世の中を知るお姫様
「正直…舐めていた。」
アロウは深刻な顔をしていた。
ミナミは彼が何を言っているのかわからなかったが、モニエルとイシュはわかっているようだ。
ルーイも同じくわかっているようだ。
「何が…?」
ミナミは自分だけわかっていないのに疎外感を覚え、アロウに詳しく訊いた。
「港に帝国の軍船が大量に来ていて、パニックになっている。」
アロウは帝国が軍事力を以て力ずくで解決するつもりだと話した。
「でも、フロレンスさんは殺していないし…そんなことしなくても…」
ミナミは無意識にフロレンスを庇っていた。
確かに国王を殺したのはホクトだし、フロレンスは濡れ衣だ。
「それを証明するのは君しかいない。君がいなければ、彼の無罪も何も証明は出来ない。」
モニエルは腕を組んで淡々と言った。
ルーイが顔を顰めたが、モニエルの言っていることは正しい。
「じゃあ、私が戻れば…」
ミナミははやる気持ちを抑えることができず、椅子から立ち上がった。
「それが危険だから、オリオン王子はミナミを逃がしたんだ。状況が変わるのを待っているんだ。」
ルーイはミナミの腕を掴み、彼女を椅子に座らせた。
「味方はいないんだね…オリオンって王子は…」
話を聞いていたイシュは同情するように言った。
「味方というより、ホクト王子が傀儡になりやすいから大臣が周りを丸めている状態だと思う。」
イシュの言葉にルーイは首を振った。
ホクトとオリオンの一面、それはミナミが知らないものだ。
次期国王としてなんて二人を見たことが無かった。
二人とも、ミナミにとってはただの兄だ。
「…俺はオリオン王子…、彼が一番傀儡になりやすいと思う。」
モニエルはルーイを観察するように見ながら言った。
「なぜ?」
アロウは不思議そうに首を傾げた。
「彼は、妹を守ろうとして帝国の奴の手を借りたんだよ。普通に弱みが妹だってわかるよ。弱点を晒している。」
アロウの問いにイシュがミナミを指さして答えた。
イシュの言葉にミナミは嬉しくも複雑な気持ちになった。
自分がオリオンの足手まといになっているかもしれないというものと、彼がミナミを大切に思っているというものだ。
「だが、ホクト王子を落ち着かせれば…」
「俺が言っているのは、帝国の方だ。ホクト王子はあっという間に片付けられるよ。おそらく姫さんの出番がないほど簡単に転がる。」
モニエルは断言した。
「そこまで…」
「この国に来ているのは…帝国の赤い死神だよ。」
ルーイの言葉にモニエルは鋭く言った。
「噂では聞いているけど、まだオリオン王子と変わらない年齢くらいだって聞いている。要するにまだ一般的に見たら若造だって…」
彼以上の若造、ガキのルーイが言うのは少し変だが、ルーイは赤い死神が若いからまだ隙があると言っているのだ。
アロウは意見を求めるようにモニエルを見ていた。
アロウの様子から、モニエルは帝国に詳しいようだ。
「…あのね…」
だが、モニエルではなくイシュが口を開いた。
「今の帝国の実質のトップは、帝国騎士団団長だって有名だよね。そして、その団長はフロレンス公爵…」
イシュは人差し指を立てて言い、隣に立っているモニエルに確認をするような視線を送っていた。
モニエルはイシュの視線に頷いて応えた。
イシュの言う通り、現在の帝国のトップは騎士団だ。
王家はほぼ傀儡か名前だけのものなり下がっている。
そして、騎士団のトップに立つ男こそフロレンス公爵であり、その息子である赤い死神のフロレンスはそれに次ぐ力と権限を持っている。
今の帝国を仕切っているのは、騎士団と一つの公爵家だということは有名だ。
「…そして、フロレンス公爵の子息が、赤い死神様だ。国の実質トップの息子だし、彼は帝国騎士団においてもトップレベルの立場にいる。若造と考えても後ろ盾も立場も実力も経験も並じゃない。」
イシュは人差し指をミナミに向けていた。
