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空虚を目指していた宇宙船  作者: 菅原やくも
2/2

DIVERGENCE

 私は薄暗くなった司令室で、ポッドの中で眠る彼女の横顔をみていた。ポッドと、その中にいる彼女はまったく無事な様子だった。しばらくしてから顔を上げた。

「なあ、ハル、聞こえるかい?」

 しかし応答はなかった。一体何が起きているのか分からなかった。ただ、私が見たものが、ただの幻覚ではないことは分かった。

 まるで、この宇宙船の中の各所に、異世界との通路でも出来たのかと言うような状態だった。エンジンルームへの扉は、あの都市の路地裏に繋がったままだったし、司令室では正体不明の猛獣が大暴れした。

 部屋の中に目をやった。ポッドは無傷だったが、ものが散乱して、照明や壁には傷や赤黒い汚れが付いていたた。

 獣の死体はまだ部屋に転がったままだった。狼のような見た目だが、黒っぽい緑色の体毛に覆われて、足が六本、黄色い色の目が四つ付いていた。少なくとも、知っている動物ではない。アーカイブにアクセスして詳細を調べたいところだが、端末も壊れていたし、コンピュータはシャットダウンしたままだった。

 司令室横にあるシステム管制モニター室だった。ハルが突然シャットダウンしたので、原因を探ろうとドアを開けたときだった。この獣がいきなり飛び出してきたのだ。とにかく、司令室から逃げ出すしかなかった。それで、部屋を遠隔閉鎖して、すぐ減圧した。微生物ならともかく、高等生物が気圧ゼロで生き延びられるわけなかった。たっぷり一時間待ってからこうして戻ってきたのだった。

 とにかくこの気味の悪い死骸を外へ捨てよう。それからやっとの思いで立ち上がり、作業を始めた。


 私は中心部にあるメインコンピュータ室へ向かった。少なくとも、末端に異常が発生しても全てバックアップされているはずだった。この忌々しい異常現象が、そこで起きていなければの話だが。それでもメインコンピュータ全体は、磁気シールドと不活性ガスで保護されている。たぶん大丈夫だろう。それで、部屋に入る前に船内作業用与圧服を確かめる。内部は一気圧はあるが、装置の劣化防止のために不活性ガスで満たされていた。外ならともかく、船の中心部で窒息だけはしたくなかった。

 エアロックに入って、何事も起きないていないよう、祈るような気持ちで先へと進んだ。

 内部は暗かった。赤い照明が何カ所か灯っているだけだ。まるで映画の潜水艦の中を連想させる。コンピュータの各端末では、ところどころで小さなLEDの緑や黄、赤といった明かりが瞬いていた。それを見るにはつまり、コンピュータは動作しているということだった。どうやら物理的な異常は起きてなさそうだった。

 操作用の端末に近づいたとき、私はゾッとした。人が倒れていたのだ。それから、服の腕に付けられているペンライトを取ると、照らした。白い明かりの輪を、その倒れている人に向けた。横たわっているそれを、じっくりと眺めた。どうやら息はしていないように見えた。それに服装は、今私が身に着けているのと同じ型の与圧服のようだった。乗員は私とポッドの中の彼女だけのはずだ。あるいはもう一人隠れていたのか?

 ゆっくりと、近づいてよく見た。その人物のヘルメットは外れていた。そして、その顔に明かりを向けた。自分の鼓動が早まるのが分かった。それから大きく深呼吸した。倒れているその人物は、すっかりミイラ状態になっていることは容易に判った。

 もう、何があっても驚くまい。私は覚悟を決め、死体を横目に、とにかく全システムの再起動に取り掛かった。


 全ては手順通りに進んでいった。それから端末でファイルをチェックしていたときだった。用途不明の映像データがあることに気がついた。画面をタッチすると唐突に再生がはじまった。音声がインカムを通じて流れてきた。


「この記録映像を視聴しているということは、我々の作戦は失敗に終わったということだと予想される。まあオリジナルの君が見る分には関係はないがね」


 映像の中で、何か軍のお偉方か、司令官を思わせるような人物が構えていた。


「さて、これを見ている君は事情も知らないことだろう。よろしい、少し時間がある。不十分かもしれないが私の口からも説明をしておこう。

 我々は古代の時代から探求心あふれていた。そして常にフロンティアを求めてきた。それは大陸や海といった実際的なものから、様々な学問や理論まで。まあ、歴史の細かなとこまでは割愛しよう。それで、自分たちの母星を征服し尽くすと、空よりよりも高い場所を目指した。そう、宇宙を目指したのだ。系内の惑星を次々と植民地化していった。だが、どうしても我々の支配域が広がるにつれて無視できないことが一つあった。時間と空間だ。それはあまりにも広大で、手に余る存在だった。

