夢枕に立つ死神
かつていた、暮らしていた場所の訓練所でマルコムは槍を振っていた。
二本の槍を振る自分を相手にするのは、二本の剣を振る長い赤毛の青年。
何度が武器をぶつけ、身軽な彼は力負けしながらも勢いを殺す。
中々強い彼に、強くなった彼に、マルコムは少しだけ嬉しく思ったのは覚えている。
だが、結局彼を突き飛ばし、マルコムが勝った。
突き飛ばされた彼は、憎まれ口を叩くわけではなく、純粋に分析していた。
「…強くなったね。」
マルコムは純粋に感心して彼に言った。
彼は手に持つ二本の剣を主張して何かを話した。
それがマルコムには理解できないものだったのはよく覚えている。
それから彼と言い争いのような形になった。
彼は負けたばかりだったのに、マルコムを弱いと言った。
さっき負けたばかりなのに、彼は弱いと言った。
それをマルコムは笑った。
だが、認めたくないが内心焦りはあった。
「自分を支えるはずのものを否定する限り…何かあった時に崩れるのはお前だ。」
彼は自信をもって胸を張って言った。
支えるもの…それは自分の力だ。
マルコムは自分の力を誇り自信に思っている。
それは、今マルコムに負けたこの赤毛の青年も分かっている。
「…俺が崩れる?…何でだ?」
口を歪ませて言ったのはわかる。
崩れる理由はわからなかったのだ。その時は。
ただ、彼の言っていたことは何となくわかった。
「後輩ながらわかる。お前、口では感情論批判しながら…感情でずっと動いているだろ。」
彼はマルコムを睨んだ。
彼の視線が何を言っているのか、自分を何で責めているのかよくわかった。
だが、それを認めたくないし、認められるものではなかった。
自分は“彼女”の死で影響を受けることは無いのだ。
「俺が?…ふざけるなよ。お前に言われたくない。」
そして、マルコムは自分が効率的に動くと思い込んでいた。
だが、目の前の彼は違うと言っている。
事実、彼は今、感情的なマルコムに話している。
「そうだろうけどな、わかる。いつか絶対に…お前は崩れる。だから頑なになるな。」
彼はマルコムを気遣うように見た。
それが憐れんでいるように見えて、マルコムは苛立った。
「…馬鹿馬鹿しい。」
マルコムは振り払うように彼から離れた。
支えているもの…
彼の言っているもの、言いたいことは分かっている。
だが、それはもう無い。
「リラン。君の言う通りだったよ」
決別の時に彼に言った。
それを認めたとき、おそらくマルコムは強くなったのだろう。
最早戻る事は出来ないが。
「起きた?」
隣で寝っ転がっているシューラが赤い目を向けていた。
マルコムは目をこすった。
水気を感じたが涙ではない。
「すごい魘されていたよ。」
シューラは自身の眉間を指差して言った。
シューラは魘されているマルコムをずっと見ていたようだ。
「君…お姫様の護衛はいいの?」
マルコムは起き上がり、ベッドから下りながら訊いた。
ミナミが王城に行って戻ってから数日が経っていた。
オリオンからの連絡を待ちながらアロウは情報収集と逃亡の用意に動き、ミナミとルーイは待機の日々だった。
そして結構ミナミは魔力の扱いに慣れてきた。
彼女がサラリとルーイの傷を治したときは驚いたが、癒しの魔力を持つのだから当然と思っていた。
事実、今目の前にいるシューラも多少癒しの魔力を持っている。
ただ、彼女が姉のアズミから聞いた話が引っ掛かっていた。
ライラック王国の王族が持つのは、普通の癒しの魔力と違う。
ただ強い癒しの魔力、というわけではないだろう。
帝国の力を借りたいと思うほど、ここの王族は危険に晒されているのだ。
そして、その話を聞いてから、本来アロウの用心棒のマルコムとシューラは今はミナミの用心棒の働きをしていた。
アロウがそうさせているのだ。
「廊下にいると怪しまれるから部屋に戻れって言われたんだよ。隣だから何かあったらすぐにわかるし、お姫様と同じ部屋に入るのはあの兵士君に悪いからね。」
シューラは口を尖らせて言った。
ならば、別に寝ているマルコムのベッドに上がる必要は無いのではないか?と思ったが、言うのが面倒なマルコムはそれ以上は言わなかった。
そして、シューラは変わらずベッドに寝っ転がっている。
「何の夢見ていたの?」
「死神だよ…最近よく夢に出て来るから鬱陶しいよ…」
「羨ましいよ。僕もそんな夢見たいな…」
シューラは心からマルコムを羨ましがっているようだ。
「いいものじゃないよ…」
マルコムは八つ当たりをするように寝っ転がるシューラの鼻をつまんだ。
眉を顰め、無言で抗議を示すシューラを見てマルコムは満足そうに笑った。
ザワリ
マルコムは空気に微かな寒気を感じた。
部屋に立てかけている槍を二本取り、一本を背負い、一本を手に持った。
シューラも同じような空気を感じたらしく、ベッドから勢いよく起き上がり、彼も立てかけている刀を手に持った。
念のために渡された簡易的な逃亡用の荷物をマルコムは持った。
シューラはマルコムの準備が整ったのを見て頷き、廊下に出た。マルコムの彼に続いた。
マルコム:
主人公。茶色の髪と瞳をしている。整った顔立ちで人目を引くが、右頬に深い切り傷のあとがある。槍使いで顔に似合わず怪力。身体能力が高く、武器を使わなくても強い。
追われている身であるため「モニエル」と名乗り、本名は伏せている。
シューラ:
主人公。白い髪と赤い目、牙のような八重歯が特徴的。日の光に弱く、フードを被っていることが多い。長い刀を使う。マルコムよりも繊細な戦い方をする。
追われている身であるため「イシュ」と名乗り、本名は伏せている。マルコムと二人の時だけ本名で呼び合う。
ミナミ:
たぶんヒロイン。ライラック王国王家の末っ子。王に溺愛されている。国王殺害を目撃してしまい、追われる身になる。好奇心旺盛で天真爛漫。お転婆と名高い。汚いものを知らずに生きてきた。
フロレンス(リラン・ブロック・デ・フロレンス):
実質帝国のトップに立っているフロレンス家の若い青年。赤い長髪を一つに束ねており、帝国の赤い死神と呼ばれる。まだ若いが、ライラック王国の対応の頭。ミナミの逃亡を助ける。
オリオン:
ライラック王国第一王子。ミナミの兄。王位継承権第一位。ミナミの逃亡の手助けをルーイに命ずる。四兄妹で一人だけ母親が違うが、早くに母親を亡くしているため誰よりも家族思い。
ルーイ:
ライラック王国の兵士。ミナミの幼馴染。市民階級であるが、いつかミナミと並ぶために将軍を目指し剣や勉強に励んでいる。オリオンの命と自らの意志により、ミナミの逃亡の手助けをする。
アロウ:
ライラック王国で表では武器屋、裏では宿屋を営業する男。裏の情報を城に流していた。国王の古い友人でマルコムとシューラの雇い主。
エミール:
帝国騎士団副団長。リランの付き人。茶髪で穏やかそうな外見をして居る。リランよりもかなり年上だが、あまり年齢を感じない。
ホクト:
ライラック王国第二王子。ミナミの兄。王位継承権第二位。父である国王を手にかける。
アズミ(アズミ・リラ・ハーティス):
ミナミの姉でオリオンとホクトの妹。隣国のロートス王国の公爵家に嫁いでいる。面倒見がよくて明るい女性。




