村での戦い⑨〜覚醒〜
「オラァッ!!!!」
「グルァ!!」
凄まじい衝撃音を立て、狼の群れが吹き飛ぶ。黒塗りの大斧から繰り出される斬撃はまるで一筋の黒い閃光だ。
四方八方から襲いかかる群れを、切り伏せ、蹴り飛ばし、鏖殺していく。身体中に痛々しい生傷を増やしていきながらも、それに怯むことなくソニアは狼の群れを切り進む。
「すげぇ…………」
見張り台の弓士がポツリと呟いた。
無理もない。ソニアはリオンと三つ歳が離れているが、今年成人したばかりのただの村の娘である。だが、細い腕から繰り出される一撃は、魔物を確実に屠り、群れの攻撃をかわす流れるような身のこなしは、見る者の目を奪う。
群れの半数程を斬り倒したところで、ソニアは距離を後ろへ距離を取り下がった。
(流石に引かないか……。早く東側に行かないと心配だねぇ。魔力も心許ないし……)
未だ奥で控えるデッドウルフ二体は、こちらを鋭い眼光で見据えている。
(先にでかいのから片付けるか……? いや、リスクが大きいか……)
息を整えつつ奥に控える群れの首領達を見ながら、ソニアは考えを巡らす。
魔力での身体強化は大幅に戦闘力を向上させるが、ずっと使えるという訳では無い。使用時間は当人の魔力量に依存するのだ。
ソニアは既に今日、山中と村に辿り着いてから錬気を展開しており、今回の襲撃で三回目である。既に魔力保有量は半分を下回っていた。
(律儀に端から片付けて間に合うか……? ギリギリってとこだね……ッチ)
心の中で舌打ちをしたソニアは、溜息をつくも再び斧を構える。
その時だった。
「ソニア!! 南側から何か来る!! かなりの数だ!!」
「なんだって! 魔物か!」
見張り台の弓士がこちらに迫っている何かを発見し、叫び声を上げた。土埃を上げ、かなりの速さでこちらにやって来る。
ソニアは思わず悪態をつくも、魔物の群れ越しに奥からやって来る何かを見た。
「あれは……」
「ソニア!! 馬だ!! あれは騎士団だ!!」
煌びやかな銀色に夕日が反射する全身甲冑。一糸乱れることなく進む馬上の隊列。それは王国の騎士団、増援であった。その数約五百。
デッドウルフや他のワーウルフ達も、馬の蹄音を察知し振り返る。
「助かったぞ!! ソニア!」
「だ、そうだ。犬っころども。さて、どうするね?」
大斧をくるりと回し、肩にかけたソニアはデッドウルフ達にニヤリと微笑んだ。
狼の首領は、苦虫を噛み潰したように唸り声を上げると、
「グルォォォッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
雄叫びを上げ、群れで一斉にソニアに襲いかかる。
「逃げないとは魔物の癖に大した根性で。じゃあアタシも見せてやるか………………」
ソニアは襲いかかる群れを前に、目を閉じ斧に手を添えた。
「武技…………闘神斧!!」
ソニアを纏う錬気の赤いオーラが、大斧に注がれてゆく。大斧を纏う赤きオーラは、より大きな斧を形づくっていく。ただでさえ身の丈を超える大斧が、注ぎ込まれた魔力により倍の大きさに膨れ上がった。
「これをやると、魔力持たないんだけどね………………。もう終わりだしいいだろう??」
目の前の狼にソニアはニヤリと笑うと、その名の通り闘神の如き一撃で狼達を迎え撃った。
――――――――――――――――
「グルォォォ!!」
「フッ!!」
右からの鋭い爪でのなぎ払いを盾で左へ受け流す。すかさず突貫するデッドウルフを右に飛んでかわし、横っ面に鉄の盾をお見舞する。
「ッッハ!!」
「ギャン!」
デッドウルフは顔をブルブルと震わせると、再びこちらに向き直り鋭い牙を覗かせてこちらを睨む。すると今度は上へと跳躍し、リオンを踏み潰そうと迫る。
リオンは右前へと踏み込みかわし、着地寸前のデッドウルフの後ろ足を木剣で弾く。
バランスを失った巨狼は、そのまま転げ落ちた。
(なんだろう……さっきから凄く身体が軽い。それに鉄の盾も全然重くない)
リオンは先程から自身の身体の変化に戸惑っていた。
重かった鉄の盾はリオンの思い通りに動かせる。ボロボロだった身体の疲れや痛みは嘘のように消えており、むしろとても調子が良い。
身体の奥から湧き上がるような力に、心地良さすら感じながらリオンは静かに相対する。
対するデッドウルフは、自分より小さな少年にあしらわれ、激しく怒り狂っていた。
身体を震わせ、雄叫びを上げ、再び少年の首を食いちぎらんと口を開け、凄まじいスピードで迫る。
(ああ、すごく良く見える)
突貫する巨大な狼を前に、引き伸ばされた世界でリオンは目の前の敵を見た。
血塗られた獰猛な牙。食らったら一溜りもないだろう鋭い爪。巨狼から伸びる毛の一本一本まで鮮明に。
少年の目にはゆっくりと、しかしこれ以上無いほど鮮明に、その姿を捉えていた。
(右上からの噛みつき……)
身体を左に捻り、スレスレに通り過ぎる狼の口を鉄盾で打ち払う。片側の牙が音を立てて折れた。
(左脚からなぎ払い……)
鋭い爪のなぎ払いを身を伏せてかわし、すれ違いざまに木剣を叩き込む。
(上から押さえつけるつもりかな……?)