 我々は性急が過ぎたのかもしれないな。とにかく、時間と空間の制御は悲願でもあった。理論上は可能であったが、それには莫大なエネルギーが必要であることも一つの事実だった。当初は用意することなど不可能だと思われていた。だが、並行宇宙の存在が確認されてからは、また潮目が変わった。隣の宇宙から必要なエネルギーを持ってくればいいのだと。あとは技術的なことだけだった。

 だが、それが間違いの始まりだったのだ。並行宇宙とは面白いネーミングだ。横に並んでいるかのような印象だが、実際は違う。高次元において、三次元は重ねて置いておくことができる。つまり、実際的なとこでは並行ではなく重なっているだ。それでいて、お互いは交わらずに存在していた。しかし、それを我々は繋げてしまったのだ。もっとも、SF小説のようにに両方の宇宙が大衝突などということはなかった。当初は上手くいっていたのだからな。だから誰も危惧しなかった。現実はもっと複雑だったのだ。両者、というより多元宇宙というのは、お互いに交わらないでいるにも関わらず、絶妙なバランスをとっていたのだ。我々はそれを破壊した」

 映像の人物はため息をついてから続けた。

「全体として何が起きたいてのかは分からない。とにかく、それぞれの宇宙が融合を始めたということだけは推測される。理論物理学者の中には、影響が光速以上で波及して、いくつあるかもわからない多元宇宙が、ある時点ですべて融合するしれないという話をするものもいた。現実問題として発生した事案は、規模も様々だった。ある日突然、机の引き出しの中が別の世界に繋がったかと思えば、近傍の恒星系が丸ごと消えてみたりと。大騒ぎだ。超光速空間移動装置と並行宇宙エネルギー吸引機の……」


 そこで映像も音声も乱れた。だが、まだ続きがあった。


「もはや止める手立てはない。我々の次世代がこの宇宙で生き延びるすべは、もう無ない。ただ、この混乱の中でも唯一の希望とでも言うべきことがあった……」

 再び映像と音声が乱れて、よく聞こえない状態になってしまった。ただ、端末を調整しても変わらず、ファイルにある記録そのものの問題のようだった。

「そして……そこ……観測問題、……量子状態の……。ボイド……宇宙の大規模構造の中で……存在……、無の空間……。ただ、そこには、……。そして、……混乱のさなかでも……保っているように思わ……。ただ、複雑な心境……。……君たちを何も無い……い空間に送り出……から、」

 そのとき、別の人物の声が聞こえたかと思うとカメラが下を向き、「残念だ。時間が……」という声で映像は終わった。


 映像データはもう一つあった。

 その映像に移っていたのは紛れもなく自分のように思われた。しかし、どうみても今の自分より、はるかに老けているように見えた。ただ、背景は見慣れた船の司令室だった。まさか、未来から送られてきたとでも言うのだろうか? とっさに思ったが、考え違いだったようだ。


「この映像を見ているのは、おそらく自分だろう」


 映像の中の私は苦笑した。「やれやれ、私はオリジナルだ。もし、これを見て自分そっくりだという若者がいるとしたら、君は私のコピーだ。すなわち、クローンということになる。余分な記憶は排除されていると思うが、本質的アイデンティティは保たれていると思う。だから、映像を見たときはショックを受けるだろうけど、対処できるはずだと願っている。もう一つの映像ファイルは見たかね? 非常にかいつまんだ話だが、事態の背景が分かるだろう。

 さて、オリジナルの私は、この作戦というか任務と言うべきか、なぜこうなったかを知っている。それに自ら志願した。だが、この長旅の課程で肉体的問題が発生した。精神的にはまだまだ余裕だが。それでクローンの君が誕生することになったのだな。ただ、混乱を避けるために余分な記憶は上書きがされていないはずだ。でももうご破算かもしれない。そもそもは、二人ともロングスリープの予定だった。しかし装置の準備が間に合わなかった。そして、バックアッププランを付け加えることになったのだ。つまり、クローン製造装置だ。君がもう見つけたかどうかは知らないが、よく巧妙に船体に仕組んだものだ。とにかくこれで、設計上は船がめちゃくちゃにでもならない限り、航行は半永久的に維持することができる」


