村での戦い⑩〜決着〜
「あれは……!! 団長!!」
「ああ!! 見えている!! 村が魔物の襲撃を受けている!! 全員隊列を整えろ!!」
馬上から騎士の報告を受けた銀翼騎士団団長のデュランは、前方の村に目を凝らすと、すぐさま指示を出し隊形を整えた。
おびただしい数の魔物が村を囲んでいる。
(ッチ!! こんな小規模な村に、この数の魔物だと!? 生存者がいれば良いが……)
全速力で駆けるデュランを中心に、各部隊が矢じりのような隊形になり、魔物へ突撃態勢をとる。
しかし村に近づくにつれ、ある異変に気づく。
「ん……? なんだ……あれは。誰かが交戦中なのか!?」
距離が三百メトル程になったところで、群れの中で何者かが交戦しているのが見えた。禍々しい程の異形の大斧を振り回す赤髪の娘。返り血に濡れているのか服も肌も真っ赤に染まっており、そして何より襲い来るワーウルフの群れを蹂躙している。
「一人であの数と…………!? いや、弓兵もいるようですが……」
近くの騎士ががそれに気づいたのか、驚きの声を上げる。
(たまたま近くにいた冒険者か……? 恐ろしく強いな。これなら……!)
「突撃するぞ!! エミールはあの女性を援護しろ!! フォルスは隊を分け柵の周囲を回れ!! 敵がいたら殲滅!! アリアは私と村の中に入るぞ!!」
「「「ッッッハ!!!」」」
指示を受けた騎士団は一矢乱れず迅速に三隊に分かれ、それぞれの持ち場へと動いていく。
「オオオォォォォォォ!!」
巨大な大剣を抜き放ち、馬上から狼の群れに突撃するデュラン。腰だめに剣を構えると、馬が駆ける勢いに任せて下からワーウルフを切り上げる。
「エミール隊は詠唱開始にゃ〜!」
背中の杖を手に持ち、気の抜けたような号令で指示を飛ばす猫耳の騎士は、追従する騎士たちにそう命じると、深く集中した。そして、
「放てぇ〜!! 拡散炎弾!!」
杖から練り込まれた魔力が、物理法則を書き換え炎の玉を顕現させる。
空に打ち上げられた赤い光が幾つにも分散し、ワーウルフ達を焼き尽くす。
残っていた大半の狼が炎に包まれる中、辛くも炎弾を逃れたワーウルフとデッドウルフは前方を駆ける若い女に標的を変えた。その身体を切り裂かんと狼の鋭い爪が殺到する。
「アリア!! でかいのが行ったぞ!」
「……大丈夫。…………ッハ!!」
銀の細剣が閃く。
狼達の視界が左右にズレた。否、殺到した全ての狼は真二つに両断され地に鮮血を咲かせた。
赤く濡れた細剣を一振し、魔物の血が地面に線を描く。
銀翼騎士団副団長アリアは風に揺れる銀色の長髪をたなびかせると、ゆっくりと剣をしまった。
デュランはアリアの剣さばきをを見て、自慢げに鼻を鳴らすと縦横無尽に切り結ぶソニアの元へとやってきた。
「大丈夫か!? 我らは王国の銀翼騎士団団長のデュラン!! 援軍で参った!」
「オラッ!!! …………ああ、騎士団の団長様かい。それはまた。っと……せい!! アタシはソニア、この村に住んでる。中に魔物が入り込んでる、頼めるかい??」
「にゃは! これでただの村のおんにゃの子とか、ヤバすぎにゃ!」
(冒険者じゃないのか!? ただの村の娘……!? なんと……)
エミールが周りの狼の死体の数を見て半笑いになる。てっきり手練の冒険者かと思いデュランは面食らう。
「あ、ああ、わかった。私とアリアが向かおう。エミールは引き続きこの戦場を頼む。アリア、行くぞ!」
「…………ハイ、団長」
気を取り直し、デュランとアリアは部隊を率いて村の奥へと向かった。
――――――――
「助けが来たぞぉぉ!!!」
「何っ本当か!? よし!」
デッドウルフの脅威が無くなったものの、東側では未だゴブリンの群れと交戦を続いている。
そこに駆け込んできた村人が、増援の報せを運んできた為、皆の士気が一気に上がっていた。中でも全体を見て指示を飛ばしていたラウルは思わずガッツポーズをとる。
「皆聞いたかぁ!! あと少しで増援がくるぞ!! 踏ん張れよォ!!」
「「「オォォ!!!」」」
長い戦いの末、村人達は疲労が蓄積していたが最後の力をふりしぼりゴブリン達を押し返す。すると、柵の外側から馬蹄の音が鳴り響き、銀鎧を着た騎士達が現れた。
「グギャッ!?」
「全員抜剣!! 群れを殲滅するぞ!!」
「「「ッハ!!」」」
あっという間に馬群に飲み込まれていくゴブリンの群れは、悲鳴のような鳴き声を上げ蹴散らされていく。
「これで安心だな…………おい、リオン! ……リオン?」
弓を下ろしたラウルは溜息をつくと、見張り台から降り、リオンに声をかける。が、少し様子がおかしい。
(力が…………どんどん溢れてくる……。抑えられない……なんだこれ…………!)
