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銀色の渡り鳥~異世界に召喚されたけど価値観が合わないので帰りたい~  作者: 紺名 音子
本編

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第113話 惑わし合う男と女・1


 しばらく待っていると再びヨーゼフさんが戻ってきて1階に案内される。

 てっきり食堂で食べるのかと思いきやそこを通り過ぎ、突き当たりにある両開きの扉の前で止まった。


「こちらが主の執務室になります」

「……執務室で食べるの?」

「食堂に用意しても来てくれませんので。ああ、先程アスカさんが来られる事は伝えていますので追い出される事はありません。逃げてもいないようですのでご安心ください」


 やはりこのお誘いはヨーゼフさんの独断行動のようだ。勝手に婚約者を囮にされて部下にまで勝手に動かれている彼をちょっと気の毒に思う。

 でもあの人も自分勝手だし――自分勝手な上司には自分勝手な部下しか仕えられないのかもしれない。


「ダグラス様、失礼します」


 ヨーゼフさんが扉を開けると、広い部屋の中、本やら書類やら積み重なっている大きな机の向こうに黒の公爵が座り、彼の後ろの大きな窓から柔らかな陽が差し込んでいた。

 私達が入って来た事は分かってるんだろうけど、一目も向ける事無く書類に集中している。


「アスカ様。氷菓子はこちらに用意してあります」


 執務室は応接間を兼ねているのか、ヨーゼフさんが手で示した先には高級感あふれる黒のソファとローテーブル。

 ローテーブルの上には見るからに真っ白フワフワの氷の上に薄紫色のシロップとクリームがかかり、更にその上に紫色のソースがかかっている可愛くて小振りなかき氷が人数分置かれていた。


 そのローテーブルの横にウェイターのような服を着た癖のない暗い青色の髪を後ろに束ねた暗い赤の眼の青年が立ってこちらを見据えている。年は私より少し上――だろうか?


「アスカ様と対面するのは初めてですかな? 先日お話した孫のルドルフです」


 ヨーゼフさんが紹介してくれたので日頃の料理のお礼を言うと、無言で頭を下げられた。

 あまり表情豊かな人じゃないみたい――という感想を胸に抱いているとヨーゼフさんに座るように促される。


「アスカ様、ありがとうございます……すごく美味しそうです!」


 私の隣に座ったセリアが、両手を組んで目を輝かせる。グルでも何でも、食べたい事には変わりなかったみたいで良かった。


 テレビ等で特集を組まれるようなかき氷に比べて二回り程小さいものの綺麗に盛られクリームやソースがかかったそれはとても食欲をそそる。


 いただきますと手を合わせた後、一口、口に含むと想像した通り葡萄のソースの甘酸っぱさがクリームのとろける甘さと混じり合い、口の中で雪のように溶けていく。ひんやり感も相まって頬が心地よく刺激される。


「美味しい……!!」


 目を閉じてその美味しさを堪能した後、再び目を開くと机に座ったままこちらを見ている黒の公爵と目が合った。


 黒の公爵が慌てて視線を逸らしたので(別にそこまで徹底しなくてもいいのに)と思いつつ二口、三口と口に含む。

 甘さも冷たさも衰える事無く体に染み入って食べる度に顔が綻び、悦に浸る。


『……アスカ様、これを機にダグラス様と仲直りされては?』


 美味しさを堪能しているとセリアから無粋なテレパシーが届いたけど想像の範囲内だ。動じる事無くスルーする。

 向こうがこっちに来ようとしないのも関わりたくないからだろうし、向こうの為にもささっと食べ終わってささっと部屋を出よう。


『……あの姿、痛々しくて見ていられませんわ』


 あの姿――? ともう一度見ると、黒の公爵はまた何かから顔を逸らして書類と向き合う。今、一体何を見ていたんだろう?