 映像中の私は言葉を区切ると、次に何を話すか考えた様子だった。


「超光速推進なら、目的地まであっという間だ。だが、それが全ての元凶だ。だから通常の、光速以下の核パルス推進システムに頼るほかなかった。それで、ボイドの中心部には、別宇宙への通路が存在するはずだと。我々が作ったまがい物ではない、天然のね。だが確証を持って言えるわけでも、その先の宇宙がどんなところかもはっきり言えないのが残念だ。君がどんな事態に遭遇するかも分からない。ただただ健闘を祈るばかりだよ」


 映像はそれで終わりだった。

 私は半ば放心状態だった。つまり、確信もない目標に向かって、ひた走りする宇宙船に乗って虚無の空間を進んでいたのだ。それに、私がクローンだって? じゃあ、今、ミイラとなって倒れているのはオリジナルなのか? それとも別のクローンの一人なのか?

 それから何度か深呼吸をすると、やっとのことで部屋を出た。そしてなんとか指令室に戻った。部屋の中は変わらず、物が散らかってるままだった。幸いなことに、飲み物の取り出し口はよく見ると無事で、若干震える手でコップをつかむとコーヒーを注いだ。今回は何も入れず、ブラックで飲んだ。

 それで気分が多少は紛れるような思いだった。

「ハル?」試しに呼びかけてみた。


「システムの再構成中です」


 ハルとは違う、無機質な声が返ってきた。

 そのとき、警報が鳴り響いた。

 すぐさま与圧服を身に着けると予備の端末を手に取った。警報のログは瞬く間に一杯になった。とりわけ重力異常がもっとも大きかった。何が起きているのか把握する前に、船全体が小刻みに振動を始め、次第に立っていられないくらいの揺れになった。隔壁が軋む音が聞こえ、まるで船全体が助けを求めて叫んでいるかのようだった。もはやできることは揺れに翻弄されないよう、どこかにしがみつくことくらいだった。きっと、燃え尽きてすっかり暗くなった恒星の残骸か、でなければブラックホールか何かだ。どうして直前まで分からなったのだろうか?

 どのみち、もう終わりだ。船がバラバラになるかもしれないと思った。死への恐怖より、何もできずに終わってしまうのかという無力感の方が大きかった。あとはもう、目を閉じて祈るだけだった。

 しかし、騒ぎは唐突に終わった。機械の異常か分からないが、人工重力は失われていた。つまりどのみち、回転は止まっているということだった。それにまだ、いくつか警報は鳴りっぱなしだった。

 各部で圧力の低下、機器類の故障が発生していた。とてもじゃないがすぐに対処できない。私はオートシステムを使って各部を遠隔閉鎖した。少なくとも被害の拡大は防げるはずだった。

 再び無機質な音声が響いた。


「近傍に惑星と思われる重力検知。船の相対的速度検出中。進行方向、速度の調整開始。エンジン一番起動準備……」


「なんだって?」

 何もないボイドへ進んでいたんじゃないのか? まさか、本当にボイドの中心には別宇宙へと、繋がっている場所があったのか? 無事に通過したということなのか?

「他には何がある?」

「恒星の存在を検出。スペクトル分析中。センサー多数故障、詳細な分析不可……」

 私は自分で直接見ようと思った。与圧服のヘルメットを身に着けると船外通路へと向かった。


 それは思ったよりもすぐそばにあった。恒星の明かりに照らされて青く輝く惑星を見つけるのは容易だった。輪郭がぼやけてい見えた。つまり大気があるということだ。よく見ると緑や茶の大陸と思えるようなところがあり、雲もあるのがわかった。ほかにも、黒い背景には多くの星々が輝いていた。

 数分程度、景色に見とれた。それからまた、足早に指令室へ戻った。まだ警報は鳴りっぱなしだった。

「船体制御システム稼働中。惑星への周回軌道へ進入開始。調整失敗、リトライ開始……」

「スペクトルより大気組成の分析。表面温度検出中。重力加速度検出中……」

「近傍惑星は我々の母星との類似度九八.七四パーセント……」

 コンピュータは淡々と報告を続けていた。

 唐突に、聞き慣れた声が聞こえた。

「再起動完了です! お待たせしました、主任(チーフ)!」

「ハル!」その声を聞いて、何年も会っていない親友に再会したような気分になった。

「よかった。状況はどうなってる?」

「船は損害多数。全てを把握できません。エンジン損傷により近傍の惑星への周回軌道に乗るのは難しいかもしれません。近づけますが、本船は緩やかなスイングバイのかたちになると予測されます」

