お転婆なお姫様
四つの大陸の丁度真ん中に位置する諸島群にある国「ライラック王国」は、世界の港と呼ばれる貿易大国であった。
それと同時に、支配権の広げたい国にとっては、落としたい国でもあった。
ただ、ここの王族は世界的に癒しの魔力に特化した特殊な血族であったため、不可侵のような立ち位置にあった。
そんな国の王城の中庭で、大柄な初老の男の膝の上で微笑む少女がいた。
初老の男はこの国の王、膝の上の少女はその娘「ミナミ」だ。
ふわふわとした金髪に、意志の強そうな眉と理知的に光るグレーの瞳、少しぷっくりとした厚めの唇。彼女は中々美しい外見をしていた。
彼女の周りにはふわふわとした淡い光が漂っている。
その光は彼女が幸せな時に漏れ出す魔力だ。
彼女は大好きな父に思う存分に甘えられて幸せなのだ。
今年15歳になるミナミは末娘であり、天真爛漫で甘えん坊。そして、どの兄弟よりも父親である国王に愛されていた。
彼女は兄弟の中では魔力の扱いを苦手とし、感情のままに今のようにふわふわと魔力を漂わせることが多い。
国王である父が周りの侍者に時間を確認しているのを見て、ミナミは父がそろそろ仕事でここから離れるのを察した。
「お父様―。お仕事行っちゃうの?」
ミナミは国王の膝の上で拗ねるように言った。
「あと少しでなー。帰ってきたら、また本を読んであげよう。」
国王はミナミの頭を愛おしそうに撫でて言った。
ミナミは頭を国王に擦り付けるように甘え、幸せそうに笑っていた。
国王の言っていたあと少しの時間も過ぎ、ミナミは中庭で一人になった。
渡り廊下や、目の届く場所に侍女や兵士はいるが、ほぼ一人だった。
ミナミは寂しくなり、こっそりと中庭から城の内部に入った。
来ているドレスの裾をたくし上げて、廊下の窓から城の外壁によじ登る。
他の者達が見たら卒倒しそうな光景だ。
ただ、こうするのには理由があった。
城の中にある兵士の宿舎や詰め所に行くためだ。
そっと窓を覗くと、中に入る兵士達と目が合った。
兵士達は慌てて窓を開けて彼女を部屋にいれる。
「姫様!!ちょっと何を…」
「国王は知っておられるのですか?」
「このおてんば!!落ちたらどうする!!」
など心配する言葉を口々に言われるが、ミナミはここの常連だ。
「いつも通りでお願い。一人だったら暇だもん。」
ミナミは口を尖らせて言った。
天真爛漫でおてんば、それに加え美しいミナミは兵士たちのアイドルだ。
そんな彼女がそんなお願いをしたのなら聞くしかない。
彼女は今ふわふわとした淡い色の魔力を漂わせている。
「…まったく、小悪魔め…」
兵士の一人が溜息をついた。
詰め所にいる兵士は3人程度だが、全員が若い。
15~18くらいの20以下の少年たちだろう。
「ありがとールーイ」
ミナミはその中で、茶色の髪を短く刈り上げた眉の凛々しい少年の頭を撫でながら言った。
「撫でるなよ。全く…」
ルーイと呼ばれたミナミに頭を撫でられた少年は少し頬を染めて彼女の手を払っていた。
「国王陛下は?この時間はいつも一緒じゃないの?」
短い赤毛のくせ毛に、黒い丸い目、そばかすが特徴的な兵士が首を傾げてミナミに訊いた。
「用事だって…知っている?」
ミナミは兵士たちを見渡した。
ミナミの問いにルーイは表情を曇らせた。
「どうした?未来の将軍様。」
赤毛のそばかすの少年はルーイを揶揄うように言った。
「将軍なんて…滅相も無い。」
ルーイは慌てて首を振った。
「何かあったの?」
ミナミはルーイの表情が気になったようだ。
「いや…今の国の状況…知っているだろう?」
ルーイは声を潜めて言った。
「…うん。お兄様たち…何か感じ悪いもん…」
ミナミも表情を曇らせた。
「それだけじゃないんだ…第一王子とかだけじゃなくて…帝国が領土拡大で今世界はとんでもないことになっているって…知っているだろ?」
ルーイは顔を歪めていた。
ルーイの言う通り、ライラック王国は平和ではあるが、他国はそうではない。
現在の世界情勢は、帝国とそれ以外という二極化になっている。
強大な軍事力と発達した魔導技術で確固たる地位を築いている帝国。
一つの大陸を制覇した話は記憶に新しい。
そして海を越えて支配権を伸ばそうとしていることも。
ライラック王国は中立国として貿易を行っているが、帝国の力の拡大スピードはとてつもなく、立場をはっきりしないと国の存亡にかかわってくる。
というよりも、帝国側に付かないと国がいつ滅んでもおかしくないのだ。それほどに帝国の軍事力は凄まじい。
ただ、帝国以外の国も力があることはあるので、軍事力のないライラック王国はどっちつかずの状況しか取れていないのだ。
「それが、お兄様たちの何かに?」
ミナミは首を傾げた。
「国王陛下は、早いところ帝国に付こうとしているけど…第一王子を始めとした他の大臣とかは反帝国なんだ。それで…今は色々と厄介らしい。」
ルーイの表情はやはり曇っている。
先ほど、帝国の話をしたときの表情も良いものではないことから、彼は帝国に対していい感情は持っていないようだ。
そして、それは他の兵士達も同じようだ。
「帝国とか…いや、安全考えるといいと思うけど、なんか嫌だな…」
「確かに…」
と口々に帝国に対しての不審を表している。
「小さい時はそんな話聞かなかったけど、やっぱり帝国って悪いの?」
ミナミは不安そうな顔をした。
おそらくルーイたちが父親の選択に対して不満を持っているからだろう。
「ここ数年で一気にだからな。国を動かしているのが帝国の癖に王じゃないし、帝国の“赤と黒の死神”の話は記憶に新しいぞ。」
ルーイは顔を歪めた。
「“赤と黒の死神”?」
ミナミは首を傾げた。
「ああ。帝国の勢力拡大の立役者…」
ルーイが言いかけた時、ガラっと勢いよく部屋の扉が開かれた。
「姫様!!何やっているんですか!!」
中庭からいなくなったミナミを探し回っていたのか、侍女が息を切らせていた。
「あ…」
ミナミはあっけなく侍女たちに囲まれ、連れて行かれてしまった。
流石に力技で逃げるすべもなく、ミナミは侍女たちに引きずられていた。
「ルーイの話…まだ聞いていないのに…」
ミナミは口を尖らせて拗ねていた。
しかし、ミナミはこの時知らなかった。
“赤と黒の死神”というのが何者で、自分達の国、この日常が崩れつつあるのが。