第103話 泣きべそと恥はかきすてない
メアリーの個人授業が終わり、軽めに昼食を食べた後、ソフィアは予想通り優里の部屋に移動した。
「じゃあね」と微笑んで去っていくソフィアの心の傷は少しは癒えてると思っていいんだろうか?
心配な気持ちが残りながらもセリアの力を借りて漆黒のドレスに着替える。髪を綺麗に梳かれティアラの後ろをリボンで纏められた後、メイクを施される。
歓迎パーティーの時は控えめなメイクをお願いしたけれど、今日は『目元を強調するような物は使わないで欲しい』という希望だけ出した。
セリアは少し困っていたが「あの人が来たら感動して泣いちゃうかもしれないから……」と言いづらそうに伝えると納得してくれた。
目の周囲を彩らないという事はそれに合わせて自然と控えめのメイクになる訳で。
出来上がりは少し濃いかな? と思う位の、やはりいい感じに無難な仕上がりになった。
「背中を冷やさないようにダグラス様が来られるまではこれを羽織われてください」
背中をしっかりカバーする少し長い黒のケープを羽織って部屋を出る。
大広間――他のツヴェルフまでホールにいたら危険だから、とソフィアと優里には今日いっぱい自室待機が命じられているらしい。
最後に部屋の前で少し位話は――と思う間もなくセリアがさっさと先を歩いていく。
まあソフィアと優里とユンがいる場で迂闊に別れの言葉交わしてユンに怪しまれる可能性を考えたら会わない方が良いのかも知れない――そう思い直し、セリアの後を追う。
事前にドレスで歩く練習をしていた事と食事の量に気を使ったお陰か、少しゆっくりではあるけどスムーズに歩く事が出来た。ただ、ウエストのギチギチ感は否めないのでストールで隠しながらだけど。
すれ違う兵士やメイド達の視線が腰の辺りにあるような気がするけど多分、見えてない。うわぁ……とか思われてない、多分。
「こんにちは、アスカ様。今日は一段とお綺麗ですね」
「レオナルド……さん?」
丁度、ホールの手前の扉――歓迎パーティーでもここでメアリーに色々手順を説明された場所にレオナルドが立っていた。
何度か会話に名前こそ出て来たけれど直接会話するのは訓練場で会って以来だ。あの時と同じようにとりあえずは眩しく柔らかい笑顔で接してくる。
「呼び捨てで構いませんよ。アシュレーやダンビュライト侯と話すのと同じように気軽に話してください」
礼儀正しいレオナルドに合わせて丁寧な言葉を――と思っていたけど向こうからこっちに合わせてくれるのはありがたい。
「そう、じゃあお言葉に甘えさせて頂くけど……何でこんな所にいるの?」
「ホール内での貴方の護衛を仰せつかりました」
(ああ、あの人が来ない時の為にとお願いした護衛の件か……)
セリアはちゃんと私の希望を皇家に伝えてくれていたらしい。だけどセリアを見ると微妙そうな笑みを浮かべている。
もしかしてレオナルドだから? 先日叱られたのもあるとは思うけれど青と黄ってそんなに相性が悪いんだろうか?
「セレンディバイト公が来ないはずありませんが来られるまでに襲撃される可能性もありますからね。その時は私がリビアングラスの名にかけて貴方をお守りいたしますのでご安心ください」
レオナルドもあの人が来るものだと思っている。レオナルドは事情を知らないから当然にしてもどうもその言い方が気になる。
「レオナルドはやけにあの人を推すのね」
「彼はこの国の英雄ですから。魔物の討伐、他国からの侵略……ここ十数年の戦には必ず彼の姿がある。私は民を守る為に先陣を切る彼を尊敬しています」
あの人は民を守る為じゃなくて戦うのが楽しいから先陣切ってる――って事を知ったらレオナルドはどんな顔をするんだろう?