「そうか」

 選択肢は二つだった。着陸船で目の前の惑星に下りるか、船に乗ったままスイングバイで別の場所へ向かうか。ただ、惑星に下りたらそこで旅は終わりだ。それに、この船が惑星の周回軌道に乗れなければ、ハルの支援を受けることは不可能となる。

「着陸船は無事です。惑星は充分に居住可能と推測されます」

「ああ、それより船の修理できるところを、」

「時間が足りません、それに修復不可能な被害もあります」 

 束の間、私は考え込んだ。

「惑星に下りる方が、生存可能性が高いわけなんだな?」

「そうです。船は現在、長期にわたる活動が困難なレベルの損傷を受けています」

「分かった」

 つまり、事実上選択肢は一つしかないことを意味していた。

「なあ、ハルは知っていたわけだね。全ての経緯を」

「はい、全て把握しています」

 私は小さく苦笑した。

主任(チーフ)、映像をご覧になったのですね」

「ああ、中枢のコンピュータを再起動するときに見つけたんだ」

「オリジナルの貴方からは、時が来るまで詳細を話してはいけないと言われていました」

 それを聞いて、なんとなくため息をついた。

「失望しましたか?」

「いや、そんなことはないよ。むしろ、ほっとした気分だ」

「それは良かったです」

「とにかく、片づけをして準備に取り掛かろう。ポッドの彼女を起こすべきかな?」

「いいえ、ポッドはそのまま着陸船まで移動させます」

 ハルがそう言うと、ポッドは床に沈み始めた。

「こんな仕掛けがあったのか?」

 そうか、司令室のすぐ下に着陸船があるということなのだろう。

「着陸船の離船準備は済んでいます。移動をしてください」

「わかった」

 考えるより先に身体が動いていた。自動的に移動したポッドに続いて着陸船の中に入ると、操縦席について準備を始めた。大丈夫、扱い方は身体が覚えていた。

「いつでも切り離せます」

 操縦席のスピーカーからハルの声が聞こえた。

「分かった」

 操縦席の計器類やモニターに目をやった。問題なくすべて起動した。

「まもなく切り離しをおこないます」

 そこで一時通信は中断された。そして、着陸船に軽い衝撃が走った。切り離しは上手くいった様子だった。

「通信再確立です」

「了解。今のところ良好」

 それから着陸船の船体制御装置を起動した。減速による加速度が感じられた。モニターをみるに、徐々に着陸船と本船との距離が開いていった。

「ハル、そっちの軌道修正はどうだい?」

「これ以上は困難です。現在も対象惑星に対して大きな放物線軌道です」

 つまりそれは、惑星近傍を通過したら二度と戻っては来ないということだった。

「もうじきに、お別れということか?」

「可能であれば通信を維持します」

「分かった。離れていった後はどうするんだ?」

「可能な限り、船の状態を維持します」

「目的は果たしたんだ、ハル。たまにはゆっくり休むといいさ」

「休息は、必要ありません」

 私は苦笑した。たしかに、ハルに休息は不要かもしれない。だが休んでほしかった。

「そうだハル、この宇宙については何か情報は?」

 話題を変えることにした。

「おそらく、我々のいた宇宙とは別の宇宙と推測されます」

「分かったことがあるのかい?」

「この宇宙は開いています。少なくとも、この短時間での計測分析の結果、宇宙の曲率は平坦か、それ以上です」

「了解だ」

 私の知っている宇宙は閉じていた。少なくとも、アーカイブで見た情報ではそうだった。だから、ひとまずの目的は果たしたということだろう。別の宇宙へ脱出したのだ。

「まもなく、蝕により通信が切れます」

 それはお互いが惑星の陰に遮られて隠れるということだった。

「ああ、分かった。ハル、達者でな」

 おそらくこれが、最後の通信になると、そう思った。

「チーフ、あなたならどんな困難も乗り越えられると考えます」

「ありがとう」

「こちらこそ、」そこで通信が途切れた。

 束の間、何ともいえない気分になった。

 ただ、いつまでも感傷に浸っている場合では無かった。いよいよ惑星へ着陸のときだった。なんとしても生き延びなければならない。私は制御装置の操作へ意識を向けた。

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