激怒する死神
オリオンは何が起きたのかわからなかった。
護身用の剣に触れたままの手は、震えていた。
リランに三人の兵士が斬りかかったのはわかっている。
それが、今三人とも床に倒れている。
振り上げた剣は全てリランに叩き落とされた。
彼は武器を取ることもなく三人の兵士を倒したのだ。
魔力を使った様子もない。
「…は…はは…」
赤い髪を揺らしながら、リランは笑っていた。
流石に無傷とはいかなかったのか、頬に軽い切り傷を作っている。だが、その傷は直ぐに治るものだろう。
王国側の兵士も帝国側の騎士も呆然としていた。
思った以上に、リランの戦闘能力が高いことに対して。
決して武勇は噂だけではない。真実なのだから。
王国側の兵士たちは震えあがっていた。
倒された兵士たちは抑えつけられているだけだが、彼等も気が付いたら床に倒れていたような表情だ。
一瞬何が起きたのかわからなかったのは、皆そうだ。
リランは帝国の騎士たちに目で何かを命じた。
それに応えたのか、騎士たちはリランが抑えている兵士を抑えた。
リランは周りの王国の兵士たちを軽く見た。
口元に笑みを浮かべていた。
早まった行動を取ったものだ。
自分も。王国も。
冷静になれば、こんな行動は自滅以外の何物でもないのだ。
オリオンは自分が追い詰められていることにやっと気付いた。
「…これは戯れですよね…」
リランは兵士たちに笑いかけ、気にしていないような素振りをした。
こんなのは日常茶飯事だというように。
兵士たちや、王国側の傍にいた貴族たちがなにやら動いているが、表沙汰にしたくないと帝国側が言った。
そして、殺害未遂の兵士たちは単独犯として引き渡しすることを約束し、何度も謝罪をした。
殺害未遂は想定していた事態の一つなのだろう。
帝国側の対応は慣れたものだった。
騒動を表沙汰にしない約束で無理やり収めたリランは、本当に気にしていない様子で兵士たちや騎士たちに接していた。
これで、またライラック王国側の立場が弱くなった。
オリオンは対応をしながらそんなことを考えていた。
「…オリオン王子…」
リランが柔らかい声でオリオンを呼んだ。
オリオンは慌てて思案から現実に戻った。
そもそものん気に思案している場合じゃない。
自分にはそんな余裕も時間も無いのだ。
「!?」
オリオンはリランを見て思わず息を呑んだ。
彼がオリオンに向けた目は、兵士たちに向けたものとは全く違った。
相当怒っている。
リランは、オリオンが自分に警戒を向けたことや歩き出したことが、暗殺ほう助にあたることをわかっているのだ。
オリオンがそれを考えて動いていたこともだ。
柔らかな曲線を描く眉は険しい表情を描き、眉間には皺が寄っている。半月の目は片側だけ細められ、頬は歪み、薄い唇は歯を食いしばっているせいで震えていた。
リランはゆっくりとオリオンの元に歩み寄った。
オリオンは反射的に後ずさりをした。
というより、いつの間に部屋に二人だけになったのか気付かなかった。
オリオンが思案している間に兵士たちや騎士たちは追い払われたのだろう。
次期国王をまさかこんなやつと一緒にするなんて…
オリオンは後ずさる場所がなくなり、壁に突き当たるまでそんなことを考えていた。
リランはオリオンを壁まで追い詰めると、胸倉を掴んだ。
護身術はやっていても、オリオンは胸倉を掴まれたことが無い。
驚き飛び上がりそうになったが、冷静を装い、毅然とリランを見た。
「…ホクト王子に会わせてあげますよ…オリオン王子」
リランはわざとらしく丁寧に言い、そして先ほどから怒りの表情から打って変わって、わざとらしく友好的な笑みを浮かべていた。
マルコム:
主人公。茶色の髪と瞳をしている。整った顔立ちで人目を引くが、右頬に深い切り傷のあとがある。槍使いで顔に似合わず怪力。身体能力が高く、武器を使わなくても強い。
追われている身であるため「モニエル」と名乗り、本名は伏せている。
シューラ:
主人公。白い髪と赤い目、牙のような八重歯が特徴的。日の光に弱く、フードを被っていることが多い。長い刀を使う。マルコムよりも繊細な戦い方をする。
追われている身であるため「イシュ」と名乗り、本名は伏せている。マルコムと二人の時だけ本名で呼び合う。
ミナミ:
たぶんヒロイン。ライラック王国王家の末っ子。王に溺愛されている。国王殺害を目撃してしまい、追われる身になる。好奇心旺盛で天真爛漫。お転婆と名高い。汚いものを知らずに生きてきた。
ルーイ:
ライラック王国の兵士。ミナミの幼馴染。市民階級であるが、いつかミナミと並ぶために将軍を目指し剣や勉強に励んでいる。オリオンの命と自らの意志により、ミナミの逃亡の手助けをする。
フロレンス(リラン・ブロック・デ・フロレンス):
帝国の公爵家の若い青年。赤い長髪を一つに束ねており、帝国の死神と呼ばれる青年。まだ若いが、ライラック王国の対応の頭。ミナミの逃亡を助ける。
オリオン:
ライラック王国第一王子。ミナミの兄。王位継承権第一位。ミナミの逃亡の手助けをオリオンに命ずる。
エミール:
帝国騎士団副団長。リランの付き人。リランよりもかなり年上。
アロウ:
ライラック王国で表では武器屋、裏では宿屋を営業する男。裏の情報を城に流していた。国王の古い友人でマルコムとシューラの雇い主。
ホクト:
ライラック王国第二王子。ミナミの兄。王位継承権第二位。父である国王を手にかける。




