第99話 上手くいかない励まし
満面の笑顔の優里と、女子の憧れシチュエーショントークを聞かされても無表情だったネーヴェが退室するのを見送り、ソフィアと二人きりになる。
明日の事を考え、早めに寝ようと靴を脱いでベッドの上に横になると、ソフィアが傍に寝転がってきた。
「ねえアスカ……貴方、本当に地球に帰りたいと思ってる?」
「思ってるわ……この世界を知れば知るほど合わないなって痛感する。いくら衣食住には困らせないって言われても、こんな世界で生きるの私、嫌だわ……」
唐突な質問した理由を測り兼ねつつ、素直な気持ちを吐露する。
魔物はいるし、ツヴェルフ嫌いもいるし、反公爵派とかいうのには狙われるし、エッチな事したら人格崩壊起こすかもしれないとか、それ防ぐ為に他の男ともエッチな事しろとか、魔力がどうとか――どう考えてもメリットよりデメリットがデカ過ぎる。
「でも、貴方はクラウスにもあの男にも大切にされてるわよね? ユーリはともかく、貴方に限ってはここで暮らすのも悪くないと思うけど?」
今の私の言葉を聞いて、何でそんな事が言えるのか分からない。それに――
「……クラウスとはそういう関係じゃないし、あの人とそういう関係になるつもりもないわ」
「卑怯ね。クラウスの気持ちに気づいてる癖に……今日だって肩なんて貸して、普通にお似合いのカップルだったじゃない」
気づいたつもりになって確認して、盛大な勘違いだった私の黒歴史を思い出させないでほしい。
「クラウスとは表面上仲良くしてるだけ。彼は演技が上手いのよ。本当に好きだったら、私を地球に帰す事に協力なんてしないわ」
「そうかしら……? もし彼が本当は貴方の事が好きだったらどうする? この星に残る?」
「残らないけど、何?」
まるで私にはこの世界に残って欲しいような言い草に流石にイラっときて、やや喧嘩腰に答えてしまう。
「……ごめんなさい。ちょっと聞いてみただけ。貴方がリチャードにお節介を焼いたように、私もクラウスにお節介を焼きたくなっただけよ……でも貴方にその気がないなら何もしないわ。こういうのは両方の気持ちが大事だものね」
背中を向けられて、それからソフィアは何も言わなくなった。
少し気まずい思いをしつつ、こちらも背を向ける。
クラウスが私にそういう想いを向けてない事は確認したけど、その感情の強さは純粋な『友情』からくるものだけじゃない、という事は分かってる。
自分のお母さんを自殺に追い込んだ、あの人に対する嫌悪感や反発心。
今度は友人である私も死に追い込まれるかもしれない恐怖――友情よりそういう負の感情の方が強い気がする。
(お母さんの自殺……クラウスが8歳くらいの頃なら、あの人多分中学生位でしょ?)
中学生と言えば反抗期、厨二病なんて単語もあるくらい多感な時期。
元々煽る気質もあるあの人が、自分と父親を捨てた母親に対して皮肉や恨み言の一つや二つ投げかけた可能性は否定できないけど――
(……だからって、自殺なんて、する? しかも、子どもの誕生日に)
どうしてもそこが引っかかる。
クラウスの部屋で見た家族写真は皆本当に幸せそうで、あの笑顔の女性が自分の子どもの誕生日に自殺したなんて、どうにも考えづらい。
ただ、あんな真っ白な部屋で過ごせていたならまともな精神状態じゃなかったのかな、という発想も過る。クラウスには、絶対言えないけど。
(まあ……人の事情に首突っ込んでもね……)
真っ白な部屋を思い出しただけでも得体の知れない恐怖と寒気を感じて、それ以上考えるのをやめた。
「うう……う……」
魘されるソフィアの声に、目を覚ます。
今、何時だろう――? まだ青白い星の光が窓に差し込む様子から、朝じゃないようだ。
「……ソフィア、大丈夫?」
眠い目を擦りつつソフィアの肩を揺すると、ビクり、と震え上がり身構えられる。
切羽詰まった顔が星の光に照らされ、迂闊に触れた事を後悔した。
「ごめん、魘されてたから、つい……」
「ああ、そう……ごめんなさい」
そう言うとソフィアはまた背を向けて横になったので、私も背を向ける。
それからしばらくして、今度は後ろから鼻を啜る音と僅かに嗚咽が聞こえてきた。
(……ああ、そっか。命が助かったってだけで、ソフィアはけして<無事>だった訳じゃないんだ)
頬の傷が消えて、元気になって。元のソフィアに戻って良かった――と思い込んでいた。
でも、人ってそう単純なものじゃない。
私だってエレンと戦った際の怪我こそクラウスに完全に治されたけど、徹底的に叩きのめされた屈辱は微塵も消えてない。
(……この世界に来て傷ついてるのは、私だけじゃない)
そんな当たり前の事に、今更気づく。
今更気づく事が多いのは、地球に帰る事に目途が立った事や考える時間が出来て余裕が出てきたから――だろうか?
