、って思い込みが強かったみたいで……本当に、すみませんでした」
リチャードがまた頭を下げる。
騎士として騒ぎを止められなかった事に責任を感じてる、というよりは友人の暴挙を止められなかった事を嘆いてるみたいだ。
(でも……異世界来るなり決闘するってどういう事なの? アシュレーのお母さん、勇猛な女戦士なの?)
決闘についても気になったものの、長々話してるとあっという間にセリアが来る時間になりそうだ。
「……ついでに、もう一つの星の事も知ってたら教えてほしいわ」
「もう一つの星はル・リヴィネという名前で、文明レベルはここと近いと聞いています。皆透き通るように綺麗な水色の目をしているのが特徴で……褐色肌の人も多いみたいですね。確か神官長の側近であるリヴィ様の故郷だったと思いますので、詳しくはリヴィ様に聞いてみては?」
リヴィの星、ル・リヴィネ……覚えやすい。
ル・ティベル、ル・ジェルト、ル・リヴィネ――星の名前には全て最初にル・が入る事も分かった。
そう言えば地球はここで何て呼ばれているんだろう――と思った時、
「アスカ! 早いわね!」
突然上から名を呼ばれて顔をあげると、ネグリジェ姿のソフィアが2階の窓からこちらを見降ろしていた。
「あら? もしかしてさっきまでパンパンうるさくしてたのは隣の人?」
いくら静かな早朝とはいえ、2階からこちらまでかなりの距離があるのにソフィアの声はこちらまで良く通る。
「す、すみません……!! 明日からは別の場所で訓練しますので……!!」
リチャードがまた大声で頭を下げる。一目で分かる程耳が赤い。
「それならいいわ! アスカ、まだメイド来る時間まで時間あるみたいだし、私の部屋に来ない? アンナと優里も今から誘うわ!」
私の返答を待たずに、ソフィアは窓を閉めた。
強引だなぁ――と思ったけど、メイドがまだ来てない今のうちに4人だけで話せる貴重な時間だ。行かない訳にいかない。
色々教えてくれたリチャードに一声かけて2階に戻ろうとした時、リチャードに呼び止められた。
「あ、あの……ソ、ソフィア様って何か好きな物ってありますか…!? その、好きなお花とか、お茶とか……!」
「ごめん、私もソフィアと昨日会ったばかりだし、特にそういう話はしてない……」
「そ、そうですか……そうですよね……すみません」
木刀の柄の部分をカリカリと指で引っ掻きながらモジモジした態度。
私の返答にあからさまにでは無いけど、落胆した事が一目で分かる。
(一目惚れってした事ないけど、普通はこんな感じよね……)
相手の行動や表情に勝手に一喜一憂して、顔を赤くして。
(あの人にもこんな風に接されていたら、もしかしたら私……)
昨日の事を振り返り、いや、どんな態度でもやっぱり無理なものは無理だわと結論付ける。
「……それじゃ! 朝練邪魔してごめんなさい!」
好きなお花とお茶、さりげなくソフィアに聞いてみよう。
この世界に似たような物があればいいんだけど――