純粋に見てみたいなと思った時、ホールの扉が向こう側から開いた。
「セレンディバイトの……使いの方が、来られました」
扉の向こうから現れた兵士の戸惑った様子から、嫌な予感がした。
ホールに入り、2階の手すりから1階を覗き込む。
貴族達や騎士、兵士達が邪魔にならぬようにと通りを開けて様子を見守る中、階段の下で黒の燕尾服を着た白髪を後ろに束ね眼鏡をかけた、まさに執事、と言わんばかりの小柄な老人がうっすらと笑みをたたえてこちらを見上げている。
「アスカ様、初めまして。私はセレンディバイト家の家令を務めさせて頂いておりますヨーゼフと申します。貴方様をお迎えに上がりました」
魔法を使っているんだろうか? 結構離れてるのにヨーゼフと名乗ったおじいさんの穏やかな声がここまでハッキリと聞こえる。
「セレンディバイト公はどうされた?」
この状況をおかしいと思ったのか、私が問いかける前にレオナルドが響く声を出す。
「主は皇城の前に止めた馬車にてお待ちです。私にアスカ様を迎えに行くようと命じられました」
「ここまで来ない理由は?」
「理由……アスカ様はご存じではありませんか? 懐かしいドレスを引っ張り出してきたようですが……浅ましい小細工の為に主の先祖が愛を込めて送ったドレスを貶めるのはやめて頂きたいものですな」
ヨーゼフさんの言葉に、どよめきが広がる。
まさか、数世代前のドレスを知ってる人が来るのは予想外だった。セリアも予想外だったようで顔が強張っている。
「主は貴方の野蛮かつ奔放な態度にお怒りです……自分が召喚を希望した以上責任は持つが、これ以上セレンディバイト家の名を汚すような事は金輪際やめて頂きたいとのことです」
冷たく突き放すような言葉は、恐らくヨーゼフさん自身の怒りも込められている。まあ仕える家の先祖の贈り物を悪用してるのはこっちだから、それは当然だけど。
「……分かりました」
そう言って階段の方に向かおうとした時、セリアが両手を広げて私を止める。
「お待ちくださいアスカ様……あの方が家臣を寄こすのなら、こちらは私があの方に直談判しに行きます」
私の為に憤慨してくれるセリアの気持ちは嬉しい。だけど。
「セリア、気にしないで……そこまであの人を怒らせてたんなら仕方ないわ……」
「不服な気持ちは理解できるが、アスカ様の言う通りだ。メイドの身分で公爵の意向に反する真似をするのはよした方が良い」
レオナルドが追撃するとセリアは厳しい表情でレオナルドを見据える。
「ご忠告痛み入りますが、私の主君はアスカ様です。主君に恥をかかせる者の意向など、例え公爵と言えど反して当然です」
レオナルドに胃を抑えながらハッキリ反論するセリアにちょっと涙がフライングしそうだ。
「セリア……私もう、その気持ちだけで……」
「大丈夫ですアスカ様。私が必ずダグラス様をここにお連れします。アスカ様があの方に身を捧げる覚悟を決めたのです。ならば私の役目はその覚悟をダグラス様に示す事……アスカ様はここで待っていてください」
続く言葉を考えてる間にセリアは階段を下りて行ってしまった。
(黒パン履いたの、失敗だったかしら……)
少しでも有利な立場を得たいが為に、気合いを入れ過ぎてしまったかもしれない。この日の為に一生懸命頑張ってくれたセリアには悪いけど――この状況はぶっちゃけチャンスなのだ。
相手のプライドを辱める事無く自分が優位に立つ為には相手が何かしらミスしてくれないと話にならない――そして今、相手は決定的なミスをしてくれた。
本当はこのまま勝負下着つけた上で一人で大広間を歩き赤っ恥かかされて馬車に乗った後、物凄く傷ついた風を装って徹底的に距離を取る作戦――
題して<地球に帰る為に貴方に身を捧げる覚悟をしたのに、こんな扱い受けて本当に傷つきました! クラウスも他の女に目を向けるしもう本当男なんて信頼できないのでしばらく部屋に引きこもらせて頂きます!! 大作戦>を決行するつもりだったのに。
あの人がちゃんと迎えに来たらドレスを送って来なかった事を口実に<傷つきました作戦>を取るつもりでいたのだけど、それをするにはちょっと<傷つきポイント>が足りないなと心配していた。
だけど実際は多くの貴族達に蔑まれる中、老人に手を引かれて大広間を出ていくというある意味迎えを寄こさないより酷い状況――この上ドレスまで見破られて皆の前でバラされるというこれ以上に無い恥を晒している。
傷つきポイントが増えれば増える程都合が良い――という状況じゃなかったら今頃ブチギレで馬車に乗り込んで叫び倒して手や足の1つや2つ出していたかもしれない。
赤っ恥をかく覚悟も、涙を流す準備もとうにできている。ただこの恥はかき捨てにせず最大限利用させてもらう。
クラウスと喧嘩してフラれた、という傷心状態に加えてここまで恥かかされたら少なくとも半月は引きこもれるはず。
その期間をどう引き延ばせるかは私の物凄く傷ついた感と心折れてる感次第――つまり演技力にかかっている。
(でもここまでされたら物凄く傷ついてるアピールするついでに相手の心を抉る言葉の1つや2つ言いたい所よね……どうせ手や足を出した所で避けられるのがオチだし……)
真剣な表情のセリアに『待っていて』と言われて階段を降りるタイミングを逃してしまったけど、待たされれば待たされるほど惨め感が増して傷つきポイントを溜める事も出来るし、戻ってくるまで抉る言葉を考える事にしよう。
(ただ…‥セリア戻って来る前に涙出てきそうだわ……)
涙が込み上がりかけてる状態を維持する練習なんてした事無い。今泣こうと思えば泣ける状態だけど、ちょっとキツい目に合っても一気に溢れてしまいそうだ。
(どうする……? 会ってから泣くのが一番効果的だと思うけれど、逆に興奮されたら困るし……変なタイミングで泣いてしまうよりも今泣いておいた方が傷ついた感出るかしら……?)
優柔不断な脳の指令に困惑した涙がちょっと目から溢れ出して、そっと拭った。




