第105話 囮の鳥・1
「これ以上おかしな事にならなければ良いのですが……」
喧騒に包まれたホールの中、セリアを見送る私の横でレオナルドが呟く。
1階にいる迎えのヨーゼフさんはただ静かに佇み、通路の脇で貴族や騎士や兵士達がザワついている。
パーティーの時に比べたら貴族っぽい人達の数はそう多くはないけど騎士や兵士、メイド等も集まっているし、2階のギャラリーに立っている少なくない人数を含めるとこのホールの中には今かなり多くの人間がいる。
(これだけの人数がいたら、何処に反公爵派が紛れ込んでるか分からないわね……)
私を囮にしておびき出すつもりでいるんだから入場制限なんかしてないんだろう。いつ貴族や騎士、兵士に扮した暗殺者に襲撃されるか分からない。
何かあればすぐ傍にいるレオナルドが守ってくれるだろうけど、レオナルドがどれだけ強いのか分からない。優里の狩りの時の話を聞く限り彼も相当強い方だと思うけど、それでもこの場に立ち続けるのはちょっと恐い。
好奇、憐み、嘲笑――そういう視線を浴び続けるのも気持ちのいい物ではないし。
「セリアが戻って来るまでずっとここにいるのは怖いから、さっきの扉の所まで戻ってもいい?」
扉の辺りなら襲撃してくる方向が限られる分レオナルドも守りやすいだろう。レオナルドも小さく頷き、歩き出した私の後に着いてくる。
先程通った扉の前に移動する。ここならヨーゼフさんや下の見物客達の視界に入らない。それだけでも大分気が楽になる。
「……大丈夫ですか?」
そういうレオナルドの表情からは憐れみと優しさが感じとれる。憐れみを受けるのは正直抵抗があるけれど、こんな状況だ。純粋に私を心配してくれているのだろう。
「このような辱めを受けて……色々、お辛いでしょう?」
確かに、普通にお迎えを待っていたらかなりキツい辱めだったと思う。
だけどこういう展開になるだろうなとは早くから予想していた。全く平気という訳ではないけど、あの人の心を抉る言葉を考える余裕がある位には平気である。そんな事素直に言えるはずが無いけど。それに――
(どうする? 返答には気を付けないと……)
ここであの人に不平不満を言えば回りまわって彼の耳に入ってまた面倒な事になりかねない。
<傷つきました作戦>はあくまで私に非が無い状態だからこそ通用する。周囲に下手な事を言って相手に同じ作戦を展開されたら困るのだ。
「辛いけど……私の日頃の行いが彼を傷つけたと思うと、自業自得かなって。ドレスが贈られなかった事を誤魔化そうとしたのも、裏目に出ちゃったし」
俯いて、ちょっと落ち込んだ感じを装う。
実際、私があの人の好意を踏み躙るような事を言って彼を傷つけた結果こうなってる訳だから、そこは本当に自業自得だと思ってる。
向こうの<盗聴>という行為で罪悪感は相殺されているけど。
「……それでもこの仕打ちは酷い。貴方は私が訓練をやめるように言った時、ちゃんと自分を省みて謝る事が出来た……貴方が人の意見を聞き入れる事が出来る人だという事を私は知っています。お互いきちんと話し合えば分かりあえるはずです」
私を褒めてくれるのは嬉しいけど、あれはレオナルドがセリアに矛先を向けたし絶対折れないだろうなと思ったから私が折れただけであんまり反省していない。
そしてあの人も。話しあって分かりあえるような相手だったら私は今こんな場所でエッチなパンツをはいていない。
(……不思議。こんな状況なのに、私、妙に冷静だわ)
いくらこういう状況を早々に予想していたとは言え、命を狙われてるかもしれない中、サイズの合わないドレスを無理して着て、勝負下着を身に付け、辱めを受け、周囲からの負の視線に耐えながら傷つきポイントを計算する――この状況でやけに冷静でいられる自分に内心驚く。
色々ありえない状況が重なると、人の感情は止まるのかも知れない。
「……貴方の器がせめてクイーン級だったなら、私が代わりにリビアングラスにお迎えする事ができたのですが」
レオナルドが視線を俯かせてポツリと呟いた言葉に反応する。
「あら、縁があったら私が自分の子どもを産むかもしれない、なんて言ってた割に本当に私と子づくりする気は無いって事?」
以前の彼の台詞を思い出して追求するとレオナルドはしまった、と言わんばかりに口元に手を当てて僅かに眉を潜める。
「……すみません、嘘をついてしまいましたね」
社交辞令だった事がバレたからといってそこまで深刻な顔をしなくてもいいのに。
「別に、私の器がしょぼい事は知ってるから謝らなくていいわよ。子どもが親の魔力を超えなかったら色々大変なんでしょ? 器の大きいツヴェルフしか眼中にないのは当然だわ」
私の言葉に、レオナルドの表情は困ったように微笑む。
