穏やかじゃない副団長
オリオンのお陰で追手の時間は稼げたが、未だに馬に乗っているエミールがいる。
ただ、バランスを崩したのだろう。立て直しや、馬を宥めるのに相当神経を使っているようだ。
「ちょっと、副団長怖すぎるんじゃないの?」
シューラは後ろから追ってくるエミールを見て、マルコムに文句を言った。
「オリオンお兄様…」
ミナミはルーイに手を引かれたままオリオンを案じた。
それはアロウも同じようで、しきりに振り向いてオリオンの身を案じていた。
だが、不思議なことに先ほどまで降っていた鬱陶しい雨は綺麗に止んでいた。
おかげで動きやすいのだ。
「王子に怪我はないよ。死神が落馬してくれたお陰でね。」
シューラがアロウとミナミを安心させるためにか、後ろの様子を見てくれた。
たぶん、二人のためというよりも気になって走る速さを落とすのを防ぐためだろう。
先ほどの会話のせいか、やはりアロウに対してシューラは少し気まずさを持っているようだ。
その気まずさというのがミナミは何となく幼稚に思えた。
シューラは年上だというのに、不思議なものだった。
シューラの年齢不詳は口調や見た目だけは無かった。
マルコムは外見の年齢不詳さはあれど、人を知っていて人の中で生きてきたのがよくわかる。
だが、シューラはそれがない。人に対する当たりも他人に見せる表情も慣れが無い。
唯一慣れがあるのはマルコムに対してだけだ。年齢で言うとオリオンより年上かもしれないが、もしかしたら彼は精神年齢はそこまで高くないのではないのだろうか?
ただ、わかるのは、シューラは人とあまり接してこなかったことだ。
ミナミはシューラのことを考えて、年上に対して申し訳ないが幼稚と思うと同時に彼を可愛いと思った。
オリオンが時間稼ぎをしてくれているという事態なのに、ミナミは少し場違いなことを思っていた。
ただ、不安なミナミにとってシューラの幼稚さが何となくの癒しになってくれているのは確実だった。
「もう一度茂みに入るよ。」
先頭のマルコムは後ろを見て、進行方向に指さした。
後ろのエミールが体勢を立て直す前に茂みに入ってしまおうという算段だ。その際に距離を取れれば尚更いいとも考えているようだ。
「足元気をつけろよ。」
ルーイはミナミの手を握った。
「うん…」
ミナミはルーイの手を握り返した。
だが、正直足元を気を付けるよりも…
ずっと走っているため、そろそろ体力が限界だ。
足がもつれそうになりながらも、ミナミは必死に走った。
ただ、それはミナミだけではなかった。
鍛錬をして居るルーイは、疲労は見えるが大丈夫そうだし、先頭のマルコムは息切れすらしていない。シューラもアロウの様子を見ながら彼の前後を行き来している様子から体力は大丈夫だろう。
だが、アロウは違った。
年齢的にミナミの父と同じくらいなのもあるが、長時間の運動の対策は常にしているわけではないようだ。
ミナミとアロウのペースに合わせていると自ずとエミールとの距離は縮んでいく。
彼が馬での体制を立て直さなくとも、あと数十秒で追い付かれる。
宣言通り、マルコムは茂みに入って行った。
茂みの土は、他の草原と違い水気が多く柔らかかった。
こちらの体力も消耗させるが、木の間を抜けていくのは馬にとっては神経を使う。
心なしか、先ほどのリランに比べてエミールの方があの馬には慣れていない様子だった。ミナミですら気付くのだからマルコムはとっくに気付いているだろう。
「きゃっ…」
ミナミは柔らかくなった地面に躓いた。
そこをルーイが手を引いた。
だが、ルーイに引っ張られるだけだと走る速さにも限度がある。
「面倒だけど…」
先頭を進んでいたマルコムがミナミの目の前にいた。
「!?」
ルーイが警戒するようにマルコムを見た。
だが、それを気にせずマルコムはミナミの腕を引いた。
「きゃあ!!」
マルコムは簡単にミナミを抱き上げ、腕の上に乗せた。
驚いたミナミは魔力を光らせてしまった。
それにマルコムは目を丸くしたが、すぐにいつもの表情になった。
「おい!!」
ルーイがマルコムを咎めるように怒鳴った。
「後ろを見ろ。」
マルコムはルーイに怒鳴り、直ぐに走り出した。
ルーイは後ろにいるエミールを見て仕方なさそうに走り出した。
ミナミを抱えたマルコムはほぼ地面を走らず、木を蹴って飛び移るように移動し始めた。
動きはとんでもないのに、重心は安定している。
マルコムの腕に抱かれているミナミは、予想以上の安定感に驚いていた。
着痩せするタイプなのか、腕は思ったよりも太く、がっしりとしている。
抱えられているミナミは、周りを見る余裕ができた。
思ったよりもエミールは近づいている。
少し時間をロスしてしまったので、ルーイもマルコムもペースを上げていた。
ただ、一番後ろを走るアロウとシューラは違った。