腕を抱きうずくまるリオン。魔力の奔流が身体から流れ出るように溢れ出る。
魔法を発現したものは、鍛錬するほどに魔力の流れに敏感になるが、村人の中には魔法を普段から使うものなど居ない。怪我の可能性などを心配した村人が数人集まるが、ラウルだけは溢れ出る魔力を感じとっていた。
「これは、魔力の暴走……? いや、魔法の止め方が分からなくてこうなってんのか?」
「う……うぅ。魔法……? 僕が?」
(自覚して使ってたわけじゃないのか……道理で)
身体強化魔法に分類される錬気は、自身の魔力を身体に隅々まで流し、体内組織を活性化させるものである。当然強化度合いは、術者の魔力量に比例し術者の魔力量が続く限り効果が持続する。
リオンの場合、魔法を発動している自覚さえなかったので、止め方も分からずただ魔力を垂れ流している、という事になる。
(これは……魔力が空になるまで続くかもしれねぇ……)
止め方が分からない以上、リオンの魔力残量がゼロになるまで錬気は止まらないとラウルは考えた。
「リオーーーン!!!!」
「エレナ……」
「ちょっと、大丈夫!? って怪我してるじゃない!」
「あ……これはちょっと。色々あってね……ははは……」
村人の誰かが避難所まで知らせたのか、エレナを含む数人が救急箱片手にこちらに走ってきた。エレナはボロボロのリオンに駆け寄ると、応急手当てを施していく。
柵の外側の騎士団がゴブリン達を掃討した辺りで、南側からデュラン達がやってくるのが見えた。
「終わったんだ……良かった」
「皆が頑張ってくれたおかげだよ! ありがとうリオン!」
「いや、僕はあんまり役に立たなかったけどね……ヘヘ」
「そんなことないよ! 凄かったって避難所に来た人が言ってた!」
先程からクラクラする頭を抑えながら、ホッとため息をつくリオン。エレナはフラフラなリオンを心配しつつ、近づいてくる騎士団の馬群を見ながら感謝の気持ち伝えた。
「…………れろぉぉ!!」
「……ん?」
ふと、こちらにやってくる騎士団が何かを叫んでいるのに気づく。
よく聞き取れなかったリオン達は、なんと言ったのか首を傾げてそちらを見たが、
「そこから離れろぉ!!!」
「……グルッッッ!! ガァァァ!!!」
肝が冷えるような雄叫びが村に響き渡り、手当していた女たちや、休んでいた男達が硬直する。エレナとリオンがすぐ後ろを振り返ると、先程までピクリとも動いていなかったデッドウルフが真後ろにおり、首をもたげてエレナに襲いかかろうとしていた。
「エレナ!! 逃げてっ!」
「ぅあっ…………ッヒ……」
突然現れた恐怖に、脚がすくみ逃げ出すことが叶わないエレナ。
今正にその巨大な狼の口が、エレナを飲み込まんとした。
誰もが少女の死を覚悟したその瞬間、
膨大な魔力が辺り一帯に広がった。
一閃――――――――
凄まじい風が巻き起こり、エレナのわずか上を通り過ぎた。
「グルァ………………」
デッドウルフの首がボトリと落ちる。何が起こったのか分からないエレナは青白い顔のまま、ただ困惑していた。
湧き上がった膨大な魔力は綺麗さっぱり消え去ると、
「うぁ…………あ……れ……?」
木剣を切り上げた姿のまま、リオンは目の前が真っ黒になった。
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