業を煮やした狼が、両脚でリオンを押さえつけようとする。しかし、前に踏み込み逆に懐に潜り込んだリオン。
(姉さんが言ってた。大振りは隙がでかい、逆に潜り込んで思いっきり…………)
「打つっっっ!!!!」
轟音。
メキメキと嫌な音を立て、巨大な狼がくの字に折れ曲がり、宙を舞う。
自分よりも二回り、いや三回りは小さいであろう人間の、しかも子供に。
とてつもない威力の何かが、超重量の狼の身体を軽々と空に舞わせた。
リオンは木剣を握った拳をヒラヒラとさせると、空を舞う狼を見上げた。
内蔵をやられたのか、大量の血を吐き出し吐瀉物を撒き散らし、地面に転がりうずくまるデッドウルフ。
普段の自分にはありえないような事をしている。しかし、何故か少年は落ち着いていた。転がりうずくまって身体を震わせるデッドウルフに油断なく構える。
東側の柵のすぐ近くで行われていたこの争いは、魔物も人も争いを忘れて見いるには充分すぎるものであった。
見張り台の村人達は、デッドウルフが現れた瞬間顔を青ざめさせていたが、今では矢を放つのも忘れ、呆然とリオンを見ている。
ホブゴブリンやゴブリンの軍勢は、勝ちを確信したようであったが、リオンに殴り飛ばされたデッドウルフを見て、攻撃の手がピタリと止まり怯んでいる。
侵攻を止めていたグラファは静かにリオンを見据えており、ラッセルや正気に戻ったマリスは口を開け、愕然としている。
誰もが何が起きているのかも分からない中、一人だけ状況を把握している者がいた。
「あれは…………」
ラウルは冷や汗を流しながら、リオンとうずくまるデッドウルフを見る。
(間違いなく錬気だ! ……しかも相当に強力に魔力が練られてやがる。しかしなんだってリオンがこんな魔力を……)
突然のリオンの増援、てっきり姉と一緒に南側にいるかと思っていたが、ソニアがこちらによこしたのか。
しかも何故急に身体強化魔法を使えるようになっているのか。疑問は尽きない。だが、
(なんだってんだ、この安心するような……守られてるかのような魔力の気配は……)
リオンからほとばしる魔力の奔流は、まるで大きな何かに守られているかのような錯覚を受けた。そう……まるで大樹のような。
「グルォォォアアアアァァッッッ!!!」
口から血を撒き散らしながら、狼は必死の形相で立ち上がり走り出した。
リオンではなく、見張り台で休むラッセルとマリス目掛けて。
「こ、こっちにきやがる!!」
「ひっ、ヒィィィィ!!」
目をギラつかせこちらに突っ込んでくる狼に、硬直する二人。
目の前から迫ってくる死に、恐怖で身体を震わせることしか出来なかった。
「させない!!!」
「お、おい! 雑巾やろ……」
「グルァッッッ!!!」
すぐさま二人の前に立ち、盾を構えるリオン。左足を前に出し、盾を構え腰を落とす。
そんなリオンの様子を見て、何が出来ると言わんばかりに低い唸り声を上げたデッドウルフは頭を低く下げ、猛然と走る。
最高速に到達した狼の突撃と少年の盾がぶつかり合う。
あまりに体格差のある両者に、もうダメだと目をつぶってしまう村人たち。ラッセルとマリスも動けずに、思わず顔を背けた。
瞬間、激しい轟音がなり響く。
しかし、いつまでたってもやってこない痛みに、ラッセルとマリスは目を開けた。
「嘘……だろ……」
「すご……あのデッドウルフを……」
「ぐぅぅぅぅぅぅ!!!!」
「グルォォォ!!!!!!」
リオンの盾が、巨大な狼の頭を抑える。砂埃が舞い、二つの雄叫びが村に響く。
激しくぶつかり合う両者。しかし体格差で大きく勝るデッドウルフはその小さな少年を一歩も動かせずにいた。
「グルッガァァォ!!!」
そんな馬鹿な、こんな子供に負けるはずがないと、狼は必死に力を前脚に込める。
しかし動かない。ありえない。なんなのだこいつは、まるで大樹が地に根を張ったような。そう物語る狼の瞳は目の前で盾を構える少年に向けられた。
「ぐぅぅぅ……うおぉぉぉぉぉおおおおおァァァァァァ!!!!!!!」
デッドウルフを見事に押さえ付けたリオンは、更に一歩前に踏み出した。
ジリジリと押される巨体。村にいた人も、魔物も全員が固唾を飲んで注目した。
「せやぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!」
打ち上げる。前に踏み出したリオンが鉄の盾を軸に、下からすくい上げるかのように狼の頭をはじき飛ばした。
デッドウルフが再び宙を舞う。
さっきはあんなに逃げ回っていた人間の子供に、一体何が起きたのかと。
空中へ押し上げられたデッドウルフ。揺れる狼の瞳が、少年を見た。
「ギャンッッッ!!」
切り揉みしながら回転し、地面に転げ落ちそのまま動かない巨狼。砂埃が舞い衝撃が伝播し、静寂がその場を支配した。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
肩で息をする少年の息遣いだけが村に響き渡る。
「ハハッ…………全く……。姉弟揃ってとんでもねぇな。なぁ、ライアス、セーラ…………」
静寂の中で一人、ボソリと呟いたラウルは肩で息をする少年の後ろ姿を見て、かつての親友に語りかけるのであった。
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( • ̀ω•́ )ちょっとラウル叔父さん何してるの。
(›´ω`‹ )いやなぁ。お前もソニアに似てきたなぁってな。
( • ̀ω•́ )…………それは勘弁して……。
( * ॑꒳ ॑*)オイコラ。