シューラの力ではアロウを抱えることは出来ないようだし、それは見ていてもわかる。
「副団長一人なら…どうにかできるか…」
マルコムはミナミを抱えたまま速度を落とした。
「どうするつもりだ?」
ルーイはマルコムの動きに変化に警戒を表した。
「君とシューラでアロウさんを補助するように動こう。」
マルコムはどうやらエミール一人なら対応できるため、固まって動くことにしたようだ。
「私は…」
「君は一番渡してはいけない存在だ。俺が抱えているのが一番安全だ。」
マルコムはルーイを挑発するように見ながら言った。
それは確かだろう。ルーイは何も言い返せずにいた。
三人は、アロウとシューラの元に走った。
二人はまだ茂みに入っていなかった。
「!?…あいつ…」
マルコムがエミールの方を見て顔を歪めた。
「え?」
ミナミはマルコムの見る方向を見た。
そこには馬に乗っているエミールが迫っているのが見えるが…彼の体勢がおかしい…片足を上げて馬の背に足の裏をつけている形だった。
「木の陰に隠れろ!!」
マルコムは後ろのシューラたちに叫んだ。
そうは言っても二人はまだ茂みに入っていない。
エミールが迫っている中、どうにかシューラはアロウの腕を引いて茂みに飛び込んだ。
だが、茂みの入り口のところで、アロウが躓いた。
「ったく!!」
シューラが慌ててアロウの腕を引いた。
アロウは体勢をどうにか立て直した。
しかし
「馬だ!!」
背後を見たアロウが叫ぶのと同時に、暴れたような馬が、勢いよくシューラの元に飛び込んできた。
誰も乗っていない馬だった。
シューラはアロウを庇うように木の陰に彼を押し込もうとした。
その時、キラリ…と、空中に金属の反射する光が見えた。
それが何を意味するものか、ミナミにもルーイにもマルコムにもわかった。
勿論シューラとアロウにも。
シューラは慌てて腰の刀を抜こうとした。
だが、馬の陰から出てきたエミールと共に、シューラよりも速く空中からその金属は降りてきた。
反射する金属…鋭い武器…
「死ね!!シューラ・エカ!!」
エミールは叫びながら剣を振り下ろした。
ミナミの中で、父親の最期が蘇った。
「いやああああ!!」
ミナミの悲鳴が、辺りに響き…
彼女はまばゆい光を放ってしまった。
光があたりに広がると同時に、ザシュン…と断裂音が続いた。
マルコム(マルコム・トリ・デ・ブロック):
主人公。茶色の髪と瞳をしている。整った顔立ちで人目を引くが、右頬に深い切り傷のあとがある。槍使いで顔に似合わず怪力。身体能力が高く、武器を使わなくても強い。
追われている身であるため「モニエル」と名乗り、本名は伏せている。
シューラ(シューラ・エカ):
主人公。白い髪と赤い目、牙のような八重歯が特徴的。日の光に弱く、フードを被っていることが多い。長い刀を使う。マルコムよりも繊細な戦い方をする。
追われている身であるため「イシュ」と名乗り、本名は伏せている。マルコムと二人の時だけ本名で呼び合う。
ミナミ:
たぶんヒロイン。ライラック王国王家の末っ子。王に溺愛されている。国王殺害を目撃してしまい、追われる身になる。好奇心旺盛で天真爛漫。お転婆と名高い。汚いものを知らずに生きてきた。
フロレンス(リラン・ブロック・デ・フロレンス):
実質帝国のトップに立っているフロレンス家の若い青年。赤い長髪を一つに束ねており、帝国の赤い死神と呼ばれる。まだ若いが、ライラック王国の対応の頭。ミナミの逃亡を助ける。
オリオン:
ライラック王国第一王子。ミナミの兄。王位継承権第一位。ミナミの逃亡の手助けをルーイに命ずる。四兄妹で一人だけ母親が違うが、早くに母親を亡くしているため誰よりも家族思い。
ルーイ:
ライラック王国の兵士。ミナミの幼馴染。市民階級であるが、いつかミナミと並ぶために将軍を目指し剣や勉強に励んでいる。オリオンの命と自らの意志により、ミナミの逃亡の手助けをする。
アロウ:
ライラック王国で表では武器屋、裏では宿屋を営業する男。裏の情報を城に流していた。国王の古い友人でマルコムとシューラの雇い主。
エミール:
帝国騎士団副団長。リランの付き人。茶髪で穏やかそうな外見をして居る。リランよりもかなり年上だが、あまり年齢を感じない。帝国騎士団団長のフロレンス公爵に心酔しており、帝国勢力拡大にはリラン以上に積極的で攻撃的。
ホクト:
ライラック王国第二王子。ミナミの兄。王位継承権第二位。父である国王を手にかける。
アズミ(アズミ・リラ・ハーティス):
ミナミの姉でオリオンとホクトの妹。隣国のロートス王国の公爵家に嫁いでいる。面倒見がよくて明るい女性。
国王 (タレス):
ミナミとオリオンの父。ライラック王国国王。息子のホクトに殺害される。穏やかで平和を愛する王と有名だった。




