訪問する王子 3
ホクト達が向かったのは、城の二階にある会議室のような部屋だ。
ミナミは外から覗いたことはあっても入ったことが無いが、よく国王やオリオンが利用しているのを見ている。
たぶんそれだから入らないのだろう。見つかったら厄介だから。
ただ、その隣の部屋はよく忍び込むことが多い。
そこには使うことはないが、とりあえず保存している書物が並ぶ部屋がある。
とにかく本棚と本がたくさんあり、秘密基地みたいなのだ。
なによりも、隣の会議室の様子を、窓を伝って見ることができる。
ミナミは今回もまた、隣の部屋に入り覗き込むことにした。
物音を立てないようにゆっくりと窓を開き、縁に足をかけて伝った。
二階であるため、落ちても大丈夫だと思うが、やはり怖い。
いつもやっていることだが、何か今は感覚が違う。
ホクトは何の用があってここに来たのだろう。
ミナミは彼がここに向かう理由を考えていた。
彼は、“死神”と国王が会うことを確認していた。
オリオンならまだしも、彼がこのような場所に向かう理由が思いつかなかった。
だいたい、あの様子だとお忍びだと思われる。
なら、国王に会うことが目的なのだろうか?
それなら、ホクトも常に王城にいればいいものを…
彼がどうして王城にいないのか理由は知らないが、優しくて穏やかな兄のことはミナミは大好きだ。
「一緒にいたいのに…」
ミナミは隣の部屋のバルコニーに足をかけた。
隣の部屋にはバルコニーが付いているため、忍び込むのも覗き込むのもミナミには造作もない。
部屋の中は明かりがついているが、そこまで明るくない。
幸いカーテンが少し開いている。
ミナミはそっと覗き込んだ。
部屋の中には国王とホクトと兵士たち、それと大臣がいた。
あれ?
ミナミは大臣が一緒にいることに違和感を覚えた。
その大臣は、よくオリオンとつるんでいるのだから。
どちらかというと、オリオンと思考が似ている。その彼がホクトと一緒にいるのが不思議だった。
もしかしたら、国王と大臣がいるところにホクト達が乗り込んだのかもしれない。
ミナミはゆっくりと窓を開けようとした。
カタンと音が鳴ってどきりとしたが、どうやら中にはあまり聞こえていないようだ。それに、ミナミがいることも見えていないようだ。
気付かれていないことを確認してミナミは今度は音を立てずに窓を少しだけ開けた。
鍵はかかっておらず、簡単に隙間は開いた。
「…つもりだ?」
声が聞こえた。
ミナミは耳を隙間にあてて、見つからないように慎重に周りを見ながら中の音を聞くのに集中した。
「どうしてお前がここにいる!!ホクト!!」
国王である父が声を荒げている。
そして、父は感情が昂っているのか、ミナミと同じように魔力をまとって光らせている。
「父上。やはり、私を危険分子と思って遠ざけていたのは間違いないようですね。」
ホクトは嘲るような口調だった。
ミナミは彼等の声色に驚いた。
温厚なホクトと同じく温厚な父。
二人が衝突しているところなど想像ができないのだ。
「断言しているはずだ。次の王はオリオンだということを…」
「あの口先だけ過激な男がふさわしいとは思えませんね…」
「兄のことをそのような呼び方をするな!!オリオンは賢い。彼は王と王子であることの違いが分かっている。」
「知っていますよ。父上。だからだめなんですよ…彼は、間違いなくあなたと同じような王になる。」
「撤回しろというのか?」
ミナミは二人の会話を聞いて絶句した。
ホクトの声に穏やかさの欠片もなく、国王の声には警戒しかない。
そして、国王が予想よりもオリオンを評価していたことだ。
そもそも、子供の評価など聞いたことはないが、このような話は考えたことも無い。
「ホクト王子…無駄ですよ。」
横にいた大臣が話に割り込んできた。
その声色は、なにやら嫌な響きがある。
企みを彷彿させるものだ。
「…父上。帝国と手を結ぶ気ですか?」
「ああ。これに関しては、オリオンも反対しているが…避けられないものだと私は思っている。」
「国王陛下。お言葉ですが、あのような野蛮な国と手を結ぶのは国の品位を下げます。」
大臣は跪いて言った。
「国が無くなったら品位もなくなる。誰が亡国を誇る?」
「反帝国の国は沢山ある。そこと手を結ぶべきです。」
「その国は帝国よりもずっと立派な国なのか?それ以上に野蛮な国もあるだろうに…先入観しか持っていないのか?」
国王は嘆くようにため息をついた。
「…なるほど…しかたないです。」
大臣は立ち上がり、ホクトの傍に寄った。
「すまないが、これからフロレンス殿と話す必要がある。どっちの選択をするにしても彼と話すのは欠かせない。」
国王はホクト達を始めとした兵士達を追い払うような素振りをした。
「だから…来たんですよ。」
ホクトは首を傾げて笑っていた。
ミナミは彼の表情に息を呑んだ。
そして、彼が取り出したものを見て固まった。
それは、銀色の短刀だ。
「残念だ…国王陛下…」
大臣がホクトの肩を叩いていた。
それが何をさせようとしているのか、ミナミは察せられた。
止めないといけない。
だが、見たことのないホクトの顔と彼らの会話のショックでミナミは半ば放心状態だった。
動き出すまでに時間がかかったのだろう。
震える足を踏み出し、窓を勢いよく開いた時
「…ミナミ…?」
ミナミの顔を見て固まるホクトと、床に倒れる国王…父がいて、ただひたすら床に赤が広がっていた。
「…あ…あ…」
ミナミは止めようと思って叫ぼうとしていた、だが、その言葉は全て消えた。
身体の中で何かが爆ぜるような感覚がした。
そしてまばゆい光とともに、ミナミの叫び声が城中に響いた。