 

「何の姿?」


 セリアにそう言うと、突然頭の中に映像が浮かび上がる。


 あの人が目を細めて嬉しそうに微笑んでいる。慈愛すら感じる視線の先にあるものを追いかける様に勝手に視界がズレていき――全身鏡で止まる。


(これは……今いる場所の、セリアの視点?)


 鏡に映っていたのは――かき氷食べて悦に浸ってる、私。

 そして鏡に映る私が振り返ったのとほぼ同時に顔を背けた所で映像が消えた。


 丁度食べきったお皿を置いて、片肘をついて頭を押さえる。


(やばい……健気な男の報われない姿、ヤバい……!!)


 ソフィアを想うリチャードにキュンと来た感覚を、まさかあの人に抱く事になるとは思わなかった。

 あの時はソフィア、リチャードに優しくすればいいのにと思ってたけど、今、あの人が想ってるのは――私。


 それに気づくと胸が激しく鼓動し、罪悪感がこみ上げてくる。


(待って……ここで私が折れたらせっかくの顔を合わせなくていい1ヶ月が水の泡になる! 流石に今の状況下で私、あの人に優しくできない。落ち着け……!!)


 何だかんだ言い訳並べて食べ物に釣られてここに来てしまった事を深く後悔する。まさか、自分自身の性癖の罠にかかるとは思わなかった。


 無視するしかない。ここで折れて向こうが調子取り戻してグイグイ来られたら、白の魔力溜めるよう急かされたら困る。

 せめて後2週間――いや、後1週間だけでも今の関係を維持したい――!


『アスカ様が来てから、碌に食事も取らずに魔物討伐行ったり皇城行ったり公務に没頭されてまして……』


 ポツリと零すようにヨーゼフさんが嫌なテレパシーを送ってくる。


「ゆ……夕食のデザートを一緒にどうかって言ってたじゃないですか」

『アスカ様を夕食の場に同席させたら、あの方が夕食食べてない事に何か言ってくれると思いましたので……』


 ヨーゼフさんの本当に元気のない表情が、同情心を煽る。


「それなら最初からそう言ってくれれば……」

『率直に言ったらあの方のプライドを傷つける事になりますから……』


 私からしたらデザートやスイーツで釣るより情で釣ってくれた方がまだ自分自身の卑しさを痛感せずに済んだ分マシだったのに。

 主を気遣う癖に主の婚約者には狡猾な精神攻撃を仕掛けてくるその思考回路が理解できない。


(ああ、もう……!)


 手が付けられてないかき氷の器を手に立ち上がり、ズカズカと彼の机の前に移動する。


「あ、飛鳥さん?」

「ダグラス様……これ、食べないんですか? 凄く美味しいですよ」


 私がこっちに来るとは思っていなかったようで、狼えた表情で見上げる黒の公爵にスッと器を差し出すと、明らかに表情が曇り視線をそらされる。


「……どうぞ、私の分は飛鳥さんが食べてください。貴方が食べてくれた方が私も嬉しい」


 その言葉は優しいものだけど、表情が曇った理由は何となく分かる。


(立場弁えろって言うから様付けしたらそれも気に入らないとか……本当変な所に地雷があるわねこの人)


 ――いいじゃない、呼び方位。これ手渡して、ちゃんとご飯食べなさいよって言って、その勢いで部屋に帰ればいいじゃない。


 そういう考えになるのは、私の甘さか、このかき氷の甘さのせいか。


「私は、ダグラス……さん、に食べて欲しいです」

「……えっ?」


 望んでいた呼び方で呼ばれたのが余程嬉しかったのか、光のある目で見上げてくるその顔に、また胸がキュンとしてしまう。


(やばい、この人にこのモードで来られ続けたら、私……)


「ほら、早く食べないと溶けちゃいますから」


 赤面しつつ器を差し出すと、彼はしばらく器を見据えた末――手袋を外して机の上に置く。


(ちょ、まっ……何でこのタイミングで手袋外すの!?)


 その思考と同時に、差し出された手から逃れる様に持っていた器を遠ざけた。



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