客間の人
月が空の真上に来る時間。
広い王城、そこの廊下を必死に私は走っていた。
自慢の金色の髪をなびかせ、息を切らしていた。
ついさっき、私の目の前で父が殺された。
兄と大臣が殺したのだ。
手を下したのは兄だったが、大臣がいいように言いくるめたのはわかっている。
その現場を目撃した私は計算外だったのだろう。
今、私は兵士たちに追われている。
「お父様…いやだ…」
私は、嗚咽を交えながら必死現実を否定した。
否定しても、今の状況や、切れる息と足の痛みは嫌でも現実を伝える。
「こっちに逃げたぞ!!」
「こっちだ!!」
どこかから追手の声が聞こえた。
あまりの衝撃に私は魔力が不安定になっているようだ。
追っ手の声で自分が魔力によって光っていることに気付いた。
普段注意されているお行儀など関係ない。手段を選ばずに逃げなくてはいけない。
本能的に思った私は履き慣れた走りにくい靴を脱ぎ捨て、走った。
廊下の石畳が冷たく、硬い床は足に衝撃を与えてくる。
涙で目の前の景色が滲む。
勝手知ったる我が家である王城の死角は知り尽くしている。
何せ私は、お勉強を抜け出したしたり兄や父のもとに忍び込んだりとしてきた。
体が光っても目につかないように逃げるのは得意だ。
そして、どうにかして、城の外に出ないといけない。
お城にいるものに助けを求められないとなぜか直感的にわかった。
そして、客間の窓から外に飛び出すと、王城の裏庭に出て、そのまま塀の外に抜け出せることを知っている。
だが、命の危機と焦りもあるが、父の死での動揺で私は頭が回っていなかった。
今日、城の誰がいたのかも考えられなかったのだ。
いつもは人がいない場所に人が滞在していることも、客人がいることも…
客間に飛び込むと、一人の青年がいた。
長い赤い髪を一つに束ねて、品の良い服装をして居る。
「…ミヤ…え…おま…」
しかし、彼は私を見て目を見開いていた。
しかし、私は人がいることに震えあがった。
彼が何者かも考えずに扉を開けたまま立ちすくんだ。
廊下の外の声に気付いたのか、彼は私を素早く部屋に引きずり込み、扉を閉めた。
「…何があったんです?」
彼は違和感があるほど丁寧な口調で訊いた。
その口調からどうやら私が何者かわかっているようだ。
「…お父様が…殺され…お兄様に…」
私は恐怖と悲しみで声が震えて、言葉上手く紡ぎだせなかった。
目の前の青年が敵か味方もわからなかったが、匿ってくれていることは現実だ。
「…国王陛下が…?」
彼は驚いた顔をした。
「逃げないと…早く…」
私は足をがくがくと震わせながら窓に向かった。
私は本能的に城から逃げ出さないといけないと思っていた。
彼は私の手を掴んでそれを止めた。
優しく頭を撫でて、ゆっくりと私を椅子に座らせた。
「…落ち着いたら、逃げていいから。今は休みな。」
彼は砕けた口調で私に言った。さきほどの丁寧な言葉よりも、そっちの方が彼になじんでいた。
おそらく私を落ち着けるために口調を気安いものに変えたのだろう。
客間にいるということは、相当な身分の人間だ。
ふと、そう過ったが、彼は気安さを感じさせるような雰囲気があった。
身分が高いと言われたらそうなのかもしれないが、嫌な感じはしなかった。
そこで私は初めて青年をしっかりと見た。
赤い長髪が印象的でそれ以外目に入らなかったが、体格は一番上の兄と同じくらいの身長で細身だ。顔は全体的に小づくりで童顔という印象を受け、人懐っこそうな半月の目の形をしており、柔らかな眉の形と相まって目元は甘そうな雰囲気を漂わせている。一番上の兄と同じように薄い唇は兄の様な冷やかさは持っておらず、上品に浮かべた優しい笑みに自然な温かみを感じる。
そして、私を真っすぐ見つめる薄い茶色い瞳は月明かりを受けて黄金色にも見える。その瞳を見て不意にドキドキしてしまった。
彼は若く見える部類の顔で20代前半くらいに見える。しかし、その瞳には大人のような雰囲気があった。
状況が状況だが、心拍数が上がるのがよくわかる。
父の死という衝撃から初めて休息を得たのだが、心臓は休まってくれない。
もしかしたら、父の死という現実からの逃避を求めているのかもしれないが、今はそんなことを冷静に分析はできない。
「ありがとう…ございます。」
思わず顔を伏せて礼を言った。
はしたない姿を知らない人にさらしたという恥ずかしさと、彼の目を見るとまた心拍数が上がりそうと思ったからだ。
「俺は出て行くけど、自由に出て行っていいから。」
彼は立ち上がり、部屋のクローゼットを開いて、服を取り出した。
何かを羽織っている。
「は…はい。」
私は顔を上げて、彼を見た。
その彼の顔からは、先ほどまでの気安さは消え去っており、柔らかで甘い印象を持つ目は暗さを持ち、まるで別人のようだった。
彼が羽織ったのは、黒いマントだ。
確かグレーの軍服のような服を着ていた。その上に羽織ったのだろう。
赤い髪と、その黒いマントと、彼の表情の中にある冷たさがとてもよく合っていた。
月明かりに照らされ鮮やかな赤と闇に紛れる黒が浮かび上がる。その様子はとても夜に相応しかった。
その姿を見て、私はわかった。
彼はお昼にお城で会った、フロレンスという帝国の青年だと。
「じゃあ、お姫様…」
彼は私を見ずに、そのままドアを開けて出て行った。
彼は今の自分にとって、命の恩人だろう。
赤い髪をした、冷たくて、優しそうな人と思った。
ただ、私は、彼が本当は何者なのか知らなかった。




