腹をくくる王子様 2
謁見の間には、ホクトと大臣が案の定いた。
ホクトはオリオンを見つけると、満面の笑みを浮かべた。
だが、オリオンは知っている。
彼の笑みの下には、ひたすら自分の願望を貫き通すことを考えた歪んだ顔がある。
そして、オリオンの部屋に入った可能性が一番高い人物だ。
ホクトは、王族特有の癒しの魔力のほかに風と闇の魔力を持っている。
「やあ、ホクト…昨日から来ていたなんて聞いていないから驚いた。」
オリオンは少し沈んだ顔でホクトを見た。
「大臣に呼ばれてね…危険な帝国の奴を見て欲しいって…今は後悔しているよ。」
ホクトは大げさに悲しむように顔を歪めた。
「俺がもっと早くこれば…って…兄様は父上に何か聞いていないのかい?」
ホクトは悔やむように歯を食いしばっていた。
オリオンはどの口のが言うのかと思ったが、そんなことを表情に出すほど感情的ではない。
そんな言葉と共に魔力を抑える術は身に着けている。
「父上に同席を頼んだが断られた。何としても俺たちを一緒にいさせたくなかったみたいだった。」
オリオンは当たり障りのない事実を言った。
「じゃあ、父上は帝国の死神が危険だと分かっていたんだ…だから…」
ホクトは悲しむように項垂れた。
「ホクト王子…お気を確かに…」
大臣や彼の周りにいた兵士たちが心配そうにホクトを見ていた。
オリオンは、この茶番が早く終わればいいと思っている。
しかし、終わるときにホクトの立場がどうなるのかが怖かった。
事実を知った時、どうなるかだ。
別に大臣はどうなってもいい。むしろ恨んでいる。
彼がホクトをけしかけたのだろう。
純朴で優しかった弟にいらない知識を吹き込み、変な欲を出させた。
ホクトをそそのかしている存在を国王である父と探していたが、まさか地方ではなく王都にいる大臣だとは思わなかった。
今更発覚してもどうしようもないことだが。
今は、ホクトの作る流れに任せるべきだろうか…
オリオンはホクトよりも気を付けるべきは帝国側だと思っている。
どう考えても、あのリランにホクトが勝てるとは思えない。
「ミナミの行方は…知らないのか?兵士に聞いてもいないと…」
オリオンはホクトにミナミのことを聞いた。
オリオンと違い、ホクトはミナミと母親が同じだ。
だから、彼なりに気遣いや本心での心配を見せてくれると思っている。
「それなんだけど…」
ホクトは気まずそうな顔をした。
「どうした?」
「ミナミの友人の兵士…いただろ?何か…」
ホクトは声を潜めて周りを見渡した。
オリオンは何を言うのか分かったので、慌てて大臣以外の兵士を離れさせた。
「…何か、俺知らなかったけど、恋仲だったんだな…それで間が悪かったみたいらしい」
ホクトはミナミとルーイが駆け落ちをしただろうと言った。
どうやら兵士の方で点呼を取って、ルーイがいないことは確認済みのようだ。
だが、オリオンが頼んだことは知られていない。
それは確信を持っている。
「…友人を選べと言ったが…まさかそんなことになっているとは…」
オリオンは今まで通りの顔で、今まで通りの反応と言葉を選んだ。
その様子にホクトは満足していた。
「まあ、ミナミは自由な子だから、お城は窮屈だったのかもしれない…」
ホクトはあくまでもミナミの肩を持っている様子だ。
気に食わない。
オリオンの感情はその一言に尽きる。
おそらくミナミに同情する形を持ち、国王死亡のどさくさで捜索を打ち止めるつもりなのだろう。
それから何をするのか想像するのは辛いが、もし徹底をするなら、表では打ち止めだが、裏では探して存在を消すだろう。
「…だが、父上の葬儀には出て欲しいな…。」
オリオンはミナミを公式に探す名目が欲しかった。
裏で動きにくくするためだ。
「でも…ミナミは…」
「気に食わない。父上が死んだのに、あれだけ愛されていたんだ。なら、父上のためにミナミには戻ってもらうべきだ。」
オリオンの主張は最もだ。
ホクトも下手に否定できない。
「その後は駆け落ちでも自由にすればいい。だが、父上のためには…」
オリオンはホクトの目を見た。
彼の青い目が揺れた。
動揺している。
「お前はミナミを大事に思っているだろうから、捜索は俺が指揮する。」
オリオンはあくまでもホクトを気遣った。
ホクトがミナミを気遣ったふりのように、オリオンもホクトを気遣った。
そのままの流れで、オリオンはホクトからミナミ捜索の指揮を奪った。
この捜索の指揮の所在はとても大事だった。
「オリオン王子…それよりも…お話が…」
大臣が声を潜めてオリオンに言った。
彼は横目で何かを見た。
オリオンは彼の目線の先を見た。
そこには、おそらく大臣とホクトが集めたであろう貴族たちや力のある地方の領主などがいた。
地方にいた時に作ったホクトの人脈が生きたのか。
オリオンはきっと今から王位継承権関係なしにホクトが王になるのにいいと言われるのだろうと分かった。
別に王になりたいわけではないが、国のためを思ったならオリオンが一番マシだ。
それはオリオンと亡くなった国王両方の意見だった。
幸いオリオンは王族特有の力が強く出ている魔力を持っている。正当性も主張しやすいうえに、それによる価値が世界的に高いのだ。
ただ、ここで強く出るべきか、出ないで日和見を決めるか…
とりあえずオリオンは抵抗しようと思った。
「王位継承権は自分が上です。父も公言していました。」
一番よくありそうなことを言った。
「死の間際に父上が俺に言った。」
ホクトは自信満々で言った。
「…父上が?」
オリオンはホクトを見た。
ホクトは頷いていた。そして、その横の大臣もだ。
それを聞いた時、わずかに兵士たちの方がざわめいた。
おそらく特に作戦を練っていないのだろう。
夜城を見回っていた兵士は不自然さに気付き始めている。
ミナミの悲鳴と、ホクトの証言と、大臣の証言。
まして、ミナミがあんな悲鳴を上げてオリオンが気づくほどの魔力を発したのだ。絶対にまばゆく光っているはずだ。
いや、違う。
それだけではない。
国王の遺体を見ているのだ。
そのうえで不自然さを感じているのだ。
もしかしたら、この計画を練った大臣はかなり馬鹿なのではないか?