でもこんな当たり前の事、もう少し早く気づきたかった。
「……ごめん」
「……な、何? 何で貴方が謝るの?」
「無事じゃないのに、無事で良かったって言ったから」
「……確かにあれはちょっとムカついたわ」
こういう時、傷ついた相手に背中合わせて友情とか愛情を感じながら眠るシーンを漫画で見た事があるけど、果たして私とソフィアの距離感でそれがアリなのかナシなのか分からない。
昨日距離感を間違えたばかりだし、どう励ませばいいのか分からない。
フィクションの距離感とリアルの距離感を同じ物差しで測っちゃいけない。
でも実際、深く傷ついてる人に心配してる事、元気づけたい事を、どう伝えればいいんだろう?
あるいは、その伝えるという行為自体、自己満足にすぎないんじゃないだろうか?
嗚咽は聞こえなくなったけれど、たまに鼻を啜る音がまだ止まらない涙がある事を知らせてくる。
正直私も、今自分が置かれている状況を嘆きたい。
でも私が泣いたら、ソフィアが泣けなくなる。
「……すすり泣くより、思いっきり大声出して泣いて方がスッキリするわよ、多分。無事って言っちゃったお詫び……ってのも変だけど、今は私の事気にせず好きに泣いてくれていいから」
相手の選択肢を広げるだけなら、自己満足にはならないだろう。
私に気を使って静かに涙を流して痛みを引きずるくらいなら、思いきり泣いてスッキリしてくれた方が――
「……もう、嫌! こんな世界、本当に嫌!!」
突然の怒りの叫びに思わず身を起こすと、ソフィアは掴んだ枕をマットレスに豪快に叩きつけた。
「何で私が襲われなきゃいけない訳!? 寒い中頑張ってあんな所まで行って!! 屋敷はそこそこ良い感じで、これでゆっくり休めると思ったら、顔に大きな傷つけられて!! しかも、何で……何で突然襲ってきたからって、ビアンカの嫌な死に様を目の当たりにしなきゃいけないのよ……!?」
何か、予想していた展開と違う。
「短い間だったって言ってもね、私だってそれなりに彼女に心許してた部分があるんだから!! 私との生活をどう思ってたのかも分からないまま死なれたら、心の整理のつけようがないじゃないの!!」
何度も叩きつけられる枕は、そのうち中身を零してしまいそうな勢いだ。
「おまけにリチャードは『僕には貴方を抱く権利が無い』とか言うし! ああ、もう、好きなら抱きなさいよ! キスしなさいよ!! ハグしなさいよ!!! 熱い言葉吐いて寄り添ってくる癖に、ハグ一つしてきやしない!! 異常……この世界の男って本当、異常だわ!!」
ソフィアが大泣きしてスッキリしてくれたら――と思ったんだけど、私の言い方が変だったんだろうか?
何故か上手くいかない現状に、私には人を励ます才能が無い事を突きつけられる。
まあ、でも――スッキリしてくれるなら、泣き叫ぼうが怒鳴り散らそうが、どっちでもいっか――
「ちょっとアスカ、聞いてるの!? 言ったからにはとことん叫ばせてもらうわよ!?」
そう言えば、悲しみに暮れられるよりは、怒りに満ちていてくれた方が良い――みたいな台詞をドラマか漫画で見た事がある。
その時は(怒りの方が面倒臭くない?)って思ったけど――怒りにみなぎるソフィアを見て、ちょっと分かった気がした。
でも、今、部屋の前でこれリチャード聞いてるんじゃ――と思ったけど、部屋の向こうからは何の応答も無く。
結局その後小一時間程、欠伸を噛み殺しながら私はソフィアの怒りに付き合う羽目になった。