「まして、彼は人をどう動かせば周りがどう動くかよくわかっている。正直本人の戦闘能力よりもそっちの能力の方が国にとっては厄介だと思う。」
モニエルはイシュの言葉に同意し、さらに忠告するように言った。
「え…」
フロレンスの立場や実力よりも、ミナミは驚いたこと、衝撃を受けたことがあった。
「…赤い死神って…フロレンスさんなの?」
ミナミは砕けた口調と、優しく頭を撫でてくれた赤毛の青年のフロレンスと、赤い死神が結びつかなかった。
状況のつじつまはすべて合うのだが、ミナミにはとても思えなかった。
いや、彼の黒いマントを羽織った時の横顔や、瞳の冷たさは相応しいかもしれない。
「…でも、あの人…すごく優しいって…私にとても優しく…」
ミナミは変わることない事実なのに、自分は否定したくてフロレンスの姿を思い浮かべて呟いた。
ミナミの隣でルーイが険しい顔をして居る。
「優しさは…偽れます。」
アロウはミナミに気を遣うように言ったが、その言葉は辛らつだった。
「そうだ。ミナミも…信用するな。有利にことを進める、そのための手段だと思う。」
ルーイはミナミの手を握って、諭すように言った。
アロウもルーイもフロレンスの評価は高くない。いや、ある種高いが、それは決して人間的なものではない。
二人に否定的なことを言われながらも、ミナミはフロレンスの表情全て嘘で偽りとは思えなかったし、思いたくなかった。
ミナミは険しい顔をして、自分の中の考えを巡らせていた。
「どう考えてもいいと思う。」
「え?」
考え込んでいたミナミに声をかけたのは、モニエルだった。
それが意外でミナミは気の抜けた声を上げた。
「…君の評価一つで事態は変わらない。今は、彼に評価を下すときじゃないと思うよ。」
モニエルは少し戸惑うような顔をしていた。
何故そんな顔をしているのかは分からないが、彼の言ったことはミナミの気を楽にするものだった。
「…まあ、警戒するのと人物評価するのは同一じゃないから、君は警戒だけして余計なことを考えるなって…ことだよ。」
モニエルはミナミの横にいるルーイに軽く視線を向けて言った。
ミナミは気付かなかったが、隣のルーイがモニエルと睨んでいた。
マルコム:
主人公。茶色の髪と瞳をしている。整った顔立ちで人目を引くが、右頬に深い切り傷のあとがある。槍使いで顔に似合わず怪力。身体能力が高く、武器を使わなくても強い。
追われている身であるため「モニエル」と名乗り、本名は伏せている。
シューラ:
主人公。白い髪と赤い目、牙のような八重歯が特徴的。日の光に弱く、フードを被っていることが多い。長い刀を使う。マルコムよりも繊細な戦い方をする。
追われている身であるため「イシュ」と名乗り、本名は伏せている。マルコムと二人の時だけ本名で呼び合う。
ミナミ:
たぶんヒロイン。ライラック王国王家の末っ子。王に溺愛されている。国王殺害を目撃してしまい、追われる身になる。好奇心旺盛で天真爛漫。お転婆と名高い。汚いものを知らずに生きてきた。
ルーイ:
ライラック王国の兵士。ミナミの幼馴染。市民階級であるが、いつかミナミと並ぶために将軍を目指し剣や勉強に励んでいる。オリオンの命と自らの意志により、ミナミの逃亡の手助けをする。
フロレンス(リラン・ブロック・デ・フロレンス):
帝国の公爵家の若い青年。赤い長髪を一つに束ねており、帝国の赤い死神と呼ばれる青年。まだ若いが、ライラック王国の対応の頭。ミナミの逃亡を助ける。
オリオン:
ライラック王国第一王子。ミナミの兄。王位継承権第一位。ミナミの逃亡の手助けをオリオンに命ずる。
エミール:
帝国騎士団副団長。リランの付き人。リランよりもかなり年上。
アロウ:
ライラック王国で表では武器屋、裏では宿屋を営業する男。裏の情報を城に流していた。国王の古い友人でマルコムとシューラの雇い主。
ホクト:
ライラック王国第二王子。ミナミの兄。王位継承権第二位。父である国王を手にかける。