国王の遺体を見ていない蚊帳の外であるオリオンですら、粗を感じたのだ。
これは帝国に負ける。
オリオンは確信した。
「そうか…父上が…」
オリオンは不服さを滲ませながら言った。
だが、ここであっさりと引き下がるのはよくないと思った。
しかし、ホクトに下手に疑われるのは困る。帝国がどう出るかわからないが、真実を知っていると今の状況で知られると自分の身が危ない。
このままホクトが王位に就く流れで収めようかとオリオンは思った。
たとえ王位に就かなくても、オリオンは持っている魔力から存在価値がかなり高い。
ミナミがいなくなった今、オリオンを消そうなどライラック王国にとって不利益しかない選択はしない。
その時、なにやら廊下の方が騒がしくなってきた。
ざわめきと悲鳴と、足音と…
オリオンは朝見た港の、海の光景を思い出した。
きっとそのことだろうと思った。
しかし、それにしては何かおかしい。
どうしようもない不安と威圧感がある。
ザッザッザと揃った足音が聞こえる。
こんな足音を立てる兵士など、行事の行進でした見たことがない。
ホクトや大臣たちも何事か分からないようだ。
バタンと大げさな音を立てて、謁見の間の正面の扉は開かれた。
その途端、部屋中がざわめき立った。
なぜなら、そこには国王殺しの疑いをかけられた帝国の死神リラン・ブロック・デ・フロレンスを先頭とした帝国の集団が立っていたのだから…
ホクトと大臣は顔をこわばらせていた。
彼等に呼ばれた貴族たちや地方の領主たちは状況が掴めないようで混乱をしていた。
オリオンは思わずリランを睨んだ。
だが、リランはオリオンの視線を受けてもにこやかだった。
まるで何事も無かったかのようだ。
顔だけ見るなら人懐っこそうな男で、甘そうな雰囲気のある目元に優しさを感じるものもいるだろう。
だが、彼は決して甘くない。
「私を探しているみたいなので、こちらから伺わせていただきました。」
リランは口元を歪めてホクトに笑いかけた。
マルコム:
主人公。茶色の髪と瞳をしている。整った顔立ちで人目を引くが、右頬に深い切り傷のあとがある。槍使いで顔に似合わず怪力。身体能力が高く、武器を使わなくても強い。
追われている身であるため「モニエル」と名乗り、本名は伏せている。
シューラ:
主人公。白い髪と赤い目、牙のような八重歯が特徴的。日の光に弱く、フードを被っていることが多い。長い刀を使う。マルコムよりも繊細な戦い方をする。
追われている身であるため「イシュ」と名乗り、本名は伏せている。マルコムと二人の時だけ本名で呼び合う。
ミナミ:
たぶんヒロイン。ライラック王国王家の末っ子。王に溺愛されている。国王殺害を目撃してしまい、追われる身になる。好奇心旺盛で天真爛漫。お転婆と名高い。汚いものを知らずに生きてきた。
ルーイ:
ライラック王国の兵士。ミナミの幼馴染。市民階級であるが、いつかミナミと並ぶために将軍を目指し剣や勉強に励んでいる。オリオンの命と自らの意志により、ミナミの逃亡の手助けをする。
フロレンス(リラン・ブロック・デ・フロレンス):
帝国の公爵家の若い青年。赤い長髪を一つに束ねており、帝国の死神と呼ばれる青年。まだ若いが、ライラック王国の対応の頭。ミナミの逃亡を助ける。
オリオン:
ライラック王国第一王子。ミナミの兄。王位継承権第一位。ミナミの逃亡の手助けをオリオンに命ずる。
アロウ:
ライラック王国で表では武器屋、裏では宿屋を営業する男。裏の情報を城に流していた。国王の古い友人でマルコムとシューラの雇い主。
ホクト:
ライラック王国第二王子。ミナミの兄。王位継承権第二位。父である国王を手にかける。