「……私の器の大きさは、貴方の物とそれ程変わりません」
意外な言葉に驚く。そんな私の態度を厭う事無くレオナルドは視線を真っ直ぐに私に向けて言葉を続ける。
「しかし貴方はその大きさの器を2つ持っている……私は1つしか持っていない。貴方の言葉を借りるなら、私は貴方よりしょぼい器の持ち主です」
彼の声と表情に僅かに哀愁を感じるのは多分気のせいではない。
「……有力貴族とツヴェルフの間の子どもは親の魔力を超えるように作られるんじゃないの?」
あのアンナ大好きなアシュレーでさえ、アンナの危機に子どもの魔力量を意識していた位だ。普通の貴族にとってもそれはとても重要な項目のはず。
「超えるように計算して作っても必ずその通りになるとは限りません……予想以上に大きい事もあれば小さい事もある。そして器は産まれてからも成長に伴って大きくなり20歳で完成します」
20歳で、と言うのならレオナルドの器は――
「……私の器がこれ以上大きくなる事はありません。だから私は絶対に、私よりずっと器が大きい子どもを作らなければならない。これが貴方を迎え入れる事が出来ない理由です。二代続いてしょぼい器の跡継ぎが続く事は許されないのです」
よっぽど<しょぼい>という言葉が刺さってしまったみたいだ。怒ってる訳じゃなさそうだけど、そこまで連呼されるとその単語を使った事を後悔してしまう。
「幸い、他の才能……特に武術の才能には恵まれましたので鍛錬を欠かさず、容姿に気を使い、勉学にも励み人に礼節を持って接する事でようやく認められるようになってきました。私は器に恵まれずともここまでやってきた自分を誇りに思っています。ただ、それでも……今の貴方のように奇異の目に晒された時、どうしようもなく惨めになる時がある」
1階から私達の姿は見えないはずだけど、2階の細いギャラリーから見物している貴族達の視線は私達の方に集中しているのが分かる。
確かに、婚約者から冷たい扱いを受けている私を物珍しい物を見るような奇異の目で見据えてきている。
レオナルドは今の私の姿を、自分の姿に重ねたのだろうか? それとも――
「……惨めな私を哀れに思って話したの?」
「いえ……嘘をついてしまった理由を話さなければと思ったのと、惨めな思いをしているのはけして貴方だけではないと伝えたら励ましになるかと思っただけです。気を悪くされたなら申し訳ありません」
正直、最初は不幸自慢が始まったのかと思った。それは私が今までレオナルドに好感を持っていなかったから。
訓練を邪魔された際の態度や、恋愛結婚をしてる身で他の女と子づくりしようとする思考に嫌悪感も抱いていた。
だけど、嘘をついてしまったからと自分の恥を正直に曝け出す誠実さと、自分を貶めてでも人を励まそうとするその気持ちは素直に嬉しい。
聞き触りのいい綺麗事ではなく真っ直ぐに自分の言葉でぶつかってきたレオナルドに初めて好感を抱く。
不幸自慢と受け取られかねない励まし方はどうかと思うけど、それは励まし下手な私が言える立場じゃない。
「……私、もう自分の器をしょぼいって言うの止めるわ」
今まで自分の事ばかり考えて使っていたけど、私が自虐する事でレオナルドや他の誰かを貶める事に繋がるなら、もうやめよう。
「それがいい。貴方の器はけしてしょぼい物ではありません。2つの色の魔力を持てるツインは至る所で活躍しています。貴方はけして、しょぼくない」
二度同じ事を言うあたり相当刺さってしまってる事が伺えるけど、その優しい笑顔はホールにいる人間達とは全く違う、温かい物。
「貴方だってしょぼくないわ」
「当然です。私は器がしょぼいだけです。私自身がしょぼいと思った事は一度もありません」
優しさが自信に満ちたものに変わる。もし私が元々この世界の人間だったらまた違った印象を抱いたのだろうなと思う。実際はそうじゃないから警戒を解く事は出来ないけど。
きっと私達が地球に帰ろうとする時、この人は立ちはだかる。そんな気がする。
その真っ直ぐな眼差しで話し合えば分かるはずって言うんだろう――正義感と優しさに溢れる主人公のように。
「……その強さがあれば、立派な公爵になれると思うわ」
優しくて厄介な騎士に本心から出た言葉を伝えた瞬間、ホールが少しザワつく。
「どうやら来られたみたいですね……どうされます? もしケープを取られるのでしたらお預かりしますが、今の状態だとこのまま出ていかれた方がよろしいかと……」
「ありがとう……でも、こういう場でケープ着けたままっていうのも、ちょっとね……」
というより、今を逃すと自然にケープを脱ぐ機会が無い。馬車の中が涼しかったら脱ぐにも脱げないし。館に戻ったら即着替えたいし。
黒のケープを脱いでレオナルドに託し、改めてホールへ足を踏み出した。




